Ultimate Hacker Online ~無料で稼げるデスゲーム~
西暦20XX年。フルダイブ型VRゲームが誕生してから早数年。人は夢を見るようにゲームの世界へ飛び込んだ。
リアルでは車も空は飛ばないし、超能力だって使えない。けれど、ゲームの世界では車も空を飛べば超能力だって使える。
まさに夢の世界だ。
そんな中、1つのゲームが生まれた。VRMMO――バーチャルリアリティとMMO(大規模多人数型オンラインゲーム)を組み合わせたものだ――インターネットで繋がり、自宅に居ながら見知らぬ大勢の他人と遊べるゲーム。通信の発達した世界において、この手のゲームが生まれるのはもはや必然だった。
地球上のどこでもない風景。想像上の実在しない生物。あらゆるものが存在し、あらゆるものを作り出せる。そこに人々が集えば、それはもはや新しい世界そのものだった。
* * *
初期拠点『イチスト』の町からも見える、シープラ山。山頂に真っ白な万年雪がかかっているこの高い山の中腹を少し登ったあたりにむき出しの鉱脈がある。ここは上級鉄鉱石の採掘ポイントだ。
そこに、ものすごい勢いでツルハシを振り下ろす3人の姿があった。
革鎧を着た男、ツナギを着てリュックを背負った女……と、この2人はまだマシだが、登山を舐めてるとしか思えないゴスロリの少女もいた。しかし、こんな山の中まで歩いてきたにもかかわらず一番元気なのはゴスロリ少女だった。
それもそのはず。これはVRMMO、つまりここはゲームの世界であり、装備で登山にペナルティがかかるということは無い、それがたとえ厚底ブーツやサンダルだとしてもだ。もし影響があるとすれば装備自体の効果によるものだろう。
尚且つ、ゴスロリ少女はLv17の戦士。この中で一番Lvが高く、パラメータも高いのだ。
このゴスロリ少女こそ、パーティーのリーダーだった。
――ちなみに、ネカマである。隠してないタイプだ。
このゲームは声帯もゲームキャラのものが再現されるため、リアルでの性別をとても隠しやすいのだ。
「ひゃっはあ! どーよビルド、俺の情報通りだっただろ!」
ゴスロリ少女が男らしい口調と可愛い声で喜び叫ぶ。
「おうよ! 上級鉄鉱石がこんなにザクザク採れるとかヤバイな! なぁコンパ!」
革鎧の男が勢いよくツルハシを振り下ろすと、鉱石がドロップする。
「この鉱石1つがリアルマネーで10円……! ホーリエさんありがとうございます、これで今月も黒字になります!」
ドロップした鉱石は、ツナギの女性のリュックに吸い込まれていく。このために自動収集スキル付きの高いアイテムを買ってきたのだ。
話しながら、3人はガンガンザクザクと鉱石を掘り続ける。
このゲームは、ゲーム内のお金を現実のお金に換金できる。それで換算して、上級鉄鉱石は1つ10円という、かなりの良い稼ぎのアイテムだった。
「ひゃっはー! 現金のつかみ取りじゃぁーーーー!」
「おっしゃ、ストレージの限界までぶち込んだるわぁああああ!」
「1つ掘っては家計のため、2つ掘っては金のため!」
笑いが止まらない3人。掘り始めてわずか10分。既に1人頭1000円を超える稼ぎだ。このまま続ければすぐにリュックやツルハシの出費分を回収し、黒字で大きく稼げるだろう。
だがここで採掘をするうえで、忘れてはならないことが2つある。
まず1つ目は、この鉱石の単価が高い理由だ。
――不意に、影がよぎった。すぐさまツルハシをしまう。
「やっべ。ワイバーンだ、逃げるぞ皆の衆!」
「合点承知! 退避、退避ーー!」
「ひぃ!! 命あっての物種ですよ! 死にたくない、死にたくなーーーーい!」
ここ、上級鉄鉱石の鉱脈は、なんとワイバーンの巣の真っただ中にあるのだ。
ワイバーンのLvは42。今のこの3人ではどこをどうしようと勝ち目がない相手だ。
せめてもの救いは、行動が単純で逃げやすい事だろうか。
「ってかホーリエ、こんなに早くワイバーンが戻ってくるとか聞いてないぞ!」
「いやぁゴメンゴメン。俺もここ初めてだったからさァ、ま、許してちょ♪」
「ホーリエさん、さすがに死んだらシャレにならないですからね!? いざとなったらホーリエが足止めしてくださいよ」
「まぁそのつもり、情報通りなら俺なら1発は耐えられるし。その隙に尾羽で逃げられるって算段よ。……尾羽使ったら赤字になるけど」
尾羽とは、『ラットバードの尾羽』という、拠点へ一瞬で帰還できる使い捨てアイテムの略称である。
パーティー単位で拠点までひとっとび退避できるこのアイテムは、もちろんかなりの高級品だ。
戦闘中でも妨害されなければ使えるので、安全のために一つは持っておきたい。
「このまま走って逃げるか。そんなら黒字だぜ。あ、ワイバーンいなくなるまで待ってもっかい掘るってのもアリだな」
「今さっき情報が間違ってたばかりだろ、本当に耐えられるのかよ。……ええい、方針は『まだ行ける』は『もう危ない』だ! 引き返すぞ!」
「そうです、デスゲームの証をこの身で確認する気はさらさらないですからね!?」
「ま、それが妥当か。よし、撤収!」
そしてもう1つの忘れてはならないこと。
それは、このゲームがデスゲームということだ。
このゲーム、『Ultimate Hacker Online』、通称UHOは、ゲーム内で死んだら現実でも死ぬ、そのように公式から通達されている。
どういう原理かは知らないが、事実死んだヤツがいるらしい……と、情報のやたら少ないWikiにも書かれていた。(あわせて貼られていた検証動画は削除済みだったが)
そんなデスゲームなのにプレイする人が居るのは、このゲームが公式RMT――リアルマネーを、公式のシステムでゲーム内マネーと相互換金できるという――を採用しているためだ。
手数料は取られるが、ゲーム内通貨が、仮想通貨と同じシステムで現金化できる。
金を稼げるが、デスゲーム。
それがUHOの簡潔な紹介だった。
もっとも、死ぬのが嫌ならログアウトしておけばいい。デスゲームといっても、ゲームの世界に閉じ込められているわけでもない。トイレ休憩のためにログアウトだってできる。
……ただ、ログイン時に毎回デスゲームに参加する同意も求められるあたりは、本当かどうか逆に怪しくなっている要因でもある。
『誰でもゲームで金を稼げる』というのは、すごく魅力的な言葉だ。基本無料でプレイできるこのデスゲームには大勢の命知らずが集まった。
(稼げる、といっても普通にサラリーマンとして働いた方が安定しているし安全だし生活に十分な額を稼げるのだが)
中には当然デスゲームなはずがない、と死んでみせたやつもいる。VR機器にそんな機能はないはずだったからだ。
だがそいつは二度とログインすることは無く、ゲームをやっていて死んだというニュースも流れていない。
真偽は闇の中だが、おそらく本当にデスゲームなのだろう。ニュースに流れないのは、そう言う風になるように利用規約に色々書かれていることを見つけたプレイヤーが居た。
だが、デスゲームだとしても現状はバランスが取れた良ゲーであり、注意しておけば死ぬことはないような軽い難易度に設定されていた。
もっともそれは、月数百円というレベルの稼ぎで良いのであればだ。
ゴブリン3匹1円、ポーション1個で5円という、内職レベルの稼ぎに甘んじるか。
ドラゴンを狩り、10万円単位の報酬を得るか。
はたまた、その間でワイバーンの住処にある1つ10円の希少鉱石を取りに山を登るか。
仮にこのゲームの収入だけで生活するのであれば、それなりのリスクが必要だが……
リスクとリターン。それを秤にかけ、プレイヤーたちは健全に(成人向けコンテンツもあるが)このゲームを遊び、金を稼いでいた。
「ちょ、おい、ワイバーン追ってきた! おい! ホーリエ!」
「しかたないね。命は惜しい。尾羽使うぞー」
「あ、赤字は嫌ぁあああああああ!」
このデスゲームで人が本当に死ぬのか。その答えをこの3人はまだ知らない。




