騎士と王女の日常
新たな二人組です!
『騎士』という存在は、その胸に秘めた『誇り』や『覚悟』といったものを、命を懸けて仕えると決めた主のために掲げる存在……だと俺は思う。
だから初めて、俺が仕えると決めた主が俺に対して、
「私の側近として仕えませんか?」
と言ったとき、俺は悩み、考えた。
『誇り』も『覚悟』も持ち合わせていなかったからだ。
そして悩みに悩んだ結果……、ならこの機会に、その『誇り』やら『覚悟』やらを手に入れようと、現在の主である、シャルアリス王国第一王女リアナ・レイ・シャルアリスに仕えることにした。
自分の成長のために……
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「と、思って騎士になったんだがな……」
凌宮悠梨がリアナに仕えると決めて、三ヶ月が経った。
まさか三ヶ月前の俺は、三ヶ月後の俺が騎士団団長にまで上り詰めるなんて思ってもいないだろうな。
そして、リアナにこんなことを頼まれることも……
「どうかしましたか?」
「なぁ……これは騎士のやることか?」
ここは、常世島の上空に存在する浮遊島の内の一つ、シャルアリス王国が治めるエルル区……
とある日の朝、俺はリアナから一枚の封筒を渡された。
蝋には王家の紋章が刻まれていたため、俺は開封する際、柄にも無く生唾を飲み込んだ。
なのに……
「はい。まぁ、“騎士”としての貴方よりも、“側近”としての貴方への頼み事ですね」
リアナは笑顔で頷く。
「これでも俺は騎士団団長だぞ。なのに……買い出しなんてやらせるか?」
封を開け、中から出てきた紙には箇条書きで買ってきてほしいものが記入されていた。
「人聞きが悪いですね。側近としての初めてのお使いですよ!」
リアナは人差し指を立てて、俺に突き出す。
「内容が初めてのお使いなんて可愛らしいものではないんだが」
俺はため息をついて、リアナにお使いの内容が書かれた紙を渡す。
「まさか、第一王女である主からお使いに“同人誌”を頼まれることになるとは思わなかったな」
お使いの内容は、リアナの隠れた趣味である日本のオタク文化丸出しのものであった。
「本土の方にある“あにめぐっず専門店”に直接赴いて買ってきて欲しいのです!同人誌の中身に希望はありません。ただ悠梨が直感で『これだ!』と思ったものを、数十冊程度集めてきて欲しいのです!」
「俺が側近兼騎士として護衛となり、リアナが直接行けばいいだろう」
誰もが考えつくであろう素朴な疑問を投げかけてみた。
返答は……
「私はまだ、異世界調査関係の書類をまとめきれていません。他にもノインク王国との外交もありますし、今はこの執務机から離れることが出来ませんから……」
俺達が生活する常世島は、数年前にその存在が確認された異世界……“アナザー”との中立地帯として造られた。
そして、異世界の調査とその管理は日本政府と強固なつながりを持つ常世政府とシャルアリス王国、セルヴィア王国、ノインク王国が行っている。
異世界の調査に出ている調査隊からは、日々多大な情報が送られてくる。
それをまとめるのは、王族とその関係者の仕事だ。
リアナの働きっぷりを見ていると、その多忙さが窺える。
俺としては、もう少し側近というか騎士らしい仕事を求めていたんだが……仕方ないか。
俺は再度、深いため息をついて答える。
「わかった。リアナが公務に忙しいのは理解しているからな。だが、期待するなよ?直感といっても、アニメだのそこらへんの知識は疎いからな」
不承不承に答えると、リアナは満開の花が咲くが如く
、煌びやかで可愛らしい笑顔を見せる。
「ありがとうございます!大丈夫ですよ。悠梨は、伊達に私のアニメ鑑賞やゲームに付き合っていません。必ず、私の好みの作品を見つけてくれるでしょう」
まさか、そんなどうでも良いところを期待されているとは……
親しき友人としては冥利に尽きるかもしれないが、騎士としては泣けてくる。
「俺が出せるのは“大船”では無く“小舟”だぞ」
「小舟でも、舵を切るのは優秀な船乗りですから」
本当に、口の達者なやつだ。
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浮遊島と本土の行き来には、各島の至る所に展開された転移術式を使う。
ちなみに、各転移術式は自由な場所への転移は不可能で、それぞれが特定の場所に展開された転移術式と繋がっている。
「騎士になってこんなことをするなんてな……」
天気は快晴……だが、気分は乗らない。
悠梨は騎士団の制服から白いTシャツとジーパンというラフな格好に着替え、懐かしの常世島本土の地に足を運んだ。
三ヶ月前に別れを告げた本土は風景に変化は無く、常に無表情とも言える表情にも、懐かしさからか温かみが感じられる。
「買い物自体はすぐに済むはずだからな……」
その時、悠梨の脳裏には三ヶ月前に唐突に別れを告げた少年が浮かんでいた。
ちょうど良い機会だしな、顔でも見に行こうか。
悠梨は俗に言う、機械音痴というやつで、スマホなどの携帯機器が扱えなかったため、連絡の一つもしていなかった。
「待てよ?あいつはまだ学生だったな」
平日のお昼過ぎだとまだ学校だな。
まぁ、居なければ時間を改めればいい。
学校か……
悠梨の年齢は十八。
いろいろな訳が有り、高校は中退した身である。
本当に……本土へ来ると、いろいろな事を思い出し、懐かしさを感じてしまうな。
立ち止まり、空を見上げる。
目を瞑り、脳裏に浮かぶ様々な風景に心を揺らす。
「全く、とっくに割り切っていたと思っていたんだがな……」
そう呟いて、悠梨はアパートAliceへと足を進める。
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「この辺りも懐かしいな……」
三ヶ月前まで、毎日見て、歩いていた閑静な住宅街。
感傷に浸るのはキャラじゃ無いが、さすがに思うところがあるな……
一人歩きながら物思いにふけていると、小さな公園が目に入る。
普段なら公園になど気にも止めなかったが、この時だけは違った。
悠梨は、その公園のある一点に注目した。
それは、小さなブランコの後ろにある、大きな物置小屋……そして、その影に隠れるように集まったガラの悪そうな男たちである。
人数は三人。
だが、悠梨が気になったのは男たちでは無い。
……その男たちに絡まれている女性の方である。
なんだ…あいつは……?
一言で言うと……『異様』だった。
真っ白なゴスロリのような格好に、同じく真っ白で腰下まである長い髪。
日陰で揺れるその髪は、僅かに日向の方へ揺れ動く度にキラキラと輝いていた。
というか……いろいろと……デカいな。
上半身の“女性らしさ”もそうだが、まず身長がかなり高い。
絡んでいる男たちよりも高いだろう。
目測ではあるが、多分、180㎝ほど……俺とほぼ同じぐらいだろう。
確かに、俺はほぼ彼女の外見が気になった。
そんな彼女の“異様さ”が最も強く感じられた箇所は……“瞳”だった。
その瞳からは、何も感じなかった。
彼女は、自分よりも背が低いとはいえ男性三人に囲まれている状態だ。
普通なら、毅然に振る舞おうとしても、どこかに怯えや焦りなどが表れるだろう。
それが普通の反応だ。
だが彼女は……何も無かった。
強気に振る舞うだの物怖じしないなどではなかった。
言葉通り……何も無かった。
まるで目の前の男達には興味を示していないような……いや、そんな男たちなどいないと感じているまで思えた。
ふと気づいたが、一人離れて見ながら思案している俺の方があの男たちよりタチが悪いのでは?
女性の反応から心配はいらないと思うし、億劫に感じもするが、見て見ぬフリは流石に出来ないからな。
今日何度目かもわからないため息を吐いた悠梨は、重い足を前へと出して男たちへと近づく。
「おい」
「はぁ?何だよ」
真ん中の金髪の男が悠梨に気づいて振り返る。
その表情はお楽しみを邪魔されたせいか、いかにも悪人顔で機嫌が悪そうだ。
金髪の男の返事を皮切りに残り二人の男も振り返る。
一人は背が低く小太りの男。
もう一人は痩せ形の長身の男。
長身と言っても、悠梨や絡まれていた女性よりは低い。
悠梨が一人ずつ観察していると、小太りの男が荒げた声で言った。
「おいおい!気安く話しかけてんじゃねぇよぉ!」
ふぅ……典型的な不良という感じがして呆れるな。
どうやらナンパの途中だったらしく、悠梨が話しかけたことがよほど気にくわなかったのか、男たちは女性から悠梨へとターゲットを変更して囲む。
三人は怒りに顔を歪ませて、悠梨へとあらゆる罵詈雑言を浴びせる。
悠梨は男たちの罵詈雑言を何処吹く風と目を瞑って、ただ立っていた。
そんな悠梨の反応に勘違いをしたのか、男たちはさらにヒートアップする。
「おいおい!ビビって声どころが動くことすら出来ねぇのかよ!」
「ダセぇ奴だな!」
「マジ笑えるわ!」
男たちはゲラゲラと笑って下卑た笑みを浮かべる。
すると悠梨はあることに気がついた。
「ん?」
先程まで絡まれていた女性が俯いていたかと思うと、唐突に顔を上げてその場から立ち去ろうとしたのだ。
だが、それに気がついたのは悠梨だけではなく、男たちも気がついて、またも女性に近づいていく。
「おい!勝手にどっか行くんじゃねぇよ!!」
金髪の男が怒鳴り散らして、立ち去ろうとした女性の肩を後ろから掴む。
その状態を見た悠梨も流石に危険を感じ、実力行使で止めようと動いたが……静止する。
何だ……?雰囲気が変わった?
肩を掴まれた女性はいまだに振り返らずにいる。
だが、明らかに雰囲気が変わった。
男たちは気づかず、まだ怒鳴り散らしているが、立場は逆転した。
今度は……男たちの方が危険かもしれない。
悠梨はどのような状況にも即座に対応出来るように、魔術の起動準備に入り、聖剣の生成を始める。
一人警戒を強めていると、事態は予想にもしなかった方向へと動く。
…………………おい………。
ん?
恐ろしいほどの威圧感と狂気染みた声が響く。
その声は、悠梨でも不良三人組でもない。
肩を掴まれた女性から発せられたものであった。
女性の異様さにようやく気がついたのか、肩を掴んでいた金髪の男もゆっくりと手を離して後退りしようとしたが、時既に遅し……
「お兄様以外の人間がぁ!私に触れんじゃねぇよ!!」
そして、男が舞う。
マジか……
男たち以上に怒気を孕み、荒げた声を上げた女性は金髪の男に拳を振り抜く。
男は後方彼方へと吹き飛び、砂場へと落ちる。
運良くと言って良いのか、砂がクッション代わりとなって落下のダメージは小さく済んだようだ。
それより……急にどうしたんだ?
女性は女性がしてはいけないような怒りの表情を浮かべて残り二名へと近づく。
「さっきから黙ってればよぉ……調子に乗りやがって!クソみてぇな声だけならまだ我慢できたが、触れるなんて……お兄様だけのこの神聖な身体に!お前らみてぇなクズが触れてんじゃねぇよ!!!」
この勢いでは確実に死人が出るな。
そう確信した悠梨は男たちと女性の間に割って入る。
女性は足を止め、男たちは状況を理解できずに動揺する。
「おい」
悠梨の掛けた声に対して男たち二人は肩をビクつかせる。
「これに懲りたら無闇に女に話しかけたりするな。あっちで倒れている奴を連れて消えるんだな」
何度も頷いた男たちは、恐怖に震えながら憐れに思えるほど焦って走り出し、小太りの男が吹き飛ばされた金髪の男を担いで公園から出て住宅街に消えていった。
それを一瞥した悠梨は、女性へと視線を移す。
一応、悠梨はこの場の収拾のために両者を助けたつもりでいた。
だが、女性の方はそうは思っていないらしく、表情からは先程までの凄みは感じとれはしないが、悠梨に対して警戒心と嫌悪感を抱いているのはわかる。
両者は静まりかえっていたが、女性の方から声を出す。
「あなた……何様のつもりですか?」
「何?」
話し始めた声には落ち着きが感じ取られ、口調も棘はあるものの慇懃なものへと変化していた。
「何の事だ?」
返答する。
「私のようなか弱い乙女を助けて善人気取りですか?と聞いているんです」
おいおい……さっきのどこにか弱いなんて要素が含まれていた?
「自分でか弱いなんて言って恥ずかしくは無いのか?」
「確かに『か弱い乙女』は言い過ぎましたね。私……“女神”ですから」
……う、うわぁ~、もしかして俺は今、絡まれてはいけない奴に絡まれているんじゃないか?
しかも、控えたどころかより酷くなっている。
内心ツッコミたくはなったが、雉も鳴かずば打たれまい……下手をすれば金髪の男の二の舞だ。
「気に障ったのなら謝ろう。悪かったな」
ここは潔く頭を下げておく。
これ以上の事態の悪化は避けたい。
「ん?」
突如、胸に妙な衝撃を受ける。
頭を下げると同時に瞑っていた目を開ける。
そこには……自分の胸に突き刺さる一振りの白銀の剣があった。
そして、その刀身には赤い液体が伝う。
顔を上げて女性を見ると、腕を地面と水平にしてこちらへと翳していた。
おそらく、“何か”を投げたのであろう。
そしてその“何か”は……この胸の……剣だ。
「その通りですよ。気に障りました」
現在進行形で人一人を殺そうとしているのに平然と返すな…。
「お前……さっきの口調もそうだが、慇懃無礼にもほどがある」
「これでも痛みを感じさせないよう即死させようとしたんですよ?いまだに意識のあるあなたに非があります」
理不尽ここに極まれり、だな。
胸の傷から血が溢れ出て、同時に体から力が抜けていく。
悠梨は両膝を地面につけて倒れ……こまなかった。
「まぁ、別になんともないがな」
「なッ!?」
白い髪の女性は、目の前の光景に驚愕して目を見開く。
そんな彼女の反応になど気にも止めず、胸に突き刺さる白銀の剣の刀身を撫でながら悠梨は喋り続ける。
「いきなり胸を剣で突き刺されたのはさすがに驚いたが……、この世界には常にイレギュラーがあることを学んだろ?こんな感じのな…」
悠梨はそう言いながらおもむろに刀身を掴み、荒っぽく引き抜く。
鮮血が飛び散り、周辺の地面を赤く染める。
腕に若干の違和感があるのか、悠梨はその場で腕を大きく回す。
白い髪の女性はさらに驚愕する。
「それは……どうなっているのですか…?」
悠梨の傷口が塞がっていくのだ。
それだけでは無い。
傷口が塞ぎきったと同時に、切れたシャツまでまるで縫うように元通りになっていくのだ。
「“治癒”……なんて生易しいものではありませんね。“再生”……ですか?」
「さぁな。俺も詳しいことは知らなくてな。一応、俺は“加護”と呼んでいる」
そう答えた悠梨の状態は既に、白銀の剣で突き刺される前の綺麗なままの状態に戻っていた。
「あなた、何者ですか?」
「それはこちらのセリフでもあるんだがな……」
億劫そうに、そう答えた悠梨は頭を掻きながら重い口を開く……
───俺は、“天使”だ。
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「俺は、“天使”だ」
……う、うわぁ~、どうしましょう……、もしかして私はとてもイタい方に絡んでしまったのでしょうか。
自らを“天使”と語る青年に、白い髪の女性……白はさすがに困惑し、どう返せば良いか迷っていた。
そして人は、自分を“女神“だの”天使”だの言う人に対して皆、同じ反応をするようだ。
どちらも、互いに引いていた。
ここまで読んでくれた方々、ありがとうございます!
投稿頻度は低いかもしれませんが、また読んで頂けると嬉しいです!