9話 :班長の死に様 (三日目 夜)
ルカ「いつ死ねるのか」
あの日から環境は大変わりした。
それまでは各地に点在していた村の殆どが遊牧民となっていた。地を這うようにしてほんの少しの天の恵みを探し回る。大きな振動を近くで観測した場合に家ごと移動することで少しでも被害を免れようとした。毎日が必死であの日のこともあまり覚えていない。あれから一度も性徴は起こらない。というか、あれ以来、一度も見かけていない。
見上げるとそれはいつも浮かんでいた。
もしかしたらと思って見上げても結局は何も変わらない。
「あとどれくらい生きられるのかな」
そう呟いていた。
疲れた体は自然とテントの方へ向かっていた。近くまで来ると隙間から光が漏れているのに気付いた。中から紙が擦れる音がする。班長がトランプを切りながら私の戻りを待っていた。
班長「おう、遅かったな」
配属されたばかりの新人には班行動を取ることになる。班決めは月に一度の交代でメンバーが入れ替わる。集団全体の人数は入れ替わりが激しく詳しい人数ははっきりしない。やむを得ない事情で抜ける者もいれば行方不明になる者。私がこの集団に入ったのは1週間ほど前で漆原とかいう外国人の雑用をさせられている。班は本来4人で動くのだが、配属された初日に他の2人が行方不明となって今に至る。通常4人班でする作業を2人で行わなければならないため、規定の時間内に終わらないことも多かった。その場合は雨風しのげる場所で一晩を過ごすこともあった。それでも入って日が浅い私にとっては経験になった。外の寒さで手が悴んでいた。
班長「おかえり」
温かい。
芯まで冷えていた体は徐々に解きほぐされていく。暑すぎないで丁度いい。ほっとため息をつくと顔が緩んでいく。横になったらこのまま寝てしまいそうだ。
ルカ「ただいま」
2人班は悪い事ばかりじゃない。
テント自体は4人用だが私たちの班は2人なので寝る時など広く使える。事前に配られた数日分の食料や雨具、それぞれの服や暖房器具が所狭し並んでいた。着の身着のままで合流した者がほとんどで各々の荷物はあまりなかった。2人班でも狭いくらいなのだから他の班はどうしているのだろうか。
班長「外に出しているんだよ」
布団から顔だけを覗かせてボソボソと呟く班長。彼女が風邪を引いている間は私が班長をやっているがそう呼ぶ方がしっくりくる。入り口の布をどけて顔を出すと確かに荷物がそれぞれのテントの傍らに置かれていた。中には外で寝泊まりしようとする奴もいた。紺の大きめの寝袋の中であくびをしている金髪、漆原さんだった。
班長「女王と同じテントだからしょうがないよ」
確認事項が山ほどあるので同じテントの方がスムーズに進むらしい。
班長「今日のお仕事お疲れさま。ちゃんとできた?」
ルカ「まあね。そっちこそちゃんと寝てた?」
班長「…………」
ルカ「………寝てなかったんだ」
班長「寝てたよ」
そう言って私に抱き付いてくる変態。
彼女が私たち2人班の班長だ。
今日一日風邪でテントにいたせいか班長は本当に暖かい。風邪がうつるかどうかは自己責任なので移されると大変だ。抱き付いてきた彼女の体はいつもより重たい。風邪のせいか足元がふらついてもたれ掛かってくる。重さに耐えきれなくなった私の体がそのまま前のめりに倒れこむ。
班長「(゜-゜)」
風邪が十分に治っていないのかもしれない。彼女の体を押しのけようとすると私の手を取り自分の谷間に入れようとする変態。
班長「体温計~」
彼女が私より全てが大きい班長だ。目の前にある顔は今にもはちきれんばかりに真っ赤に実っている。明日は私が風邪を引く番かもしれない。細かい事もやってくれて頼りがいのある存在だけど自己管理が甘い彼女。大好きなはずのトランプがぐちゃぐちゃになっている。
ルカ「明日から情報収集が始まるね」
ババ抜きをしながら思い出したように呟く。集団が本格的に活動を開始すればこうした時間も無くなる。しんみりした気分でジョーカーを班長に引かせる。
「うわ!また負けた」
「……」
「…………」
ペラッ。
「カードに細工なんかしてないよ」
班長は手持ちのジョーカーとにらめっこしている。そして今度は自分で切るとばかりに散らかっている分を集め始めた。
「ねえ、班長?」
「ん?」
「他のテントの奴らなら同じ様にトランプやってんだろうよ」
「特に他に支給品もないし変な気も起きないし」
「でも時間だけはあるし」
「みんな同じなんだよ」
「そうじゃなくて」
「?」
「何か食べる物持ってない?お腹空いちゃって」
「それもみんな同じだよ。我慢しなよ」
「だよね」
擦り切れたトランプにも飽きて身の上話をすることになった。他の人の事情を詮索するのは良くないと分かっていても聞きたくなる。それにこれから一か月は一緒にいるのだから少しくらい話しても悪い気はしない。そうさせてくれる空気を班長は持っていた。何を言っても笑顔で受け止めてくれる存在というのはいろんなものを忘れさせてくれた。
「ルカの家族はどんな感じ?」
それまで寝そべって手を顎に置いていた班長もおもむろに座りなおす。何だか私も気持ちを正される思いで顔を彼女の方に向ける。
「楽しかったよ」
そう一言呟く。でもそれはちゃんと班長に届く。黙っているようだけどそれは班長が考え込んでいる時の様子。さっきから視線を外さずに私を覗く。
「弟が私に色々ちょっかい出してきて」
弟の姿が思い浮かぶ。顔を右上の方に向けて思い出そうとする。綺麗な思い出。楽しい思い出。思い出したくない思い出。
「それにお母さんが加わって」
顔を上に向けたまま続ける。班長もそのまま。その情景に母が加わる。母は弟とじゃれ合う。そしてそんな景色を壊そうとする。
ぶち壊そうとする。
だからそれを否定する。
私の中から排除しておく。
「そんな私たちをお父さんがまとめるの」
そこに無理やり加えた父。母と弟が走り回るのを後ろから捕まえる。
でもやっぱり壊される。
潰される。
そんな瞬間を頭の中でもう一度経験する。
「……ぁ」
言葉にならない声。班長の眉が反応する。何かを喋ろうとしてやっぱりやめる。その口は開かない。身体も俯く。
「……」
「……」
喋れない。あんまり上手くまとめられない。でも色々と思い出す。もっともっと続くと思っていた日々。もう少し続いてくれると思っていた。いつか私が誰かと結婚することになった時、花嫁としての姿を二人に見せたかった。
「あぁ……楽しかったなあ」
思わず声に出る。目頭が熱い。私が今まで当たり前だと思っていたことはそうじゃなかった。簡単に崩されるものだった。目尻にためた涙が頬を伝おうとした時、
「…………」
「…………」
我に返る。ハッとする。急いで涙を拭く。でも班長はずっと見ていたからあまり意味はない。こんなこと班長に話してる。どうしたんだろ、私。
「ごめん、そんなしんみりならないでよ」
平静を取り繕うとするが班長は微動だにしない。
「ありがとうルカ、話してくれて」
瞼をそっと閉じ静かにそう呟いた。
「……」
「……」
「写真とかないの?」
班長は私のバッグをそれとなく指さす。その指の先にはいろんなものが詰まっている。弟に食べさせるはずだった食料も残っている。だからそのバッグを開けるというのはそれらを見つめると言う事。でも身体を動かしたい気分だったのでありがたい。
バッグを手元まで引き寄せるとその重さに少し慄いた。
私はこんな重さを背負って今まで走っていたのか。もう少し冷静な対応というものが求められたのかもしれない。でも今は上手く言葉には出来そうにない。バッグの中を少しまさぐるとそれはあった。
集合写真。
父と母と弟と、そして私。みんな笑顔。今の私の目に浸みる。振り向くと班長は未だ微動だにしない。真剣に聞いてくれている班長のためにも見せることにした。班長はそっと受け取るとみんなを見つめる。
少しの沈黙。
「父は自分の部屋に籠ってばかりで……でも私ともよく話はしていたんだけどね」
「この人はどんな人?」
「父さんはずっと雲を超えるための研究をしてた」
「実際に外に出ることもあったからよく連れて行ってもらってた」
「これがその父から貰った装置」
「装置?」
「雲を超えるためのね。まだ完成はしていないんだ」
安っぽいと思う。こんな事当時から誰もやっていなかったから協力者がいなかった。でも体を浮かすことくらいはもう出来る。これが完成すれば自分から向こう側へ行くことも出来るはずだ。
父から初めて受け取った時はドキドキした。
「ルカならきっと出来る」
「私ならもっと簡単だわ」
いつも割って入って来る母。でも実際に色々分かるのが母でありその辺は有りがたかった。
「…………」
母の後ろから指を加えて見ている弟。頭だけ母から出ている。
静寂。
班長はとやかく言ってこないからみんなも話しやすいんだと思う。
この時の班長の顔を私はよく覚えていない。
「……?」
そして班長は何かに気付く。おもむろに右端に映った父の顔を指さしてきた。
「その人さ、そのお父さん。」
「父がどうかした?」
私は班長の顔を覗き込むようにして尋ねる。彼女の顔は真剣そのもの。そしてポツリと呟いた。
「見たことあるかも……」
「…………え?」
思いがけない一言だった。私はどうしていいか分からない顔をしていたのかもしれない。
「此処に合流する直前。だからルカと会った日」
「ここの近くだったと思う」
あの日。
でも班長の顔に嘘偽りはない。
正直、今すぐにでも会いに行きたかった。もしかしたらなんて思っていたけど見た人の話を聞けて嬉しかった。
「まだ生きている……」
「いや、生きているかもしれない」
それをすかさず班長が訂正する。
会いたい。
どうしても会いたい。あって一回話がしたい。そんな気持ちが顔に出ていたのかもしれない。私の顔をじっと見つめていた班長。今度は私を指さした。
「行ってきなよ、誤魔化しておくから」
「班長……」
「これは優しいとかじゃない。ルカの為に必要だから」
班長は自分のバッグから羽織るものやら、携帯出来る食べ物なんかを取り出してきた。そのどれもが今の私にはないもの。そんな必需品も持たずにここまで来ていた。
「ルカ、お前持ってないだろ」
さっきバッグの中を見られたのか。何だか恥ずかしい。
辺りのテントは次々と消灯する。就寝時間は決まっていて一人でも守れないと次の日の食べる物がなくなる。激しく体力を消費するこの毎日で一日メシ抜きがどういうことか知らない訳じゃない。でもそれがないとやっていけない。班長から有りがたく受け取る。
「今度おごれよ?」
「分かってるよ」
そんなちっぽけな返事が私を安心させる。班長の言葉は何かと私の気持ちが見えているような選び方。この時間からテントの外に出るのは一週間分くらいで足りるかな?結構班長は食べる方だからな……。
「……ありがとね」
初めてまともにこんな言葉を言ったかもしれない。咄嗟に我に返って恥ずかしくなる。伏しがちだった目線を元に戻すと班長はいつも以上にニヤニヤしていた。冷静を装って問いかける。
「……どしたの?」
「ルカちゃんの素直なありがとねいただきました……ご馳走様☆」
さっさと出てテントの入り口の布を乱暴に閉める。班長のあの顔が脳裏に焼き付く。私も何かそういうのがあった方が良いかも。
辺りは真っ暗で目が慣れるまで時間がかかった。
ここからこの道を真っ直ぐ行く。この時間帯は各班が交代で見張りを行う。抜け出したり食料を盗んだりする輩が多いからだ。それぞれのテントにまだ明かりがついていることから今日はまだ巡回していない様子だった。
「お父さん……」
班長が見たという場所はここからあまり遠くない場所だった。しかしまた現れるのだろうか。その時と同じ時間に来ては見たもののまた現れるとは限らない。遠くへ行ってしまったのかもしれないしそもそも何をしに現れたのだろうか。
吐く息が白くなって消えていく。
寒さは昨日からあまり変わらない。父は弟や母のことを知っているのだろうか。まだ探し回っているかもしれない。もしそうなら母とおそろいの子のマフラーに気付くかもしれない。でも会って何を話せばいいのだろう。もう全然違う人になっているかもしれない。私だって少しずつ変わっているつもりだ。良い意味でも悪い意味でも。
「お父さん?」
後ろ姿でそう感じた。思わず駆け寄る。まだ生きていたんだ。いろんな話がしたい。話さなきゃいけないこともあるし、話したいことも。私の存在に気付いたのかその人が反応する。
「……え?」
だが、一度も振り向くことなく走り去ってしまった。追いかけようとするが早すぎて追いつかなかった。
「なんで?私は会いたいよ」
「なんで…………お父さん?」
突然止まる。まるで私が追いかけてくるのを待っているかのように。背格好は間違いなく父だ。別人だったら後で謝ればいい。そう思いそのまま駆け寄った。
「待っててお父さん!」
駆け寄ってそのまま抱き付く。思った以上にゴツゴツしていて苦労したのが見えてくる。
「お父さん……不安だった」
「一緒に死んでくれない……?」
「…………班長?」
咄嗟のことで振り返ることが出来ない。
でも声は確かに班長。それにかなりの力で締め付けられる。班長の息遣いが近い。
かなり息が荒い。
「……痛いよ、班長」
「怖かったんだよ私。いつ死ぬのか分からなくて自分じゃ分からなくなった時にルカが現れたんだ」
「ルカは私にとっての天使。もう何処にも行かせない」
「班長……?」
抱き付かれているので首だけを回す。目と鼻の先くらいの距離に班長がいる。でもいつもと恰好が違う。それにこれは見覚えがある。
「さっきの人って……もしかして」
「そう、私。どう?似てた?まあ後ろ姿だけじゃ分からないか」
「でもルカもうかつだね、写真なんて簡単に見せるもんじゃないよ」
「私みたいな奴はそこら中にいるんだから」
「……ダマしたの?」
「もう遅いよ」
班長はさっきよりも強い力で締め付けてくる。とてもじゃないが逃げられそうにもない。そのまま何もしない時間が流れる。汗が垂れる。
「ルカ?」
「…………何?」
「ルカは何時までここで生きるの?辛くないの?」
「ここに居ても家族には会えないよ?」
「あんな寂しがり屋のルカが一人で生きていけるとは思えないな」
「ルカ……ねえルカ?」
「…………」
「勝手に決めつけないでくれない?」
彼女の顔を確認しない。振り返らない。それでも班長の耳に届く声で。
「寂しがり屋の私は色んな事があって混乱してる」
「今はただ必死に逃げてるだけ」
「隠れてるだけ」
「…………」
「そのものじゃなくても班長の怖がっているものは伝わってくるし私も怖い」
「でも私は目を逸らしたくない。ちゃんと向き合いたい」
「私が向き合わなかったからみんな死んじゃった。もう戻ってこない」
「昔の私には戻りたくない。ここで折れたら戻っちゃう」
「だからまだ死ねない。宇宙には行けないよ」
「「…………」」
「ルカは強いね……ぎゃ!」
「ルカ!そいつから離れろ!」
「!?」
誰かの声が聞こえてくる。班長の力が緩んだ隙に飛び出す。振り返ることなく走る。ある程度来たところでリーダーが目に入る。
「ルカ、こっちだ」
「待ってよルカ!私を置いてかないで!お願い!」
「ルカ?何処にいるの?」
「…………」
「ルカ…………」
「私、一足先に待ってるから」
「班長…………」
「キャハハ…………」
走り出す班長。
テントとは全く違う方向に全速力で走っていく。
髪を振り乱しながら遠くに消えていく。
「!?」
息遣いまで聞こえてきそうな顔。一瞬だけ見えた形相。強張る体を咄嗟に抑え込む。さっきのを体が思い出して自分を守ろうとする。身体の震えが治まってようやく周りに目が行く。
「落ち着け。彼女はもういない」
「?」
雨に足元をすくわれる。
これからどうなるのだろう。鼻に付く臭いが立ち込める。この臭さは忘れられない。足元の汚れも目に残る。この日の事を私は思い出す。何度も思い出してより深くなっていく。家族と同じくらい忘れられない存在になっていく。だからあそこで私が行かなくても、連れて行かれなくても残り続ける。ずっと班長は私と一緒。実体はなくとも死んでも一緒になる。
これが私と班長。
おそらく実際に彼女ともう一度会うことなんてない。まさかあのテントに戻って来るとも思えない。もう二度とは帰らない私の班生活。
目の前に立っているのは班長ではない。そこにいるのはリーダー。中腰になって私の顔を覗き込む。雨に濡れた髪の毛が頬に張り付いている。そこから口の中に雨水が入り込む。
「激しくなって来たな。テントに戻ろう」
リーダーが私の体を引き上げる。片手で私の体を抵抗なく引き上げる。かなりの力を腕に付けたのだろうか。足元に付いた泥を払おうとして思い出す。
「…………あぁ」
「忘れろ。引きずっても仕方ない」
「…………はい」
「夜で……良かったな?」
「……」
歩く。とぼとぼ歩く。私がフラフラしているから速く行けない。やがてテントが見え始める。その内私たちの班のも見えるはずだ。
「あれか」
私たちのテントは周りのと大きさは変わらない。強く引っ張ったせいか入口の布が取れかかっている。
「無理に戻る必要はない」
「今日くらい私が野宿に付き合ってやる」
女王の優しさが浸みる。
でも体の寒気が止まらない。やがてクシャミも出始める。
「ごめんなさいリーダー。私どうやら風邪引いたみたいで」
「……そうか」
モタモタ歩いていたから体が冷えている。寒くて視界もフラフラする。連れられて中央のテントに連れて行かれる。
「あの……班長は」
「彼女は行方不明だ。それにこの天候では捜索に出ることは出来ない」
「……そうですか」
「あの物体がもう一度上がれば見れないこともないが……」
生死の確認が出来ない。暗闇の中に走り去る班長が目に焼き付いている。こうなることも覚悟していたのか。
「…………」
「あいつは精神が腐った化け物だ」
リーダーが呟く。
腐った化け物。でも人間。私たちでもいつああなるのか分からない。もしかしたらもう化け物になっていてそれを自分でも気づかないのかもしれない。それを先に気付いたのが班長で私たちはそれで向き直らないといけないのかもしれない。
「~~~~」
声がする。この声は勘違いでなければ恐らく班長。班長の声だと思う。けど何処から?何の悲鳴?
「気にするな」
「…………」
「ルカ」
「…………」
「私行きます」
そういうとそのまま走り出す。冷えて風邪を引きそうで力が上手く入らなくてもそれでも走る。わき目もふらない、自分の足跡を頼りに走る。雨でぬかるみが出来て跡が消えている場所もある。それでも走る。
戻りたい。
また休みたい。私は結局何もしていないじゃないか。こんな事許されるのか。班長の悩みに何も答えていない。正論をぶちまけて否定して。それで傷を負った班長が……って考えればほとんど私が殺したも同然ってことで。それで自分だけぬくぬくしているのはなんか納得いかなくて。それでリーダーの腕をすり抜けてここまで戻って来たけど、別に何もなくて何も分からなくて。一目散にもといた場所まで戻る。
「班長……?」
探そうとしてももういない。見つけることは出来ない。逃げ出した私の自己満足。ここにきて班長がまだ残っていて結局何を話すというのか。あの中を見つけに行くことは出来ない。見つかりはしない。リーダーの鼓動が聞こえる。おそらく私のも聞こえている。
近づいて互いの鼓動が収まるのを待つ。