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6話 :リーダーとお風呂と昔話。 (二日目 夜)


生きた。

何故だろう。

私は許されたのだろうか。

生き残ってしまった。そんな死に損ないのためのキャンプ。明日の晩までのキャンプ。この瞬間だけの集まりでしかない。ここに居るこいつらの食料を求めて彷徨する集団。大義名分を作り食料の強奪。この世界では光。明かりを灯す術を持つ人が優位に立つ。破れた鼓膜の修復も必要。食料を掻き集めてくる人も必要。体を癒す場所も必要。そうしてこの世界が出来上がっていく。

でも大抵は上手くいかない。志半ばで死ぬ。そういった行為を行う必要がなくなるのだ。生き残った集団の統率を取る。ていうか、私はなぜまだ生きているのか。でもあれからまだ一時間もたっていない。立ったそれだけの時間でこうして世界は造り替えられていく。


何を食べたのかも味もほとんど覚えていない。でもお腹に詰め込む。鶏肉と野菜のスープ。塩と素材自体の旨みだけの質素な味付け。もし近々死ぬとしたらこれが最後の晩餐になるのだろうか。なんて味気ない。それでも食べられなかったなんて思うよりはマシだ。


温泉。

体を癒せるこの場所は嫌いじゃない。

このお湯はみんなに包まれている気がして気持ちいい。染みわたる。お湯の表面は揺れる度に違う場所に光が当り反射する。すくい上げたお湯はとろみを帯びてお肌に優しい。思わず塗り込みたくなる。でも外の空気は寒い。

今こうして多くの班員が利用したお風呂に私も入っている。テントで休んでいる人が多くいる中、お湯に浸かったり、道具の整理をしたり。


みんな生きている。

生きているんだ。この同じ場所で一緒の時間を過ごす。離れ離れじゃない。同じように生きて互いを必要としている。体を洗ったりみんなで話し合ったり。全員が同じ感情ではないけど。生きていきたいからみんな一つになっている。これから何をする時も必ずここに居る誰かと過ごす。小さな枠にぎゅうぎゅう詰めで寄り添う。隣の人も後ろの人もみんな生きている。どうなるか分からないけどこの思いもみんなと同じ。

ここの景色は違っていた。


ルカ「綺麗……」

女王「どうだ?頑張った甲斐あったか?」

ルカ「リーダーはこれをみんなに見せたかったんですか?」

女王「それもあるな。みんなで胸襟を開いて話せる方が良いと思ってな」

ルカ「何だか女王らしくないですね」

女王「それはお前たちが勝手に呼んでるだけで。私はそう呼んでとは一言も……」

ルカ「あの時はすいませんでした。変に突っかかっちゃって」

女王「ああ、お前もそうだったのか。ああいうのは本当に多くてな。正直覚えてないんだ」

ルカ「そうなんですか、さすが女王ですね」

女王「その言い方は嫌味が入っているような気もするが……」

ルカ「女王は一々覚えてないんでしょ?」

女王「もういい加減女王って言うのはヤメロ」

ルカ「じゃあなんて呼べば良いですか?」

女王「いつもリーダーと呼んでるじゃないか」

ルカ「ていうか、リーダーは何て名前なんですか?」

女王「そうだな……必要がなかったから言ってなかったが……」

女王「何だと思う?」

ルカ「ええ、教えて下さいよ」


大きな岩を丸く並べて作られたこの露天風呂では多くの班員が利用している。肩まで一気に浸かる。ため息がどっと出る。でもこれが良い。肺の中の空気を一度出すことで全身にリラックス効果が出てくる。口元も緩む。初めて会った人とでも会話が弾む。


温かい空気がそれぞれのテントから流れ出ている。食べ物のいい香りもする。それぞれの班員が休むテント。そこを抜けた所には温泉があった。


源泉かけ流しのお湯が体に染み込む。

しばらく寒いところにいたせいで足先の感覚がなくなっていた。この前入ったばかりなのに久しぶりの気がした。指先に徐々に感覚が戻っていく。ようやく怪我をしていたことにも気づいた。痛みを伴うが温泉が傷口に染み込んでいく。


ルカ「極楽~」


人だけじゃなく猿もお風呂に入りに来ていた。気持ちよさそうにしている。大きな岩に体を預ける。よく見ると私から血が染み出していた。慌てて隠す。さっきの女の子も入っていた。


女王「気持ちいいか?……私の家の温泉なんだ。父は経営していたが亡くなってからからは私が切り盛りしていた」

お酒を持って顔も赤い。

かなり出来上がっている。

だがとても上機嫌でさっき聞けなかった名前の話も聞けそうだ。


ルカ「もうのぼせているんですか?」

女王「違う、酔ってるだけだ」


盆の上に置いたお酒はもう無くなっている。


女王「私もお前くらいの時は色々思い悩んだけどな」

ルカ「まさかリーダーの口から思い悩むなんて単語が聞けるとは……」

女王「多分お前よりも深刻そうな顔してたな」

ルカ「私そんな顔してますか?」

女王「ああ……見てるこっちが心配になるくらいはあるな」

ルカ「……でも心配してくれるのならこれでもいいかも」

女王「お前が良いなら良いんだが」


リーダーの顔にも柔らかさが出ている。


女王「フフ……ああ、頭が重い。先に上がるよ」

ルカ「フラフラですけど大丈夫ですか?」

女王「うっ……。大丈夫じゃない……」

ルカ「一旦上がりましょう。肩を借りますよ」

女王「ふへへ…ブクブク」


フラフラで頭までお湯に浸かってしまっている。上体を起こすと我に返り顔をプルプルしている。


女王「ぷは……済まない……」

ルカ「いつもこうなんですか?」

女王「酔うと大変でな。だからいつもはお湯の中までは持ってこないことにしているんだが」

女王「髪を整えてくれないか?一人だと大変なんだ」

ルカ「いいですよ」


リーダーの髪は意外と痛んでいる。触るといくつかに分かれて行き、軋んだ毛先は枝毛になっている。


ルカ「最近手入れしてないんですか?」

女王「それだけ忙しいってことなんだよ。その辺はあまり気にしないでくれ」

ルカ「そうですか」


母にもやっていたのでたいして時間は掛からない。母のも細かったがリーダーの髪の方がより細い。絹の糸を触っている様で柔らかかった。


女王「それよりここはどうだ?」

ルカ「いいと思いますよ。嫌なことも忘れられて」

女王「そうだな……いっそ忘れた方が良いのかもしれないな」


目を細めたリーダーはあの光景をどう見ていたのか。あまり分からなかったけど、恐らくこのお湯で体の匂いも取れている。しつこく染み込んできた腐ったような匂いはお湯に溶けて無くなっていた。


女王「あと三年したら一緒に呑めるな」

ルカ「そうなるといいですね」


期待も何もない気持ち。そんな言葉。


女王「まあ、そうするのだがな」


リーダーもそう思っているのだろうか。


女王「ここはな、私が作ったんだよ」

女王「そんな昔じゃないけどな。当時は混浴にしてた」

ルカ「分かります。しそうですよ」

女王「色々言われたけどやって良かったよ。常連客も増えたし」

女王「一緒に入ればなんとかなるさ」


そんな思いでこの温泉を作ったのだろうか。へこたれて帰って来た班員が癒される場所。帰りたいと思える場所。ただそれだけなのかもしれない。生き残りたいとか何かを成し遂げるわけじゃない。みんなが集団で確実に生きる自給自足の仕組み。誰が欠けてもいけない。


逃げられる場所。


女王「昔話を一つしよう」


リーダーが話してくれたのはリーダーもまだ生まれる前の話。





?「今夜が最後の晩かもね」


私とその人は元の場所から離れたところに居る。焚火だけがぱちぱちと音を立てている。ここは洞窟。元々人間が住むような場所ではない。でも今生き残っている人は此処に居る。


早くこんな事が終わってくれ。

濡れてない枝を拾い集めて焚火をする。でも決して静かというわけじゃない。いつもどこかでずっとなっている。ずっと大地を潰しているのだ。もう父も母も潰れたのだろう。この目の前に居る人にも家族が知っている人がいるのだろう。そしてその人も恐らく潰されている。今は服が乾いているがさっきまで濡れていた。そのせいか体が冷えて風邪気味なのを否めない。


?「へっくしょん」


思い切り風邪を引いている。クシャミの先に居る彼も茫然と焚火を見ている。今、この地上にはどれくらい人間が残っているんだろう。どれくらいの生物が私たちみたいに生き延びて身を寄せ合って過ごしているのだろう。


怖さ。

自分が死ぬんじゃないかという感覚から、子供を残したいという思いは生える。身体が火照る。熱い。でもこれは自分では抑えられない。間違いなく死ぬ。生き残ることはない。このロクに話もしたことない人で解消するか。彼も同じことを思っているかもしれない。


私たちはアダムとイブだ。


私がイブで彼がアダム。新たな生命を誕生させることで新たな人間の世界へと一歩になるかも。今夜がその記念日。新しい西暦。もう誰も残ってないのだろうから何をするのも決めるのも全て私たち。

女「何をしている!」


気付かれた。

他に人がいたのか。まだ生き残っている人がいたのか。焦って変なことしなくてよかった。


女「お前たちも生き残りなのか」


その人は私の母くらいの背丈をしている黒髪ストレート。あどけなさの残る整った顔からはとても年上とは思えなかった。私たちは挨拶の握手を交わす。彼女たちの所も色々人が集まってきて今ここに居るらしい。


その夜の焚火はひどく幻想的で妖艶にも見えた。


生物は死ぬ時に子孫を残そうとする。それは自分という種を絶やさないためであり、生物の本能と言える。

そのため、相当数の新たな命が母親の中に宿ることになる。それは生きていくために必要な事。生まれてきた命の中には直ぐに絶命してしまう者も少なくない。


もはや普通の人間が生きていける状況ではないのだ。呑気にご飯を食べる余裕も寝る時間もない。


夜。

恐らく夜なのだろう。やはり悶々として眠ることが出来ない。今頃父と母はどこでどうしているのだろう。


次の日、私は生き残っている最後の人間となった。





女王「と、ここまでが昔話。お終い」

ルカ「ええ、良く分からない所で終わっているんですけど……」

女王「深く考えたら負けだよ、ルカ。ああ、頭痛くなって来た、ちょっと寝るわ」

ルカ「好きにして下さい」


彼女が作りたかった空間が此処にあった。


女王「ふあ……お休み」

ルカ「あくびしないで下さい。こっちにも映るんですから」


細い腕を岩の上に置いて瞼を閉じている。こんなに安心して寝ているリーダーは初めてだ。


女王「zzz……」


辿り着いて良かった。長い髪を束ねると横に置いてあったペンダントに気付く。近づこうとすると彼女が腕を振るいあげる。またすぐに眠りに付く。なんだかのぼせているのか酔っぱらっているのか分からなかった。



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