5話 :男や女はどうやって死んでいくのか (二日目 昼)
ふと、遠くの方で声がした。
珍しい、そう思った私は吸い寄せられる様に近づく。
男と女…と思う。
あんなに引っ付いて離れないから…多分そう。
一人はまだ若くてこれからがある女。引く手数多の顔。
一人は行き詰ったオジサン。どうしようもない無精ヒゲを髪を束ねることでしっくりくるようにしている。
変な奴。
私はそんな二人の近くを通った。
女「ねえ、どうしよっか?」
女「此処でいいの?それとも向こう?」
男「そうだな、こっちでもいいかもな」
どうでも良い会話をしている耳に入ってきて煩わしい。
でも、聞く。
女「あ、あそこにも人がいるよ?」
男「ホントだ、でも一人だね」
女「そうだね」
うるさい。
こんなところでそんなこと言われたくない。サッサと何処かへ行ってくれ。
女「私たちのことどう思ってるのかな?煩わしいとでも思ってるのかな?」
男「そうだろうね、だって一人だし」
男「一人で、どうやって生きていくんだろうね」
それこそ余計なお世話だ。あなたたちに気にしてもらうようなことじゃない。自分の人生くらい自分で何とかする。
男「此処は暗いねえ、でも向こうも暗かったしね」
女「向こうに行く?」
男「そうだね、私たちも宇宙へ行こうか」
どうやって行くつもりなんだ?
あの物体に潰されようものなら惨めに潰されて終わりなのに___どうやって、
女「私が先に行くから、あれに聞こえない様に殺して?」
私にも聞こえた。
心の奥がザワザワする。
変な感じ。
あの人たちの答えを見せられた気がして。
見捨てられた大地。
でも確かに、愛を見た。
蝋燭。
灯篭。
小さな家の中。
10人近くの人たちが固まっている。私もその中の一人。
潰される内の一人。
?「もうすぐ私たちの番ね」
誰かがそう言う。
良く通る声だ。
?「私たちも連れて行ってもらいましょう」
外では悲鳴や叫びが響いている。
これは誰の声だろうか?知っている人のそういう声はあらかた聞いてしまった。
残っているのはもう、私くらい。
グシャ…グシャ…。
あの物体が、外を潰している。
私の耳にも届く。まだ届く。
あんなものがどうして雲の向こうなんかに…。あんな大きな物体が何にも支えられずにいたら、こうなるに決まってる。
何であんなものが…。神のイタズラ?それともあれが神?
男 「美味しい?」
男 「喉が渇いたろう…ジョボボボ……」
自分の分の水。
あまりないはずなのに、何のためらいもなく流している。
死んだ友への手向け。
男 「そっちはどうだ?噂だと息が出来ないって聞いてるけど…」
男 「まあもう死んでるお前には関係ないか」
その人は近くの工場で働いていたらしい。
村の片隅にあったのをよく覚えている。
あの日、私が巨大化した時にそのまま降ってきて、それで死んだ。
落ち着かなくなったのか、男は騒ぎ立てる。
男 「なんで死んだんだよ……なんで…」
男 「なんであんなものが雲の向こうにあるんだよ!」
男 「神様は何を考えてるんだよ…・・わしらに死ねというんか!」
漆原「落ち着いて下さい……あの物体に聞こえますよ?」
漆原さんに静止されてもなお、気の収まらない男はそのまま声を荒げる。
男 「じゃあお前さんはどうするっていうんか?」
男 「このままこの大地に這いつくばって、あれに潰されるんを待てって言うんか?」
男 「神様はわしら人間の事を何だと思ってるんか?」
男 「ワシらはこの大地の覇者ぞ!この地上で一番の生き物なんぞ?」
男 「何でそんなわしらが、惨めに潰されなあかんのじゃ!!」
怒号。
誰も返す言葉もない。
その通りだ。
なんでこんな目に合わなければ。
この地上だけじゃなかったのか。この大地で、自然界の食物連鎖というシステムの下で一番を誇っただけでは足りないというのか…。
男 「…………」
漆原「雲の下で一番だったのでしょう……」
その男は口にした。
考えてはいけない、言葉にしたくない現実を。
漆原「あくまで私たちが今まで生きていたのは雲の下で」
漆原「その向こうにはまだ見ぬ生物が猛威を振るっていた……ただそれだけですよ」
男「兄さんや…。わしらはどうしたらええんかのお?」
必死に何かを掴もうとして、答えを知りたがる、男。
でも、そこには何もなくて。
漆原「私たちの物差しではこれ以上どうしようもないです……」
漆原「あの物体が、この世界の王だったんですよ…私たちはその生贄です」
漆原「誰が死ぬとか死んだとか関係ないですよ……」
漆原「みんな潰れるんです。王の元に」
漆原「宇宙という世界も含めた、全ての覇者に」
男「ははっ……じゃあわしらは負けたんか?」
男「雲の下でいいって思ったんかのお……祖先は」
男「雲の下で一番ならそれでいいって思ったんかのお……?」
漆原「…………」
男「ワシらが死ねば……それは次につながるんかのお、子供たちはどうなるんかのお…?」
男「みんな潰れるか……ははっ」
男「うおおおおおお!!」
男は飛び出していった。
この小さな家の扉を蹴飛ばして、王のひざ元まで。
潰されに行った。
漆原に王と呼ばれたその物体は、私たちの頭の上に浮いている。
途方もない大きさで浮いている。
あまり光らずに震えている。
漆原「あれは生きていて……確かに息をしている」
変な集団に来てしまった。
でも私に逃げ道なんてない。
取り敢えず私はおいてあったパンを袋に詰めて、そそくさと小屋を後にした。




