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4話 :確率で潰れるという事実をどう受け止めるべきか (二日目 朝)




肌を切る風が体中の細胞を逆撫でする。

吐いた息は白くなって辺りを漂う異臭と共に消えていく。

走る度に口の中に砂が混じる。

私のペースに着いていけない心臓が不規則な周期を描く。

火事場の馬鹿力とは思った以上に出るものだ。

目の前はただ真っ暗。何も見えてこない。

私はひたすら走り回った。




やっと夜が明けた。


みんなの潰れる声が煩わしかった。


どうせなら黙ってみじめにどうしようもなく死んでいけばいいのに。


あーあー煩い。



大きな声で歌ってる奴もいた。

バカじゃん、死ぬ前だからって何しても良いってわけじゃねえだろ。






静かに死んで行けよ。





ああ、やっぱり。

また潰れた。やっと落ち着いてきたと思っていたのに。やっと何とかなると思っていたのに。


もはや壁。

穴が開くとかじゃなくて壁が迫ってきて、真っ暗になってそのまま死ぬ。



クソみたいな世界。

みんなのことを否定した世界。



ずっと続いていくものだと思っていた。


少なくとも私が生きている間はそんなことないと思っていたのに。こんがらがった頭では答えは見つからない。



息が切れて苦しくなる。

呼吸する事さえキツイ。

私の生きているこの全ての空間に響いている音。激しい音。みんながどこにいるのかさえ分からない。




こんなのすぐ死ぬじゃん。

教えてよ。分からないよ。どんだけ嘆いても大音量の鳴き声にかき消される。子供が泣いている。あやしてくれる大人はいない。隣で潰れている男性がそうだろうか。


?「どうして?どうしてお父さんは死んじゃったの?」

?「誰か助けてよ……」

?「誰のせいでこんなことに……」


村の人の声が聞こえる。



私はもう、あそこには戻れない。




あいつらは何をしているんだ?


みんなが潰れていく中でよく誰かと一緒にいようという気になる。隣の誰かがいたら逆にそいつを殺すことで私だけは生き残ったり…とか考えてしまう。


でもそんなに不思議なことじゃない。


多分普段の恨みがたまっている奴を殺したりしている奴もいる。


どうせ殺さなくても殺される。


そんな世界。







みんながぐちゃぐちゃにされる。

ふざけるな。何処で生きていけばいいんだ。私たちが住めなくなる。

もうやめてくれ。

気付いた時には体が動いていた。生物的な感情なのかもしれない。当の昔に息切れしていた。喉もカラカラで声も出ない。行く宛も頼れる人もいない村を駆け抜けた。今までは沢山いたはずなのに。沢山あったはずなのに。


もう誰もいない。





私が数えただけで一日のうちに260回落ちてきた。


私が数えることが出来たのはそこまでだった。それより後は鼓膜が破れて上手く聞き取れなかった。逃げ続けるには十分な数字だった。本当は逃げることもあまり意味はないのかもしれない。一か所に留まって静かにその時を待っている人もいた。その人達には悪いけどただ茫然と生きているようにしか見えずそういう生き方を選ぶことが私には出来なかった。人が潰れる時は音にならない音がしていた。あの物体が落ちた場所で生きている人間はいなかった。

やはりあいつが宇宙という世界の住人なのだろうか。だとしたら今まで彼らはどこで何をしていたのだろうか。今まさに落ちてきている所を目の当たりにした時は冷や汗をかいた。


私は前を向いて進んでいるつもりだったが今どこにいるのか分からない。


でもそんなことはどうでもよかった。あいつは宇宙と地上を行ったり来たりしている。その間に、お前が地上にぶつかる度にどれだけの人間が死んだと思っているのか。どれだけの人間に被害を与えたと思っているのか。人の気も知らずにあいつは勝手に動いている。





一人で泣く。

シクシク泣く。誰も見えない。ダメになった靴を持って涙を腕で抑える。

早く殺してよ。

吐きそうになって嗚咽交じりの口。弱音しか出てこない。何処かも分からない。足も痛い。でもこれからもっと痛い瞬間がやってくる。

必ずやってくる。


後何分だろうか。自分の番ももうすぐだ。弟にはもう起こったのだろう。むしろなんで生きているの?今頃宇宙にでもいるのかもしれない。顔をぐしゃぐしゃで鼻水も垂れる。身体が言うことを聞かない。


歩けないよ。

私の足でどこまで行けっていうんだ。どこまで行けばいいか分からないのに、真っ暗なのに、何にも持ってないのに。泣きながら、ゼイゼイ息をしながら。


普通の世界じゃない。


弟も家族も、みんな捨てて逃げた。足の痛さなんて気にしなかった。怪我をして血が噴き出す。走っていないと気が済まない。でも気が付く。


意味がないって。


逃げるというのはつまり真っ暗な中を彷徨うということだ。真っ暗闇を彷徨ってどうする。転んだりしたらもう最悪だ。暗い。ただ暗い。そして臭い。死んだ臭いと、これは宇宙の匂いだろうか。自分が今何を言っているのか分かっていない。四つん這いになって地面に泣き叫ぶ。怒号でかき消される。耳がおかしくなる。当の昔に鼓膜は破れている。

破れた耳を両手で抑えると血が流れだす。手の中が暖かい液体で包まれる。私の体の中で唯一あったかい。そのまま耳を押さえてその場に跪く。


ルカ「もう動けない……」


嗚咽が走る。私の体の中で逃げ出したい衝動と死に急ぐ衝動が拮抗する。でもそのどちらも選べなくてこの場に崩れ落ちる。抑えていた頭はもうどっちでも変わらなくなった。いつこの頭が上下から潰されるのか。横になった体は中々動こうとしてくれない。自分の頭で動かさないといけないのに上手く命令が出ない。この指を恨む。弟の手を放していたこの体を恨む。

後何回聞いたら死ぬのかな。


なぜこの世界に生まれてきたのだろうか。

心臓の鼓動と同じくらいであの物体は落ちてきては宇宙に戻るのを繰り返している。いつも暗い。ずっと暗い。死ぬ瞬間もきっと暗い。これからこの場所はずっと暗い。音もしない。聞き取れない。


落ちた場所にいればその時点で死ぬ。死ぬ。死ぬ。死ぬ。ただ死ぬ。


ルカ「もうやめて!!!」


私が悪かったから。生まれてきた私が悪かったから。途方もない大きさで途方もない回数を繰り返す。何秒に一回で落ちてくる。何千kmと離れているのに見える。落ちてきている様子がはっきりと。ここから。目を開ければ視界に入り込んでくる。そらというのは間違いでもはやあの物体しか見えない。ここからかなり近い場所にいるようでかなり離れているのだろう。ここは普通に生きていくには難しいような気がする。私たち人間がどれだけ考えてもあと何年も生きることが出来るとは思えない。それどころか何時間後にまだ生きている生物がどれだけいるのか。

私はあと何分生きているのか。

暗い世界。


こんなことになると思わなかった。


もっと楽しい日になると思った。ゴハン食べて弟とお祭りに行って、友達とかに会って。いい思い出になると思っていた。それがもうみんなとも話せないなんて。

そいつの速さが変わった。


今までよりも速く動いて宇宙へ戻っていき始めた。


走る。

走り続ける。逃げる。目の前がただ真っ暗になる。






まだ二日目。神様…助けて下さい、私だけでも。


もう頭が狂いそうです。


一週間なんて無理です。


だれか……殺して下さい。







女王視点↓


足元がはねた泥で汚れる。

一寸先は闇。

彼女の息はか細い。元々体が弱いのだろうか。体を寄せ合っているため湿気と共に余計に背中が湿る。風邪を引かない様に急がないと。

倒れていた彼女を拾った。着るものを持っていなかったので体を温めるのに丁度良い。辺りは一段と薄暗くなっていた。雲が明けたというのに前よりも一段と暗さが増していた。彼女を担いでひたすら走る。なるべく水たまりは避けたいところだがそうは言っていられない。怪我など目立った外傷は見当たらないが鼓動が速くなりつつある。微かに声が聞こえる。何かを伝えようとしている。さっきまでは元気に見えたけど体が濡れて熱も出ている。辺りには体を休めそうな場所はない。近くの休める場所を探そうとして彼女が呟いている声が大きくなる。


ルカ「弟……」


この子にも家族がいるみたいだ。近くの生き残っている人達がいる場所を知っているようだ。小さな声に耳を傾けながら足元もロクに見えない中を進む。自分の足が暗闇に吸われているようだ。


女王「お前も見ただろ。……あれは何だと思う?」

ルカ「私には分かりませんよ……」


体調が少しは回復したのがさっきよりも大きな声で話しかけてみる。さっきまでの様子が嘘のような回復の速さだ。


女王「あの性徴はお前なのか?」

ルカ「何の事ですか?今の私は色んな事がどうでも良いんですよ」

ルカ「助けてもらっておいてなんですけど……おろして下さい」

女王「ダメだ。私が寒い」

ルカ「知りませんよそんなこと」


彼女の顔が耳元まで近づく。その声は思ったより彼女の中に響いたのだろう。引っかかるものがあったのだろう。答えがあるなら知りたい、死ぬ前にそこまでは知っておきたい。向こうに行った時、みんなに話したい。そうじゃないと死んだ時、面と向かって話が出来なくなる。


女王「そんなことを思っているんだろ?」

ルカ「何なんですかあなた……私がどう思おうが勝手です」


何度も聞こうとした。唇が勝手に動いて言ってしまえば楽なのに。喉元で引っかかる。そして口にしてみる。


女王「……知りたいか?」


私が質問の意図を分かっていないようだったので彼女が言葉を変えた。もし彼女の中に何らかの仮説があるのならこれから生きていくためのヒントが見つかるのだろう。こいつにだって父も母も、弟も、そんな奴らがいるはずだ。そのみんなに手向ける言葉が見つかるのだろう。でも彼女は彼女自身で、私は私で考えるしかない気がした。


女王「…………」


彼女は私の返答を待っている。それまでは絶対に喋らない。私の首に回した彼女の腕が徐々に締まっていく。首元に突き付けられた爪に血が滲む。その血が汗と共に服の中へ落ちていく。


ルカ「知りたくない」


そう出ていた。口が動いて喋ったのはその言葉だった。私の顔は見ていなかった。


女王「そうか」


それだけ告げると彼女は私の体から降りて一人で歩き始めた。張りつめた背筋に小さななで肩。多くの経験がその後ろ姿に染み込んでいた。私よりも背が低いのに。言葉もなく歩く。


女王「あいつらはどこへだって動ける」

ルカ「え……?」

女王「これは私の独り言だ。気にしなくていい」

ルカ「……あなたも見たことがあるんですか?」

ルカ「どうやって雲の向こうまで行ったんですか?第三次性徴が起こったんですか?」

ルカ「お願いします教えて下さい。このままじゃ気になって死ねません」

ルカ「いつ死ぬか分からないじゃないですか、知ってることだけでいいので教えてください」


「「…………」」


ルカ「そうですよね……独り言ですからね。……寝ときます」

女王「…………」

女王「私はその時ちょうど良いくらいの年齢だった。だから興味を持つのはごく自然の事だった」


ルカ「!……その時はどうでしたか?」

女王「父がそういうのに詳しかったから助かったよ」

女王「でも、雲の向こう側までは見えたよ……そこからの想像だ」

女王「ちょっと見えただけで直ぐに体は引っ込んだ。縦横無尽に駆け巡るあの物体がいたんだ」


女王「大きさも色も違う。でも全ての物体は自由に動いていた」

女王「そんなのを見た私は直ぐに我に返った。気付いたら父に介抱されていたよ」


つまらない昔の失敗を思い出してションボリしている。この子も何だか萎れている。何処へ行っても関係ない。好きな時に行きたい場所へ向かう。そこに何か決まったものはない。いくらでも動いていくらでも変わっていく。


宇宙へ出た者はそれを目撃する。


自分の足元には自分が今までいた場所がある。でもそこよりも途方もなく大きい。簡単に飲み込まれる。そういう人は戻ってきても普通に暮らしていくのは難しい。

何も知らない人間とそれらを見てきた人間。

そこの違いは大きい。埋まることのない溝を抱えて両者が共に生きていくのは難しい。地上の人もおずおずしていられない。


潰される。

とにかくこの世界に生まれたことに対して思うことが沢山ある。


でもここは私たちが生まれた世界。

どうしてもこの元々の部分が変わってくれることはない。

そうじゃない世界というのを信じて暮らしていくものもいる。そうじゃないんだ。もっと生きやすい世界なんだって、全ての事に蓋をして知らないままで生きていく。


それこそがあの雲。

何十年も続く雲はこういう人たちにとっては嬉しい事だった。


ルカ「なんでこんな世界なの……?」


どこからでも近づいてくるし何処へでも行く。ふとした拍子にあの物体と私たちのここがぶつかってみんな死ぬ。死ぬ。死ぬことはもはや不思議ではない。今まで生きてこれたことの方がよほど不思議である。


ルカ「なんで生きているの?」

ルカ「なんで生きていられるのか……不思議でしょうがないよ」


そんなことを考えてそして一日が終わる。もう私の体に第三次性徴が起こることはない。もうああいうことは起こらない。だからある意味安心して考えられる。本当に父には感謝だ。


どうしてなのか。

せめて何か答えが欲しい。深く考えられるということは色んな事が見えてくることになる。見たくないことも知ることになる。そして、恐らく答えが見えてくることもない。大げさに考えれば私はずっとこのことにたいして考えていくことになる。ずっと、ずっと。私が

どこか決まった場所に留まることはない。どんどん変わっていく。


女王「余計な詮索はしなくていいぞ……寝ていろ」

ルカ「今この瞬間にでもぶつかって来る事があるかもしれないってことですか?」

女王「そう言う事もあるだろうな」

ルカ「私たちは潰されて、この場所も吹き飛ばされたりすることもあるんですか?」

女王「あるだろうな」

ルカ「じゃあこんなとこで……え?……どうしたら……」

女王「あまり思いつめるな……深く考えることはない」

ルカ「不思議ですね……なんであなたは冷静何ですかね?」

女王「気にするな……気にしても死ぬまでには何も分からないさ」

ルカ「結構冷めてるんですね」

女王「どうでもいいだろ……それよりもうすぐキャンプ地に着く」

女王「この辺りは昔住んでいたんだ。だから迷ったりすることはない」


雨の音と水の跳ねる音が聞こえた。ただ静かだけど、気分は穏やかだった。


女王「静かでいいところだ……もう誰も住んでいないがな」


辺りには人が住んでいたと思われる民家が立ち並んでいた。それぞれの家には家具が散乱しており壁にはツタが張っている。柱が折れており近づくのも危険に感じた。


女王「此処にはお前くらいの年の頃まで住んでいた。何も無かったし辛かったけどそんな毎日がただ茫然と過ぎていった」


女王「ここは私のそんな時間が詰まった場所だ。ようこそ、私の集団へ」


少し先の方にぼんやりと電灯の明かりが見える。多くの人が作業をしている音がする。



ようやく集団のキャンプ地まで辿り着くことが出来た。



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