3話 :第三次性徴期という希望 (一日目 夜)
そのまま体はどんどん大きくなる。
止めどなく大きくなっていく。
今まで私と同じ目線で話していた人がすごく小さく感じる。どんどんちいさくなっていって、その分私の体はどんどん大きくなっていって。
さっきまでいた祭りの会場なんて踏みつぶしてしまうほどの大きさ。本当に踏みつぶさない様に場所を変える。その間にも体の方の成長は止まらない。雲を突き抜けて体の大きさはついに向こう側まで行った。頭が向こう側へ抜けた。
ルカ「これが向こう側……」
私は薄ら寒い気持ちを雲の向こう側を目にしている。それでも光る物体やらはどんどん近くなる。どんどん大きく見えるようになる。その内息をするのも難しくなる。なぜか呼吸の苦しさを覚えながらも体の大きさは限界まで達した。
「おお…………」
今私は足元の今までいた場所を跨いでいる。周りには確かにあの光る物体が存在している。夢描いた綺麗な物体が色んな所にある。
でもそれだけでは終わらなかった。
私は雲の先へ出た。
今まで宇宙と呼ばれていた場所に体を突き出している。
そこには色んな光るものが存在していた。本当に跨げるくらい大きくなった時、不思議な気持ちになった。
「…………?」
気付かれた。
さっき見えていた光る物体の内の一番大きな点。さっきでもかなり大きく見えたが宇宙からだと本当に大きい。見ているだけで吸い込まれそうになる。
その物体が動いた。
まるで私に気付いてこっちを向くかの様に動いた。近づいてくる。周りに近づいてくる。
それぞれの場所にいた物体たちは動いている。
私の周りや私の立っている場所を見ているかの様に。その内の一番近い一つは明らかにこっちに来ている。今まで全く関係ない場所をうろうろしていただけなのに。
ルカ「ああ……そうなのか」
今までずっと見上げてきた。ああでもない、こうでもないと
そもそも宇宙とは生物が生きていける環境などではなかった。
呼吸も出来ない。肺に取り入れられるものが何もない。エラも意味はない。
そこで人類が目にしたのは見たくない光景だった。
いっぱいいた。
私たちの生活をぶち壊した物体がたくさん存在していた。
どこを向いてもいた。大きさもバラバラで私たちの目の前の奴なんてむしろ小さい方だった。そして何よりの驚きは私たちが生きていた場所もそいつだった。
同じ物体でただ大きさが違う奴の中で生きていたのだ。
信じたくない。
私たちは恐ろしいと思っていた奴の中に暮らしていたのだ。
このことを誰かに知られたくない。
でもただの事実で隠しようもない事。
そもそも帰ることが出来ると思っていたことがおかしかった。
奴らは生きているのだ。
この空間で確か動いている。
自分の縄張りの中に別の生物が入り込んできたかの如く迫ってきた。
ゴミを退かすだけの作業なのだろう。
質量も存在も何もかもが違いすぎる。そもそもあの物体は生きているのだろうか。もしそうだとしたらなぜ生きていられるのだろうか。何もかもが違って、でも確かに存在する。知らなきゃ良かった。むしろ滅んでいた方がよっぽど楽だった。
意味が分からない。
全く意味が分からない。
でもはっきり言えるのはこの世界は私たちがまだ知らないことがあったと言う事。
こんな物体がこの宇宙にはたくさんいる。
宇宙はこの物体たちの世界だった。
一つの物体の中で偶然発生した命。
その命が何十億年の時間を経て進化した命。それが人間。
そしてまた環境の変化に晒されている。進化しようとして新たに開拓した場所がもう既に他の物体に奪われていた。
とてもじゃないがここで生きていけるとは思えない。
でも元の場所に戻っても生きていけるとは限らない。
少なくとも今宇宙へ出た人間は全員死ぬ。
誰一人として生きて帰ることは出来ないだろう。だからこそ同じ失敗を何度も繰り返してしまう。無駄に多くの人が死んでいく。
そのまで気付いた時にはもう私の体は縮小を始めていた。
まずいことをしたかもしれない。
背中に嫌な汗が滲む。
私が跨いでいた場所から元いた場所に戻っていく。
私は二度と巨大にはなれない。
落下の間もずっと縮小が続く。
そのまま現実に戻る。身体は一気に冷めていき、縮小が始まる。そのままの勢いで元いた場所へ放り投げられる。その途中に目に入った色んな物体を見なかったことにする。
目を瞑ったままでこの宇宙という場所から逃げ出す。
体は地面にぶつかった衝撃で完全に元の大きさまで戻った。
ぶつかった痛みよりも今見てきた光景の方がよっぽど響いた。
こんなの、見なきゃよかった。
ルカ「ごめんなさい……みんな」
私が雲から顔を出してしまったせいで……近くにいた物体が気付いたのだ。
私たちの存在に。
あ、えーと、お邪魔しちゃった感じなのかな。
あの物体の場所を私たちが。
私のせい。
私のセイ。
ワタシの……。
人間が死ぬ。
全てが潰されていく。
答えは降って来た。
何のためらいもなく落ちてきた。
真っ逆さまに、一定の速度を保って。
私の視界は一気に使えなくなった。何が起こったか確認する暇も無く嫌な予感がした。何処に誰がいるか分からない。何も見えない。でもそれ以上に嫌な予感がした。弟と友を探す。でも見つからない。何が起こったのか分からず辺りにいた人も混乱している。
音。
怒号。
私の耳には最初の部分しか聞こえなかった。それだけで私の耳はダメになった。
何も聞こえない。
何も見えない。
祭りで使われていたランプの明かりが目に残っている。
ルカ「…………」
今頃弟は泣いているのだろう。
探そうとしてもこんな状態では動けない。もしかして、こんなことは私だけで周りの人は何ともないとかだったり。
やはり答えを出されても理解できなかった。
空という場所の光り輝く物体。
音もなく落ちてくる。
当然その下にいる人は潰される。
何が起こったのか理解する間もなく広がる怒号。でもそれは当然のことだった。
?「当然の事じゃないか」
何の疑問も起こりえない。何も不思議なことはない。
私達とその塊のあいだに何もないのだから。
ああ、間違えてた。
見えたら終わりじゃないか。
大きさが違い過ぎる。どこでどんな風に生きていればここまで大きくなるのか。もうダメじゃないか。見えた時点で終わり。どれだけ大きいと思っているんだ。後何回かぶつかるだけでもう死ぬ。
本当にごめんなさい。
私が興味本位で宇宙に顔を出してしまったせいでこんなことになって。この場所で生きている全ては間もなく潰される。
何も残ることなく潰される。
必ず死ぬ。
生きれるわけない。
死ぬ。死ぬ。死ぬ。死ぬんだ。死ぬ。終わる。嫌だ。死にたくない。
生きていたい。
まだやりたいこと沢山ある。死にたくない。死にたくない。死にたくない。
何だこの大きさは。
どれほどの偶然で私は生きているのだろうか。
むしろなんで生きているのか。生きていけるわけないじゃないか。どれだけ大きいんだ。
もう嫌だ。秒読みじゃないか。
あいつが落ちてきてまた浮かんでいく。
私たちと同じくらいの速さで動いているんだ。逃げる?馬鹿なことを言うな。動かない方が安全なくらいだ。みーんな死ぬ。ただ時間がずれるだけ。
偶然だ。
ただの偶然。
まぐれ。もっと遅くに生まれてくれば。嫌だよ。死にたくないよ。やっぱり嫌だよ。泣きたい。
父と母を恨んだ。
なんで生んだんだって。
むしろ風は起きない。肌を撫でるくらい。
村が潰れたなんてかわいいものだ。地形なんてあったもんじゃない。
こいつらはなんで生きているんだ?
ああ、ただの偶然か。
こいつらが頭の良い人間とは限らない。バカとも限らない。
ただ運が良いのは確かだ。私もその内の一匹。
グヒヒ…。
でもホントに運がいいんだろうか。ただ死ぬ時間が数分変わるだけ。
これが私への罰。
母に嫉妬し、弟に拗ねて、父の話をロクに聞かない。興味本位だけで宇宙を見てしまった私。
誰に決められたわけでもないルール。でもそれは守らなければいけなかった暗黙の了解。
今にみんな終わる。
みんな死ぬ。
今日この日で人間という生き物は死ぬんだ。髪の毛が白くなっていく。耳を塞いでも腹の底で響く。
上は当然だが前を向いても見える。
下を向いても地平線のすれすれで見える。
地面を潰しているのが見える。空が真っ黒になる。昼間でも夜になる。よく考えたら最初に見えた時はかなり遠くに位置していたのだろう。近くに来るだけで夜になる。そうなったら後は死ぬかどうかを待つだけ。違う世界に迷い込んだみたいだ。
その間に何もないから落ちる。
だから落ちてくるのは当然だ。
それが何なのかは分からないけど。落下地点は全て潰された。もしかしたらそいつは少し柔らかいのかもしれない。食い込んでいたそいつは何事もなかったかのように宇宙へ戻っていく。何の感情もなくあいつが浮いている。
浮いているというよりそこに存在しているだけ。
それに私たちが気付かなかっただけ。
突然速くなったり止まったり。
えーと、間違えた?私たちが生きている場所を。
もしかしたらここは私たちが生きているとか、そういう場所では無かった?
雲の先に行かなきゃいけなかった?
それとも雲の上も下も、あの物体の、あいつの場所?だとしたら、
なんで生まれてすぐに気付かなかったんだろう。
人間の生きて良い場所とそうでない場所というのがあったのかもしれない。
私は知らなかった。
あいつは生き物?あいつが雲を退かしたんだろうか。
何を考えてもまとまらない。失敗した。
ルカ「あーあ」
生まれてこなきゃ良かった。




