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2話 :あの丸いものはお月さまといってお空に浮かぶ天体だから、私達を襲ってきたりしないんだよ (一日目 昼)

第三次性徴期。

それは誰の体にも起こり得る現象。

自分の夢や、心がそう言う事に敏感になって来る時期に起こる。

自分の願いのために体が徐々に大きくなっていく現象。

これは誰にでも起こり、大抵直ぐに収まる。


162㎝。お姉ちゃんが好き。でもお姉ちゃんの友達はもっと好き。9歳。(2歳くらい)


154㎝。マイペース。当時の父は信仰深い母に見初められ結婚した。子供達が大好きで自分の事がおろそかになってしまうことも。44歳。


187㎝。茶髪。のんびり屋さんの母を支える。愛妻家。内気だった父に母がプロポーズしたのがきっかけで付き合い始める。結婚してからは母の故郷に移り住み二人の子を授かる。雲についての研究を重ねる第一人者。雲が晴れるとされる日は二人の結婚記念日。45歳。


女王

151㎝。生き残りの集団のリーダーで亡き父の後を継いで集団を束ねる。普段は冷めた態度で接しているが誰よりも宇宙へ上がりたいと願っている。露出癖で強運。31歳。


漆原麗司

178㎝。副リーダー。宇宙という世界に魅せられた野心ある男。リーダーの片腕として身の回りのお世話をしている。ルカと同時期に集団に入る。28歳。


友人

ルカの友達。力仕事を生業としている。



母 「忘れ物はない?」


いつもと違う音が村から聞こえてくる。


弟 「そういうのもういいから。早く早く」


村までの道からはいつもより色めき立っている。村が大きな光に包まれている。下っていく途中でお祭りの音が響く。


食べ終わった後に母から外出用の手袋を受け取る。母が編んでくれたマフラーを弟と一緒に巻いた。外は家の中とは違って凍えるほど寒い。今度は耳あても作ってもらおう。


一生に一度のお祭り。


その日は丁度結婚記念日でもあった。二人だけにするために近くの丘まで弟を連れ出すことにした。


母 「迷子にならないでね。危ない人に気を付けるのよ」

ルカ「分かっているよ」

母 「楽しそうね……私も付いて行こうかしら」


いそいそと母が家の中からマフラーを取ってこようとした時、一気に夜風が吹き込んだ。


母 「ああ!?寒い……。やっぱりやめるわ、楽しんできてね」


そういうと戸を閉めた。開け閉めするたびに軋む音がする扉。帰ったら父に直してもらおう。


ルカ「じゃ、行ってきます」

母 「行ってらっしゃい。気を付けてね」




あーあ、気持ち悪い。






私も弟も寒さで顔が赤くなってしまっている。

これからに期待してこうなっているのもある。他の村の人ともすれ違う。この日は辺りの村からも人が集う。山に点在している農家の人もほとんどが降りてきていた。


弟 「どうしたのお姉ちゃん?いつもと違う顔して」

ルカ「普段私が頭使ってないみたいに言わないで……さっきの事思い出してたの」

弟 「お母さんが宇宙に行ったことあるって話?」

ルカ「そう。弟はどう思うの?」

弟 「とってもすごい事だと思うよ!お母さんはやっぱりかっこいいね!」

ルカ「自分も行きたいとかは思わないの?」

弟 「行ってみたいよ、とっても」

ルカ「だったら」

弟 「でもそれとお母さんの話は別じゃん。素直にかっこいいって思うだけ」

ルカ「……そう。弟はちゃんとしてるね」

弟 「?」




母 「私も宇宙まで行った事があるわ。随分昔だけどね」

ルカ「え……宇宙に?」

母 「第三次性徴。ルカの体にも少なからず起こっていると思うけど」

母 「それが私の時はひどくて、最悪死にそうになったわ」

ルカ「へ、へえ~そうなんだ」

母 「でも宇宙はとっても綺麗だったわ。私のこの指輪なんかよりもずっと輝く物体が沢山見えた」


母 「本当に綺麗だったわ……」

ルカ「…………」


麗しい母の横顔。

どこか憂いを帯びていながらも昔を懐かしむ顔に悲哀は感じられない。むしろすっきりしている。母の一言一句が私の燻っている気持ちにもう一度明かりを灯した。


向こうはどうなっているのだろう。


どんな奴がいてどんな場所が広がっているのか。一番身近にいたはずの母でさえ見たことがあるのだ。母が遠い存在に思えてくる。母はちょうど第三次性徴の時にそうなったと聞いた。一気に体全体が膨れ上がりそのまま雲を突き抜けて宇宙を垣間見たという。いくら体が大きくなるとはいえ、直接見たことのある人はほとんどいない。

正直、今まで聞いたことも無かった。

でも母は違う。母は私が持っていない経験を持っている。


私なんかとは、違う。




弟 「お姉ちゃん……どうしたの?」

ルカ「!? ……なんでもない。それよりみんな綺麗ね」

弟 「うん」


鼻の下の伸びた弟をひっぱたく。それでもニヤニヤしている。もう祭りは始まっているので先を急ぐ。


ルカ「案外早く着いたね、ていうか人スゴッ…」


あちこちに人が集まり独特の化粧をした人がそれぞれ伝統の踊りを舞っている。何処にそんな人がいたのかと思ってしまうくらい賑わう。はぐれない様にしっかり手を握る。


弟「あっち!」


弟が指さした先では各々の家畜の大きさを競わせたり、渡来品の展示なんかもやったりしている。


弟 「あれ食べたい!」

ルカ「ちょっと待って、あっち見ていこう?」


一際目立つ大きな集まりで女の人が装飾品の施された衣装で踊っている。艶やかで多くの人がその踊りを見つめた。その人は小さい体で大人顔負けの踊りを披露している。衣装の羽が本物の様に動いている。

ほとばしる汗。


ルカ「綺麗…」


さっきの踊りの所で足が止まっていた。私と同じくらいの背格好の女性が美しい踊りを披露していた。首飾りから察するにどこかの部族の人だろうか?


弟 「お姉ちゃん早く行こうよ」

ルカ「もう少しだけ」


異様な熱気に包まれていた。

つまらない二度と使わないような玩具なんかも買ってしまう。歩けば歩くほど音も匂いも空気も何もかもが違って見えてくる。人の熱をすれ違う度に感じる。結局人混みに押されてゆっくり見ることが出来なかった。


ルカ「二人にも何か買っておこう」


マフラーまで出すことはなかった。屋台で囲まれた狭い道を所狭し人が通る。

ここまで大きなお祭りは早々開催されない。村の端の方まで人で埋め尽くしている。みんな楽しそうだ。暑いとか足が痛いだとか色々聞こえてくるけど笑顔が多い。これから起こることにワクワクが止まらないのだろう。


そんな瞬間を知り合いと一緒に見たい。


そんな思いが伝わってくる。みんなの気持ちが高揚し、祭りが最高に盛り上がる。世界が終わるなんて騒ぐ人もいた。家の中に閉じこもる人の気持ちが分からない。丘まで行く途中にいくつも人の集まりが出来ている。母に手を引かれて来た時と何も変わっていない。いつものおじさんとからかってくる変態オヤジ。匂いにつられて寄り道したけど普段は中々食べられないものがたくさん売っている。お姉ちゃんとしてかっこよくしたかったけど気が付けば弟よりはしゃいでいる。祭りで売られている物はちょっと高いけど気にしない。一つ残った饅頭に手を伸ばそうとして鉢合わせになる。


友達「あれ?ルカじゃん」


聞きなれた声に顔を上げるとそこには見知った人がいた。食べ物を両手に抱えて口にもくわえながら立っている友人。数年ぶりの再会だった。


友達「弟ちゃんもこんなに大きくなって」

ルカ「言うこと聞かなくて困ってんのよ」


頭をポンポンされる弟はどこか嬉しそうだった。私がする時にやたら嫌がるくせに。友人に抱き付く弟。それを受け止めグルグル回していた。いつも会う時にはやっている。食べ物をいくらか分けてもらい開けた場所に座った。


ルカ「今は何をやってるの?」

友達「忙しくてさ……今日も一通り見て回ったらまた現場」

友達「今の内に体力付けとかないと」


彼女は腕っぷしが強いだけでなく肝っ玉が据わっている。


ルカ「ふーん、危険なトコで働かされるかもしれないしね」

友達「私まだ入ったばかりだから」

友達「あんまりそういうとこには連れて行ってもらえないんだ」


肉マン食べながら身の上話を始める友人。ホカホカの肉マンは湯気が立っていて火傷しそうなほど熱い。辛子を乗せて戴く。熱い分だけお肉のうまさが際立つ。


ルカ「そういえば大きくなったね」

友達「そう?」


彼女を見渡す。いつも大変な現場にいるせいか体が鍛えられている。

頑丈な体が目立つ。


ルカ「ああでも…そうでもないかも」


段々顔を下に向けている。目線が体の真ん中あたりで止まった。

あれ、前に会った時より……。


友達「目線下にするのやめてくれない?」

友達「……気にしているんだから」

ルカ「……ごめん」


そう言ってため息をつく友。

こんな彼女でも心は乙女。さっきより一段と縮こまって見えた。昔はコンプレックスとか言っていたのに。仕事に必要のない部分は無くなっていくのかもしれない。謝るしかなかった。


弟は友と一緒に居る時は必ず友の方に行く。

なつき方がおかしい。

何か特別な餌を与えられているのか。こいつにとってはこれも祭りの醍醐味ということか。口元に付いている辛子を気にすることなく焼き魚を食べ始める友。それぞれ三袋分ぐらいは買ってある。


弟 「僕の分もあげるよ」

友達「ホント!?(´▽`)アリガト!」

弟「う、うん……」


そう言って友は弟の頭を撫でる。照れている弟は可愛い。弟も一緒に忙しそうに食べる。ありがたいけどこんなには食べられない。まだ買ってこようとする友を必死で止める。

こんなに嬉しそうな弟は久しぶりだった。





ふと顔を上げている人を見つける。一人、また一人と上を向く。ああ、もうその時間か。同じように私も顔を上げる。


ルカ「じゃあ私たち、あの丘まで行ってくるから」

友達「おう。私はここで待ってるから感想ヨロシク」

弟 「バイバイ、お姉ちゃん」

友達「弟ちゃんもまた後でな」


古傷に寒さが染みる弟をおんぶして空が一番綺麗に見える丘まで走った。空が透き通っている。首が痛くなる。


弟の鼓動がだんだん早くなる。

つられて私も早くなる。擦り傷に風が染みる。昼間の作業で出来てしまっていた。いつもは動くことすら無い雲がどんどん流されていく。いつも以上に冷え込んでいたけど気にならなかった。

弟も私も分厚い雲が途切れる瞬間を誰よりも早く見てみたかった。心なしか走るペースもどんどん速くなっていった。


宇宙という世界をこの目に焼き付けようとした。


坂道に入っても全く疲れが出てこない。後で一気に出てくるのだろうけどそんなのは気にしない。グングン丘を登っていく。足元の小石を蹴飛ばしながら走り抜ける。

こんなに楽しいのはいつ以来だろうか。


弟 「気持ちいいね」

弟 「姉ちゃんもっと速く走って」

ルカ「分かってるって。しっかり捕まっててよ?」


弟が生まれた時に似ているかもしれない。初めて抱きあげた時は真っ赤なお猿さんだったのに。いつの間にこんなに大きくなったのだろう。私より大きくなった時は口をきいてあげなかったっけ。今では何だか頼もしい。





女王視点↓



女王「暑苦しいな……」


飾りの衣装を脱ぎ捨てる。羽のついたヒラヒラした裾が体に張り付いて蒸れる。丘まではそれほど遠くなかった。それまでに衣装の殆どを脱ぎ捨て楽になる。


女王「やっぱりいいな、服なんて着るもんじゃない」


さっきのあの子も肉マンを頬張っていた人も誰もが固唾を呑んで見守る。会場全体が静けさに包まれる。静かになってからどれくらいの時間が経っただろうか。それは何の音もなく始まった。何十年と何の変化も無かった雲が動き始める。

ついに動く。


女王「始まったのか……」

漆原「リーダー、ここに長居するのはお止め下さい。後の状況は追って知らせますので」

女王「何処にいてもあの物体の前では変わらないさ。それに私は自分の目で見たことしか信じないからな」


漆原「私の言葉だけでは足りないですか?」

女王「お前は言葉だけで自分が受けた感動をそのまま伝えることが出来るのか?」

女王「それに私はずっと見てみたいと思っていたんだ」


この目に焼き付けねば。

眼孔を見開く。

徐々に雲が晴れていく。空に切れ目が出来ていく。それが広がる度に会場に歓声が起こる。夜だというのに会場は明るくなっていた。その隙間に光り輝くものが見えた。


漆原「宝石みたい……綺麗」

女王「…………凄い」


語彙力の低い私から何とか出た表現。いくつかの言葉しか頭の中で出てこなくて。言葉にすることが今はどうでも良くて。雲が明けていく。

空が次々と広がっていく。



女王「やはり宇宙は存在していた。父の言っていたことも間違ってはいなかった……」

漆原「そうですね……」


作り話くらいに思っていた。

目の前に広がる世界を宇宙と呼ぶのかどうかまでは分からない。だが興味はそそられる。これからこんな世界が待っているのか。子守歌の中で母が話していたくらいと思っていた。


女王「この目に焼き付けるのだ……漆原」

漆原「はい、リーダー」


隣にいる漆原も肩を震わせながら立ち尽くしている。受けている思いを見ているだけで伝わってくる。

小さい頃に父の頭に乗っかったまま眠ったこともあった。ここが一番高いと思っていたから。しがみ付いて離れなかった。今では分からないけど怖くて離れられなかった。自分の名前より早く覚えたかもしれない。


女王「それと漆原、今日はもう一つ良いものが見れそうだ」

漆原「?」


そして雲が晴れていった。





ルカ視点↓


昔からずっと考えていた答えが目の前に置いてあった。


雲が明けた先は空気が透き通っていて何処までも見わたせた。どこまでなら見渡せるのだろう。限界を感じない。空のその先も見える気がした。


ルカ「綺麗……」


空に浮かぶ光り輝く点。

一個一個の点は一体何を示しているのか。一つ答えが分かってもまた次の疑問が浮かんでくる。雲はグングン晴れていく。

そこで気付く。

一つや二つではない。

数えきれない程の光の点が空には浮かんでいた。


ただただ綺麗だった。

それが何なのか分からなくても。私が憧れたそのままの世界だった。何者にも縛られることのない開けた世界。辛かったり苦しかったりしたことが全部吹き飛んでいくようだった。


ルカ「生きてて良かった」


このまま何もしないでずっとこうしていたかった。体を横にして、ただ何もせず大地に身を委ねていたかった。草木の揺れる音がする。こんなに気持ちいい風は久しぶりだ。まるで天の恵みを喜んでいるようだった。あまり光の届かないところまでも照らし通す。私にもこんな瞬間がやってくるのか。


「……行きたい」


いつか行ってみたい。

触れてみたい。

近くで見てみたい。宇宙という世界はなぜかとても明るかった。


弟 「……」

ルカ「…………?」


こんなに明るいのかと少し疑問に思った。そして私はそれを初めて見た。


ルカ「……何だろう?」


でも私はそれに直ぐに気付く。

お祭りに来ていた誰もが気付いているだろう。空に光る点の中でも一際大きな点があった。もはや点ではなく物体だった。光り輝く球体が空に浮かんでいる。


何かが浮かんでいる。


鉄の塊のようなものが悠然と空間に静止している。表面に凹凸があり丸い形をしたそれはゆっくりと上下左右に動いたりしている。私達とそいつはどれほどの距離が離れているのだろうか。そいつは真ん丸で白のような灰色のような色をしていた。こんなに明るいのにその物体自体はあまり光らない。

ただそれだけ。

ただそれだけなのにその球体には違和感があった。


そこには物体がある。そして浮いている……浮く?この世に浮くなんてことあるのか。それだけじゃない。


動いている。


小刻みに動いている。そこに気付いたのは私だけなのか。みんな平然としている。誰も声を上げない。隣の二人は肉マンを食べ始めている。何もなかったかのように祭りが再び始まる。


ルカ「…………」


あの物体はまだ震えている。

さっきからずっと震えている。それでも何も起こらない。二人は踊りにヤジを飛ばしている。


ルカ「…………」


三十分くらい経っただろうか。時間の経過がやけに長い。汗が滲む。なぜ誰も声を上げないのか。体調が悪いように見えたのか、弟が駆け寄ってくる。


弟 「お姉ちゃんどうしたの?もう家まで戻る?」

ルカ「……大丈夫」


周りにいた人たちも心配して声を掛けてくれる。でも私たちで相談をしても誰も何の答えも持たないだろう。おそらくこの村の人間では説明は出来ない。答えを示されても理解は難しいだろう。


疑問が私の中をグルグルと駆けている中。

弟が友達と話をしている中。

父と母が家でゆっくりしている中。





ルカ「え…………?」


体が突然熱くなる。その場に倒れ込む。体中から熱が噴き出る。


第三次性徴。

それは私が夢見たことを叶えるための現象。

そんなことないと思っていたのに。最近は興味も失せたと思っていたのに。何を見ても何をしていても普通で特に感じることはなかった。それでいいと思っていたのに。


弟 「お姉ちゃん!」

母 「ルカ!」

ルカ「始まった……」


ため込んでいた想いが爆発する。

知りたくて、でも分からなくて。そんなぐちゃぐちゃの気持ちが、実際に目にしたことで一気に膨れ上がってしまった。その思いがそのまま体に反映される。膨らんだ気持ちごと


村人「気持ちを抑えてくれ!落ち着くんだ、ルカ!」

村人「お前にはそんなことは出来ない!今すぐヤメロ!」

村人「祭りを壊すな!出ていけ!」

母 「ルカ…………」

ルカ「ごめんみんな……でも止まらないんだ」


周りに色んな人が集まって来る。私の第三次性徴を止めようと厳しい言葉を投げかけてくる。そんな怒号の間に母の声が混じっていた。





母視点↓


想いが強くなればなるほど、心も体も大きくなる。というか、意外とお父さんと二人きりになると話すことがない。お父さんもコーヒーばかり啜っている。


母 「美味しい?」

父 「ああ」

母 「……思いの大きさで自分の体も大きくなっていく」

母 「宇宙へ行くためにはどれほど強く思わなきゃいけないのかな……」

父 「それは人それぞれだろう。ルカみたいに内側に強く思っている人もいれば俺みたいにダラダラと過ごすだけの奴もいる」


母 「でもね、それは誰にだって起こるんでしょ?」

父 「だから君が行きたくなくても思いが強くなればなるほど反応していくんだよ」

父 「それは誰でもだな」

母 「誰でも……起こる」


老い先短い老人にも第三次性徴期が起こる。起こる時は起こる。


ルカ「私はね……ああはなりたくない」

ルカ「あんな惨めな格好になってまで宇宙に行きたいなんて思わない」

ルカ「それに他の人のそういう姿を見てきたからああはなりたくないって思ってる」

母 「そう。ならそれが良いわ」



私は村の方が気になって見に来ていた。

もうルカの性徴は始まっていた。体中から蒸気が噴き出ている。


母 「ルカ……」

ルカ「お母さん……私はああはなりたくないからこの気持ちをずっと抑え込んできた」

ルカ「それがどうだよ……実際に見たせいでどんどん膨れ上がっていくんだ」

ルカ「私は今、この気持ちを抑えられないよ」

母 「ルカ落ち着いて?」

ルカ「もっと知りたい。こんな真っ暗で何も見えない世界で死にたくない」

ルカ「私の一生をこんなところで終えたくない……私はまだ死にたくない」

ルカ「お母さんみたいにこの世界の向こう側を見てみたい!雲の向こうへ行ってみたい!」

ルカ「私とお母さんの違いは何!?何で私には起こらなかったの?」

母 「ルカ、落ち着いて!?」

ルカ「お母さんは見てきたからそんな事が言えるんだよ!?私はどうしても見てみたい」

ルカ「私だって行ってみたかった……でも私には起こらなかった」

ルカ「強く願ったよ?毎日向こう側へ行きたいって思ってた」

ルカ「そんな時にお父さんに教えてもらった」

母 「ルカはため込んじゃうタイプなんだよね。私は見ていてそう思った」

母 「そんなルカだからこそ起こせたんだよ」

ルカ「でもお母さんも結構ため込んでると思うよ」

ルカ「そうだよね。だからこんなところで爆発しちゃってるんだけど」

ルカ「私は自分の気持ちに正直に生きたい」

ルカ「でもお母さんほどため込むことも出来ない」

ルカ「だからこんな風になっちゃって、上手くいかなくて……」

母 「ルカは悩んでいるんだね……私もそうだった」

ルカ「それを母に受け止めてもらって……それであの時に上手く爆発して……それで」

ルカ「だから私も最初から上手く行ったわけじゃなくて」

ルカ「あの日に変なこと考えちゃっただけで」

母 「それはみんな訳の分からないこと考えたと思うよ。ルカだけじゃない」

ルカ「お母さんはそう思わなかったの?」

母 「!……私は……そうかもね。私もルカみたいになったわ」

ルカ「でもお母さんほど真剣に考えられなかった……どうでも良いって思ったんだ」

ルカ「その結果がこれだよ。私とお母さんの差」

母 「もういいのよ? ……落ち着いた?」

母 「ルカは本当はどっち? 行きたいの?行きたくないの?」

ルカ「お母さん……ありがとう、結構落ち着いた」

母 「良かった。早く戻りましょう」

ルカ「今はもう、行きたくないかな。正直怖くなってきた」

母 「落ち着けば大丈夫だから……焦ったりしないでね」

ルカ「うん、分かってるよお母さん。私は大丈夫、大丈夫、大丈夫……」

母 「ルカ……?」

ルカ「…………」

ルカ「……なんでなんだろうね、ルカ。今になって疑問が止まらないよ」

ルカ「何であんなものが浮いているの?どうしてこんなことになっちゃったの?」

ルカ「なんで? ねえお母さん、教えて?」

母 「何も考えちゃだめよルカ。私の目を見て……ルカ?」



ルカ「お母さん……なんでこの世界は……こんなのかな?」





ドクンッ――始まる。



母 「始まった……」

ルカ「え……嫌だ……止めてよお母さん。私嫌だよ。勘弁して」

ルカ「もう二度と宇宙に行きたいなんて考えませんから。お願いします許してください」

ルカ「お母さん……助けでお願いもう変なこと言わないからお願い」

母 「ルカ落ち着くのよ……大丈夫。私の目を見て?」

ルカ「…………いやああああああ」


ルカの体が増大する。

体中の細胞が増殖していく。

止まることはない。

留まることなくその体は大きさを増していく。あっという間に雲を突き抜ける。


ルカ「ヴオオオオオオオ…………」


辺り一帯に腹の底に響く声が鳴る。


私の耳を突き抜けて中に入って来る。ルカの巨大化は止まらない。どんどん大きくなる。

第三次性徴期は中二病とかと同じで本人の思いがなくなれば自然と元に戻る。







潰されてきた人間の叫び。


何人死んだかなんて知らないけど…こんなとこで薄気味悪いことしてる奴らよりは死んだ。


私の分はその分の叫び。

私は力を振り絞って、それでも大きな声を出す。




父「ルカだめだ!気を確かに!」


雲の先で正気に戻る。

それは空間上で元の大きさに戻るという事。

そんな事になったら二度と戻ってこれない。

でも私のそんな心配は杞憂だった。





それ以前の問題だった。


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