サバンナに留学という名の島流しにされていたはずの従妹が帰ってきたらしい。
「ちわー、三河屋でーす」
そうこうしてるうちに来客が来た。
おそらく先ほど軍人さんが出前を頼んだ鰻だろう。
玄関にはたしかに呼び鈴がついていたはずなんだが来客はそれに頼らず自前の大声で僕を呼ぶ。なんて近所迷惑なことだろうか。
「はーい、今出まーす」
これ以上玄関先で叫ばれてはご近所に申し訳ないのですぐに返事を返し、財布を片手に玄関へと走った。
なんだか香ばしい匂いがする気がする。
「はーい、鰻の竹でおいくらですか」
「それはけっこう」
「は?」
「鰻、美味しかったですよぉ」
一瞬で、
玄関の、ドアを開けた死角から細い腕に見合わない指の長い大きな手が現れ僕の頭を掴んでそのまま中へと押し込まれた。
無様に頭を掴まれ床に押し倒されてはじめて相手の全容が目に入る。
相手を見て、鰻がいくらかなんてことしか考えず無警戒にも相手を確認せずにドアを開けたことを後悔した。
「やぁ、ハニー……二年ぶりかな?」
「あらぁ。ハニーだなんてぇ、福くんもやっぱりそのつもりなんじゃぁないですかぁ」
「あ、いや今の失言で」
彼女の僕を見てほほ笑むその顔だけ見ればまるで女神かと思ってしまうような正に非の打ちどころのない美女である。ただしその小さな顔から下につく体はタイトな黒いスーツで身を包んでおり、あからさまなまでに強調された体はまるで針金のように細長くそこから生える常人と比べ一回りも二回りも長い四肢はまるでアメンボのような印象を受ける。
これが僕の従妹だってんだから本当に世の中どうかしている。
そして僕はその長い腕に押し倒され組み敷かれている。
別に僕がそんな細い女の子に組み伏せられる情けないほどひ弱な男であるということを言いたいわけでなく、彼女のこの細い体のどこからこんな常識外れな力が出てんだという話しである。
なんか掴まれてる頭からミシミシと気持ち悪い音がしてるの本当に勘弁してほしい。
「今日から私、大学に戻ることになったんです」
「へー、それはよかった」
「うふふふ、白々しー」
「えー、なんでよ」
「ネズミさんが私を見てたもの、どうせアナタに私の話をしたんじゃないですかぁ」
おー、ばれてーらー。
「あんなに目立つ格好しているのに自覚がないのがあの人の美点ですよねぇ」
「それは美点といっていいものじゃないよね」
つまり、着ぐるみさんの後をつけて僕の現住所を突き止めたというわけか。
忠告ありがとう着ぐるみさん、でも迂闊だったぞ着ぐるみさん。
「それで、愛川さんは―――」
「イトコ」
ミシミシという音がギシギシという大きな音に代わり遅れてこめかみに激痛が走る。
「イトコって呼んでぇ、ねぇ?」
「ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!」
頭に走る痛みに悶絶してると甘ったるい響きの声と何やらおぞましい、背中から氷柱でも突っ込まれたかのような嫌なプレッシャーを感じた。
―――あっ、
「軍人さん! ヘルプ!」
僕がなかなか戻ってこないのを心配してか軍人さんが顔を覗かせていた。
助けて軍人さん!
今こそその軍服に恥じない戦闘能力とポルターガイストとかでコイツを祟り殺すのだ!
「うむ!」
そして軍人さんは颯爽と逃げた。
「ちょ、軍人さーーーーン!?」
フラグ回収が早すぎたから軍人さんもきっと頑張ってくれるだろうと思ったのに全然じゃないですか!
「あのおじいさん、まだ成仏してなかったんですねぇ」
「うん、もう健康そのものでこの世をエンジョイしてるよ」
「……幽霊が健康でエンジョイってどうなんでしょうねぇ」
それは僕もちょっとどうかと思う。
「まあ、邪魔者は去りましたので早速ベッドタイムといきましょう」
「ちょっと展開早すぎませんかね」
「いいえ、早くなんてありません!」
カッと目を見開いて言われた。
美人にこういう顔で強い勢いで言われるとどんなことでも自分が間違っているような気がしてくる。
「鰻まで頼んでもう! やる気満々じゃないですかぁ!」
「おっと、それで君からちょっと香ばしい匂いがするのか」
というか食べたのか。人の頼んだものを勝手に。
「そんなつもりで頼んだんじゃないから、落ち着こう? ね?」
「いいえ、もう! いただきます!」
僕は説得に失敗した!
僕はなんとか話を先延ばしにして耐える作戦に出た!
「御馳走さまじゃないかな?」
「いいえ! これからいただくのでいただきますです!」
あ、ダメだ。
これ作戦とか無意味な奴だ。