サバンナに留学という名の島流しにされていたはずの従妹が帰ってきたらしい。
「GAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!!!!」
病院の裏口へと向かう途中に聞きなれたその咆哮を聞いた。
その咆哮からはどこか焦れているような気持ちが感じられる。
「おー、まさか本当に迎えに来てくれていたとは」
実はあまり信じてはいなかったのだけど。
まさか本当に来てくれるとはなぁ。
なんて喜んでいられるのもつかの間のことで、
爆発音が聞こえてきた。
これは、まさか……僕を迎えに来た鵺子さんがまた何かやらかしたか?
鵺子さんはたしかに好戦的なとこはあるが自分から進んで問題を起こそうとはしない。でも鵺子さんに対して突っかかっていく輩はかなり多い。
そして自分からは決して喧嘩を売りはしないが売られた喧嘩は買ってその上で商品を堪能しボロボロになるまで堪能してから飽きたら最後に思いっきりぶっ壊してから丁寧に解体して袋に詰めやすい状態にしてから御地域指定のごみ袋に詰めて捨てるくらいには喧嘩好きな鵺子さん。
つまり間違いなく相手は返り討ちに合うとして、相手によってはそんなことをしてしまって問題になってしまったら事だ。
何よりもう何度か警察の方々とやり合ってていつしょっ引かれるかとびくびくしている身の上なのだからこれ以上問題を起こすのはマズい。
「鵺子さんステイ!」
「GAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!!!!」
「死ねえええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええ!!!!」
あ、これつい最近見たやつだ。
病院の裏口から出て数メートルの位置にある駐車場にて、鵺子さんと従妹が再び睨み合っている光景が目に飛び込んできた。頼むからこんなとこで暴れないでほしい。もしもその辺に停まってるベンツとか傷付けるどころか全壊とかさせたら誰が弁償すると思ってんだ。
しかしたしかに同じ病院に運ばれているとあの女医は言っていたけど、いくらなんでも復活が早い気がする。
見れば従妹は包帯やらコルセットでぐるぐる巻きにされており不格好なミイラと化している。近づいてみればかなり無理をしているのか生まれたての小鹿よりも震えているように見える。
たぶん今なら僕でも勝てる気がする。
「オラァ!」
「なにやつ!?」
ふっはっはっは、膝かっくんしてやったぜ!
まったく抵抗できずに従妹が重力に従って後ろにいる僕にしなだれるように倒れ行く。
「まさか初体験が青姦だなんてぇ!?」
「うん、ちょっと黙ろうか」
君はきっと何か誤解している。
「鵺子さんのがそこにいるのになんてことをぬかしやがりますかい!」
「そこにいるからなんだというんですか!」
おい、そこにいるんだから気にしろよ。
従妹は膝から崩れはしたものの、膝を地に着けるまではいかず、僕にしなだれるような恰好になってたのと不格好なミイラスタイルの身からは想像もつかないような速さで僕の後ろに回りそのまま僕を地面に押し倒した。
どうやら僕はこんなにボロボロになった従妹にも勝てないらしい。
そんな情けない僕の頭をひっつかみ従妹は僕の目線を無理やり上へと引っ張り上げる。
「よく見てくださぁい」
その言葉に従い目線の先に意識を向ける。
僕の目には鵺子さんの姿が映った。
「アレをアナタはどう思っているんですか」
「可愛い僕の恋人だけど」
「……はぁ?」
心底からバカにするような、僕の言うことなんてはなから信じていないと言わんばかりの声だった。
まあ言いたいことは解らないでもない。
普通の人間の感性で言えば、それはもっともなことだろう。
「あの化け物が可愛い……?」
疑わしい、そういう態度だ。
重々承知している。
「可愛いよ、鵺子さんは」
僕はもう一度鵺子さんに目を向けた。
なんか鵺子さんが怒っているように見えるが安心してほしい。これは決して不純異性交遊ではないし浮気じゃないのだ。
「よく見てください」
上から降りてきたのは真剣な声音だった。
その声に従い、僕は鵺子さんを改めて観察する。
―――たしかに鵺子さんは変わっている。
鵺子さんは、
下半身は巨大で強靭なタランチュラに似た蜘蛛のそれで、
右腕はカマキリの鎌を人間大にした相手を捕獲するための武器で、
左腕は掴んだものをすべて握り潰すゴリラのような黒くて太い腕で、
胴体は異様に細い人間の少女それなのに胸から棘のような角が生えていて、
それだけ常識から逸脱した外見の中で首から上だけは辛うじて人間の形を保っている。しかし、その顔は人間離れするほどに端正に整い過ぎており、当たる光のすべてを飲み込んでしまうほど黒く艶のない髪とまるで陶器を思わせるほどに白く艶のある肌からしてまるで人間的な美しさはなく、どこか作り物めいた美しさしかない。
そしてその唯一の人間的な部分である顔も、その瞼の下は人間の眼球ではなく虫のような赤い複眼であり、彼女の色の薄い唇からは血のように赤く爬虫類を思わせるような長い舌がチロチロと覗いている。
「どっからどう見ても化け物じゃないですかぁ」
「……うーん」
否定できない。
でも見た目がそうなだけで中身はちょっとツンデレ入ってる可愛い女の子なんだけど。
それを口で説明して納得してもらうのは実に難しいことで。
「可愛いとこもあるんだよ?」
「考えて出てきたのがそれですかぁ?」
まったくもって返す言葉もありませんなぁ。
「まあ、そうゆうのがアナタのいいとこなんですけど」
嘘だろお前。
今のはいくらなんでもいいとこには繋がらないだろ。
「何でよりにもよって、アナタはあんな化け物に惚れてしまったんですかねぇ」
恨みがましいような、まるで非難するような言いようだった。
いや、じっさい非難されているのだろう。
でもそんなのはどうでもいい。
「私はこんなに美人なのにぃ」
「僕は鵺子さんの方が好きだから、仕方ないね」
「あんな化け物なのに?」
「惚れた弱みでなんでも良く見えるのさ」
たとえその姿が恐ろしい化け物だとしても、
たとえ惚れたその理由がとても不純だったとしても、
「僕は鵺子さんが大好きだからね」
それはもうどうしようもないくらいに。
僕は鵺子さんに惚れていて、鵺子さんが大好きなのだ。
「だから僕なんかさっさと諦めて他にいい男探しなよ」
「嫌です」
きっぱりと従妹は言った。
その言葉は今まで何度も聞いているのに慣れない。
彼女のずっと変わらない強い意志が感じられてとても居心地の悪い気持ちになるのだ。
「私だってアナタのことが大好きで、アナタに惚れ込んでいるのですから」
向けられたまっすぐな目線に胸を締め付けられる。
胸に滲む思いはいつもの恐怖ではなく、この言葉によって生まれる彼女への罪悪感だ。
「諦めませんよ、私」
「そっか」
二年前、彼女が留学という島流しに行く前にもやったやり取りを今またしている。
「どうせあの化け物についていけなくなってアナタから離れるはずです」
「ははっ」
二年前とまったく同じセリフに思わず鼻で笑ってしまう。
そして二年前とまったく同じセリフで僕は彼女を突き放すのだ。
「行こうか鵺子さん」
「はんっ」
今度は僕が鼻で笑われる番だった。
聖夜の夜に僕の性癖がぼろぼろと露見する小説を投稿してて本当に申し訳ない。
でも反省はしないよ! だって性夜だからね!