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出目金の恋

作者: 蕨 冬キ

信じられないかもしれませんが、私は昔、出目金でした。

真っ黒な体にギョロリとした目の、あの出目金です。

お店に並ぶのはきれいな模様の赤や白の金魚たちと一緒で、地味で気味が悪い私より先に彼女たちが売れていくのは当然のことでした。

私はただ、売られていく彼女たちを見送ることしかできませんでした。


しかし、ある日。

「なんて可愛らしいんだ!」

突然、そんなことを言う男の人が現れ、真っ黒な私をさらうように買っていったのです。

小さくてきれいな新品の金魚鉢に入れられた私は、どうしたらいいのか分からず、ただ鉢の中をぐるぐると泳いでいました。すると、私を買い取った男の人は鉢においしそうな匂いのするクズを入れて、

「今日からここが、君のおうちだよ」

と笑いました。


今思えば、この笑顔で私は彼に恋をしたのだと思います。

それから毎日、鉢の中から見える景色しか分かりませんでしたが、彼の笑顔と窓から少しだけ見える空があるだけで、私は幸せでした。


数年後、彼は結婚しました。とても優しそうなお嫁さん。私にも親切に笑顔で接してくれました。

やがて、彼らに子どもが出来ました。可愛らしい女の子。彼とお嫁さんは「ほーら、新しい家族だぞー」とその赤ん坊を私のいる鉢に近づけてくれました。私が口をぱくぱくと動かすと、赤ん坊は嬉しそうにキャッキャと笑いました。

とても、とても幸せな毎日でした。

私は彼らとともに子どもの成長を見ていきました。首が据わって、寝返りをして、はいはいをして、立って、歩いて……

人間の子どもとはすごい速さで成長するものなのだなあ、と感心してしまいました。まあ、私たち魚ほどではありませんが。


彼の子どもが5才になる頃、私はとっくにおばあちゃんになっていました。これでも、長生きしたんですよ。

あの子はきっと、私の存在を近所の子たちに自慢したかったのでしょう。

家に招いた子どもたちに、あの子は私を見せて「かわいいでしょ」と言いました。しかし、近所の子どもたちは言いました。

「出目金だ、気持ち悪い!」「金魚じゃねーじゃん、真っ黒で変なの」「ぜんぜんかわいくない!」「見てこのぎょろめ!きしょくわるい」

そう、私は出目金なのです。私を育ててくれた彼らがいくら「可愛い」と言ってくれても、多くの人にとっては気味の悪い魚。

近所の子どもたちは言いたいだけ言って去って行きました。私はあの子のことがただ心配でした。私のことを可愛いと言ってくれたのに、砕かれてしまったあの子の心が。

ふと顔を上げたあの子が、キッとこちらを睨み、

「なにが金魚よ、気持ち悪いぎょろめのくせに!」

そう言って、棚の上にあった私の鉢を倒しました。中に入っていた水も、私も床に零れ落ち、棚に一緒に置いてあった分厚い本も降ってきました。


それが私の最期に見たものでした。

おそらく、私の小さな体はその本につぶされてしまったのでしょう。

ぺちゃんこになった私の体を彼に見られたのだと思うと今でもぞっとします。可愛いと言って愛してくれた家族に最期に酷い姿を見せてしまった。

なにより、誰より、彼だけには見られたくなかった。私の、生涯愛した彼だけには。


あの後、あの子は彼に怒られてしまったのでしょうか。

私はもう、あの時いつ死んでもおかしくなかったのだから、彼女のせいではないのだから、どうか責められたりしていませんように。

私がいなくなったあとも、どうか彼らが幸せでありましたように。


そして、月日は流れ……

一番上の本に手を伸ばす。背伸びをしても、跳んでみても全く届かない。

一人、唸っていると足元に踏み台が置かれました。

「届かないなら、踏み台使いなよ。そこにあるんだから」

「あ、そ、そうですね。すいません……」

全く、と呆れた表情に見え隠れするその笑顔は彼のものとよく似ていて、私の頬が赤くなるのを感じます。

そう、私は人間になった現在いまでも、彼の面影に恋をしているのです。



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