やわらかな陽
「いい天気だなあ」
ベランダから臨む空は眩しいくらいに青く澄んで、そして陽射しがやわらかい。ヨイショと布団を手すりに掛けてパンパンと叩く。
天気のいい日曜の朝は布団干しから…そう決めている。それから洗濯、そして掃除、ちょっと遅めの朝ごはん。
風も無い、気温もこの時期にしてはちょい高め、食事が済んだらどこかへ出掛けてみようか。 ドライフルーツが練りこんである食パンをカリカリに焼いて、ミルクココアを啜る。
傍らの携帯から、七生にメールを打つ。
「ヤホオ!良い天気だよ。これから海にでも行かない?江ノ島あたり」
五分もしないうちに返事が来た。
「驚いた!フミちゃんから、そんな元気なメールが来るなんて。いいよ、迎えに行くよ。何時がいいかな?」
「今から三十分後」
「オーケー」
今日の予定が決まった。私は急いで支度をして三十分後には、七生の車の助手席に座っていた。七生は幼馴染の同級生で、今は高校の生物の教師をしている。
「フミちゃん、最近元気になったね」
「うん、なんか気持ち上向きアクティブになってる気がする」
外の陽射しを受けて、車内はポカポカと暖かい。モフモフのコートを脱ぐと、ピンクのセーターが現れる。
首都高は思っていた程混んでない。幸先がいい。
「この分だと、昼前に着く?」
「そうだな。まあ季節はずれだし」
「七生はどうなの?」
「何が?」
「だってメールの返事すぐ来た。日曜なのに、家に居るなんて…」
「ハハハ、ほっといて下さいね。フミちゃん」
私は七生の少し高すぎる鼻を持つ横顔を見た。子供の頃から顔見知りのご近所さん、私から見ると結構良い男なのに、不思議に独り者の七生…
「フミちゃん、今は何の薬飲んでる?」
「えっレキソタン」
「うーん最高のチョイスだね。効いてるんじゃない?」
「…みたい」
目の前に青い海が見えてきた。心が深呼吸した。
二年前に離婚した私は、心が不安定になって病院で薬を貰っている。カウンセリングも受けている。今飲んでいるレキソタンは抗不安薬、ネットで見ると、安全で効き目抜群、最強の抗不安薬と書いてあった。
「海だよ、七生」
「オー泳いでみるか?」
「莫迦、2月だよ」
「今のフミちゃんなら、やっちまいそうだな」
「うん…何でも出来そう」
駐車場に車を止めて、海岸沿いをゆっくり歩く。潮の匂いが鼻をクスグル。不思議なくらい気持ちが静かだった。
「カウンセリングの先生がね、ゆっくり元気になればいいんですよって。だから私、ゆっくりしてたら、おばあさんになってしまいますって言ったの。そしたら先生が、いいじゃないですか。おばあさんになってから、のんびり生きていければって……
それで私、こんな感じで生きていこうと。こんな風にゆっくり、ふんわりと、私ワールドを生きていきたいと、今は思っているの」
私は隣の七生の手を握った。七生も優しく握り返してくれた。
「そっか」
「薬とか、先生とか、七生とか、色々な人や物の力を遠慮なく借りて、生きていこうと思って…」
私は七生の顔を覗きこんだ。彼は真面目な顔をした。
「いいよ、フミちゃん借りてくれよ。俺の力でも何でもさ、フミちゃんが元気になるなら」
「うん、ありがとう」
ザザザーと静かに寄せては返す波の音を聞きながら、七生は子供の頃、そうしてくれたように、私の頭をクシャリと撫でた。
それから、おまけのように私の頬にそっと唇を寄せた。




