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やわらかな陽

作者: ひなた水
掲載日:2008/03/28

「いい天気だなあ」

 ベランダから臨む空は眩しいくらいに青く澄んで、そして陽射しがやわらかい。ヨイショと布団を手すりに掛けてパンパンと叩く。

 天気のいい日曜の朝は布団干しから…そう決めている。それから洗濯、そして掃除、ちょっと遅めの朝ごはん。

 風も無い、気温もこの時期にしてはちょい高め、食事が済んだらどこかへ出掛けてみようか。 ドライフルーツが練りこんである食パンをカリカリに焼いて、ミルクココアを啜る。

 傍らの携帯から、七生にメールを打つ。

「ヤホオ!良い天気だよ。これから海にでも行かない?江ノ島あたり」

 五分もしないうちに返事が来た。

「驚いた!フミちゃんから、そんな元気なメールが来るなんて。いいよ、迎えに行くよ。何時がいいかな?」

「今から三十分後」

「オーケー」

 今日の予定が決まった。私は急いで支度をして三十分後には、七生の車の助手席に座っていた。七生は幼馴染の同級生で、今は高校の生物の教師をしている。


「フミちゃん、最近元気になったね」

「うん、なんか気持ち上向きアクティブになってる気がする」

 外の陽射しを受けて、車内はポカポカと暖かい。モフモフのコートを脱ぐと、ピンクのセーターが現れる。

 首都高は思っていた程混んでない。幸先がいい。

「この分だと、昼前に着く?」

「そうだな。まあ季節はずれだし」

「七生はどうなの?」

「何が?」

「だってメールの返事すぐ来た。日曜なのに、家に居るなんて…」

「ハハハ、ほっといて下さいね。フミちゃん」

 私は七生の少し高すぎる鼻を持つ横顔を見た。子供の頃から顔見知りのご近所さん、私から見ると結構良い男なのに、不思議に独り者の七生…

「フミちゃん、今は何の薬飲んでる?」

「えっレキソタン」

「うーん最高のチョイスだね。効いてるんじゃない?」

「…みたい」

 目の前に青い海が見えてきた。心が深呼吸した。

 

 二年前に離婚した私は、心が不安定になって病院で薬を貰っている。カウンセリングも受けている。今飲んでいるレキソタンは抗不安薬、ネットで見ると、安全で効き目抜群、最強の抗不安薬と書いてあった。

「海だよ、七生」

「オー泳いでみるか?」

「莫迦、2月だよ」

「今のフミちゃんなら、やっちまいそうだな」

「うん…何でも出来そう」

 

 駐車場に車を止めて、海岸沿いをゆっくり歩く。潮の匂いが鼻をクスグル。不思議なくらい気持ちが静かだった。

「カウンセリングの先生がね、ゆっくり元気になればいいんですよって。だから私、ゆっくりしてたら、おばあさんになってしまいますって言ったの。そしたら先生が、いいじゃないですか。おばあさんになってから、のんびり生きていければって……

 それで私、こんな感じで生きていこうと。こんな風にゆっくり、ふんわりと、私ワールドを生きていきたいと、今は思っているの」

 私は隣の七生の手を握った。七生も優しく握り返してくれた。

「そっか」

「薬とか、先生とか、七生とか、色々な人や物の力を遠慮なく借りて、生きていこうと思って…」

 私は七生の顔を覗きこんだ。彼は真面目な顔をした。

「いいよ、フミちゃん借りてくれよ。俺の力でも何でもさ、フミちゃんが元気になるなら」

「うん、ありがとう」

 ザザザーと静かに寄せては返す波の音を聞きながら、七生は子供の頃、そうしてくれたように、私の頭をクシャリと撫でた。

 それから、おまけのように私の頬にそっと唇を寄せた。


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― 新着の感想 ―
[一言] すぐに読めました。先生のお話はどれもほのぼのとしていてすごくいいなぁと思いました。
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