第九話
思ったより書き溜められたんで、七月中は火・金曜の12時に更新します。八月からは火曜12時更新になります。
樵チームへの指導(基礎教育)で力尽きた直希が、連絡要員のライリーと共に組合へ戻ったのは、昼を少し回った飯時だった。
受付のアデレイドに事の次第を報告し、クエストのために木工所から報告書を上げるよう手配をしてもらう。
あの筋肉の群れに報告書を書く能力があるかどうかは、直希と同じくらいぐったりしたライリーからの報告で「たぶん無理」と判断されたため、不本意ながら巻き込まれたライリーが補助として派遣される事になった。
かわいそうに。
「そういえば、木工所って間伐が仕事なんですか?」
報告のついでに、直希は気になっていた事をアデレイドに尋ねた。
木工所という名前だから、てっきり加工が専門なのかと思ったのだ。
「ええ、そうです。正確には、間伐と製材、加工が仕事です。その関係で森林整備と薬草の生育状況の調査も仕事に入っているのですが、あの方たちですから……」
「……ああ、はい、そうですよね。って、薬草も木工所なんです? 薬師じゃなくて?」
「共同ですね。大雑把に言えば、木工所は『薬草が生えているか』を調査し、薬師会が『その薬草が実用に耐えうるか』を検査しています。ただ、あの方たちですから、これまでの実績は『ないよりマシ』といった状況でした。ナオキさんが指導してくれるのであれば、その状況も改善されると思います。ありがとうございます」
「いえ、放っておけなかったので……」
後進のためにも徹底的に叩き込んでくださいね、とアデレイドがいい笑顔で言い切り、直希は若干ビビりながら承諾した。
全然強そうに見えない長身美人(スレンダー体型)なのに、なぜかリーバーにも近い威圧感がある。
受付事務員を敵に回してはいけない、ということなのだろう。世の真理である。
ちなみに、木工所の代表が誰なのか尋いてみたら、テンガロンハットがトレードマークのスタン・ハンセン、もといノックスさんが現代表とのこと。
アズーリの主要産業は林業なので、プロレスの控え室みたいな木工所が実は町の稼ぎ頭だったりする。従業員はなんと二百人というから驚きだ。人口の二割である。
ただし、その内情はと言えば、直希が膝から崩れ落ち、アデレイドが凍てついた笑みを浮かべる有様なのだが。
「製材や加工はいいのですが、整備・間伐があまり成果を上げておらず、それもあってここ十年ほどは薬師会の売り上げのほうが好調だったんです。熟練の樵が、高齢などで引退してしまった際に、きちんと教育が出来ていなかったのでしょうね」
「ああ……若手はベテランのいう事聞きたがらないですもんね……」
「ナオキさんは、一体どうやってあの方たちを従えたんですか? 悪く言うわけではありませんが、あの方たちはプライドが高いですし、専門でもベテランでもないナオキさんの言う事を素直に受け入れられるとは思えなかったのですが」
「ちょっと伐採の勝負をしまして」
無論、それだけで全てが通じるわけもないが、きっと後でライリーが詳細に報告してくれるだろう。体裁は愚痴かもしれないが、彼はそれだけぐったりしていたので仕方ない。
「というわけで、クエストの続きは明日の朝、再開します。で、今日これから時間が空いちゃったんですけど、森林整備と並行して薬草採集って受注できますか?」
これから昼を食べて夜までヒマ、というのは避けたい直希である。
森林整備の報酬をもらえるのが先になるので、少しでも稼いでおきたいのだ。
「そうですね……森林整備のクエストから、利用事業の治山工事に変更して対応できます。ただ、クエスト報酬という形ではなく、工事顧問報酬としてのお支払いになるので、金額とGCPが変わります。内訳と比較はこちらですね。あとは、工事完了時点での支払いではなく、工期を決めていただいて完了まで一ヶ月ごとに支払う月給型になりますので注意してください」
「うーん……工期って言っても、森全部やるとなるとかなり長期になりますし……何度かに分けての作業でもいいですか?」
「もちろんです。間伐で伐り出した木材は製材して頂かなければなりませんし、むしろ数年をかけて少しずつ着実に進めていただいた方が、産業としてはいいと思います」
「じゃあ、明日から取り掛かるのは、街道沿いの町から五キロ圏内にしておきます。工期は……ちょっと指導が必要なので、作業の手際を見て一週間くらいで報告しますね」
「分かりました。では、それで処理します。薬草採集クエストの受注も、一緒に処理しておきますね」
「あ、はい。これも契約金は5ディナルですね」
会話がスムーズだ。アデレイドは有能かつ、結構な権限も持っているらしい。
そして、直希も話題が森の事なので、煙を噴かずに受け答えしている。登録説明時の不安な様子との落差に、アデレイドが何度目かの呆れた顔をしていた。ご愁傷様です。
余談だが、厳密には間伐は治山工事に入らない。治山工事は、もっと土臭いものだ。
斜面に土留めをしたり、斜面を切り均したり、余分な水を排出する水路・暗渠を作ったり、渓流の護岸をしたり、川底の勾配を緩やかにしたり、もっと直接的に地すべり防止に杭打ちや排土を行ったり、あと斜面を緑化したり。
アズーリ近辺は標高の高い山が無いため、治山工事自体はそこまで多く発注されない。が、組合の事業に含まれるため、時々は発注しないといけない。
そこで、今回の直希の森林整備クエストを「治山工事(部分)」として組み込んでしまおう、というわけだ。処理する際に問題が無ければ問題無い。書類マジックである。
「森林整備クエストの契約金の返却がありますので、そちらはお返ししますね。薬草採集の注意事項は確認しましたか?」
「はい、大丈夫です。採集対象も冊子に挿絵つきで書いてあったんで、分からなければ冊子で確認します」
「受注処理は完了です。気をつけて行ってきてくださいね」
「行ってきます」
まったく、ツーと言えばカーと返るようなやり取りだ。
話題が森のことではないのに直希が元気なのは、RDでも薬草採集クエストを何度も受注していたからだ。本当に、興味のある事にはよく働く脳味噌なのである。
かくして、再び町から飛び出した直希は、今度は町のすぐ近くの森に入っていった。出掛けに買ったサンドイッチをかじりながらのハイキングウォーク……いや違う、これクエストだ。
薬草採集とは、森の中に生えている薬草の採集をするクエストだが、森の中で薬草が生えている場所は、町近辺と街道中間付近、あとはエイリノン近辺のみなのだ。理由は簡単で、そこしかちゃんと間伐されていないからだ。
その点、アズーリ近辺は木工所の変な情熱が幸いして、かなり開けた明るい林になっている。ほとんど木のない場所もあるので、薬草の種類も豊富だ。
「さーて、簡単なやつだけ狙い撃ちするかなー」
ひとくちに薬草と言っても、その内実は数十種もの植物群だ。草だけでなく、分類上は樹木に属するものもまとめて「薬草」である。薬用植物と言うよりは通りがいいので定着したのだろう。
薬師やその家族のように熟練していないと見分けられないものから、素人にも分かる簡単なものまで。
今回は小遣い稼ぎと割り切って、見つけやすく採集しやすいものを重点的に探している。
「えーと、タンポポ、ハコベ、ナズナ、スイバ、オオバコっと……ドクダミはまだ早いかな。あ、アザミとリュウノヒゲ! お……おおお、トリカブトもあった!」
そこら辺の山に普通に生えているものばかりだ。
ついでに、トリカブトは一般に毒草だが、実際に猛毒なのだが、鎮痛剤の材料にもなるという。薬師でなければ薬には出来ないのだが、材料には違いないので持って行くと喜ばれる。
さらについでに、直希は和名で言っているし大抵のプレイヤーも同様だが、RDでの名前もちゃんとある。
それぞれタラクサカム(タンポポ)、ステラリア(ハコベ)、カプセラ(ナズナ)、ルーメックス(スイバ)、プランタゴ(オオバコ)、コルダータ(ドクダミ)、キルシウム(アザミ)、オフィオポゴン(リュウノヒゲ)、アコニトゥム(トリカブト)である。
ちゃんと名前があるのに和名で呼ばれるのは何故かと言えば、身近で見かける雑草にカッコイイ名前つけられても身近な名前で覚えちゃってるからカッコイイ名前で呼ぶのもナァ……なんて理由だったりする。
細かいフォローが売りのゲームだが、ここはうまくフォロー出来なかったようだ。まあ、龍=作中最強だから、簡単に龍とか言いたくないのも分からなくはないのだが。
「やった、トリカブト採れたらGCPボーナス付くぞ!」
いわゆるレア素材だ。クラス評価よりも価値の高いものを採集できると、報酬のGCPがちょっとだけ増えるのだ。
解き放たれたように、あるいは狂ったように草をむしる直希は、日が傾く頃に町へ戻った。
組合でクエスト達成報告をして完了証明書をもらい、それを持って薬師会事務局へ行って、採集した薬草を買い取ってもらう。
「あ、アコニトゥムは一株だけ、リーバーさんに売りたいんですけど」
「いやーダメダメ、こんな品質じゃ買い取ってくれないよあの人。もっと若さ弾けるピチピチのでないと」
「そうですか……」
なんて会話もあったが、持ち込んだ薬草は全部で129ディナルになった。
初歩の薬草で一万三千円相当ってどんだけだよ、と思われるだろう。だって背負子に満載するくらい採集したのだから、完全なる物量作戦だ。
「登録料は100ディナルって言ってたな。薬草採集の報酬で一回払ったから、あと九回分90ディナル払えばいいのかな?」
コナーが一生懸命説明していた、登録料の一括払いに関わるボーナスの件だ。
どうにか直希の脳味噌に記憶されてはいたが、やっぱり自信がないからコナーに相談してみよう、と思い直すのだった。直希のくせに賢明である。
なぜかと言えば今後の収入=武防具やアイテムの購入に関わる事なので、冒険せず堅実にプレイしたい、という節約プレイヤー思考が働いたからだ。
直希が賢くなったかといわれれば「…………たぶん?」である点からお察しいただきたい。
「ただいまー」
リーバー薬品店の表口(店舗入り口)から顔を覗かせると、店番をしていたヒルダが、直希を見てパッと顔を輝かせた。
「ナオキ! おかえり! 貞操は守ったんだね!」
「ファッ!?」
開口一番これである。
というか、組合に登録に行って森林整備(の下見になったが)に出かけて、それから薬草採集に出かけて薬師会で薬草を売り払って帰ってくる間のどこで、直希の貞操の危機があったのだろうか。
「木工所のゴリラたちに囲まれて連れ去られたって聞いて……私、不安で……」
「あーそれね……ちょっと誤解があるみたいだから、後でちゃんと話すよ……」
連れ去られたのではなく、どちらかといえば釣り出した方なのだが。
もっとも、ライリーは本当に連れ去られた立場なので、貞操の危機はライリーにこそ降りかかっていたのかもしれない。
「おじさんとコナーは?」
「裏で調薬してるよ。あと、コナーがナオキにあげるんだって言って、前に使ってた鞄出してきてたけど」
「え、ほんと? ちょっと顔出してこようかな」
「今日は毒草も使ってるから、後にしておいたほうがいいよ。あ、手が空いてるなら、先にご飯作っておいて」
「ほーい」
直希は速やかに仕事を与えられた!
餓狼四人分(正確には餓狼三人+食べ盛り一人)の食事はすさまじい量になるため、手際云々の前に物理的問題で、調理時間が長くなる。
そのため、手が空いていて他の手伝いが特にない直希が、先行してご飯を作ればエサにありつける時間が早くなる! というわけである。
あと、食べ盛り枠はヒルダではない。
「えーと、野菜は貯蔵室で、肉は熟成室で、調味料はー……」
RDの世界には電気が無いので、当然ながら冷蔵庫も無い。昨日手伝った時にある程度見ていたが、自分一人で探すとなると結構大変だ。
主人公にとっては、勝手知ったる他人の家。しかし直希には全く知らない他人の家だ。どうにかこうにか材料を集めて、キッチンに戻るとリーバーが居た。
「おう、材料持ってきたのか」
「あ、はい。あれ、コナーは?」
「調剤室の掃除してるぞ。ヒルダは店の掃除だ。ってわけで、肉よこせ」
極太の頑丈そうな手が、直希の抱える肉を奪っていく。
どうやらリーバーが調理当番のようだ。
それなら、と直希は野菜を適当な大きさに切ったり千切ったりしていく。献立の確認はしない。どうせ「肉と野菜を加熱して調味料を入れた何か」のバリエーションしかないからだ。
見た目はどれも野菜炒めだが味はいいので文句などない。メシウマの掟である。
「組合の登録はどうだった?」
「すんなり登録できましたよ。今日は薬草採集に行ってきました」
「お前に薬草の見分けができるとはな。事務局に卸したのか?」
「はい。ハコベ……ステラリアとか、キルシウムがほとんどだったんですけど、アコニトゥムもちょっと見つけました」
「初めてにしちゃ上出来だな。こっちに来てねえって事は、品質は並程度か」
「こんなんじゃリーバーさんには買ってもらえない、って言われましたよ。あ、あと森林整備も受けてたんですけど、そっちは長期になりそうなんですよね」
「木工所の連中に連れてかれたってのは、それの事か。ヒルダが騒いでたな」
「どっちかっていうと俺が連れてったんですけどね。そっちは明日から本格的に始める予定です」
「さっそく頑張ってるようで何よりだ。怪我だけは気をつけろよ」
「はい、皆さんに怪我させないように気をつけます」
「そうだなあ。連中、筋肉はあるが質がよくねえ。鍛え方がなってねえんだよなァ。ったく、近頃の若いモンは」
「若いったって、ノックスさんと十も違わないじゃないですか」
他愛の無い会話だ。大量の「肉と野菜を加熱して調味料を入れた何か」を作りながら、あれこれと報告していく。
報告と言うより、まるで遠足の感想を父親に述べる子供のようだ、と思ってから、ふと直希は言葉を途切れさせた。
「ん、どうした?」
「あ、いえ……なんか、父ちゃんにこうやって色々話したなーって思って」
「……そうか」
主人公の両親は亡くなっている。それからはリーバーが父代わりだったが、あくまで代役だ。本物の父親は一人しかいない。
直希の父親も、一人しかいない。そしてそれはリーバーではないのだ。
遠藤家第四位の戦神たる遠藤良直が、ただ一人直希の父ちゃんだ。良直はここにはいない。
戸惑いや緊張や興奮の中に置き去りにされていた寂しさが、ようやく芽吹いて姿を見せた。
「……すいません、比べてるわけじゃないんです。おじさんには本当に感謝してるし……」
「おうおうおう馬鹿野郎! おじさんなんて他人行儀な呼び方してっからだよこのクソガキが! オヤジと呼べ!」
「ええ!?」
「俺ァお前の父ちゃんじゃねえさ! だがお前のオヤジだ! クソガキはオヤジに遠慮なんかしてんじゃねえ!」
熱い涙を溢れさせながらのセリフである。
どうやら、感極まってしまったらしい。暑苦しい事だ。
けれど、その暑苦しさに、どこかしらほっとしたのも事実だ。
「えーと、じゃあ……オヤジ? あっ、なんか言い慣れなくてむずむずする!」
「おう、言われ慣れなくてむずむずするなァ! ってわけで、とっとと慣れろ!」
「んな無茶な。って、おじさ……オヤジ、肉焦げる!」
「うおお!? おいナオキその木ベラ貸せ!」
「わー! 今度はこっちが焦げる! 予備ー!」
RDのオヤジは、父ちゃんにはなれないかもしれない。
だけど、下宿している叔父さんち、くらいには近づけたかもしれない。
本物の家族ではないけれど、家族同然の間柄になれたかもしれない。
その日の晩餐は少しばかり具が焦げていて、ちょっとだけ苦かった。
けれどナオキは、この日のごはんが一番おいしいと思った。
暗渠:地下水路……なんだけど、個人的理由で※(R-18)が思い浮かぶ…(・∀.)
山とか森とか山野草のこと書いてると楽しくて、つい分量が増えてしまう。