第四話
「戦士組合に? 俺が?」
「そうだよ。素手で凶狼倒せるくらいだから、ナオキってすごく強いんだと思うの。それなら、戦士組合登録して戦士になれば、正式に武器とか使えるようになるでしょ」
「ああ……うん、そうだな」
「そうすれば、今日みたいな被害もなくなると思うんだけど、どうかな?」
参考までに、本日の被害は薬瓶三本と収益減である。
「父さんも、ナオキが戦士組合に入れば、今日ほどは心配しないと思うし。ちょっと考えてみて」
「……うん、そうしてみる」
頷き、小山のようになったおかずの皿を受け取る。
同じくエベレストのようになったパンの籠も持って、食卓に運ぶ。
ちなみにおかずの皿は総重量五キロほどである。
その他にも凶悪な量の晩餐をせっせと配膳しながら、直希は思った。
(実力があるから戦士組合登録か……ストーリーでは、誰も勧めてこなかった。だったら、これはやっぱり、俺の行動をストーリーに乗せようとする修正か何かなんだろう)
誰か、あるいは何かに行動を操作される、と考えれば、気持ちのいいものではない。
しかし、ここが本当にRDの世界だとするならば、素手で生きるには余りにも厳しい。
ただ養ってもらうだけ、というのは不可能なのだ。誰にもそんな余裕はない。
設定上、リーバーに養育されていた主人公だって、リーバーに引き取られてからは町の皆の手伝い(雑用)をして暮らしていた。コナーの護衛役もその一環である。
だから、この先もずっとリーバーに養ってもらうというのは、現実的ではない。
高校生で家族に養ってもらっている身の直希としても、この世界でまだモラトリアムにしがみつこうと思えないくらいには、ここの生活は厳しいのだ。
(登録するのが一番いいんだよな。戦士になれば自活できるし、そもそも俺はRDの戦士としてやっていく方法しか知らないし)
一日の仕事を追えたリーバーが、コナーを馬車馬の如くこき使って店じまいを済ませ、一家と直希の四人で食卓を囲む。
何故だか日本風に「いただきます」と唱和してから、餓狼四人は大量の晩餐を腹に納める。
一心不乱に咀嚼して、飲み込む先から次の料理を口に詰め込む。
おかずの山脈もパンのエベレストも、三十分後には全て平地になっていた。
「おう、ナオキ」
「あ、はい」
腹もくちくなって満足げなリーバーが、極太の腕をごっつり組んで、直希を呼ぶ。
「ヒルダから聞いたんだが、お前、戦士組合に登録するのか?」
いつの間に。
さすがヒルダ、油断も隙もない。
「そうしようと思ってます。やっぱり、素手じゃ不安だし」
「そうか」
「戦士になれば、森の中にも入れるようになるんですよね。だから、薬草とかも取りに行けるし」
「質が良けりゃ買い取ってやる。稼げるようになりゃ薬も売ってやる。そうか、お前がもう決めてるんなら、心配いらねえな」
「はい。なので明日、戦士組合に行って登録してきます」
リーバーは、マングローブの古木の如き筋肉を伸縮させて、うむうむと頷いた。
頑固親父の典型的な図だが、筋肉が頑固なだけであって、リーバー自身は頭が固いわけではない。物理的には堅いだろうが。
預かり育てた親友の忘れ形見が、自分の生き方を決めて巣立っていく。そう思えば感慨深くもなろうものだ。たぶん。その辺りはさすがに普通の父親らしい部分もあると思いたい。
「ナオキが戦士になったら、僕の護衛して薬草採集に行こうよ。どうせ、薬草の種類なんて分からないんだろ」
「えー、それは……」
「大丈夫だよ、腕っ節は強くないけど、僕は薬草には詳しいから」
「コナーが森の中でずっこけなければ考えてもいいかなあ」
目をキラキラさせて割り込んできたコナーが、ひどい! つれない! などと泣き崩れる。
もちろん嘘泣きなのは分かりきっているので、ことさらに意地悪な顔でニヤニヤしている直希である。
クソガキのじゃれあいに鼻を鳴らしたリーバーは、再度直希を呼ぶと真顔になって言った。
「俺は、お前の生き方に口は出さねえ。だが、これだけは言っとくぞ。無駄死にだけはするな」
「……うっす」
「それと、お前の親父からの頼みだ。後悔するような生き方はしないでくれ、ってな。父ちゃんの願いだ、覚えておけ」
「分かりました」
どうやら、主人公には父ちゃんが二人いるらしい。
そう思って嬉しくなった直希だったが、リーバーの真顔が本当に真剣に怖すぎてちびりそうになった。怒ったじいちゃん(剣のバケモノ)よりも怖かった。竹刀が日本刀に見えたあの恐怖を、リーバーさんは軽く上回ってきた。
なんで田舎町のしがない薬師が、こんな終盤ボスもかくやという迫力を持っているのだろうか。生粋のアズーリっ子で生粋の薬師のはずなのだが。直希よりもリーバーが戦士になったほうがいいんじゃないか。
どうやら、そう素直に感慨に耽らせてはもらえないようだ、と直希は早々に諦め、晩餐の後片付けをしてコナーに構われながら寝た。
アズーリの朝は霧に沈んでいる。
すぐそばに湖があり、標高も高く涼しい気候であるために、季節を問わず朝方には霧がよく出るのだ。
冬になれば一メートル先も見えないほどの濃霧だが、リーバー薬品店に貼ってあったカレンダーを見るに今は春らしく、霧もそう濃いものではない。白く霞む程度だ。
夜明け間も無い朝空は、透明な藍色で美しい。ひんやりと湿った空気を呼吸して、直希は大きく伸びをした。
「まだ眠い?」
「んー……いやー……もう起きたよ」
「なにも朝イチで戦士組合行かなくてもいいのに」
隣で同じ様に伸びをしたコナーが、ふわぁ、と欠伸をして言った。
イケメンなので、寝起きのだらしない状態でもイケメンである。否、憎しみなど抱いていない。本当だ。
「コナーこそ、わざわざついて来なくてもいいのに」
「え、僕邪魔?」
「邪魔じゃないけど、来てもすることないだろ」
さては薬屋の朝掃除をサボろうという魂胆だろうか。リーバーにバレたらこの世の終わりだというのに、さすが実子は度胸が違う。
などとだべりながら、柔らかな霧に包まれた町を歩き、大通りに面した戦士組合に向かう。
戦士組合とは、RDにおいて主役たる戦士を統括する巨大組織である。
中枢都市マラオ・メガスに本部を置き、各地の町に支部があり、人々は本部・支部にクエストという形で様々な依頼を託す。それを戦士が受注してこなし、ギルドを通して報酬を貰う。
戦士の主要な仕事が魔物狩り、というのは、ギルドに出される依頼のほとんどが魔物被害によるものだからだ。また、一部の繁殖力の強い魔物に対しては、ギルドからの依頼という形で、間引きの常設依頼が設けられている。
人々の生活を守るその巨大組織は、正式名称を「ペルグランデ大陸生活安全保障組合」という。なんだか生々しい。
「戦士」が登録して依頼を受ける「組合」という事から、通称が戦士組合となっているのだが、ほぼ全ての人が長い正式名称を嫌って「戦士組合」と呼び習わしているために、今では「ペルグランデ大陸生活安全保障組合」という呼び名が忘れられかけているという。
(いや、だからそんな所に細かい設定いらないだろ)
略称だったら安保組合辺りなのだろうが、アクションゲームで主人公が所属する組織が「安保組合」では格好がつかないのだろうか。つかないのだろう。カッコよさが足りない。
ギルドのボス、つまりギルドマスターも、ギルドマスターなんてカッコよく呼ばれない。組合長である。もう一度言おう、組合長である。組長ではない。
ちなみに、RD主人公たる戦士も、正しくは組合員または特殊遊撃隊員と言う。どこをどうして「戦士」になったのかは、誰も知らないらしい。
つまり、ギルドの戦士の正式な呼び方は「ペルグランデ大陸生活安全保障組合アズーリ支部組合員」である。なんか嫌だ。すごく公務員っぽい。安定はあるだろうけれどロマンが無い。
「なあ、ナオキ」
「うん?」
「ナオキは、戦士になったら、どうするんだ?」
まだ少しだけ眠そうなコナーが、欠伸を噛み殺しながら聞いてくる。
「どうって?」
さすがに質問が大雑把すぎる。
直希が問い返すと、コナーは「うーん」と唸りながら答えた。
「何ていうか、こう……目標みたいなものっていうかさ。例えば僕なら、父さんを超える薬師になる、っていうのが夢なんだけど」
「……やだ、ゴリマッチョになったコナーなんて見たくない……」
「いや、そっちは目指してないから! ってかあの筋肉量は無理だからね!? ナオキは僕を何だと思ってるんだよ!?」
「うーん……夢、目標かあ……」
「うう……もうダメだ、ナオキに人外認定されたら僕を人間だと思ってくれる人がいなくなる……ナオキだけが頼りだったのに……」
めそめそとしょげ返るコナーは(割とよくある事なので)放置して、直希は問われた事を考えてみる。
(目標っていうか、目的っていうか……なんだろ。RDやってた時はクリア目指してたけど……)
それはRDプレイヤーの誰しもが描く夢だろう。
他のゲームはいざ知らず、リアルダウティには未だにクリア者がいない。
発売から十年が経ち、DLCの追加マップは横道のみ。ストーリーは序盤も序盤で消え失せるため、プレイヤーの中で「ゲームクリア」とされる目標は大きく二つがある。
戦士階級の最高到達点、超難関の最終試験を突破しクラス1000に至る事。
パッケージや公式サイト、広告などのメインビジュアルであり、RD内魔物最強である五龍が一柱「黄昏の龍」を討伐する事。
直希が知る限り、戦士階級の最高到達者はクラス903。先週のアップデートより後にパーティを組んだ際、チャットで「昨日クラス上がった」と報告してきたので間違い無いだろう。プレイ歴十年、発売日に並んで買ったという最古参の彼でさえ、まだ1000には届いていないのだ。先は長すぎる。
一方の黄昏討伐は、そもそも黄昏討伐クエストの受注条件が「白銀討伐受注後である事」、白銀は「鋼星討伐受注後」と言った具合に、五龍を全て巡ってからでないと黄昏には会えない。
その五龍の最新討伐状況はといえば、黄昏に至る順=五龍の強さ順に黒銀→紅銅→鋼星→白銀→黄昏で、黒銀と紅銅が討伐済み。鋼星を攻略中である。こちらも先は長い。
RDにおいて、ある一定以上のPSを持つプレイヤーは「ルルイエ師」と呼ばれている。
かなりの数のプレイヤーが、彼らのプレイ動画をネット上に公開しているのだが、人類の限界に挑戦する専用コントローラーと操作の複雑さからか、ゲーム画面と手元の映像を両方ともアップしているのだ。左右アナログスティックに左十字キー、右6ボタン、LRは1~4と左右スティック押し込みボタンという鬼畜な専コンを、目にも留まらぬほどの速さで操作し、ゲーム画面のキャラクターが鮮やかな戦技を披露する。その様は「残像コンボ」「実は触手」「俺の知ってる手と違う」「人類には早すぎる」などと評され、ルルイエに封印されたといわれる邪神(=腕に触手が生えている)にあやかって「ルルイエ師」である。
別名「あいつらあたまおかしい」とも言う。
直希も、動画の数こそ少ないもののルルイエ師と言われる部類であり、大多数のルルイエ師の例に漏れず、クラス1000と黄昏討伐を目標に掲げていた。
(……だけど、それはゲームだったからだ。あれはゲームで、フィクションで、現実じゃなかったから、俺は戦士として高みを目指してた)
今は、RDが現実だ。
木曾竜胆高校に通う遠藤家の末っ子長男は、現実ではなくなってしまった。
(俺は、家に帰りたい)
平和な田舎で、平凡な家で、暇を持て余した戦神と突拍子も無い姉二人に囲まれて、好きな木工を勉強して、高校を卒業したら地元の木地師に弟子入りして、木の香に包まれた生活をしたい。
ゲームは趣味だ。大好きだけど、それは直希にとって、あくまで趣味なのだ。ゲームは生活ではない。
(俺の目標は、家に帰ることだ。どうやって帰るのかは分かんないけど、きっとどこかにヒントがあるはずだ)
ゲームには、たいてい「ヒント係」がいる。村の長老だったり、ギルドの職員だったり、はたまた通行人Aだったりもするが、ヒント係はヒントをくれるのだ。
RDにも、ヒント係は何人かいる。ゲームを進めていくにつれ会話できるNPCが増えるのだが、その内のラプタナの巫女、ムーザの情報屋、小マラオの長老がヒント係だ。
初期拠点であるアズーリからは、まず戦士階級を上げて次拠点を開放しないと、最も近いラプタナにさえ辿り着けない。
(ラプタナの巫女ばーさんは、何かクエストをクリアしないと会えないんだったっけ。よし、とりあえずはラプタナ到達を目標にしよう)
いじけるコナーを連れた直希が戦士組合に到着したのは、ちょうどその結論が出た所だった。
木地師:別名を轆轤師。なにこれ轆轤って読めないし書けない。
邪神:あのタコみたいな(・∀.)!