第十七話
ナオキの戦士階級は順調に上がっていた。
最初こそ、薬草採集メインという実入りの少ない方法だったため遅かったが、従魔を拾った凶狼狩りで一気にクラス3に上がり、三日後にクラス4、また三日後にクラス5とトントン拍子である。
良いペースではあるのだが、ナオキが己に課した「二ヶ月でラプタナ到達」には間に合わない。
三日おきに昇級では、ラプタナ開放のクラス30まで三ヶ月ペースなのである。
あと、開放とは言っているが「次拠点への移動が可能になる」ことをプレイヤーが「開放」と称しているだけであり、別にエイリノンやラプタナが閉鎖されているわけではない。世界はいつでもオープンだ。
ともあれ、昇級ペースである。
三日おきに昇級、というのも遅いわけではない。が、ナオキの実力からすると効率が良いとも言えない。
薬草採集の傍らで凶狼を乱獲していたが、狩猟数が二百を超えた辺りで獲物を変える予定である。
その理由は二つ。
まず、凶狼はザコofザコの最底辺魔物であり、フリーハント報酬のGCPが少ない事。
それから、ザコの割りに繁殖力が低く、個体数が多くないので、狩りすぎると生態系のバランスが崩れる事。
いくら魔物だから、と言っても、組合は魔物の根絶を目的としているわけではない。魔物による人的・物的被害があるのは事実だが、魔物によって害獣が間引かれているのも事実だし、生活の中で必要とされる魔物素材もある。
この世界では、魔物は「危険な野生動物」と同じ扱いなのだ。野生の狼の延長線上に凶狼がいる、と言ってもいい。
ゲームでは無限に湧き出る魔物でも、この世界では生物であり、殖えるには時間が掛かるのだ。
(昔オオカミが絶滅したら鹿の食害が増えた、って環境科のやつが言ってたし、姉ちゃんがタヌキ絶やすなって言うのと同じなんだろうな)
牧場勤務(というか牧場在住)の由里子にとって、タヌキは家畜の伝染病をもたらす怨敵だが、一方で別の感染経路&害獣であるネズミを食うし、裏山の中の死体(※犯罪的なやつじゃなくて動物の死骸)を片付けたり、わんさか湧き出る虫を食ったりと、益になる面もある。
ネズミはネズミで害虫を食うがエサを荒し、伝染病を持ち込む。その対処は毒団子ではなくヘビに任せるのが由里子スタイルだ。
「トラップも毒も無料じゃないし、殺ったら片付けないといけないけど、ヘビちゃんは勝手に食ってくれるから楽チンだよ!」
とか言っていた。それを聞いたナオキは、これが生態系(≒弱肉強食)か、と納得した。
閑話休題、この世界にも生態系があり、そのバランスは崩さないほうがいい、とナオキは判断したのだ。
珍しく知性的な判断だが、フィールドが「森」なので脳味噌は働いている。通常運転だ。
アズーリ周辺の魔物はほとんどが魔獣タイプで、ごく稀に魔人タイプ、もっと稀に妖魔タイプが出没する。遭遇確率は魔人が2%、妖魔が0.1%程度だ。
よく出る魔獣のうち、凶狼よりも獲得GCPの高い藤色鹿や黄色熊が、アズーリのザコ四天王の二番目、三番目である。
藤色鹿はものすごい勢いで殖える紫色の鹿で、きゅるんとした黒い瞳と愛らしい顔立ち、華奢な肢体と鋭利な兇器を持つ魔獣だ。肉はけっこう美味い(という設定があるのでナオキは期待している)らしい。
黄色熊は藤色鹿ほどではないが、凶狼よりも繁殖力は旺盛だ。ただし、さすがに熊なので、倒すのにはそれなりの力量が必要とされる。
低確率で上位種も出没するので、運が良ければ一気にGCPを稼げる。
上位種というのは「同種・強個体」だ。
戦士階級が1000もあるRDでは、段階を踏んで強い敵を出していく際に「敵のレベルを高くする」「もっと強い別の敵を出す」のではなく、「似ていて強い敵を出す」ようになっている。狙ったわけではないらしいが、狩りゲー双璧モン○ンと似通った仕組みだ。
例えば凶狼なら、凶狼上位種、凶狼高位種、凶狼王種、凶狼帝種と五段階あり、帝種になるとボス級の強さになる。ザコ敵なのに。
まあ、そんな帝種なんていうボス級ザコはクラス500以上でもなければ出会わないので、クラス一桁でも遭遇可能な上位種が現在の精一杯である。
(明日くらいで凶狼二百頭だし、藤色鹿でも乱獲するかなー。森のちょっと奥に行けば大量発生してるし)
まるで害虫か何かのような言い方だが、攻撃性と繁殖力が高い藤色鹿は頭文字Gくらい湧くので間違いではない。
半年で二倍に増えるって、ちょっと直視したくない問題だ。黒光りするヤツではなく、おめめきゅるるんの鹿であっても。
そして、そんな人類の敵級の藤色鹿は、間引きの常設依頼がある。受注はクラス5から可能なので、凶狼をキリよく二百頭狩って移行、と計画を立てた。
はふぅ、とナオキは息を吐く。
RD関連とはいえ、昇級ペースだの必要GCP量だのの計算をした頭が疲れたのだ。
昼食がてら居座っている食堂の、さっぱりおいしいハーブ茶でまったりする。足元では、ゼンが丸くなって昼寝中だ。
考えることはたくさんある。
昨日予約して、今日行ってきたコナーとの薬草採集のこと。
ラプタナに至るまでの計画について。
RDと「ここ」の違いや共通点。
あれこれ考えて、しっちゃかめっちゃかになって、諦めてメモ帳を買ってアレコレを書き出して。
そんなに好きでもないスイーツを注文して糖分補給する程度には、偏った脳味噌を働かせたのだ。
(頭ン中がごちゃごちゃしたら、紙に書いて一つずつ考える)
母ちゃん直伝の「ナオキでも出来る論理的思考方法」だ。ちなみに「サルでもわかる日本経済」よりは簡単です。
(まず、俺がしなきゃならないこと。ゆうせんじゅんい、だっけ)
のっけからこれである。まあ、今はちょっとショートしてるので、あんまりいじらないでおこう。
優先順位の第一は「家に帰ること」だ。最優先の行動目標であり、最終目的である。
では、そのために何が必要か。「家に帰る方法を探す」ことで、その具体的な方法が「ラプタナの巫女に聞く」だ。
ラプタナの巫女に相談するには「ラプタナ到達」が必要で、条件はクラス30になること。前段階として「クラス15でエイリノン開放」だ。
そのためにクラスを上げる必要があり、二ヶ月というリミットを設定したので、効率的な昇級が求められる。
現在のクラス5から速やかに昇級するために、GCP効率の良い藤色鹿狩りを今後のメインとする。
凶狼より強い藤色鹿を乱獲するためには「攻撃力の底上げ」が必要で、毎朝の鍛錬と良武器の入手がその手段となる。
ナオキがすべきことは、言ってしまえばこれだけだ。
だが、これはRDの知識を前提とした場合だ。
人間臭いNPCや、ゲーム背景だった各種施設や、効果を伴って反映されている設定・世界観など、ナオキを取り巻くリアリティが問題となる。かもしれない。
もしも、ここが「ゲームの世界」ではなく「ゲームっぽい異世界」だとしたら。
RDに似ているけれど、本当は全然別の世界だとしたら。
ナオキのゲーム知識は根底から覆される。
むしろ、似ているからこそ、ゲーム知識に惑わされて致命的な失敗をするかもしれない。
(怖いのはそれだ。究極の変態ゲーに、ものすごく似てるから、まあ可能性は低いと思うけど)
今日、コナーは薬草の説明をしなかった。否、したけどしてない、が正しいだろう。
家で採集報告をした薬草はスルーして、ナオキが見分ける自信のない何種類かを確認して、その特徴を教えてくれた。
オープニングの例を踏まえれば、コナーは「薬草採集の初回同行時の行動」を取った、と言える。けれど、ごく普通に「薬草に詳しいコナーが、専門家ではないナオキに説明した」とも解釈できる。
コナーがどっちなのか分からなかったので、ナオキは考える事を諦めたのだが。
共通点は多いが、差異も多い。しかしその差異はささいなもので、おおまかなポイントを拾えば「だいたい同じ」と言ってしまえる程度。
(……やめやめ。どっちにしても、判断の根拠が少なすぎる)
というわけで、ナオキは再び速やかに諦めた。
世界観考察あると思った? 残念! ナオキの脳味噌がショートするほうが早いよ!
ずいぶんと居座ってしまった食堂を出て、ナオキは木工所を覗きに行く。熟睡していたゼンは、危うく置いていかれそうになって涙目で追いかけた。
木工所では今、先の治山工事()で伐った木を加工しているのだ。
とはいえ、伐ったばかりの木(生材)は使えない。しばらく乾燥させて含水率を下げていかないと、腐ったり狂ったりするし、強度も乾燥材に劣るからだ。
伐り出して枝を落とし、人力(筋肉パワー)で町まで運んだ生材を、簡単な屋根の下に積んで乾燥させるのだが、ここからは脳筋たちに任せていた。
彼らが採用している乾燥方法は「天然乾燥」といい、太陽光・風・雨のみで自然に乾燥させる方法だ。ナオキの感覚で言えば「昔ながらの方法」である。
一方のナオキは現代人なので、知っているのはハイブリッド式。含水率30%程度までを天然乾燥で、そこからを乾燥室での人工乾燥で行うという、文明バンザイ方式だ。設備が無くて出来ないし、そもそもナオキは木工が専門なので、製材に関してはそこまで詳しくない。
詳しくないよ。ほんとだよ。竜胆高校基準で、だけど。
ざっくりだいたい含水率の計算できちゃうけど。
「こんちわー」
ひょこっと入り口から覗き込む。
シャイニングごっこは、たぶん誰もネタが分からないので止めておいた。
「おう、アニキ!」
「いらっしゃーい!」
「野郎共! アニキの降臨だ!」
けっこう広い木工所内に「うおおおおお!!」という歓声が響く。
アイドル出没みたいなテンションになっているが、17歳のフツメン小僧に盛り上がる野郎共、というのは、なんというか、むさくるしい。音頭はおなじみ、テンガロンハットのノックス代表だ。
「ハンパに時間あいちゃったから、ちょっと覗いてみたんだけど」
「アニキなら、いつでも大歓迎だぜ!」
「今なにやってんだ? あ、製材?」
「おう、木挽き班が張り切ってんだ」
木挽き=製材である。旧い呼び名なので、ナオキは「歴史の授業で習ったなー」とか思った。
ちなみに竜胆高校の歴史の授業は、一般的な歴史ではない。最初から最後まで林業特化の歴史である。そのくせ教科書は世界史Bと日本史Bだ。解せぬ。
「製材班と木挽き班は違うの?」
「いやー、そんな違いは無えんだけどよ。オレらの世代が製材班で、上の世代が木挽き班だ」
「あ、じゃあ先輩か。誰が班長?」
「わしじゃよ、坊主」
ノックスと話していると、燻製した熊みたいな爺ちゃんが現れた。
髪もひげも眉毛も真っ白、首から上はお年寄りテンプレなのに、首から下は熊だった。いや、正確には熊のように強靭な筋肉に覆われたゴリゴリのマッチョ、である。
どう見ても七十代以上なのに、どう見ても筋肉薬師並みのアイアンボディ。
ナオキは目をぱちくりさせた。それから、笑顔で挨拶する。
「初めまして、戦士組合のナオキです」
「木工所、前代表のグリフィスじゃ。ノックス坊から噂は聞いとる」
「お会いできて光栄です。大鋸を使って製材しているんですね」
「うむ。わしらの上の世代は木割りじゃったがな」
「いいなあ! 憧れるなあ!」
「ほう……坊主、お前さんイケる口じゃのう」
ナオキがいきいきしている! そしてグリフィス老の目がギラリ輝く!
ノックスは戦慄した。必ず、この邪智暴虐の王を鎮めねばならぬと決意した。ノックスには理屈がわからぬ。ノックスは町の樵である。筋肉を鍛え、野郎共と遊んで暮らしてきた。けれども邪悪に対しては、人一倍に敏感であった。
このままでは、四十過ぎても坊や扱いされる大先輩と我らがアニキによる、木工バカのための熱く激しくめんどくさい大討論会が始まってしまう!
「アニキ、オジキ! 製材の手本を見せてくれよ!」
どこのチンピラだ、と言いたくなる様な呼称が飛び出たが、筋肉的にはちゃんと敬称なので問題など無い。
燃え上がり始めた木工バカ二人の背を押して、大鋸を握らせる。
ちなみに、大鋸とは二人掛かりで引く巨大なノコギリである。両端を掴んで交互に引くことで、大きな材も切れるスグレモノだ。
「使い方は分かるんじゃな、坊主!」
「慣れてないけど知ってます! よろしくお願いします!」
完全にエンジンが掛かったナオキとグリフィスが、初対面とは思えないコンビネーションで大鋸を引く。ざっくざっくと吐き出される大鋸くずが乱舞し、辺りはひときわ濃密な木の匂いに包まれた。
出会って一分で意気投合。大鋸を握らせて良かった、とノックスは良い笑顔になった。
爽やかにキラリと光る汗と歯が「やりきったぜ!」と達成感を表しているが、その背後でナオキとグリフィス老の熱血木挽き講座が開講しているのは聞かないふりである。
「腕で引こうとするな、すぐにへばるぞ!」
「あっそうか、こんな風に引けば良いんですね!」
「木目に見とれるな! 曲がるじゃろうが!」
「後でこの檜の切れ端ください! 愛でたい!」
「やらんわバカモン! 自分で伐って来い!」
「そしたらここの大鋸使わせてください! 俺、大鋸持ってないんで!」
バカが二人。バカな事を交えながらの怒鳴り愛。無論、愛は足元の檜材に対してである。それでも歪みない老練のテクニックと、瞬く間にそれを吸収したナオキ。
結果、とんでもないスピードで板材一枚出来上がった。
切り始めた木口は多少の乱れがあるものの、その辺りでコツを掴んだナオキが修正したので、残りは見事な板目を見せている。
ちなみに木口=切り口だ。
「いやあ、やっぱり大先輩に教わるのって分かりやすくていいなあ!」
などとナオキは供述しているが、その大先輩に以前師事していたチーム筋肉は「いやいやいやいや、ないないないない」と全力で首を振っている。
先のやり取りでも分かるように、グリフィスは答えを教えてくれない。どこが悪いかを軽く指摘する程度だ。
しかし、グリフィスの動きは完璧にお手本なので、答えが知りたければ観察して試行錯誤するしかない。まさに「技は見て盗め」である。
覚えやすいように動いてくれるほど優しくはないが、どれだけ観察していても怒られないので、ナオキは感動すら覚えていた。
「グリフィスさん、間伐に詳しい先輩はどこにいらっしゃいますか?」
ナオキがこんな敬語を喋るところからも、感動度合いがよく分かる。
OBAKAなナオキが敬語なのは、遠藤家最強の呼び名も高い戦神・ばあちゃんに叩き込まれた、無駄に高度な礼儀作法がちょっとでも身に付いているからだ。ただし、ばあちゃんは小笠原流礼法なので、立ち居振る舞いの本領発揮は畳の上であるのだが。
「杣工班は、ほとんど隠居しておるのう。まだ伐れる奴らは……ジュードとオーブリー辺りか」
「「「ヒィッ!?」」」
その名が聞こえた伐採班の面々から、絞め殺される間際の鶏みたいな声が上がった。
杣工=樵なので、伐採班の上の世代の、どうやら恐ろしい先輩らしい。
「じゃあ、その方たちに伐採班の指導をお願いしてみよう」
「ええっ!?」
「あ、あの<鬼のジュード>と<森熊オーブリー>が指導……だと……!?」
「何てことだ……オレたちの人生、ここで終わりか……」
二つ名持ちの樵ってどんなんだよ、と思ってはいけない。花形産業のエースなのだ。アズーリでの樵はこんなもんである。
伐採班の悲鳴を聞いたグリフィスは「やれやれ、情けないのう」と溜息を吐いているが、ナオキは違った。
「おい伐採班」
「「「「はいっ!?」」」」
底冷えのする目線と、冷徹な声音で、野郎共の動きを瞬間冷凍する。
「我々は何だーッ!」
「「「アズーリ木工所伐採班であります!」」」
「天然林とは何だーッ!」
「「「我々の獲物であります!」」」
「我々が目指すものはー」
「「「伝説ッ伝説ッ伝説ッ伝説ッ!!!!」」」
「ならば征くぞ! その身に数多の技術を刻み込め!!」
「「「おおおおおおーッッ!!」」」
なんだこれ、と思った者はゼンひとり。いや一頭。
製材班と加工班は「いいなぁ……」と眺め、グリフィス老を始めとする木挽き班は「面白い坊主共じゃのう」と笑っていた。
圧倒的マイノリティだが、一般的に常識人カテゴリはゼンの方だ。凶狼だけど。魔物だけど!
しっかり教育(≒調教)されている伐採班を率いて駆けていくナオキを、ゼンは慌てて追いかけていった。
グリフィス爺さん出したら話が進まないよ(゜∀。)!




