第十五話
「お疲れ様です。今日の報告で、ナオキさんのクラスが5に上がりました。おめでとうございます」
「あ、やった! ありがとうございます」
凶狼のゼンを拾ってから一週間ほど。
木工所の治山工事(的な間伐作業)が一旦終了したため、完工の報告に来ていたナオキである。受付はいつものアデレイドだ。
書類作成補佐として派遣されたライリーの報告で、間伐を行った区域が見違えるほど見事な森になったとのことで、ナオキには森林整備クエストのクリアも認められたのだ。
せっせと作業したおかげで、最初に手を付けた区域の森は明るく、見通しも良くなっている。下草などの緑はまだ生えていないが、半年もすればしっかり緑に覆われ、五年もすれば潅木なども茂ってくるだろう。
これから、木工所のチーム筋肉は、製材担当と加工担当に分かれての作業が待っている。
「皆でローテーションしてるのかと思ったら、伐採班と製材班と加工班って分かれてるんですね」
「はい。製材と加工は伐採ほどひどくないので、一度確認していただいて、指導が必要なければひととおり終了、となります」
「皆すごくやる気出たみたいなので、しばらく放っといても大丈夫だと思います。あと、昨日聞いたんですけど、薬師会が呼んでるっていうのは?」
「リーバー薬品店の店主さんから、ナオキさんの事を聞いたそうです。薬用植物について相談したいから、時間があるときに事務局に顔を出して欲しい、との事です」
「ふーん、分かりました。何だろう……」
首を傾げながら、ちゃっちゃと事務作業を済ませてもらい、ちゃっちゃと組合員証の昇級処理も済ませて返却してもらう。
戦士階級が5になったので、晴れてクエスト同行許可が出るのだ。
ナオキは受け取った組合員証を首に掛けて小躍りした。
アデレイドはナオキの奇行を黙ってスルーした。
「クラスが5になりましたので、魔法使用講習を受けていただく必要があります。講習は最短で明日でも可能ですが、どうされますか?」
「あ、じゃあ明日で。何時ですか?」
「九時に組合の二階、小会議室です。持ち物の指定は特にありませんが、必要であればメモなどをお持ち下さい」
「分かりました。うわー、楽しみだ!」
ナオキは再び小躍りし、アデレイドは再びスルーした。
組合を出て薬師会事務局を訪ねると、事務局長に出迎えられて面倒臭い依頼をされた。
以前にリーバーの依頼で作成した樹木分布図を、薬用植物分布図として作って欲しい、という内容だ。
木と薬草の見分けが出来るナオキだからこその依頼である。ほかの組合員も、出来るといえば出来るのだが精度に不安が残り、ナオキほどの早さで調査することも難しいので、お手頃なナオキにお鉢が回ってきたのだ。
面倒臭いが、森を愛するナオキは二つ返事で引き受けた。
木(と植物)を調べてお金がもらえるなんて、ナオキにとっては夢のようである。
赤松はどの辺りにあって樹齢がどれくらいで、鎌柄の株はどこにあって、そういえば馬酔木って薬草なんですか、ああ殺虫剤なんですねなるほどー、などとナオキが言えば。
そうなんですよ沈丁花がもっとあれば便利なんです、あっ榠樝と榲桲は別種なので別記載でお願いします、ところで月桂樹の群生地なんて見かけませんでしたか、などと事務局長が返す。
やだこいつら何語喋ってるの、メイドインジャパンなんだから日本語でお願いします。
付き合っているゼンは序盤で轟沈して、とっくに熟睡している。怪我も治って元気いっぱいなのに、従魔だから指示がなければ遊びに行けないのだ。かわいそうに。
翌日、午前九時。
ナオキは、組合の二階・小会議室で魔法使用講習を受けていた。
講師はライリーである。
「まず、魔法とは誰でも使えるものではありません」
魔法とは、戦士が習得する特殊技能である。
と言っても、ファンタスティックでグレイトなデーハー攻撃魔法ではなく、最初から最後まで補助である。
「種類はいくつもありますが、すべてに共通するのは『組合員証を媒体としている』という点です」
「ばいたい」
「組合員証が無ければ魔法は使えません。組合員であっても、組合員証を身に付けていないと駄目です」
「なるほど」
組合員証はただの鋼ではなく、特殊な金属を混ぜた魔素鋼だ。
この魔素鋼に対して、使用者が魔力を通し、詠唱を行う事で魔法が発動する。
詠唱は声に出してもいいし、出さずに思い浮かべるだけでもいい。
「魔力は、誰にでもある力です。血液と同じ様に身体を循環していて、意識を集中することで操作できます」
「ふむふむ?」
「右手の掌を見てください。手に力を入れずに、そこに力を集めるようイメージしてみてください。……ほんのり温かく感じますね?」
「ほうほう」
「その状態で、この泥水コップに触れてください。詠唱は『Water』です。はい、どうぞ」
声に出すのは中二っぽくてアレだなあ、と思ったナオキは、頭の中で「Water」と念じながらコップに触れる。
すると、茶色に濁っていた水は、透き通った綺麗な水になった。コップの外にはカサカサの泥の塊が転がっている。
「これが浄水の魔法です。水に含まれる不純物を取り除き、美味しい真水に変えられます」
「海水も真水に出来ますか?」
「もちろんです。ですが、海に浄水の魔法を使うと、使う魔力の規模が大きすぎて頭が弾け飛びますので、人生を諦めるまでは使わないほうがいいでしょう」
「うわあ」
わりとお手軽に生命の危機が転がっている世界である。
それから、ライリーは他の魔法についても教えてくれた。
魔法を武器のように分類すると三種類に分かれる。
補助魔法
├火種
├浄水
└方角
回復魔法
├手当
├処置
├治癒
├治療
├修復
└療養
特殊魔法
└従化
ゲームでは、メニューから選択・決定して対象を指定すれば発動する簡単仕様だったのだが、そもそもメニュー画面の無いこの世界では全て自力発動だ。
魔力とやらを集中してイメージして詠唱、という魔法っぽい使い方が面白いナオキは、嬉々として練習に励んだ。
「火種の魔法は、触れた可燃物に火を点けられます。ただし、触れたままだと火傷をしてしまうので、火が点いたらすぐに手を離してください」
「触れずに点火は出来ますか?」
「少し難しいですが、可能です。頑張って練習してください」
大事なのはイメージだ。考えるのではない、感じるのだ!
「方角って……なんか、あんまり変わった気がしないんですが……」
「ナオキさんは、普段どうやって方角を調べていますか?」
「時刻と太陽の位置と、あとは目印を覚えて体感です」
「それであの測量図を……?」
「まあ、あれくらいなら感覚で分かるので」
「…………方角の魔法は、ナオキさんにはあまり恩恵が無いようですね」
空と地面があれば迷子にならないナオキである。建物の中ではお察し下さい。
「従化って、我に従えってやつですか?」
「はい。クラス1で従魔を連れて来るとは異常事態過ぎて驚きました。ちなみに、どうやったんですか?」
「えーと、フリーハントで凶狼狩ろうと思って、群れを見つけたので戦り合って迎撃して、その時に生き残ってたんですけど」
「なんだか私の常識が試されているようですが、続きをどうぞ」
「群れに置いていかれちゃって、それで俺が『従魔になるならついて来ていいよ』って言ったら、腹見せて転がったので、そのまま連れて帰りました」
「ふむ、私では理解と判断が出来ない事が分かりました。今のやり取りは記録に残してもよろしいですか?」
「あ、はい、どうぞ」
ライリーが虚ろな笑みで会話を書き留める。ご苦労様です。
「では、回復魔法ですね。これは補助魔法や従化の魔法とは違い、組合員証ともう一つ媒体が必要となります」
「ばいたい」
「組合や薬品店で売っている薬ですね。傷薬や消毒薬は見た事があると思います」
「ああ、はい、こないだ棚卸し手伝いました。死ぬかと思った」
「死ななくて良かったですね。薬品店にはたくさんの種類の薬がありますが、回復魔法に対応しているのは七種類のみです」
「ふむふむ」
今度は、ナオキもよく知る内容である。
RDの回復魔法は、他ゲームの回復魔法とは違い、魔法だけで傷を癒す効果は無い。正確に言えば「回復促進魔法」である。
例えば刃物で切り傷を作った場合。
消毒薬で傷口を消毒し、傷薬を塗ってから、手当の魔法を使う。あるいは、傷口を綺麗に洗って傷薬→魔法、洗って消毒薬→魔法でも可だ。
絆創膏を貼って一週間で治る程度の傷なら、消毒薬→傷薬→手当で五分で完治する。
「魔法の使い方自体は同じです。ただ、傷を触ると色々問題もありますので、触れずに発動できるよう練習をおすすめします」
「問題って言うと……」
「一番多いのは『いてーなこのやろう』です」
「納得しました」
七種類の薬品は消毒薬、AACDR、傷薬、外傷薬、創傷薬、裂傷薬、丸薬で、希少度と値段が効果に比例している。
そして、それぞれの薬品は対応する魔法が決まっているのだ。
手当――消毒薬、傷薬
処置――傷薬
治癒――外傷薬
治療――創傷薬、AACDR
修復――裂傷薬、丸薬
療養――裂傷薬
魔法は下段ほど効果が高いが、薬が対応していなければ効果は無い。
消毒薬をかけた切り傷に処置を使っても、回復が早くなるわけではないのだ。
クラス5で全ての魔法を覚えても、一瓶4800ディナルする裂傷薬を買えなければ使えない、ということである。命の価値が金次第という、地獄よりおそろしい世界なのだ。
ちなみに、異彩を放つAACDRだが、何かの略称なのだそうだ。変態開発会社がネーミングに本気を出したとの事で、情報収集班が必死で調べていたりした。結果は知らない。
「療養の魔法は特殊回復魔法で、対象を五人まで広げられます」
「その五人には五人とも薬かけなきゃいけないんですよね」
「その通りです。高クラスの組合員さんは、裂傷薬を買い占める勢いで買い漁るそうですよ」
上級者の変態どもがパーティプレイに出かければ、パーティ人数×5くらいは裂傷薬を消費する。パーティは最大五人なので、軽く12万ディナルの計算だ。日本円換算で1200万。うわ怖い。
かく言うナオキも裂傷薬にはかなりお世話になっていたので、総計100万ディナルくらいは薬師会に貢いでいたかもしれない。
「あ、そういえば、薬の品質で効果って変わるんですか?」
「はい、変わりますね。アズーリだとリーバー薬師の製品が一番高品質です。一般的な品質の同等級の薬と比べて、約1.3倍の効果があるそうですよ」
「1.3倍凄く治る?」
「1.3倍早く治ります」
三倍速ではないので、赤くて角が生えてたり、金ピカだったりはしない。
薬の品質という概念は、ゲームには無かったものだ。リーバーの薬品が高性能、というのは設定のみで、ルルイエ師たちが恩恵に与っていたのは、辺鄙な田舎で裂傷薬・丸薬が買える、という点だったのだが。
しかし、筋肉薬師の薬が高品質(※効果保証つき)と分かれば、ナオキが想定すべき事も分かってくる。
(公式で語られた設定は、全部あるんだな)
実際の効果が反映されていない、NPCが語るだけだった設定も、その効果を伴って存在する。
そうであれば、当初の目的も現実味を帯びてくるというものだ。
(ラプタナの巫女ばーさんは、世の全てを看通す天眼通の持ち主だ。攻略のヒントだけじゃなくて、俺が家に帰る方法も分かるかもしれない)
RD世界を満喫していても、ナオキの目的は「家に帰ること」である。
大好きなゲームの世界に入り込んだのだとしても、ゲームは趣味である以上、ナオキにはもっと大事なものがある。
(木地師に弟子入りするためには、現実の世界に帰らなきゃならない。俺は諦めないぞ!)
こいつが「家族のため」とか「あの娘のため」とか言うと思った? 残念! キワモノ木工マニアを舐めちゃいかんよ!
ちなみに、家族はナオキの夢を知っているので、これを聞いても悲しんだりはしない。「少年よ、大志を抱け!」とか北大のあの人のポーズして応援してくれる。
「回復魔法は、傷を治すための魔法です。死んでしまっては治せませんので、命は大切に頑張ってください」
「分かりました」
「では、魔法使用講習は以上で終了です。お疲れ様でした」
「ありがとうございました。お疲れ様です」
こうして、ナオキの魔法使用講習はつつがなく幕を閉じた。
植物の名前連発してるところはスルーしてOKです(゜∀。)!
楽しい魔法講座にめっちゃ苦労した……




