第十四話
仕留めた凶狼の死体と尾を担ぎ、ひょこひょこ歩く凶狼を連れたナオキが、置き去りにされた伝説を目指す会(別名:アズーリ木工所従業員)の元へ帰ってきたのは、そろそろ昼メシにしようか、という時分だった。
太陽は中天をほんの少し過ぎ、皆のお腹が狂おしい咆哮を上げているところである。
「やっほー! これからご飯?」
「あっ、アニキおかえ……ギャース!!」
「間に合った? まだご飯ある?」
「どうしたんだアニ……ぎょわああああ!!」
「あーお腹すいたー。今日のお弁当なんだろう」
「ん? なんか生ぐさ……うおわあああ!!」
解説すると、
①朗らかに獲物を担いで帰って来たナオキにビビッたヒース
②仕出し弁当の有無を気にするナオキについて歩く凶狼と、それを見てビビッたアーネスト
③最後にぷんぷんと血臭漂う獲物を枝から吊るすナオキに心底びっくりしたノックス、である。
よかったね、心臓が丈夫になったよ!
「アニキ! 何てモン担いで、何てモン連れ回してんだよ!」
「え、凶狼だけど」
「そうだけど! いや、そうじゃねえ!」
「ああ、吊るしたのは番で、そっちのは従魔にした。前脚怪我してるから、そっとしてやって」
さあ昼メシ昼メシ、と巨大な弁当箱を配るナオキ。
こいつがちゃんとフォローすると思った? 残念! ナオキはお腹がすいているんだ!
教育課程でその事を悟っていた筋肉たちは、そういえばアニキこういう人だったわ、と思い直して昼メシを貪り始めた。
本日のお弁当は焼肉定食である。これに骨付き肉を追加した「弱肉強食セット」もあるが、お財布に厳しいので月イチのお楽しみだ。
「アニキ、その仕留めたヤツはどうするんだ?」
「組合に卸すよー。繁殖期の番だから、いい小遣いだ」
「いや、早く持ってったほうがいいんじゃねえかと……天気いいから傷むんじゃねえか?」
「そうなんだよな。メシ食い終わったら、午後は皆で間伐の続きして、俺は獲物持って先に帰るかな」
「任せてくれ、アニキ!」
凶狼の衝撃から立ち直って、脳筋は今日も元気がいい。
ナオキは「元気いっぱいは良い事だ」なんてニコニコしている。
ツッコミどころなど無い。
というわけで、チーム筋肉に間伐を託し、ナオキは町へ戻った。
弁当箱が載っていた台車に、仕留めた凶狼と従魔を乗せて、ガラガラ引いている。
弁当箱は折り畳みできるので、凶狼三頭(うち二頭は死体)が載っても大丈夫なほどスペースが空いたのだ。折り畳み式は最強である。
もちろん、血や毛などが弁当箱に付かないように、防水布(台車標準装備)で包んでいるので心配いらない。
「すみません、素材買取お願いします」
組合の入り口で係員を呼ぶ。
中に入っていってもいいのだが、台車(※いろいろ満載)を放置するのは心配だったのだ。弁当箱を盗まれたら弁償しなければならない。
「はい、買取ですね。素材は凶狼三頭で?」
「あ、こいつは従魔です。買取は二頭で、フリーハントなんで討伐証明書ください」
「かしこまりました。この尾もフリーハントですか? 一緒に証明書をお出しするので、こちらも引き取りますね」
「お願いします。台車は木工所の備品なので、報告が終わったら取りに来ます」
売られる!? と驚愕の表情をしていた凶狼(※従魔)を抱えて下ろし、討伐証明書を受け取ったナオキは、売られなかった事に安堵する凶狼を連れて組合の受付カウンターに向かった。
ひょこひょこ歩く凶狼に、組合にいた人たちが一瞬ぎょっとした顔をするが、すぐに従魔だと気付いて「なんだ従魔か」と胸を撫で下ろす。
戦士が従魔を連れ歩くことは、日常生活で目にする機会は多くないものの、一般常識として浸透しているのだ。
「お疲れ様です。従魔登録ですか?」
「あ、アデレイドさん、お疲れ様です。登録と、あとフリーハント報告です」
「では先にフリーハント報告ですね。討伐証明書をお預かりします。……あら、昨日お話しした凶狼ですか?」
「そうだと思います。発見地点がE1辺りだったのと、群れの総数が三十頭くらいだったので、可能性は高いかと」
「一昨日の赤鹿の目撃地点がここで、こう移動していたのですね。なるほど。情報提供ありがとうございます。少々お待ち下さい」
今日も長身美人なアデレイドは、そう言って別の職員になにやら指示を出す。
漏れ聞こえた言葉から察するに、クエスト内容の変更だろう。昨日言っていた討伐クエストを、調査兼討伐クエストに変更したようだ。
「お待たせしました。フリーハントは討伐数十四、うち二頭が繁殖期の番ですね。報酬はこれから計算して、素材買取金と一緒にお支払いします。これがその番号札です」
「分かりました。この札を買い取りの方で出せばいいんですか?」
「ええ、そうです。では、次に従魔登録ですね。登録されるのは、その凶狼でよろしいですか?」
「はい。あ、ちょっと怪我しちゃってるんですけど、大丈夫ですよね」
「登録には問題ありませんが、ご自分で治療できますか?」
「リーバーさんに相談してみます」
「分かりました。その凶狼の性別と年齢、名前を教えてください」
組合に従魔を登録すると、専用の管理番号が振り分けられる。
迷子の従魔や、問題を起こした従魔が居た場合、この管理番号で所有者を調べたり色々したりするのだ。
そのために種族と性別、年齢、主人が従魔に付けた名前が必要なのだが、すっかりぽんと忘れていたナオキである。
視線を向けられてきょとんとしている凶狼に近付くと、おもむろに引っ繰り返して股を確認する。横暴だ!
「性別はオスです。年齢は……おいお前、イエスならワン、ノーならキュンって鳴け。二歳……三歳……四歳以上……三歳と半分……三歳半です」
「……分かりました。名前は何ですか?」
「ポチで」
「きゅーんきゅーん!!」
「嫌だそうですよ」
「ええー……」
アデレイドが、表情で「ネーミングセンスがちょっと……」と教えてくれる。言葉にしない優しさが、心に痛い。
とは言っても、真面目に考えてポチだったナオキだ。うーんうーんと頭を捻り、何も浮かばず、それならいっそ戦神の考えた名前ならどうだ! とそれを口に出す。
「じゃあ、ゼン」
「わん」
「では、ゼンで登録しますね」
「……なんでだ……」
じいちゃんが昔飼ってた土佐犬の名前は良くて、ポチはダメなんて……。ナオキはカウンターに突っ伏した。
どこからか「まだまだ精進が足りんぞ直希!」とかいう幻聴が聞こえたが幻聴だ。たぶんここ異世界とかいうやつだし、じいちゃんここにいなさそうだし……でもじいちゃんなら次元の壁とか越えられそうな気がする。「ノーボーダーってやつだ、わははは!」とかいう幻聴も幻聴だから聞こえなかった。そういう事にしたい。
しょんぼりしたナオキと、ポチを免れた凶狼が、とぼとぼと組合を出て、併設された素材買取所にとぼとぼと入り、番号札を渡して報酬を受け取り、台車を引いてとぼとぼと弁当箱を返却して、そのままとぼとぼと木工所に台車を片付け、とぼとぼとリーバー薬品店に帰るまでに要した時間は一時間ほど。
まだまだ真っ昼間の明るい時間である。
辛気臭い雰囲気で店の方に入ろうとしたナオキだったが、リーバーの殺人光線(※視線)に阻まれて、入り口でおとなしく待った。
「どうしたナオキ、こんな時間に帰ってくるなんて」
しばらくして、買い物客の対応を終えたらしいリーバーが、入り口で真っ白な灰になっているナオキを発見した。
「……ちょっと事情があって凶狼拾って、従魔登録したんだ。そしたら、ネーミングセンス無いって……」
「言われたのか?」
「言われなかったけど表情で語られた……俺、ネーミングセンス無かったんだ……」
「その凶狼の名前か? 何て付けようとしたんだ」
「ポチ」
「うん、無ぇな」
その時のナオキの表情を知りたい方は、ムンクの「叫び」という絵をご覧ください。
ちなみに、ポチと名付けられそうになったゼンも、叫びフェイスになっていた。「まさかそれで普通だと思ってたんじゃないだろうな!?」という叫びが聞こえそうである。
「で、それで落ち込んで家に帰って来たのか」
「ああ、えっと、こいつの名前はゼンで登録したんだけど、」
「普通の名前だな」
「うっ……前脚に怪我してるんだ。俺がやったんだけど。凶狼にも効く打撲の薬、あります?」
「どういう打撲だ?」
「手刀でこう、ガッてやった」
ガッてジェスチャーをしたらゼンがビクゥッてなってたが、生憎と気にしてくれる人はいなかった。がんばれ。
「ふむ……針桐の樹皮はあるか?」
「手持ちは無いけど、取って来れる」
「その樹皮をこれくらい取ってきて、水を鍋にこんくらい入れて、これくらいまで煎じる。で、冷めてきたら布に染み込ませて湿布してやれ」
「ありがとう、オヤジ! ゼン、木工所の入り口で番犬してろ!」
瞬時に元気になって走り去るナオキである。
呆然と見送るゼンと、やれやれと見送るリーバーの目が合った。
震え上がるゼン。ニヤリと笑うリーバー。
「おうワン公、明日からウチの番犬しろ」
「ひゃん!」
「今日は木工所って言われたんだろ。おら、さっさと行け」
「ひゃいーん!!」
やっぱり、リーバーが凄んだら傷面の狼より怖かった。
主人じゃないけど従わなければ死ぬ! と思ったゼンは、たぶん間違ってない。
さすがリーバーさん、歪みないです。
「へえー、じゃあナオキがその傷面の狼ってやつの群れを倒したの?」
「全部は倒してないよ。ゼン入れて十五頭」
「それでも半減だろう。よく働くことだ。コナーはナオキを見習っとけよ、ったく」
「十三頭は反撃だからなー、正当防衛だよ。ってかコナー今日は何したの」
「どうせ釣ったんだろうが。コナーは……」
「さすが父さん、鋭い推理! あと僕の事は触れないでほしいかな!」
「父さんの洗濯済みのパンツに抽出液こぼして、ごっついシミ作ったの。そのまま父さんに冤罪ふっかけようとして摘発されてたんだよ」
「うわひでえ」
「きゅーん……」
わいわいと盛り上がるリーバー宅の晩餐に、ちょっと臭い液体で湿布されているゼンが加わった。
野良犬なんか汚れてんだから、洗ってから家に入れろ! と筋肉薬師にどやされたので、摘発されてどやされたコナーと一緒に井戸で丸洗いしたり、とひと悶着あったが、至って平和に迎え入れられたゼンである。
今はナオキの小遣いで買ってきた骨付き肉をもぐもぐして幸せそうだが、時々リーバーと目が合うと硬直している。
いちおう魔物で魔獣で凶狼なのに、リーバーにとってはそこらの犬コロと変わりないらしい。
まあ、一撃の威力はナオキ以上のリーバーである。至って正しい判断だろう。リーバーの手刀だったら、ゼンは三本足になっていたかもしれない。
「怪我が治るまで、ウチの番犬に置いとけ。どうせ森に入るんだろう」
「あ、いいの? じゃあ明日から店の入り口に座らせとく」
「しつけは出来てんだろうな?」
「言う事はちゃんと分かってるよ。ゼン、怪しい人が来たら吠えるんだぞ」
「わん……」
「……なんで父さん見てるの?」
「それでなんで次は私を見てるのよ」
「ゼン、オヤジもヒルダもここの家族だぞ。……じゃあ、ここにいる人が『追いかけろ』って言ったら、逃げてく人に飛びつけ。それくらいなら大丈夫だろ」
「わん」
「というわけで、気をつけろコナー」
「え、なんで僕」
「そうだな、気をつけろコナー」
「頑張って強く生きるのよ、コナー」
「なんで!? まず真っ先に標的にされるの確定なの!?」
コントである。まあ、たいていリーバー宅の晩餐はこんな感じなのだが。
喋れないが言っていることは理解できるゼンは、自分が話題でないときは我関せずと骨付き肉をかじっている。時々リーバーの殺人光線(※視線)にびくついているが、骨付き肉のことを考えて立ち直っていたりする。
それでも、ちょっと臭い湿布を教えてくれたのがリーバーで、このちょっと臭い湿布をすると痛いのが早く治ることは十分に承知しているから、めちゃくちゃおっかない頑熊より怖いけど良い人だと思っている。
ちなみに、コナーは丸洗いの人で、ヒルダは解体屋と思っている。キッチンであばら肉(※リーバー宅常備品)をガッツンガッツン切り分けている様子を、丸洗い後のゼンが目撃してしまったからだろう。
「あ、オヤジに頼まれてた分布図、明日くらいで完成するよ。組合に納品だから、明後日には連絡行くと思う」
「おう、早かったな。赤松はどれくらいあった?」
「けっこう多かったし、道の近くにたくさんあるから、採集はしやすいかな」
「父さん、赤松好きだよね。僕は毒空木とか枸杞とかが使いやすいなあ」
「毒空木なら何箇所か見つけたよ。あれ、実が可愛いんだよな」
「食べたら死ぬから、人生諦めるまでは食べちゃダメだよ?」
「有毒なのは見分けられるし、木の実食べるくらいなら肉を食うよ!」
「……くぅん……」
ゼンの小さな鳴き声は、たぶん、ここには存在しないツッコミ役を呼ぶ切実な声だったのだろう。残念ながら、その願いは誰にも届かなかった。
専属のツッコミ担当なんて、世界に五柱しかいない龍種より希少なのだ。諦めて欲しい。
そういえば、桃色コウモリもヒルダだったなぁ(゜∀。)




