第十一話
今回ちょっと下ネタ注意(・∀.)!
ナオキが最初に着手したのは昨日のおさらい――つまり、小学校の理科の授業だった。
「はい、まずはこの草を見よう。地面に生えてて、とても元気だ。いいね。元気なのはいいことだ」
「おっす」
「じゃあ、そんな元気な草に育つために必要なのは な ん だ っ け ? はい、そこの人」
「うひゃあ!? えーと、えーと、水と栄養と、あと光!」
「よし正解」
ぶはぁ、と野太い溜息が聞こえる。どうやら頭の中には何かが入っていたようだ。
指名されたアブドーラ・ザ・ブッチャーことブライスさん(35歳)は、無事に正解できて心底ほっとした顔をしている。
だが! そこにナオキの追撃が襲い掛かった!
「じゃあブライスさん。水と光はいいとして、栄養って何だろう」
「えええ!?」
「答えは既に目の前にある。さあ何だろうね」
ナオキが指差すのは、見ろと言われた元気な草だ。
今日もいい天気なので、日の光を浴びてつやつやしている。緑色の葉は健康的で、朝霧の名残りらしいわずかな湿り気を帯びている。微風にそよそよとなびく、どこにでもある草だ。
雑草なのでRDでの固有名は無いが、無いならたぶん和名だろうと当たりをつける。その名も雀の帷子。名前は知らなくとも、多くの人が目にした事があるはずだ。
「分からないかなー? あと十びょーう。きゅーう、はーち、なーな、分からなければギブアップしてもいいよー、ろーく、ごー……」
「うう……ギブアップだ……」
「チッ、情けない。観察するという気概が足りない」
「ヒィ!?」
「えー、答えは土です。正確には腐葉土」
「ふようど」
「枯葉が腐って土に還ったものだよ。ほら……よーく見てごらん。葉っぱの残骸がまだ分かる」
ナオキは、雑草のすぐ横から、土を一掴み取り上げた。
掌の上にある土は茶色で、しかし土というには一粒一粒が大きい。ナオキの言うように、枯葉の形を残す葉脈なども、わずかながら見て取れる。
「これが腐葉土。それじゃあ次だ。草はどうやって、この腐葉土から栄養を取り込んでいるのか。はい隣の人」
「ギャース!!」
「どうかなー、分かるかなー。さっきのより少し難しいぞー」
ブライスの隣に居たジェフ・ジャレットことヒースさん(29歳)は、一生懸命考えた!
「分かった、魔法だ!」
「母ちゃんの腹の中から出直して来い。だが考える姿勢は良しとする」
「ああああ間違えたー!!」
「じゃあヒースさん、この草ちょっと抜いてみて。間違えてむしったら、キミの名前をギャースさんに改名する」
「はい! 気合入れて抜きます!」
とは言え、一般人よりも筋肉の多い樵である。慎重に掴み、そーっと引き抜いた。
スズメノカタビラは割りと根が強いので、そーっとやっても抜ける辺り、力はちゃんと強いようだ。
「ぬ、抜けました」
「うん。そこに何がある?」
「……根っこ?」
「そう、根っこ。草だけじゃなく、木も含めて植物はだいたい、根っこから栄養を取り込んでるんだ」
「へえー」
これが29歳の発言である。嘆かわしい。周りの三十代、四十代の反応も同様だ。まったく嘆かわしい。
「水も一緒。根っこから水を吸ってる。根っこから吸って、茎や葉っぱや花なんかに水を届けるんだ」
「へえー。あれ? 光はどうなんだ? 根っこに光は当たらないぞ」
「おっ、いいところに気付いたね」
虎皮は纏っていないジミー・スヌーカことバッシュさん(34歳)だ。
「じゃあ、光はどうやって草を育てるんだろう。分かるかな、バッシュさん」
「うーむ……」
「ちなみに、これは今までのより難しい。当てたらすごいかな」
「当てたらすごい……当てたらすごい……」
おや? 目的が変わったようだ。
「皆も考えてみようか。光はどうやって草を育てるのか。これだ、と思ったら手を挙げる!」
「はいっ!」
「はいジョージさん」
モヒカンのジョージは元気に答えた!
「元気に育つように、昼寝しやすくあっためる!」
「父ちゃんの種からやり直せ。次、ノックスさん!」
「やさしく見守ってくれる!」
「家に帰ってママのおっぱい吸って来い。次、ブライスさん!」
「えーと、えーと、えーと」
「分かってないなら挙手しない。次、ヒースさん!」
「仲人になってくれる!」
「今日からキミはギャースさんだ」
「ギャース!!」
当てたらすごいが、当てられなかったらひどかった。というか珍回答がひどかった。
どっかの軍曹がナオキにアドバイスしているのかもしれない。まだ憑依はしてないはず……たぶん。
「アニキ、質問してもいいか?」
「ん、どうぞ」
無謀な挑戦を避けたのは、話を振ったバッシュだった。
「光は、草に直接何かしてるのか?」
「んー、いい線きたね。直接は手を出してない。だけど、光が当たる事で、草が何かする」
「草が、何かする……」
脳味噌に筋肉が詰まっていた轟沈組とは違い、バッシュはまだウンウン考えている。
「元気に……水と栄養……栄養?」
「ふんふん」
「ええい、もうどうにでもなれ! 栄養だ!」
「もう一声。栄養を? 栄養が? 栄養に?」
「栄養を作る!」
「…………正解ッッ!!」
ナオキがバッシュの右手を取り、レフェリーであるかのように高く上げる。
それが示すのは勝者。
難問という強敵を打ち破り、数多居る脳筋に差をつけて、ただ一人頂点へと至った証。
崩れ落ちた脳筋たちは、やがてまばらに拍手を鳴らし始め、その小さな音はすぐに暴風雨の如く鳴り響く!
今、脳筋はただの敗者ではなく、勝者の健闘を讃える観衆になったのだ。
「いやまあ、これでも初歩なんだけど」
「「「「何ぃぃいいいいいい!?」」」」
それからの一時間を光合成の説明に費やしたのは言うまでもない。
「なあ、アニキ。草がどうやって育つかは分かったんだけどよ、せっかく育っても、むしったり枯れたりしたら無くなっちまうんじゃねえか?」
そんな疑問を口に出したのは、スキンヘッドにくまさんタトゥーも可愛らしい(※一般的には「おっかない」)アーネストさん(37歳)だ。
ギャースさんことヒースに草を引き抜かせたのを思い出してのセリフらしい。
「ああ、それねー。うん、頻繁に薬草採集に来るから心配になるよな」
「アニキも、昨日ここいらで採集したんだろう? 薬草がなくなっちまったら、えーと、皆困るんじゃねえかと思ってよぉ……」
安定した薬草の供給が無ければ薬品の供給も滞るという事で、怪我と隣り合わせの人々が薬を手に入れられなくなるのではないか。
アーネストが言いたかったのは、たぶんそういう事だろう。語彙が足りなかっただけで。
「よし、それじゃあ植物の増え方を話そうか。皆、もちろんまだまだ元気だよな?」
「「「「オォッス!!」」」」
半ば脅迫である、と言ってはいけない。教えてくれと言ってきたのは彼らなのだ。
「えーと、どこから話そうか……この中に、子供がいる人ってどのくらいいる?」
「ほとんどは子持ちだぜ、アニキ」
「じゃあ話しやすいな。子供ってどうやって生まれるか、皆知ってる?」
わーお性教育?
しかし、もちろん動物の生殖について講義する目的ではない。
「へ? そりゃ、かあちゃんが頑張るんだろ?」
「それは妊娠してから産む時ね。でも、その前に皆が頑張ったんじゃないかな」
「あ、ああ、そうだな……」
「おう、が、がんばったな……」
「その頑張った云々の時に、皆の×××××が奥さんの×××××に×××××して×××××で×××××だったと思うんだけど」
「……はい……」
「それで皆の×××××が奥さんの×××××と×××××して赤ちゃんが出来るんだけどさ…………あれ、皆どうした?」
やめたげてぇ! 真っ昼間に夜のプロレスとか思い出したらいたたまれないよぉ!
筋肉ゴリゴリのマッチョどもが、両手で顔を覆って「なりません、なりません」の体勢だよぉ!
たぶん、脳内で奥さんの夜用ボイスがもれなく再生されているんだろう。一部のマッチョは耳まで赤い。
しかし、まるで「げっへっへ、いいじゃねえか少しくらいよぉ」と鼻息荒く迫る悪者の如く、ナオキの追撃はまだ已まないッ!
「まあいいや、それでさ、植物もそうやってオスとメスがあってオスとメスで種を作るわけなんだけど」
「…………はい……」
「それが花ね。つまり花っていうのは皆の×××××だとか女の人の×××××にあたるわけでさ」
「うわああそれは知りたくなかった!」
「花って綺麗なもんだと思ってたのに、なんかもう全然ちがうモン想像しちまう!」
「はぁ……。コホン……うろたえるなッ!! ×××××なんて人類の半分にはぶら下がってんだろ! ×××××だって残りの半分にはあるんだ! だいたい、人間誰しも母ちゃんの×××××から出てきてんだ! 生まれる時に乗り越えた人生最初の障害だろうが! 分かったら母ちゃんに感謝して立ち直れッ!!」
ナオキがちゃんとフォローすると思った? 残念! ナオキの脳味噌に期待しちゃいけません!
だいたい、こいつには恥じらいってモンが足りない。ロマンは追い求めているのに、恥じらい成分が致命的に足りない。
どうでもいいけど、昨日風呂上り半裸のヒルダ(タンクトップとショートパンツのみ、他の布は多分ぱんつだけ)に遭遇しても「風邪ひくから髪ちゃんと乾かしたほうがいいよ」としか思わなかったし言わなかったのがナオキだ。ラッキースケベのはずがラッキーでもスケベでもなかったのがナオキだ。ヒルダも動揺すらしなかった。なんということだ。
「ア、アニキ、それ以上は……」
「まだ子供いねえ奴らが怖気づいちまう……」
「軟弱な。……それじゃあ、大人の運動会は置いといて、植物に移ろう。っていっても、根本的には同じようなものなんだけどさ」
羞恥心というステータスが完全に0の人には言われたくない。
まだギリワンのほうがよっぽどマシだ。
「植物はどうやって増えるのか。畑の作物の作り方を思い出してみよう。分かる人ー」
あまりにも皆が羞恥心で悶絶しているので期待はしていなかったが、へろへろと挙手した勇者が!
「はい、ブライスさん」
「……畑に、種を……蒔く……」
「うん、正解。そろそろ復活してー」
「鬼だ……」
「なんという鬼畜……」
「あはは、何言ってんだよー」
昨日も今日もプロレス開催なんだろ? という追撃は、たぶん致命傷になるので控えたナオキだった。さすがに学習したようだ。
というか、そろそろ夫婦のまぐわいから離れてあげようね。
「そう、植物は種から芽が出て育って花が咲いて、そしてまた種を作る。じゃあ種はどうやって作られるのか、っていうのが、さっきの×××××の例えなんだよね。そのものズバリで同じじゃないけど、考え方は同じだから」
「でもよぉ、草は生えたら生えっぱなしで、動けねぇんだろ。どうやって……その……なんだ……」
「いい所に気付いたね。っていうか、ブライスさんがそんなに恥ずかしがると、なんかこう……もっといじめたくなるなあ」
「ヒィ!?」
「うそうそ。動けない草は、どうやってオスとメスが出会うのか。答えは二つだ。一つ目は、一つの株にオスもメスもある場合」
「両方?」
おしべとめしべがあって、花粉があって、風とか振動とか虫とかの力を借りて受粉するタイプ。
話だけでは想像がつかなかったのか(というか、明らかに動物のオスとメスの×××××を連想していたので)、図を描いて説明したらすんなり理解した。
まさか図解すればいいなんて……孔明の罠か……。
「もう一つは、雄株と雌株に分かれている場合だね。これは虫や鳥、あるいは動物の身体に花粉をくっつけたり、風で舞ったりして雌株まで届く。やってることは大体一緒だし、ぶっちゃけるとここ詳しく知ってなくても問題はない」
「え、じゃあなんでこの講習を?」
「いずれ、皆の弟子や後輩が『先輩、薬草ってどうやって増えるんすか?』って聞いてきた時に、ちゃんと教えてあげられるだろ。先輩すげえ、先輩なんでも知ってるんすね超カッケー! とか言われたくない?」
「お、おお! それは言われてみたい!」
「そして、そうやって色々教えた後輩が、またその後輩に教えるんだ。『俺の先輩から教わったんだけどな。先輩ってマジすげーんだぜ』って自慢げに。後輩の後輩は、偉大なる先輩に憧れて一生懸命頑張るだろう。そんでまた後輩に偉大なる先輩の教えを語り継いで……やがて、アズーリの林業が黄金時代を迎える時、その最初の世代だったキミたちは伝説となる。誰もが伝説の世代を知っていて、誰もが追いつこうと努力するだろう」
おや? チーム筋肉の様子が……
「簡単に追いつかれちゃつまらない。後輩たちがどんなに頑張っても追いつけないくらいに凄い、伝説の樵でなきゃ。憧れて、焦がれて、追い求めて、いつか越えようという夢になって、そして伝説の偉大さ、その偉業がいかに難しかったか、その技術がいかに優れ研ぎ澄まされていたかを知る。何十年後かな、きっと若い樵はこう思うだろう。『俺たちは、あの凄い伝説の樵たちの子孫なんだ。だからきっと俺たちが、俺こそが伝説を越える樵になるんだ』……どうかな、伝説の樵と呼ばれてみたくはないか?」
「……呼ばれてみてえ」
「伝説の呼び名に恥じない技術と知識が欲しいか?」
「欲しい」
「伝説と呼ばれるまでに幾多の苦難があるだろう。決して楽な道程ではない。茨の道と言うのも温い。辛くて苦しいだろう、泣きたくなるかも知れない、それでも伝説を目指し、自分こそが初代伝説の樵になるのだという気概はあるか!」
「おう!」
「キミたちに、伝説を目指す覚悟はあるかッ!」
「もちろんだッ!!」
撃沈していた脳筋はどこへやら。
そこには、厳つい顔に闘志を燃え上がらせた漢たちが、自慢の筋肉をもりもりと滾らせている!
「よろしい、ならば講習の続きだ!」
「「「「おおおおおッッ!!」」」」
闘魂漲る益荒男へとクラスチェンジしたとはいえ、脳筋は脳筋。
ばっちり煽動されてうなぎ登りのやる気を胸に、理科の授業に取り組むのだった。
そして、どっかのメガネみたいなセリフで脳筋をヤル気にさせたアジテーターはと言えば、
(よし! これで、この人たちをきっちり教育すれば、次の世代で困らなくなるぞ!)
などと「計画通り」な笑みを浮かべていたとかいないとか。
チーム筋肉(別名:木工所の人々)の紹介回みたいになっちゃった。
伏せ字がいっぱいあると楽しいですね(゜∀。)!




