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俺と従魔とゲームの世界  作者: 陸戦型稲葉
第一章 異世界アウトランダー
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第十話

 翌朝、夜明け頃にナオキは目を覚ました。

 体内時計でだいたい五時、いつも通りの起床時間だ。

 学校が有ろうと無かろうと五時起床は習慣である。


 五時に起きたら、まずは顔を洗って着替える。かつてはジャージに、今は平服に。

 裾が長く、生地の大きい平服に苦戦しつつ着替え完了。平服とセットらしいグローブは着けない。いつでも素手がナオキスタイルだ。

 外に出たら、入念に準備体操とストレッチをする。十代の元気な身体とは言え、元気に任せて無茶をすると後々に響くからだ。これはじいちゃんが言っていたので間違いない。

 それから走り込みだ。かつては車の少ない早朝の国道(19号)を上松町との境まで走ってから戻り、今は朝霧漂うアズーリの町を大通りだけ選んで一周する。どちらも距離で言えば約十キロだ。

 走り込みの後はクールダウンとストレッチを挟んで筋トレである。腹筋クランチ背筋バックエクステンション腕立て伏せ(プッシュアップ)、スクワット、バックキック、最後に逆立ち腕立て伏せと、自重トレーニングで完結できるメニューである。己の身体は己で鍛えろ、とはじいちゃんの言葉だ。

 休日であれば、この後は格闘技サイレント・キリングの訓練を行い、平日ならイメージトレーニングだ。今も相手がいないのでイメージトレーニングである。

 何度も見て脳に焼き付けた師の動きを真似する。脳裏のイメージでトレースし、次に自身の身体でトレースする。なかなか上手くいかない。ついでに、今はナオキの筋肉とは別の「筋力値」が意識された。

 通常、朝のトレーニングはこれで終了だ。休日、つまり週末だとじいちゃんや父ちゃんが現れて「手合わせしようぜ!」からの週末戦争ラグナロクに雪崩れ込み、ばあちゃん&母ちゃんの「あんたたち朝ごはん食べるの!? 食べないの!?」で終戦あさごはんに移行する。


(ここじゃ、さすがに戦争ラグナロクは無いか……)


 とか思った? 残念! ここにはリーバーという筋肉薬師(一説によると最強NPC)が居るのだ!


「何やってんだナオキ! オヤジも混ぜろ!」

「うびゃああああ!?」


 飛び込んできたリーバーは、生粋の薬師とは思えないほどキレの良い動きでナオキに迫り、ナオキはその豪腕を必死に掻い潜る!

 体格の違いは圧倒的、もちろん体重も倍以上違うので、一発でも喰らえばナオキの負けだろう。重さによる圧力で隙を作られてコンボに巻き込まれてしまう。

 が、ナオキもそう簡単には捕まらない。そもそもサイレント・キリングとは対人格闘なのだから。近い間合いからの反撃技も多い。

 突き出された岩のような拳を小さいターンでかわして、丸太のような手首を捉えて背後に回る。サムズアップの形を作った左手の親指で脇腹を突けば、イメージ上では脾臓にダガーが突き刺さる。

 手を離して正面から向き合えば、再び巨大な拳が隕石のごとく襲い来る。今度は腕の内側への打撃でパンチを逸らし、踏み込みからの膝蹴り(ニーキック)を股間へ。男子ならヒュンすること請け合いの鋭さである。

 もちろん、ヒットさせてはリーバーが(色々な意味で)死んでしまうので寸止めだ。


「うお、玉が寒くなった」

「あ、すみません。社会的な云々抜きで実戦向きのやつなんで」

「しかし強えな。俺の不意打ちにしっかり対応できるとか」

「いやー、いきなり乱入されるの慣れてるから」


 あはは、と頭を掻いてTHE☆誤魔化し笑いだ。上手く寸止め出来て良かった。


「今日から木工所の連中と仕事だっけか」

「そう。でも、ヒマがあれば薬草も探してみようかと」

「ベラドンナ見つけたら、質に関わらず持ってこい。蕾が付いてりゃなお良い」

「そんな難しいの、見つけても持ち帰る自信が全くありません」


 ちなみにベラドンナは薬草であり毒草だ。毒性が強いのは根だが、葉の表面にある油も触るとかぶれるし、実なんて絶対に食べてはいけない。英名の「デッドリー・ナイトシェイド」とか、もはや何かの必殺技だ。属性は闇か毒で、たぶんアサシンとかが使うんだろう。褐色肌で黒装束で兎耳のスレンダー美人アサシンが。


 リーバーは、ナオキの不自然な口調を微笑ましそうに聞いていたが、何か思い出したのか真面目な顔になった。

 相変わらず、リーバーの真顔は終盤ボスもかくやという迫力で、ナオキは玉が寒くなった。どうしていちいち心臓に悪いのだろうか。いや、筋肉薬師だから仕方ない。


「間伐ってのは、木を伐る仕事なんだろう。お前、木の種類の見分けは出来るのか?」

「……あ、うん。よっぽど変なのじゃなければ」

「どの辺りにどんな木があるってのは、地図にできるか?」

「あんまり正確な地図は描けないから、だいたいの位置が分かって、あとは伐る人が目視で確認する、っていうのは出来る」

「じゃあ、ちょっと頼まれてくれ」


 リーバーの頼みとは、特定の木の分布を調べて地図にして欲しい、というもの。

 ナオキが個人的にやってもいいのだが、リーバーは組合に依頼するという。

 つまり、報酬付きのクエストにしてくれるというわけだ。


「ありがとうございます。今日の夕方には出てるかな……そしたら明日受けてざっと調べて……あーでも地形も調べとかないといけないし……」


 木を調べてお金がもらえるなんて、ナオキにとってはご褒美以外の何物でもない。今からすでに舞い上がっている。

 その様を眺めるリーバーは苦笑気味だ。が、どこか懐かしい気もしている。

 若き日のリーバー青年(今よりも筋肉は少ないが常人よりは多かった)も、好きな事には熱中してしまう性質たちだったからだ。

 十代の半分と二十代を薬草と毒草と調薬にブチ込んでいたリーバー青年は、めきめきと薬師としての腕を上げ、もりもりと筋肉の量も増えた。その過程で、擡頭たいとう著しい若手薬師に絡んでくるベテランの相手をしたり、ゴリゴリの筋肉を見て絡んでくる不良の相手をしたりして、ますます腕は上がっていった。筋肉ももちろん増量した。

 ああこいつ昔の俺と同じ顔してんなー、とか当のナオキが聞いたら粉微塵に砕け散りそうなことを考えているリーバー父ちゃんであった。






 昨日よりは遅い、朝六時半。

 ナオキは組合の受付に来ていた。


「登録料の残り90ディナルを、一括払いでお願いします」


 昨夜、コナーに相談して狂気の冊子を読み込んだ結果、分割払いの一部が支払い済みでも残額を一括払いできる、と分かったため、コナーに仕込まれたセリフを喋っているところである。

 受付には、昨日と同じくアデレイドが立っている。


「かしこまりました。……はい、確かに90ディナルですね。そうしますと、今日以降受付の素材買取で、価格に1%のボーナスが付きます。ただし、組合での受付のみなので、昨日のように薬師会に卸しても金額は変わりませんので、ご注意下さい」

「そうなんですね。分かりました。あと、また相談なんですが、薬師のリーバーさんが樹木の分布図を作って欲しいという依頼を出すそうなんです。で、俺はそれを受けたいんですけど、分布図って短期間には作成できないんですよね。そうしたら、分布図を作っている間に薬草採集とか受注できるのかな、って思ったんですけど」

「基本的には、クエストの複数受注は出来ません。例外は指名依頼ですが、指名依頼はクラス15からになりますので、ナオキさんには不可能、となってしまいますね」

「ああ、そうなんですか……あ、でもクエスト関係なく採集した薬草って、そのまま薬師会に持ち込んでも大丈夫なんですよね?」

「ええ、基本的に常に受け付けていますね。ただ、材料だけ多くなっても加工に困りますし、その辺りは薬師会での判断になると思います。詳しくは事務局で確認されることをおすすめしますよ」


 この辺りはゲームとは違った仕組みになっている。

 ゲームであれば、薬草採集クエストを組合で受注して、採集して帰って、組合で報告してクエスト達成報酬をもらい、そのまま組合で薬草も買い取ってもらえた。そもそも、ゲームでは薬師会事務局は名前のみの登場で、利用することのできなかった施設である。クラス903のトッププレイヤーでも同じだったため、最初から「薬師会事務局」は世界観としての背景だったのだ。

 しかし、RDここではもっと複雑になっている。

 昨日の行動のとおり、クエストの受注と達成報告は組合で、薬草の買取は薬師会事務局。組合でもらえる報酬はクエスト達成の20ディナルのみ。特定の薬草や毒草は組合でも買い取るそうだが、それはアズーリ近辺ではほとんど見かけない超レアものばかりだ。実はベラドンナもこの部類に入る。あの筋肉薬師は結構な無茶を言っていたのだった。



 一通りの確認を終えて、ナオキは木工所へと向かった。昨日、朝七時に木工所前集合を言い残していたからだ。

 現在時刻は朝六時五十何分か。

 木工所(プロレス控え室)の面々は、しっかりばっちり集合していた。


「アニキ! おはようございます!」

「「「「おはようございますッッ!!」」」」


 野太い咆哮の挨拶である。音頭はテンガロンハットのノックスだ。

 モヒカンのジョージや、名前は聞いていないが昨日のレスラーたちの顔も見える。


「わあ、おはよう。元気いいな」

「もちろんだともよ! さあ、アニキ、今日も森に繰り出そうぜ! なあ野郎共!」

「「「「応ッッ!!」」」」

「あー、待って待って」


 気合十分、意気軒昂、戦意漲る筋肉たちに、ナオキはのほほんと声を掛けた。


「今日の午前中は、町の近くで講習するよ。皆、基礎知識すっからかんだし」

「こっ……講習……!?」


 その言葉を聞いた瞬間、首を絞められたような悲鳴があちこちで上がった。

 基礎知識どころか頭の中身がすっからかんなのかもしれない。そんな筋肉たちに、講習という言葉は呪詛のごとく聞こえたのだろう。

 が、もちろんそんなことでナオキが容赦するわけない。

 森と木を愛するナオキだ、半端な覚悟で森に入る者は許さないのだ。


「昨日の午後、薬草採集で入ったんだけどさ、町の近くの森って色々教えるのにちょうどいいんだよな」

「ア、アニキ……それはカンベン……」

「するわけないし。何? 頭ン中おがくずも入ってないの? 草がどうやって育つかも知らないで、薬草の生育に適した森林環境作れるとでも? 夢見てんじゃねえよ現実見据えろ、木の伐り方はそれからだマツクイムシ共め」

「お、おぉっす!!」


 マジで容赦ない。

 将来は木地師きじしになりたい、とか本気で思っちゃってる系17歳マジで容赦ない。ちなみに、進路の第二希望は製材所だった。第三希望が林野庁。森林愛しすぎてる。


 もっとも、組合受付のアデレイドとの会話で、ノックス含む現役の樵たちがボンクラだと確認していたので、その矯正も兼ねている。

 ボンクラとはいえ三十代、四十代の頑固者たちには、圧倒的な実力を見せ付けて心をへし折り支配下に置いて、本家ラケダイモーンも真っ青の人材スパルタ教育をブッ込まねば、短期間での上方修正は難しいのだ。

 何の因果で、こんなめんどくさい事を17歳がやっているのだろうか。世の中は謎に満ちている。


「あと、ちょっと心配になったんだけど、皆メモとか持ってる? 俺の言うこと覚えられる?」

「もちろんだともよ!」

「昨日よりたくさん教えるけど」

「ちょっとメモ取ってきます!」


 不安しかない。


 そう言うナオキも、脳味噌のスペックは偏っているので、弱点である規則・お金関係をいつでも確認できるように、兇器という名の組合冊子は鞄に入れて持ち歩いている。これも筋トレ。

 ちなみに、昨夜コナーがくれた中古の鞄には、冊子という名の鈍器の他にロープや布袋、作業用グローブも入っている。貸与品のダガーナイフは、ベルトにシースをぶら下げて携行中だ。

 刃物と鈍器とロープ、これでお弁当があれば山歩き完全装備である。どこもおかしくない。


 かくして町のすぐ近く、昨日ナオキが薬草をむしりまくった跡地へやってきたチーム筋肉。

 ここでどんな惨劇が起きるのだろうかと怯え気味だ。


「さあ、まずは昨日のおさらいだ。皆、覚悟は良いか?」


 全員が、ごくりと息を呑んだ。


アサシンはヴィエラおねーさんでヨロシク(・∀.)!

ラケダイモーン:元祖筋肉(都市)国家。300人で散歩する映画の。


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