だいたいは彼女が原因だそうで
二人は、ほぼ同時に目覚めた。
聡い方は既にお気づきかもしれないが、卓郎と良文の二人はたった今さっきまで気を失っていた。まさかの学校で失神である。
「なんだ、頭がくらくらすんだが……」
と、卓郎が呟き、
「どうしてだろうね、身体が動かないよ」
と、良文が身悶える。
場所は変わらず軽音楽部の部室。入り口かは見えないよう、ソファーの後ろへと二人は放り込まれていた。
そして、そんな卓郎と良文の目の前に、女子の制服を着た生徒が。
無造作なのか拘っているのか解らないが、その黒髪は肩甲骨の下くらいまでは真っ直ぐに伸びて、そこからくいっと上を向くようにして紛っている。やや釣り目だが大きな瞳。片方は眼帯。すらりと長い手足。制服越しにも解る抜群のスタイル。片腕の包帯。
お察しである。
「ぐっ! 変人タイツの次はなんのコスプレだ、この変態女!」
「これは本物よ」
「なにが本物だんなわけあるか! てめぇのどこが高校生だってんださっきの格好を惜しげもなく他人に見せてる時点でてめぇはあばづれだろうが!」
「落ち着きなさい。話し合いをしましょう」
「落ち着いてられるか! 今、俺達の目の前に痴女が居るんだぞ!」
「いいから落ち着きなさい。そうね、一息つくためティータイムと行こうかしら」
「今すぐ議論を始めよう」
卓郎は、そう言いつつも油断はしてはならないと自分に言い聞かせた。とりあえずはこの女と距離を置かなければならない。そう判断し後ろへ下がろう――として、しかし身体の不自由に気付く。
確認すると、卓郎も、良文も、ロープで縛られていた。
卓郎は戦慄した。
「……下準備の時点で既に話し合う気がねぇ……だと……?」
落ち着いた話し合いをご所望ならば縛るのは無しだろう、と卓郎は考えたのだ。
時同じくして、良文もまた恐々とした。
「……このロープ、まさか時代劇『おはる』で使われていたものと同じ舞台小道具……では……?」
「その情報は今一番要らねぇ」
「なんだと……卓郎、お前、おはるを見ていないなんて言わないよね」
「なに? 見てねぇが……なんかあるのか?」←若干棒読み。
「なんかもなにも、おはるの主題歌と挿入歌は全て、元『シルバー・バーン』のギタリストであり作曲担当だったIOMOIKがやっているんだぞ!」
「な、なんだって!? それはチェックしていなかった! CDショップで販売は開始されているだろうか!」←ここ棒読み。
「ああ、きっと売っているだろうね。だから、売り切れる前にすぐ買いに行かなくてはいけない!」
「そうだな、よし、そうと決まれば急ごうぜ!」←酷い棒読み。
「今すぐ行かないとね! ……せーの」
「「すみません、自分達、用事を思い出したので帰宅します。開放して下さい」」
「多分びっくりしなくちゃいけないところは沢山あるんだろうけど、それで帰れると思ってるって事が一番おどろきだわ」
当然だが駄目だった。
しかしそもそも、卓郎も良文も捕らえられるような覚えは無い。強いて言うのならば剥がすなと言われていた張り紙を剥がしたくらいだろうか。
気付いてしまった良文が、おそるおそる訪ねた。
「…………まさかとは思うのだけれど、貴方が、軽音楽部の、マネージャーさん、ですか……?」
その問いに、その女子生徒は胸を張り、自分の胸をぽんと叩いた。その衝撃で揺れた乳を見て、卓郎は脳内で般若心経を唱えることにした。
「その通り。あたしこそが軽音楽部のマネージャーであり唯一の部員、夏花蝶緒よ」
名乗られたところでとても今更なのだが、実のところさっきのタイツ姿の時、胸元に『綾波レイ』と書かれていたのを、二人共見ていたりする。
とはいえ、今更その人の本名など大した問題ではない。
「んで、マネージャーさんよ、とりあえずこれ、解いてくんねっすか」
自分を縛るロープを蝶緒に見せ付けながらそう言う卓郎だが、蝶緒は唇の端を吊り上げた。
「それは無理な相談よ」
「無理? はっ。もし俺達が警察に連絡したらどうするつもりだ?」
「甘く見ないで頂戴。――校長を脅してもみ消すわ」
「どーりで校長が脅され慣れてるわけだわ! お前が犯人か!」
「ちなみに、校長の禿げはもう皆知ってるから、校長を脅す次のネタは『風俗店まきなってどこにあるんですか(笑)』がオススメね」
「もう校長が憐れ過ぎる! 性癖の暴露だけは辞めてやれ!」