その三人は同じ光を見詰めていたようで
なんか、気分で、その、書きたくなって……ええ、なので適当な気分で、生暖かく見守っていただけたらなぁと思います。はい。気軽に、ね?
真空管を通して間延びされた真っ直ぐなギターリフの残響が、ステージの上で立ち尽くす三人の胸を切り裂くようにして、未だ鳴り響いていた。
「吉良くーん、かっこよかったよー!」「お前ら最高だぁぁああ!」「卓郎てめぇそんな特技持ってやがったのかちくしょう非モテ連合解散じゃぁあああどこへでも逝ねぇえ!」「しゅんすけ、アンコール!」「アンコール!」「アンコール!」『えー、音楽祭有志イベントはこれを持って終了です。アンコールは認めません』
ドラムも、ベース音も既に止まっている。エコーをかけたギター音だけの演奏に、ステージの下の人間達が歓声という歌声を乗せる。
「すごい……」
ストラップでぶら下げたベースから手を離し、吉良良文は目頭が熱くなっている事に気付いた。観客を湧き上がらせているのが自分達なのだと思うと、何故か涙腺が緩んだのだ。
拍手喝采には慣れ親しんだと思ったのに。
コンクールの時とは違う。偉い人間に評価されるために一人で演奏して、高い評価を得るためだけに切磋して挑んできた、今までのステージとは訳が違う。これほどまでに感情的な、暖かい喝采を、良文は経験した事が無かった。
「また立ちたいなぁ、こういうステージに」
そう漏らしたのは、ドラムスティックを両手にぶら下げた山下卓郎だ。やり遂げたぜ、と言いたげな笑みでもって、滴る汗を光に反射させている。
「そうだね。出来たらいいね」
と、良文も頷く。
すると、真ん中に居た春日俊介が、二人の肩を抱いた。俊介が肩からぶら下げているギターが二人の脇に当たり、二人が「痛い」と漏らした声をマイクが拾う。ステージの上で恥も外聞もなく密着した男三人に、観客席の女性陣からは黄色い声援と、男性陣からは笑い声が送られた。
「なに言ってんだよ。出来たらじゃねぇ。やるんだ」
逆光のせいで一番向こうまで見ることが出来ないほど、人に溢れた中学校体育館。
そこで、その場所で、三人はこんな約束を交わした。
「何回だってステージに立つんだ。飽きるくらいにステージに立つ。高校で自由に動けるようになったら、そしたらもっとでけぇステージだって目指せる!」
俊介の目が輝いていたのは、錯覚でもなんでもない。強烈な光を放つライトを自分達の未来に見立てて見つめているからこそ、彼の目は当たり前のように輝く。
「ああ、そうだな」
と、卓郎は快活に笑った。
そして。
「……うん、絶対だ」
と、良文も俊介と同じ光を見つめた。
美しい光景。体験したことの無いような高揚感と一体感、そして満たされる達成感。
こんな時間が永遠に続くような、そんな気持ちを、三人共、いや、そのステージを目の当たりにした殆どの人間が抱いていた。
だから。
だから誰にとっても予想外だっただろう。
――こんなにも美しい約束が、よもや言いだしっぺたるギターボーカルの素行不良と成績不振なんてもののせいで台無しにされるなど、誰も思わなかったはずだ。
「山下君と、吉良君だったか、今まで俊介と友達で居てくれてありがとう。だが、高校受験に滑り止めさえ失敗したこの馬鹿は、一年間ほど自由皆無の生活を送ることになってな。なに? 監禁? そんなことはせん。ただ、一日二十六時間ほどの勉強を三百六十日、やらせるだけだ。大した事じゃない。息子がこんな馬鹿だと知らされた親の苦痛に比べたら瑣末な苦しみだろう」
寒々しい風がポイ捨てされた新聞紙を運ぶ中で告げられた、厳格で真面目そうな俊介の父親のそんな言い分と、
「待ってくれ親父! 俺は、あいつらとバンドを続けたい! それさえあれば生きていけるというか、むしろ俺の身体は音楽で出来てるんだ! だから、音楽が無いと生きていけない!」
そう悲痛な悲鳴を上げながら、首根っこを引っ張られる俊介を、良文と卓郎はただ見送る事しか出来なかった。
せめて親父さんへ向かって「それだと一年を越える日数になりますよ、ははは」と言えたのなら交渉にまで運べるだけのコミュニケーションに持っていけたかもしれないが、そもそも良文と卓郎の二人にそんな事をしようとする気が無くなっていた。二人の頭は、俊介の身体は気体で形成されているのかぁ、というどうでもいい思考でいっぱいだったのだ。
家の中へ入っていくその二人を最後まで見届けてからも、二人はいくらか立ち尽くす。何も出来ないまま呆然と。
寒風に当てられ、卓郎が身を屈めた。
「どうやったら、滑り止めの私立で落ちるんだろうな」
「成績を落としたら、まぁ落とせるんじゃない? 全く勉強しないで試験に挑んでみたり」
良文が答えると、卓郎は自分の二の腕を何度も擦りながら、思い返す。
「あー、そいや俊介のやつ、前に俺の半分の点数をいくつか取ってたなぁ」
「へぇ、そういう卓郎だって、基本的には僕の半分くらいしか点数取れないのにね」
この時点でお察しだ。良文が百点ホルダーだったとしても、半分の半分ならば二十五点もいかない。
その回答に辿り着き、良文と卓郎は声を揃えて言った。
そもそも身体が気体で構成されている時点でペンが持てない。完全に手詰まりだ。
「「そりゃ落ちる」」
こうして、才能に恵まれた中学生三人で作り上げた3人組ロックバンドは解散となった。