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1-2-1 静かな非日常と、騒がしくて危険な日常

「うわ、どうしたの紫苑くんその格好。まるでズタボロにやられて逃げ帰ってきたみたい、って痛い痛い痛い痛い!」

秋津さんの叫び声によって白斗が目を覚ますと、ちょうど口元をヒクつかせた紫苑が秋津さんを締め上げているところだった。

「秋津……俺は言ったよな? 本部から連絡来たらすぐに言えと」

「そ、そうだっけー」

「……」

2人の様子を眺めつつ、寝ぼけ頭で先ほどの出来事を思い返す。

「確か……」

そう、あれは先ほど紫苑が部屋を出ていった直後の事だった。



「あ、ちょっと待っててねー」

言いつつ、秋津さんが受付のPCに駆け寄る。

「本部からの連絡来たよー。えーとね、なになに……本部から当支部への警告……? ふむふむ……なるほどねー」

珍しく真剣な表情になり、しばらく画面を見つめる。

そして。

「まっ、面倒だから後回しでもいいかなー。そんな事よりもお菓子食べよ、お菓子」



「……」

要は、それきりすっかり忘れていたらしい。

「い、いや紫苑くん強いし戻ってきてからでもいいかな、なんてさー……。まさかいきなり遭遇するなんてねぇ」

「……・ちっ」

紫苑は舌打ちして秋津さんを離すと、近くの壁に寄り掛かる。

「それで? 先ほどのあれ(・・)は何だ。すぐに説明しろ」



「『人形』、ですか?」

「そ。人形」

本部から送られてきたという資料をパラパラとめくりながら、秋津さんは口元に手を当てた。

その周囲には悠と光輝、葵とクレア、そして紫苑。

やっと全員がこの場所に集合していた。

「まあ、本部の人たちがそう呼んでるっていうだけで、言うなればドッペルゲンガー、かなー」

「? そもそもドッペルゲンガーって……何なのよ?」

床に転がったスナック菓子の袋をゴミ箱に投げ込みつつ、葵が頭上のクレアを見上げた。

『分かりやすく言うと、自分とウリ二つの分身が別の場所に現れる現象の事だな。ついでに、それと出会ったらオリジナルの方は死ぬ……とも言われている』

「そうそう。……で、誰の分身さんと会ったので?」

「そこの二人だ」

言いつつ、悠と光輝を手を振って示す。

「え、俺ぇ!?」

「……」

口をぱくぱくさせたまま自身に人差し指を向ける光輝とは対照的に、腕を組んだまま小さく息を吐く悠。

相変わらず感情表現が全くと言ってもいいほど見えない彼女に、多少なりともどこか心配になる。ただしある日突然葵レベルで血の気が多くなっても、それはそれで困るのだが。

そんな事を考えつつ、再び秋津さんと紫苑の会話に耳を傾ける。

「光輝を真似ていた方は先ほど潰してきたが……もう片方は逃がした」

「潰したって……どうやって?」

「素手だが」

と、秋津さんは大仰に眉を潜めた。

「うわ……野蛮……」

「……何がだ」

「ほら、もっと剣とかソードとか刃物とかビームサーベルみたいなカッコいい武器を持ってさー」

「……知っているだろう、俺の異能は不死。ただこれだけだ」

「ところで紫苑くん、いくら死なないからって、当たり屋しちゃダメだからねー」

「当たり屋っ?」

と、何故か葵が反応した。おそらく当たり屋という単語に秘められた金の匂いを本能的に嗅ぎとっただけなのだろうが。

「んーっと、当たり屋っていうのはー、わざと走っている車の前に飛び出してぶつかって、おう兄ちゃん骨が折れちまったぞどうしてくれんだゴルァ誠意見せろや、ってヤツでねー」

「……。……。はっ、ひらめいた!」

『……いやだからやめておけ』

……。

「ともかく今回のお仕事は、ドッペルゲンガー、通称『人形』への対処! 悠ちゃんの姿をした『人形』が、まだこの街のどこかにいるみたいだねー」

他人事のような口調で、手にした資料をパサパサと振る。

「ドッペルゲンガーと出会ってしまった人間は死ぬ、っていうジンクスは、姿をコピーした後に本人を狙って襲いかかってくるからじゃないかって、私は思うんだよねー」

「……」

そう秋津さんに告げられた後も、まるでこの状況を理解していないかのように悠の表情は変わらない。

いや、しっかりと話を理解してはいるのだろう。この場の誰よりも。ただ、それを顔に出す事が苦手なだけで。

そう言わんばかりに彼女の顔には、紫苑ほどではないにしろ微かに面倒そうな表情が浮いていた。

「ま、悠ちゃんの異能(・・)なら、危険はあまり無いだろうけどねー」

悠と葵、狙われて危ない方はどちらだろうかと一瞬だけ考えて、おそらくどちらも同じであろう事に気がついた。

文字通り二十四時間クレアの護衛がある葵はもちろん、悠にだって一応の自衛策はある。

そして、おそらく狙われると一番危ないのは――

「……いや、別にいいか。それよりも……」

実際に幽霊がいるのだから、自分の分身(ドッペルゲンガー)くらいどこかにいてもおかしくは無いだろう。

そう思い、葵の背後でふよふよと浮遊している、異能の筆頭である幽霊(クレア)を横目でチラと見る。

現状、彼女はなぜか協会所属者にしか見えていないし、他人にはその声も聞こえていない。

ここにいる自分たちの霊感が別段強いわけでもないだろうが、ともかくどうして彼女に接触できる人間が限られているのだろうか。

そしてそのクレアの正体について秋津さんに聞いても「いーのいーの気にしなくていーんだよ?」と繰り返すばかり。

害が無いのは分かり切っていてもどこか釈然としないが、憑いている先の葵本人が全く気にしていないため、それでいいのだと納得しておく事にしていた。

「まっ、こんなところかなー」

それから秋津さんはパンと手を叩いた。

この慌ただしい夜の終わりを告げるかのように。

「さ、今日はもう遅いのでこれで解散! 帰り道だけは気を付けてねー」



――翌日、朝の七時半過ぎ。

「ふぁーあ」

光輝は悠と共に、いつもの通学路をあくび交じりに歩いていた。

隣の彼女は眠気の片鱗さえも一切見せず、四月のどこか肌寒い早朝の中をただ黙々と歩いている。

「しっかしなぁ、自分の分身かぁ。どんな顔してたんだろ。紫苑も写真でも撮ってきてくれりゃあ良かったのに」

「同じだと思うけど」

「なぁ、お前だったら自分の分身と会ったらどうするよ?」

「どうもしない」

「俺だったら……そうだなぁ、分身には授業出させて、その間に俺が寝たり遊んだり。あ、いいなそれ」

「性格まで同じなら、やる事もあなたと大して変わらないと思うけど」

そう言って、彼女は小さく息を吐いた。

光輝自身は帰り道はともかく、朝はあまり彼女と共に登校した事は無かった。

何故ならいつもの四人の中で彼女だけが唯一時間に余裕を持って登校し、自分を含めた他の三人は朝のホームルームの時間ギリギリに――むしろ時間よりも幾分遅れて――学校に向かう事が多かったからである。

そして何故今日に限り、珍しく彼女と共に登校しているかと言うと……。

「……」

無言でケータイを取り出し、メール画面を開く。

そこには相変わらず『ねーちゃん』からのメールが。

件名『悠ちゃんの護衛ヨロシクー♪』

本文『無し』

「……」

昨日の夜、寄宿舎に帰った直後に届いたそれを何度見返した事だろうか。

別に彼女のお伴が不満なわけではない。問題はそこではなく……。

「俺、朝苦手なんだけどなぁ……」

今朝だって友人たちから借りた目覚ましを必要以上に設置して、それでやっと七時台に起きる事が出来たのだ。

早く誰かがこの『人形』問題を解決してくれないと、この状況が毎日毎朝続く事になる。

それだけが、光輝にとっては憂鬱であった。

「別に無理して一緒に来てくれなくてもいい。実際に自分の分身……人形と会っても私一人で十分。それに」

そこで彼女は言葉を一旦区切るように息を吐いた。

「最悪、死んだって構わない」

相変わらず表情を変えないまま告げる。

「……悠さん、時おりネガティブになるのやめましょうよー……」

と、そこへ。

「よーお前さんたち。珍しーな、光輝がこの時間帯にいるなんてよー」

背後から聞こえてきたその声は。

「お、眠そーだな光輝―。夜更かしでもしてたかー?」

「なんでそんなに朝からハイテンションなんですかね時雨さん……」

背後でシガレットチョコを咥えたまま手を振る、男勝りな少女に苦笑いを返した。

「ん? オレはいつでもこの調子だぜー? なんてったって、津堂がいるからなー」

そう言って時雨は悠の首筋に手を回した。

「あ、そうそう。お前さんたち、今日の放課後空いてるか? 部活の先輩に頼まれた買い出しがあるんだけどよ。どうせだったら一緒に行こうと思ってよ」

「別に私は大丈夫。その前に化学のレポート出さなくちゃいけないけど」

「俺も今んとこは空いてるかなぁ」

手のひらを組み、背伸びをするポーズで空へと伸ばす。

朝の肌寒さで、眠気が多少消えていった気がした。

「レポートはオレもやってねーなー。仕方ねー、昼休みにちゃちゃっと終わらせっか、って……やべっ」

ふと、時雨が腕時計を覗き込むなり叫び声を上げた。

「こんな事してる場合じゃねーんだった! 朝練に遅れちまう!」

以前自分で言っていた通り部活の先輩が余程恐ろしいのか、一瞬で顔を青ざめさせると同時、学校へと全力で走りだす体勢を取る時雨。

「じゃーなー! 後で教室で会おうぜー!」

そして最後には、彼女の声の余韻だけが残された。

「……」

そして再び戻ってくる静寂。

「ふぁーあ」

ついでに眠気も戻ってきた。

「眠気覚まし、いる?」

「あー、大丈夫大丈夫。授業中に寝るから。そんな事よりもさ」

「……」

「コンビニ寄ってこうぜ。俺腹減った」

「さっき朝ごはん食べたばかりだと思うけど」

「学校までは後数分くらいだし、少しくらいなら寄り道しても大丈夫だって」

寝ぼけているのかどこか噛みあわぬ応答を返し、光輝は悠を引っ張って目に付いたコンビニへと入っていった。



「ふぁーあ。あー、眠い……」

本日何度目かのあくびをしつつ、店内入り口のドアをくぐる。

「……」

「? どうしたんだよ?」

入り口でどこか引きつった顔のまま、固まったように立ち止まる悠に首をかしげつつ、レジ近くの揚げ物コーナーへと向かう。

「おいお前ら、この状況が目に入らないのか!」

「……あー、えーと」

カウンター内にいる男性に、何やら呆れたような声で怒鳴るように言われる。

そして店内がやたらと静かな気がするけれども、まあたまにはこんな事もあるだろう。

だから光輝は笑顔のまま、目の前にいた男性にこう言った。

「店員さん、俺チキンナゲット一つ」



……なんだこの状況は。

クレアの現在の感想は、ただただそれだった。

珍しく葵が早起きした朝、登校前に寄ったコンビニで彼女が雑誌を物色していると、背後に誰かが立っていた。

相手は覆面をかぶり、手に持ったナイフを唐突に葵に向けた。

要はコンビニ強盗に遭遇した。そういう話なのだが……。

「いやー、離してー!」

『……』

「いいか、よく聞け!」

片手で拘束した葵の首筋にナイフを突き付けた、覆面をかぶった男が宣言するように言う。

「俺たちは一千万円を要きゅ――」

「いやー、助けてー!」

「……このカバン――」

「いやー、誰かー!!」

「……。金庫から金を出し――」

「いやー、汚れるー!!!」

「……。……。この人質の――」

「いやー、殺されるー!!!!」

「……うるせえええええっ!!」

「うるさいとは何よ! こっちはもう泣きそうなくらい怖いのよ! そのくらい理解しなさいよこのマヌケ! スカポンタン! アンポンタン! ドルトムント!」

『……何だ最後のは』

「ええい、黙ってろ!」

「もがっ、もがもがもがっ!」

『……』

やかまし過ぎるせいで、ついに葵が猿ぐつわを付けられていた……が、直接の危害は加えられていないようなので、今は黙認しておく事にした。

ふと入口の方からガシャンと音がしてクレアが振り向くと、ちょうどもう一人の覆面によって入口の防犯カメラがバールで壊されているところだった。

『二人組、か……』

葵が店に入った当初は店内には客はおらず、バイトらしき店員が一人で店番をしていた。

そして後ろの男が葵を人質に取ると同時、同じく覆面をかぶった人間がもう一人、店に入り込んできた。

『……おい、葵。いいか、声を出さずによく聞け』

自分は他人には見えず声も聞こえないのだから、このような時は便利だった。

『相手を刺激するな。こいつらがここから金を奪おうがなんだろうが、私としては知った事じゃない。問題は被害がお前にまで及ぶ事――』

と。

「ちくしょう! 店員が逃げやがった!」

『……』

要は、店の金庫を開けに奥へ引っ込んだ店員が裏口から逃げだしたらしい。

ああ、バイトだから責任感とか希薄なんだなぁ……と何となく思ってもしまう。

「……ちっ」

先ほど防犯カメラを壊していた方が舌打ちするなり、覆面を取り去り、レジの中に入る。

金庫を開けられなくとも、せめてレジの中の金だけは持っていくつもりらしい。

と同時に何らかのスイッチを操作したのか、店のシャッターがゆっくりと降りていく。

『……まあ、どちらにしろ私の知った事では無いんだが』

ふと唐突にピロピロピロー、と入口のドアが開く音がし、シャッターが閉まり始めた店内に入ってきたのは。

『……』

入り口で凍りついている悠はいいとして、何故か店内の異変に全く気付いている様子の無い光輝はそのままカウンターへと向かっていく。

『……』

そして当然のごとく、レジに手を突っ込んでいた男が叫んだ。

「おいお前ら、この状況が目に入らないのか!」

「……あー、えーと」

光輝は一通り店内を見回し、

「店員さん、俺チキンナゲット一つ」

「ちょっと、あたしと悠の分も買っといてよ!」

と、何とか猿ぐつわをズラす事に成功した葵が叫んだ。

「あ、じゃあやっぱ三つで」

「お前らああああああああっ!!!」

『……』

この兄妹を見ていると、どこか不安になるのは自分だけなのだろうか。



「あ、おい悠、こいつら店員さんじゃなくて強盗みたいだぞ!? なんかよく見たら葵も捕まってるし!」

「……眼科、紹介してあげてもいいけど」

ため息をつきつつ、悠は店内を見回す。

他の客や店員たちは既に出ていってしまったようで、今現在店内にいるのは自分たちと強盗二人のみであるらしかった。

そして誰かが既に通報したのか、どこか遠くからパトカーのサイレンが聞こえ始めていた。

おそらく自分たちがこうしていても後数分ほどで、警察が店内に踏み込んでくるのだろう。

悠がそんな事を考えていると。

「ええい、そっちのお前だ!」

無駄にうるさい葵よりも静かな悠を人質にした方がいいと判断したのか、強盗は葵を突き飛ばすようにして離し。

「……あっ」

入れ替わりに悠の首元に手を回し、同時にナイフを突き付ける。

「ちょっと! 悠を離しなさいよ! どうせ捕まえるならこっち! 命令すれば割と言う事聞くから!」

解放されて床に投げ出された葵が、光輝を指差した。

「ええい、うるさい! 静かにしなければコイツの命は無いと思え!」

「そんな脅し方であたしを黙らせられると思ったら大間違いよ! 大体この前だってねぇ、……。……」

もう面倒だったので、彼女の身体を乗っ取って黙らせることにした。

「……。済まない、静かにするから彼女には危害を加えないで欲しい」

『ちょっと、ねぇ、クレア!』

「……」

状況を理解した光輝も、どこか苦笑いを浮かべたまま両手を上げている。

シャッターが完全に降り切って薄暗くなった店内。

ここに状況は膠着(こうちゃく)した。



「さて、こんなモンで十分だな。……おい、ズラかるぞ!」

それから数分後、レジの金をカバンに詰める作業をしていた方の強盗が、悠を拘束している相方に声をかけた。

「……」

これでようやく終わる……と、クレアが安堵したその時。

唐突に店の外が慌ただしくなり、レジ強盗が慌てて裏口の小窓から外を確認する。

「くそ、もう警察が来やがった!」

「どうする!? あの数じゃ逃げてもすぐに追いつかれちまう!」

……。

強盗たちは二人でしばらく相談していたが。

「……ああ、そうだな。それでいくぞ」

こちらをチラと確認してからつぶやくように言う。

「……?」

「警察と交渉して糸口を掴む。余計な人質は邪魔だ、お前らは外へ出ろ」

と、手を振って光輝と『葵』を示した。

「……」

決して表情にこそ出さなかったが、クレアは心の中で舌打ちした。

……こいつら、籠城する気か。

一般的に「外敵に対して籠城する」という行為は、相手が諦めて撤退する、または譲歩する事を目的に行うものだった。

そして現代日本の警察は後者はともかく、決して前者……撤退することなどあり得るはずも無かった。

また譲歩させるために交渉するという事も、「人質」がいるという事が前提条件だろう。

つまり何らかのきっかけにより人質を逃がしてしまえば、警察が約束を反故にしてくるのは目に見えていた。

どちらにしろおそらく計画は失敗し、強盗たちはすぐにお縄につく事になるのだろう。

それに関しては問題無いのだが……。

「……」

拘束されている悠にチラと一瞬だけ視線を向ける。

彼女は怯えているような表情を浮かべている……わけもなかった。

首筋に刃物を突き付けられながらも、いつもと変わらない退屈そうな無表情。

しかし今回ばかりは、その中にどこか面倒そうな表情が微かに浮いていた。

「……」

警察の突入時に、焦った強盗たちが人質に危害を加えるかもしれない。

自身の代わりに空中で浮遊している葵が強盗たちへ向けてあっかんっべーをしているのを横目で見つつ、小さく息を吐いた。

……チャンスは一瞬、か。

「……(光輝、私がやる)」

「(りょーかい)」

強盗たちに聞こえないように声量に気を払いつつ、横にいる少年に注意を促す。

いつもの宙に浮いた幽霊状態では彼を見下ろす形になっていたので、身長の低い葵の姿で見上げるというのは、どうしてもどこか違和感があった。

「おい、何をしている。さっさと出ろ」

「はいはーい」

「……」

光輝と二人揃って両手を上げ、指示されるままに入口へと歩く。

『……』

背後を浮遊している葵も、どこかむすっとした表情のまま。

外からは拡声器で『投降せよ君たちは包囲されている云々』などと聞こえてはいるものの、目の前の強盗たちはその前にこちらを店内から叩きだすつもりらしかった。

「……?」

そして自動ドアの前に立つが、先ほどスイッチが切られたのかビクともしないガラスの扉。

「あ、お兄さん。ここ開けてくれないと俺たち出られないんすけど」

「……ちっ」

手が空いている方の強盗が舌打ちしつつ、レジカウンターの中に入って何かのボタンを押そうとする。

そして。

二人が離れたその隙を狙って、悠を拘束している方の手首にすれ違いざまに手刀を叩きこむ!

「……ぐっ!?」

冷たい床に落ちた得物をスニーカーのつま先で蹴って遠くまで滑らせたクレアは、相手の腕をギリギリと締め上げつつ、耳元で低い声で(ささや)くように告げた。

「……動くな」

「なっ、何を――」

「彼女をすぐに開放しろ。折るぞ、腕」

……。

ようやく解放された悠が乱れた制服を整えているのを横目で見つつ、腕を締め上げたまま相手の正面に回る。

「? ……がはっ!?」

有無を言わさず、相手の肺付近目がけて膝を突きあげてから、重くなった身体をその場に放る。

「……何も知らない他人が見たら、全く言い訳できないまでにただの不良だよな……」

つぶやきながら、もう一人へとつかつかと歩み寄る。

相手からすれば、自身よりもかなり背の低い『葵』が暴れるというのは中々にシュールな光景なのだろうか。

レジカウンターの方の強盗が何かを口にする余裕も与えず、そのまま叩きのめす。

「さて、こんなところか。後は表の騒ぎが大きくならないうちに――」

と。

「……あ、クレアさん。後ろ」

再びどこか苦笑いしている光輝に言われるまま、背後を振り向くと。

「くそ、ナメやがって……!」

「……」

先ほどモロに膝当てを食らわせた方の強盗が、再び悠を拘束しつつ懐から二本目のナイフを取り出していた。

……少し手加減しすぎたか。

本日何度目になるのか心の中で舌打ちしつつ、改めて相手に向き直る。

流石に二度目だ、もう警戒されずに近づく事は不可能だろう。

そんなこちらの考えを見越したのか、先ほどよりも一層強く悠の首筋に当てたナイフに力を込める。

今度こそ手詰まりか、とクレアが思ったその時。

「……」

唐突に拘束されている悠が片手を伸ばし。

「おい、刺されたいのか!」

彼女は強盗が発したその声もまるで聞こえていないかのように、そのままナイフの刃先を素手で掴んだ(………………)。

「え?」

相手も思わずといった風に間抜けな声を出す。

それから我に返ったように無理やり引き抜こうとするものの、悠の白い手先からは血は一滴も流れ出ない。

そして彼女はつぶやくように言った。

相も変わらず、感情の起伏の無い声で。

「クレア、よろしく」

「……最後はやっぱり私か」



「ふぅ……今度こそ、か」

再度……そしておそらくは先ほどよりも強めに叩きのめされた相手、二人を未だ警戒しているクレア、再び解放されて手首をさすっている悠。

三者を順番に眺めつつ、光輝は苦笑いを浮かべた。

『ねぇねぇ、見たでしょ? あのタイミングの良さ!』

そして悠の背後では葵がVサインを繰り出していた。

やけに静かだと思ったら、こっそりと悠に合図を出していたらしい。

クレアがため息をつきながら身体を返すと、そのままの体勢から葵は悠に飛びついた。

「大丈夫? 何か変な事されなかった? ところでこの世には慰謝料っていう素晴らしいシステムがあってね、」

「別にどうでもいい」

自身とあまり身長の変わらない人間に抱きつかれてもやはり表情を変えないままの悠に、何の気なしに訊いてみる。

「あー、悠さん。もしかして最初から抜けられたのにわざと捕まってました?」

「別にそういうわけでもない。異能(・・)使うのに躊躇(ちゅうちょ)してただけ」

と、先ほどナイフの刃を掴んだ自身の手を見つめた。そこには血はおろか、切り傷一つ付いていない。

『……』

そして彼女は何かを言いたげなクレアの視線に気づいたのか、

「大丈夫。一人の証言だけじゃ、どうせ誰も信じないから」

そう言って、興味無さげに視線を窓へと移した。

「それにしても便利よねー、それ。名前なんて言ったっけ? 確か――」

葵が何かを言いかけた時、唐突にガシャン、と鈍い音がして、四人が一斉にその方向を向くと。

シャッターが無理やりこじ開けられると同時、そこからドラマに出てくるような定年間近の老刑事を先頭に、刑事の一団が次々と店内に踏み込んでくる。

どうやら先ほどから何度も呼びかけていたのに全く反応がない事にしびれを切らし、そのまま突入してきたらしかった。

そしてその一番最後には、先刻逃げ出したらしき店員の姿が。

それを見て、光輝は安堵したように息を吐いた。

ようやくこの騒動も終わるのだろうから。

「とりあえず……」


「店員さん、チキンナゲット三つで」

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