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1-1-8 不穏の幕開け

なぁ、知ってるか? 最近有名なこの噂。

俺もこの前、ダチのダチから聞いたんだが……出るんだってよ。

バーカお前、出るつったらアレに決まってんだろうが。

ああ、マジマジ。そんな顔すんなって。

別に信じなくてもいいけどよ、実際に見た奴がいるんだよ。

そうそう。聞いた話では、ちょうどこんな感じの路地裏に――



「……ん?」

そこまで相方に話し終えた時、ふと背後から2つの足音がする事に気がついた。

何の気無しに振り向くと、高校生辺りだと思われる私服の少年と少女が立っていた。

「あ、すんませーん。ちょっと通してくださーい」

そして少年の方が軽く手を上げ、二人は自分と相方の間を通り抜けていく。

「……」

人通りの多い繁華街から脇道にそれ、迷路のように入り組んだ人気の無い路地裏。

市内中心部から離れるように歩いていた事もあり、周囲の喧騒(けんそう)がどこか遠くに過ぎ去っていく。

「なぁ、この後どうするよ?」

「さぁ。一回りすればそれで十分だと思うけど。それよりも、見逃さないよう注意してて」

「へいへーい」

そんな事を話しながら、2人の姿は路地奥の暗闇へと消えていった。

「……」

この(・・)ウワサ話だけが独り歩きして、面白半分で見に来る人間が増えているのか。

顔をしかめつつ、再び人気の無くなった路地を見据える。

「……ああ、悪い悪い。んで、どこまで話したっけか」

先ほどまでの会話を思い出すように、首筋をトントンと叩いた。

「ああ、そうだったな。最近この辺りで出るってウワサになってるのはだな、」



「……」

協会のロビーで白斗が目を覚ますと、いつの間にか光輝と悠の姿が消えていた。

室内にいるのは熱心にテレビドラマを見つめている葵と、その背後でふよふよと浮遊しているクレア、そして奥の席でPCに向かい書類を書いていると見せかけてネットサーフィンに興じている秋津さんだけ。

「……」

ここにいない2人は、秋津さんに何か指示でも出されたのだろう。例えば街中の見回りでもしてこい、だとか。

そう自分で納得しつつ、身を預けていたソファから身体を起き上がらせる。

頭上の時計を見上げると、軽く30分ほど眠っていたらしかった。

頭に手を当て眠気を振り払いつつ、これからの予定を考える。

本部の指示待ちだろうが何だろうが、秋津さんに「待機」と言われればその通りにしなければならなかった。

例えそれが、彼女の気の向くままのただの思いつきであったとしても。

秋津さんは、名目上でも自分の「上司」なのだから。

「……今日は泊まり込みもあり得るかもな」

誰へともなくつぶやき、ソファに改めて深く座り直す。

『大丈夫か、かなり熟睡していたみたいだったぞ? さっきの草むしりで疲れたか?』

ふと、室内を漂っていたクレアが近くに来て顔を覗かせる。

「なんとか。腰が痛いけど。今日は寝る前に湿布でも欲しい気分。あと湯たんぽ」

『……。まあ、なんだ、その……お疲れ』

なんだか同情の眼差しを向けられた気もする。

「ところで、悠と光輝は? さっきから姿が見えないけども」

特にすることも無いので、世間話程度に聞いてみる。

『ああ、あの2人なら――』



「……っていうわけだ。最近この手の話をよく聞くんだなこれが。なぁ、お前はそれ、見た事あるかよ?」

予想と違わず、相方は首を真横に振った。

「だよな。普通そんなのあり得ねぇって」

自分と同様に、相方も薄く乾いた笑いを浮かべた。

と。

「見つかんないなー」

両手を頭の後ろで組み、退屈そうに暗い路地の奥から歩いてきた人影は。

「しっかし、今日は収穫ゼロかー」

「仕方ない。たまにはこんな日もある」

先ほどこの路地を進んでいった少年、そしてその後ろを歩く少女。

「あ、そこのお兄さんたち! いいところに」

彼は今さら自分たちに気付いたように、顔に笑みを浮かべつつこちらへ近づいてきた。

「ん? なんだよ」

おそらくこの二人はただの噂話に乗せられ、路地の奥まで行ったが特に何も見つからず、引き返してきたのだろう。

「ちょっと頼みごとがあるんすけど」

「?」

「大丈夫です、すぐ終わりますので」

と、その背後の少女が軽くお辞儀をした。

「んで、何だよ。どうせお前らも野次馬のクチだろ? 最近ここらで噂になっている――」

「いえ、お気遣いなく。その件ではありませんから」

「……?」



『ああ、あの2人なら……』

クレアがそう言って、背後の扉へと目を向けた瞬間。

「たっだいまー。見ろよこの量! 半額セールしてたからコーナー丸ごと買ってきたんだー」

タイミングを見計らったかのようにドアが蹴り開けられ、大きな段ボール箱を抱えた笑顔の光輝が飛び出してきた。

「なぁ聞いてくれよ。俺ってば『この棚にある商品全部ください』って、生まれて初めて言っちまったよ!」

「……私はもうあのドラッグストア行きたくない。行くなら光輝一人で行って」

そしてその背後で巨大な段ボール箱を半眼で見つめている悠。

『……という事だ。まあ、秋津がまた買い出しを頼んでいてな』

「……」

自分の上司は一体どれだけの量の食料品のストックを買い込めば気が済むのか。

というか何でも屋業務を請け負っている人間たちだってそんなに飲み食いしないのではないか。

そもそもちゃんとお使いの代金は払っているのか。

などと様々な疑問が脳内を駆け巡るが、当然ながらどこからも答えは返ってこなかった。



「んで、何だよ。どうせお前らも野次馬のクチだろ? 最近ここらでウワサになっている――」

「いえ、お気遣いなく。その件ではありませんから」

「……?」

そう淡々と述べる少女。

そしてそれとは対照的に、笑顔を浮かべたままの少年がパンと手を叩いた。

「まあ単刀直入に言いますとですね、頼みごとっていうのは、」

そう言いながら、自分と相方の目の前にまで近づいてくる二人。


「すんません、ちょっと俺たちと代わってくれませんか?」


2人の目が同時に紅に染まり、その手が自分と相方の首元へと伸ばされていく。

「なッ――」

そこで彼と無口な相方の意識は閉ざされた。



なぁ、知ってるか? 最近有名なこの噂。

俺もこの前、ダチのダチから聞いた話なんだが……出るんだってよ。

バーカお前、出るつったらアレに決まってんだろうが。

ああ、マジマジ。そんな顔すんなって。

別に信じなくてもいいけどよ、実際に見た奴がいるんだよ。

そうそう。聞いた話では、ちょうどこんな感じの路地裏にいたんだってよ。

自分とウリ二つの……ドッペルゲンガーが。



「あーあ、今日の収穫はこれっきりかぁ」

実に不満げに両手をひらひらさせながら、室宮光輝――の姿をした「ドッペルゲンガー」は眼前で気を失った二人の人間を軽く蹴り飛ばした。

「今日はもっと人数集まると思ったのになぁ……ま、仕方ないか」

と、その紅い双眸に、同行していたもう一人が背を向ける姿が映った。

「あれ? どこ行くんだよ?」

「それ、いらない。私はもう少し違うのを探してくる」

「いってらー」

適当に手を振り、彼女(・・)の姿が見えなくなったと同時に気絶した男の一人へと向き直る。

「さて、と」

そうつぶやくなり紅い双眸がさらに血のように紅く染まり、程なくしてその全身がゆっくりと変貌していく。

カラカラと笑う少年のものから、大柄な男性の姿へと。

「ああ、そうだ。ついでに……」

片手を手刀のように真っ直ぐに伸ばすと、見る見るうちに形が変わっていく。

指先には、鋭利なナイフ状の爪。

「オリジナル、処分しておかないと」

言いながらそれを、倒れ伏した二人の喉元へと向ける。

と。

「おい、そこで何をしている?」

唐突に声がして振り向くと、路地の入口にはコンビニの袋を片手にぶら下げた見知らぬ少年が立っていた。

「あー……見られちゃったかぁ……どうしよ……」

自身の尖った片手を見つめ、困ったように息を吐く。

「! お前――ッ!?」

「……まあいいか」

片手をナイフのように構え、相手目がけて投擲するように振ると、そこから爪先が風を切り裂いて飛んでいく。

何かを言おうとした不運な犠牲者は、避ける素振りすら見せずに即座に貫かれた。

辺りに飛び散る血と、体の中心部分に空く握り拳ほどの穴。

相手の少年は悲鳴すら上げず、その場に崩れ落ちる。

「えっと、後始末は……。まあどうでもいいや」

相手が落としたコンビニ袋から散乱した菓子類を踏みつぶし、異形の者はただ(わら)う。



「あー、アイツ大丈夫かな」

「んー、何がー?」

同じ頃、協会の建物内にて。

静まり返った待合室で、葵と秋津は二人仲良くクッキーをパクついていた。

お気に入りのTV番組も時間で終了してしまったため、手持ち無沙汰なのだ。

自身の脇で浮遊しているクレアも、どこか退屈そうに腕を組んでいた。

他に部屋の中にいるのは、先ほど自分で淹れたコーヒー片手にやはり退屈そうに雑誌をめくっている悠と、何やら携帯ゲーム機に熱中している自身の兄、そして後ろの方で爆睡している白斗。

数時間前から変わらない光景で、葵自身としてもかなりヒマであった。

「紫苑の事よ。少し前、一人で出ていっちゃったじゃない」

「あー、それねぇ。困ったもんだよねー、紫苑くんにもさ」

と、飲み物が注がれた紙コップに手を伸ばしながら、秋津が応じる。

「そうそう。協調性ゼロで常に不機嫌そうで短気で、っていうかぶっちゃけ笑ってるの見たことなくて人生楽しくないんじゃないのとかっていつも思うけど、」

『……』

何故か頭を抱えるクレアに首を傾げてから、葵は秋津へと向き直る。

「そんなアイツでもさ、ほら、本部から指示が来てたんなら何かあるんでしょ? 一人で出歩いてたら危ないんじゃないかなーって」

『……分かっていながらお前はアイツに買い物押し付けようとしたよな……』

「え、何か言った?」

『……はぁ』

……。

「まー、大丈夫でしょ」

そう言って、協会支部長は次のスナック菓子の袋を開けた。

「なんてったって紫苑くんは、ウチの支部の『最強の切り札(ラストカード)』だもん」



「えっと、後始末は……。まあどうでもいいや」

相手が落としたコンビニ袋から散乱した菓子類を踏みつぶし、異形の者はただ(わら)う。


「で? 何をしているんだ、と俺は聞いたんだが」


「……え?」

先ほどの少年の声が聞こえ、もう一度振り向く。

右手で傷口を押さえ、彼はふらつきながらも立ち上がっていた。

「あれ? なんで生きてられんの……? ……まあいいや」

少年を一瞥(いちべつ)して片手を振ると、再び爪が彼目がけて――前よりも威力と速度を増し――襲いかかる!

それは確実に標的を捉え、少年の心臓辺りに先ほどよりも大きな風穴を空けた。

相手が血煙と共に串刺しになったのを確認してから、路地裏の出口へと歩み始めた「ドッペルゲンガー」は。

「……三度目だ。何をしている?」

また同じ声が聞こえ、今度こそ慌てて振り返った。



「光輝……? いや違うな。誰だ?」

裏路地の暗がりの中、紫苑は相手を見つめて顔をしかめた。

目の前の人物――「人」物と呼んでしまっていいのかは定かではないが――は、どことなく自身の知っている少年に似ていた。

しかしその両瞳は血で染まったかのように紅く、身長が一回りほど大きくなっていた。

そして極め付けに、相手の右手から伸びるナイフのような爪。

紫苑の知っている室宮光輝の異能力(・・・)は、こんなものでは無かった。

「……」

無言のまま前方へ向かって歩きだすと、唐突に相手が手を振り何かを飛ばしてきた。

そしてそれを、今度は身体をひねるだけの動作で造作もなく避ける。

「さて、これで四度目だがそろそろ答えてもらおうか。何をしている? ……と言っても、答える気はなさそうだな」

言いつつ、相手が振りかぶってきたナイフのような爪を、左腕の肌で受け止める。

当然ながら肉が裂け、骨が露わになるが、そんな事は気にせず紫苑は続ける。

「さて、五度目……は無い。残念ながら俺は短気なのでな」

現在は協会の建物内にいるであろう、とある少女に言われた単語を思い出して心の中で舌打ちする。

と、ここでやっと目の前の相手が驚愕したかのように口を開いた。

「お前、何で、生きてるのさ!?」

「……。俺の質問には答えずに質問、か。まあいい」

相手の斬撃を受け止め、血が垂れる自身の左腕を見つめ、つぶやくように言う。

「協会の本部に登録するため、異能には各自名前を付けろと秋津の馬鹿が言ってきた」

「……?」

相手の疑念を無視し、ガードに使っている左腕を一瞬で無理やり引き抜く。

「いちいち名前などと。……限りなく不愉快だが、俺の登録名はこうだ」


「……『デモンリバース』」


夜影の黒い粒子が紫苑の左腕に集まっていき、骨肉が露出した部分をあっと言う間に補っていく。

そして黒粒子が霧散すると、そこには衣服以外は全て無傷の素肌があった。

「残念ながら、俺は……死なない(・・・・)。何があってもな」

自嘲気味に小さく笑う。

「外傷はもちろん、寿命、病気、その他全ての死という概念全てから(・・・・)俺は無縁だ。極めて面倒な事にな」

そして、そのままつかつかと相手に歩み寄った。

「問題は、死なない以外に特記事項が無い事だが……」

そう言って、紫苑は両手の骨を鳴らす。

「まあ、殴られろ(・・・・)



――それから約十分後。

原型を留めなくなった相手を放り捨てた紫苑は携帯電話を取り出し、発信履歴を呼び出す。

十数秒待った後、やっと通話が繋がった。

「秋津、俺だ。……何だこれは? 説明しろ。俺が戻ったらすぐに、だ」

そして相手の応答を待たずに通話を切ると、先ほど踏みつぶされたコンビニ袋を見つめ、ついでに葵の顔を思い浮かべつつ、うんざりしたようにつぶやいた。

「……買い直し代金は……自腹か?」

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