1-1-7 『お仕事』開始……!?
この世界は普通じゃない。
ここに初めて関わった時に今の上司、つまり秋津さんに言われた言葉がそれだった。
この世には、いわゆる『超常現象の力』というものが実在している。
幽霊のクレアを始めとし、決して現代科学では説明できない存在。
そのような超常現象に関する事柄を管轄する組織。
それが本当の『協会』。
「はい! ってなわけでー」
唐突に、秋津さんの声で現実に引き戻された。
その片手には、最新号のファッション雑誌と菓子の入った缶ケース。
受付で書類を確認しているのかと思ったら、ずっと雑誌をパラパラとめくりつつ、密かに菓子類をパクついていたらしい。
「……」
改めて、彼女を観察する。
ハムスターのような笑みを口元に浮かべつつ、こちらを見回しているその風貌はどう見ても高校の先輩。
むしろ既に成人している大人だと初見で言われても、絶対に信じない自信が白斗にはあった。
「さーて、今回のお仕事はー」
どこぞの長寿アニメの次回予告の様な口ぶりで、取り出した数枚の書類を順繰りにめくる。
が、唐突にその手が止まった。
「……あれ、招集命令の次の指令が来てないなー。ま、とりあえずは全員待機って事でいいかなー」
協会の仕事は、主に二種類に分かれる。
雑用と、協会本部からの指令の二つに。
前者は先ほど自分がやっていたような草むしり、光輝たちが行っていた買い物など。
それに対し、協会の本部から今現在自分たちがいるような支部に入る指令――支部長である秋津さんいわく、逆らったらこの世から物理的に消される――は滅多に来る事は無いが、超常現象が絡む確実に危険なもの。
そして本部からの指令は、とある理由から基本的にいつも紫苑一人が担当していて、今回のように自分たちまでが呼ばれるなんて事は記憶に無かった。
「……」
ちらりと紫苑の横顔を見る。
苦虫をかみつぶしたような顔で、壁に寄り掛かって腕を組んでいる。
いつも通り変わらない黒ジャンパーを羽織った姿が、そこにあった。
紫苑は自分たちがこの世界に関わった時に初めて出会った、協会の人間だった。
一応先輩に当たるはずなのだが、会った時から何故か全く外見が変わっていない。
まるで、歳を取っていないかのように。
「……」
ふと彼が壁から身を離し、そのまま出入り口へと向かっていく。
「あれ、紫苑くん? どこ行くの?」
「……俺は忙しい。呼ぶなら連絡が来てからにしろ」
振り向かずにそう告げ、先ほど入ってきたばかりの扉に手をかける。
「あ、連絡自体はちゃんと来てるんだよー。とりあえず支部内の全員集めておけ、追って指示は出す、って」
「何だそれは。……とにかく俺はしばらく外を回ってくる」
吐き捨てるように言い、そのまま外へ出ていこうとするその背中を、葵の声が追いかけた。
「あ、だったらついでにコンビニでプリン買ってきて」
「自分で買え」
不機嫌な声と共に、紫苑の姿は扉の奥へと消えていった。
「もー、協調性無いんだからー」
やれやれというような仕草をしながら、秋津さんが手にした書類を振る。
「って事で、連絡来るまで待機! 適当にくつろいでてねー」
秋津さんがそう言うなり、光輝と葵の二人は同時にスナック菓子に飛びつき、奪い合いを始めた。
「あ、これ俺の!」
「離しなさいよ! あたしの方が先に目付けてたんだから!」
「じゃ、じゃあいつからだよ! 何時何分何秒? 地球が何回回った時?」
『……子供か!』
「……はぁ」
悠はつまらなそうにその様子を一瞥してからソファに座り、雑誌をめくり始める。
「……」
しばらく寝ていようかと、白斗は近くの長イスに腰掛けた。
ふとその時、部屋奥の受付の方から電子音が響いてきた。
「あ、ちょっと待っててねー」
言いつつ、秋津さんが受付のPCに駆け寄る。
「本部からの連絡来たよー。えーとね、なになに――」