1-1-6 本日の便利屋業務。草むしり、雑用、そして。
「終わった……」
もうだいぶ陽が落ちてきた帰り道。近くの電柱に片手をつき、白斗は息を吐いた。
「……」
草むしり中にずっと中腰でかがんでいたせいか、腰が痛かった。
老人のような姿勢で歩いているせいか、道行く人たちからの視線も痛かった。
「……とっとと報告済ませて今日は帰ろう」
誰へともなくつぶやき、そのまま歩き出した。
路地裏にひっそりとたたずむ、数階建ての雑居ビル。一階部分には、オープンテラス付きの喫茶店。
店を迂回しつつ中の様子をうかがうと、閉店時間間際という事もあってか、中にいる客たちはほんの数人。
「……」
だが、用事があるのはそこではない。奥の階段を通り建物の二階へと向かう。喫茶店の真上のテナントへと。
何かの秘密組織気取りなのか、はたまた上司の趣味なのか、単に建物を丸ごと用意する金が無かっただけなのか、自分たちの職場はそんなところに存在する。
「……こんにちはー、っと」
入口の扉を引き開けるとまず目に付いたのは、室内に配置されたいくつかの長イス&テーブル。
そしてテーブルの上のカゴに入った菓子類と、飲み散らかされた大量のペットボトル。
最後に、そこにたむろする十数人の学生。自分の通っているところだけではなく、近隣の他の高校の制服も混じっていた。
一見すると、病院の待合室に近い雰囲気。だが。
「……」
しばらくその場に立ちつくしていると、唐突にぴんぽーんと間の抜けた音が部屋内に響き渡り、「三丁目の山田さん家で子守りー。三時間二千円―」と、受付のお姉さんがアナウンスした。
その度にたむろしている彼らが奥の受付へと突進していく。そしてその内の一人に仕事が割り当てられると、喜び勇んで外へ飛び出していった。
その後も数分おきに音が鳴ると、受付さんが「駅前でティッシュ配りー」「迷子の犬探しー」などとアナウンスし、毎回のように待機している者たちが受付に殺到する。
要するに、仕事の奪い合い。
「……」
世の中の便利屋という組織がどんな形態をとっているのかは知らないが、少なくとも絶対にこのようなものではないと白斗は確信していた。
と、自分がここに来た目的を思い出した。
仕事が完了したことを示す『依頼主』のサインが書かれた書類を、受付さんに渡す。
「……。草むしり三件終わりました」
間近で見た彼女は、ほぼ自分と年齢が変わらない。学校の先輩と言っても通用するだろう。
「はいよー、ご苦労さまー。お金はスイス銀行に振り込んでおくからねー」
「……俺の口座に振り込んでください」
間の抜けた返事と共に、軽く手を振られてあっさりと報告が完了した。
「……」
寄宿舎に帰っても特にやる事がないため、テレビでも見て時間をつぶしていようと近くの長イスに座りこむ。
と、出入り口の扉の近くに、黒いコートを羽織った少年がいるのに気が付いた。
目つきが鋭く一見すると不良にも見える彼は、不機嫌そうな表情を浮かべて腕を組んだまま、壁に寄りかかっている。
通称、紫苑。
小遣い稼ぎを目的とするため学生を主とする所属者たちと同年代にも関わらず、通っている学校はもちろん、本名を含めた全ての素性が不明。
面白半分でちょっかいを出した奴らが、翌日にボコボコにされた状態で見つかったというウワサがたってからは「アイツには関わるな」という話だけが流れている。
とにかく、何を考えているか分からない危険人物。
……というのが、ここの連中の彼への一般的な評価らしい。
「……」
ふと、紫苑と目が合う。
すると彼はつまらなそうに息を吐き、室内から出ていってしまった。
周囲から「ったくようやく行ったぞ」「仕事受けてるの見た事無いんだが何してるんだアイツ」などといった声が聞こえてきた。
ほとんど周囲との関わりが無いせいか、あまり評判は良くないようだった。
自分はどうだろうと自問し、特にどうでもいいという事に気が付いた。
それから数十分ほどが経過した。
テレビをただボーっと眺めていたつもりが、いつの間にか眠っていたようだった。
気が付くと周囲の人の出入りもまばらになり、部屋の中にいる学生も自分の他に数人のみ。
静かになった室内で、床に転がっている手近なペットボトルを拾い上げ、ゴミ箱の中へと放り込む。
「草むしりにゴミ掃除、つまるところ便利屋、か……」
何の気無しのつぶやきが聞こえたのか、受付のお姉さんがこちらを向いてきたが、何でもありませんと適当に手を振っておく。
他に人がいないのか、受付さんは一人カウンターで書類をめくっていた。
「はーい、今日のお仕事はこれで全部でーす。お疲れ様でしたー」
本日何度目になるのかピンポン音がし、受付さんの一言でロビーに残っていた最後の学生たちが消えていく。
「……いい加減、帰るか……」
他の学生たちに習い自分も部屋を後にしようと、出入り口の扉に手をかけたその時。
「おーい、ちょっと待ったー!」
「……?」
背後から声が飛んできて振り返る。
「……俺に何か用ですか」
「君はまだ帰っちゃダーメ」
先ほどまで仕事をロビーに集まってくる輩に振り分けていた、受付のお姉さんがロビーの長イスに座り、楽しそうに菓子をパクついていた。
「……?」
「君の分はまだこれからなんだから」
『協会』の仕事の九割九分九厘は何でも屋同然の雑用。
では残りのゼロ割ゼロ分一厘の仕事とは。
「もしかして、」
「おっ、気付いちゃった?」
相手はこちらの言葉を遮り、パンと手を打った。
「光輝くんや、悠ちゃんにももう声かけたからねー」
「……拒否権は」
「いつも通り無し! っていうか、紫苑くんみたいなこと言わないの。ねー、白斗くん?」
「……。分かりましたよ。秋津さん」
受付さんの本名を呼ぶ。
受付兼、自分の上司の名前を。
それと同時に、背後の扉が開いた。
「あー重かった。全く、ねーちゃんも人使いが荒いよホント」
「秋津、これ領収書。ちゃんとお金は払って。前の分もまだもらってない」
入ってきた二人の人影は、持ってきたスーパーの袋をテーブルの上に投げ出した。
それに続き、
「食べた食べた! さて、明日は何しよっかなー」
『……お前は本当に毎日楽しそうでいいよな……はぁ』
一人だけど二人の彼女たちは、そんな事を言い合いながら部屋に入ってくる。
自分や悠、そして光輝のバイト先、名称は『協会』。
業務は「便利屋」。とどのつまり、ただの何でも屋。
名付けた人間が何を考えていたのか、『協会』などという仰々しい名称のせいで、一部の人間からは「半ば都市伝説と化している秘密結社」などと言われる事もあるらしい。
実際にそこにいる白斗自身としては、何が都市伝説だと言いたいところではあったが。
つまり。
「都市伝説と化している秘密結社、じゃなくて本物の秘密結社、か……」
つぶやき、ここにいるメンバーを見回す。
自分、悠、光輝、葵とクレア。
面白そうにこちらを見つめている秋津さん。
そして最後に……。
「……秋津、今度こそはマトモな話なんだろうな? またペットの散歩程度の用事だったら俺は帰るぞ」
いつの間に戻ってきていたのか、いつも通り不機嫌そうな表情を浮かべている紫苑。
これが……『協会』の正式メンバー。
つまり、『協会』の本業。
「さ、みなさん集まったようなので、今回のお仕事のお話始めまーす」
ニカッと笑い、秋津さんは再び菓子を口に運んだ。
一見仰々しい名前の便利屋、その正式名称は『異能力者協同会議』。
通称『協会』。