1-1-3 極秘任務~くさむしり~
放課後、白斗はとっとと今回の「仕事先」に向かおうと、いつもより早く学校を出た。
「お、いたいた。ところで津堂さぁ」
と、待ち伏せでもしていたのか校門付近で山寺に肩を叩かれる。
「昼休みにお前言ってたよな? 今日これからバイトがあるって」
「ああ。草むしりが三件ほど。……まさか手伝ってくれたりするのか」
かなり期待を込めて見つめてみるが。
「あー、いや、そうじゃなくて。……そこで出会いとか無いのかよ?」
「出会い?」
「ほら、女の子とか美少女とか異性とかフィメールとか!」
「……まだ続いてたのかその話」
「いいよなぁお前は妹いるし! 俺の知り合いなんか幼なじみと毎日夫婦登校だったり、また別の奴なんか部活で女に囲まれてたり!」
何やら両手を宙に掲げ、雄たけびのようなものを上げ始める。
「じゃあ……コイツはどう思う?」
何の気なしに、ちょうど校舎から出てきた葵を示す。
「え? なになに? 何かくれるの?」
「あー、俺も電波っぽいのはちょっと……」
「?」
『ははは……』
顔に疑問符を浮かべている葵の背後でクレアが苦笑いしているが、山寺には聞こえていない。
「っと、悪い悪い、引き止めちまって。時間……大丈夫か?」
相手が校舎前の時計を確認し、つられて自分も見上げると、もうすぐ四時を回ろうとしていた。
「まあ、日が沈むまでに終わればいい……と思う」
「……あー、その、なんだ、頑張れ」
白斗が「同情するなら労力をくれ」と言う前に、相手はどこかへ行ってしまった。
「ところで、悠と光輝知らない?」
山寺が去ってすぐ、葵がこちらを見上げてきた。
どこから取り出したのか、その口にはアイスの棒が咥えられている。
「一緒に帰ろうとしたんだけど、教室にはいなかったの」
『ゲタ箱に靴はあったから、まだ校舎内にいるとは思うがな』
「さぁ。今朝からずっと見かけてない」
言うと、葵は一瞬だけ考え込むような仕草をした。ただし、仕草だけなのかもしれないが。
「ま、たまにはいっか。あたしは適当にぶらついてから帰ろっかな。具体的には食べ歩きとか」
『……何度も言うが太るぞ、お前……』
「……さて、そろそろ俺も行くか」
こんな事をしている場合ではない事を思い出し、二人に告げる。
『ああ、それじゃあな。頑張れ』
そして「学生」としての一日が終了し、また別の日常が始まる。
自分や悠、そして光輝のバイト先、名称は『協会』。
業務分類は「便利屋」。とどのつまり、ただの何でも屋。
名付けた人間が何を考えていたのか、『協会』などという仰々しい名称のせいで、一部の人間からは「半ば都市伝説と化している秘密結社」などと言われる事もあるらしい。
実際にそこにいる白斗自身としては、何が都市伝説だと言いたいところではあったが。
つまり。
郊外の、とある住宅地にて。
「暑い……」
制服の袖をまくり、春だというのに真夏ほどに感じられる草いきれの中、額から流れてくる汗をぬぐった。
いくら引っこ抜いても、勝手に増殖しているんじゃないかと思えるほどの雑草群。
昔は使っていた軍手も、最近は面倒になったのでその存在すら忘れるようになっていた。
派遣先を決める上司は、嬉々として自分の事を「草むしり職人」とか呼び始めていた。
「何で悠と光輝は買い物ばっかりで、俺は草むしりばっかりなんだ……」
つぶやきは誰にも聞こえず、風に流されて消えた。
いくら「半ば都市伝説と化している秘密結社」と言われても、実際に入ってくる「仕事」の九割九分九厘は。
草むしり。
子守り。
草むしり。
掃除に洗濯。
犬の散歩。
物品の買い出し。
草むしり。
コンサートチケットの取得。
草むしり。
ほぼ毎日メールで送られてくる仕事にうんざりしつつ、今日も今日とて任務に赴くのであった。