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1-1-1 騒がしい学食と幽霊と

新着メール一件あり。

件名『おっ仕事だよーん』

本文『ミッション・グリーン』


「――というわけでだ、お前もそう思うだろ? 津堂(つどう)

自分の名字を呼ぶ声が聞こえ、視線をケータイのメール画面から目の前の相手に移した。

「……あー、で、何が」

多少眠いままの頭を振って、現在状況の把握に努める。

テーブルの反対側の席に座っているのは、クラスメイトの山寺。何やら目が濁ったままこちらに指を突き出している。

四時間目終了後の昼休み、行くあても無し、所持金も無しに廊下をフラフラしているとコイツに捕まり、そのまま現在地、つまり学食のテーブルへ。

なけなしの所持金で買った紙パックのジュースにストローを差し込みつつ、ひとしきりの回想を終了する。

「で、何の話だっけか」

「だーかーらー、どうやったら異世界の美少女とウハウハできるかだよ! ついこの前高校に上がったのに何も起こりゃあしねぇ! ほら、とっととお前も案出せよ」

席から立ち上がり、何故か席備え付けのソースを高く掲げて叫ぶ。

学食のおばさんや他の生徒たちがいぶかしげな視線を向けてくるが、相手は全く気にしてもいない。

そんな山寺を見上げつつ、津堂白斗(はくと)は紙パックのジュースを口に運んだ。


つまり、彼曰くこういう事らしい。

少年誌に載っているバトル漫画などでは、主人公の高校生がある日突然事件に巻き込まれ、現れた美少女に「あなたには特別な力がある」「あなたは選ばれし者」云々言われ、そこから闘いの日々が始まる……。

「っていうのを期待していたのにさぁ! フザけんな現実世界コンチクショウ!」

そして山寺は「現実なんて邪道だー!」と雄たけびのようなものをあげてから、

「もう四月も中ごろだぜ? 何か非日常っぽい事起これよ、とか思ってもバチは当たらないだろ? そして新しい出会い!」

「そうなのか」

「いいよなぁ妹がいる奴は! 持たざる者の気持ちも分からねぇよなぁ! ……はぁ」

そのままポテっとテーブルにへばりついた。

「……。……? 何だそれ?」

ふと、テーブルと同化しかけた相手がこちらの手元を覗き込んでくる。

「? ああ、これは……」

さっきからケータイをずっと握り締めていた事に気づいた。

画面には変わらずメール画面が表示されたまま。

件名『おっ仕事だよーん』

本文『ミッション・グリーン』

「バイト先の店長から仕事が入ったっていう連絡。いつも通り、今日の放課後に来いって」

「っていうか何だよミッションって。……まさか非日常の予感!?」

いきなり山寺が顔を輝かせてこちらに身を乗り出してくる。

「……いや、それは単に店長の趣味。あの人は大げさに何か言うのが大好きだから」

自分としてはあの無害だけど(・・・・・)恐ろしい『任務』を、むしろ逆に代わって欲しいくらいだった。

「んで、それはそうと……バイトって何やってるんだよ」

「特に言うほどでもないけど。……まあ、あえて言うなら――」



「そこから闘いの日々が始まる……。っていうのを期待していたのにさぁ! フザけんな現実世界コンチクショウ!」

叫ぶ男子生徒に眉を潜めつつ、とある女子生徒の関心は、また別の人物へと移っていた。

「……そろそろ……もう一度話しかけてみる頃なのかな……」

学食の入り口近くの席で、恐ろしい勢いで丼物をかきこんでいる、また別の女子生徒。

自身のクラスメイトでもあるその女子生徒は、食べ終わった丼の器を次々と眼前に重ねていき、それは嫌でも周囲の注目を集める行動だった。

しかしそれ以上の、ある事(・・・)により周りの視線をより引いていた。

彼女は食事の合間に時には笑い、時には文句を言いつつ、楽しそうにしゃべり続けている。

しかし、彼女の周囲に・・・・・・他の生徒の姿は無い(・・・・・・・・・)。数人は座れそうな大テーブルを一人で占拠し、ぶつぶつと何かを言い続けている。

「……室宮(むろみや)さん……」

この高校に入学してからはや十数日が経過し、彼女と友達になろうとして話しかける生徒も多かった。

しかし、それは長続きすることは無かった。

彼女の「周囲に誰も存在しないにもかかわらず一人でしゃべり続ける」という『癖』を、他の生徒たちが気味悪がり始めていたからだ。

「……」

中学生の頃は生徒会長として他人の悩みを聞き、親身に相談に応じていた自分は違う。

そんな自負もあり、女子生徒は『室宮さん』に話しかけてみたことがあった。

そして「何で一人でしゃべっている事が多いのか」と聞いてみた。

すると『室宮さん』は、

「え? 別に独り言を言ってるわけじゃないよ? 話してる相手ならここにいるじゃない。このなんか幽霊っぽい奴。アンタには見えない?」

と自身の真横の何もない空間を指差した。

「……」

何度目を凝らしてみても、見えないものは見えなかった。

なので彼女は言った。

「すごく言いにくいんだけど……そのクセ、やめた方がいいと思うの。そのせいで、他のみんなも室宮さんに近寄りづらくなってると思うんだ。だから、」

「……アンタは――」


「……はぁ……」

回想を終了し、彼女は再び『室宮さん』に視線を向けた。

視界の中の『室宮さん』は、相変わらずたった一人で笑ったり怒ったりを繰り返している。

何を言っても、前とちっとも変わらずに。

女子生徒が癖をやめるように『室宮さん』に促した瞬間、彼女は一瞬だけもの凄い形相でこちらを(にら)み、その後は口も聞いてくれなくなってしまった。

「私程度じゃ……どうにもできないのかしらね……」

ふと、思ったことがあった。

彼女の言う幽霊は、自分ではない他の誰かになら見えているのではないか、と。

自分でも馬鹿らしいと思いつつも、同じクラス中の女子生徒に聞いてみたが、誰も『室宮さん』の言う幽霊を見たという生徒はいなかった。

つまり、室宮(あおい)という人物は、存在しない幽霊と会話ができると『思いこんで』いる、ちょっとイタい、電波系少女なのであった。


……はずだった。

だが。

「くしゅん!」

葵は大きくくしゃみをすると、鼻をすすった。

「誰かがあたしのウワサしてるのかなぁ」

『……いや、花粉症か何かだろう』

なんとなくつぶやくと、目の前の虚空から声が聞こえた。

だが、葵はそれを特に不審には思わずに席を立った。

「ま、とにかくお代わり行ってこよーっと。お金はまだあるし」

『……それで何杯目だ。お前そのうち太るぞ、ヤバいくらいに』

「いいのよ、そんな遠い未来の事なんて。今を楽しまなくちゃ損、損!」

そして本日何度目になるのか丼物カウンターに向かおうとした葵の目に、学食を出ていこうとする、ある男子生徒が留まった。

「あ、アイツもいたのね。もうちょっと早く気づいてたら、おごらせても良かったのに」

『お前がおごる、んじゃないんだな……』

「ほら、こっちこっち! いたなら言ってくれれば良かったのに」

虚空からの言葉は聞こえているが耳に入っていない葵は、男子生徒の制服を持って、というよりも掴みかかって引っ張ってくる。

「……つか、お前よく食うよな相変わらず。将来太るんじゃないのか」

その男子生徒――津堂白斗は葵の隣の席に座り、積み上げられた丼を見てヒクついたような笑い声をあげた。

『まぁ……それについては先ほど私も言ったぞ。金が無くなったら嫌でも絶食せざるを得ないから問題無いと言えば問題無いが。そうなるとまあ……自炊しかないんだろうが』

虚空からの声がそう返したが、白斗は気にした風も無く、当たり前のように続ける。

「ところで料理できたのか、クレア(・・・)は」

『彼女』の名前を呼ぶと、葵の真横の虚空から一人の少女の姿が、かげろうのように浮かび上がった。

『まあ……多少はな。少なくともからっきしの葵よりはマシだと思うぞ』

半透明の身体の彼女は腕を組んだ姿勢のまま、どこか楽しげに笑う。



傍から見ると、白斗も葵と同じように一人でつぶやいているように見えるため、周囲の生徒たちがこちらを伺いつつひそひそと話を始めていた。

だが、自身は葵を見習ってもう諦める事にしていた。

何故なら『彼女』――クレアは自分達以外には見えない、葵にとり憑いた正真正銘の『幽霊』なのだから。



先ほど山寺が非日常とか美少女とか出会いとかなんとか騒いでいた。

後ろ二つはともかく「非日常」について、この事を知ったら彼はどう思うだろうか。

他人には見えない、幽霊『クレア』。

それがどうして自分たちには見えるのだろうか。

そう、これが白斗の周囲に存在する非日常。



『で、放課後はどうするんだ? 今日は仲間内で遊びに行くとか、そういう話じゃなかったか? ほら、光輝と悠も呼んで』

そんな事を考えていると、クレアがここにはいない他のメンバーの名前を挙げた。

「……」

『お前も大変だな……』

無言で山寺の時と同じメール画面を見せると、クレアの表情がどんどんと憐れみを含んだものへと変わっていく。

「やば、こっちも美味しい……! この学食って最高かも。毎日、いや毎食ここに通おっかな……?」

葵は気づいてさえいなかった。

『って、おい葵、いつまで食ってるんだ、授業開始十分前だぞ』

ふと頭上の時計を確認したクレアが、ため息をつきつつ葵に向き直る。

「そうだ、ついでにお持ち帰り、テイクアウト! 超大盛りサイズで!」

『……無理言うな』

そんな二人を眺めつつ、次の授業は何だっただろうかと考えていると、ケータイがメール受信のメロディを流してきた。

嫌な予感がし、開くと。

「……げ」

件名『お仕事追記!』

本文『今日は三件だよーん』

そしてクレアが画面を覗き込み、やはり憐れみを込めた目で見つめてくれた。

『まあ……頑張ってくれ。私としてはそれしか言えん』

「助けてくださいクレアさん」

意外と本気でつぶやくように言う。それほどまでに事態は深刻だった。

『私としては代わってやってもいいんだが……葵が嫌がるだろうな』

あの恐ろしい任務(ミッション)は、おそらく葵のような少女にとっては特に天敵のようなものなのだろう。

なにせ。

『ミッション・グリーンって、要はアレの事だろう? つまり……』

本日の雑用(ミッション)草むしり(グリーン)


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