ある少年のお話
飛び降り事件から丁度一週間が経った、ある日の放課後。
あ、と呟いたのは、通称天パと呼ばれる少年だ。
「藤谷。」
「あ、……えっと、天パ君。」
「……もういいよ、それで。」名前位は覚えておいて欲しいものだが。しかしその大きな目で見つめられると全てを許してしまう。
それが、藤谷美姫、という少女だ。そんな魅力が彼女にはある。
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彼は、この間藤谷に振られた。
しかしそんな事は無かった、とでも言うかの様にひょいひょいと彼女の後ろについていく。良くそんな平常心で一緒に居られるなぁ、と周囲の友人達は思ってしまうのだが。
それが、天パという男である。
そんなある日。
「ねぇ、藤谷ィー。」
「なに?」
彼は唐突に切り出した。
「お前の好きな人って、誰なん?」
彼女は少し沈黙した。
「……なんで?」
「いやぁ、だってさ、一番仲が良さそうに見える松坂を振ったじゃん?だから気になってさ。ここで本郷、とか言われたら俺終泣いちゃうけどね。」
「泣いちゃうの?」
「だって彼奴に負けるとか俺終わってんじゃん。」
全く、酷い言われようである。
「終わっちゃうんだ……、ふふっ。」
形の良い目を細めて笑う。
「で?誰よ。教えてくれたっていいじゃぁん、ね?」
彼女は、ちょっと迷って目を伏せる。
「あ、否、だ、駄目ならいいんだよ⁉俺、藤谷に嫌われたくないし。」
「……別に……、構わないけれど……。」
「おお、まじで⁉」身を乗り出した。彼女はこくりと頷いて、恥ずかしそうに言う。
小さな声で紡がれる、一つの名前。
「……誰にも言っちゃ、駄目、だよ……?」
天パは、硬直していた。
沈黙。
俯く。
「泣いていいかな……?」
「え、なんで?」
そんな幸せそうな顔で言われちゃあ無理だ。
俺は勝てない。