跳べるけど翔べなくて翔ぼうとしたら飛んだ
彼は叫んでいた。
「修太、じゃなかった、Shuuta!危ないって!」
ベランダの手すりの上に立ち、風に吹かれている一人の少年。
彼は叫んだ。
「俺はっ!鳥になったのだっっ!」
頭を抱える。
何故、こうなってしまったのか……。
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やばい。
どうしよう。ヒットじゃん、これ。ヒット中のヒットじゃん。つーかホームランものじゃん。
一応付け加えておくが、彼は決して野球をしている訳ではない。
本郷傑、高校一年生は入学して早々、一目惚れをした。同じクラスの藤谷美姫に、だ。彼女は雪の様に白い肌で体は細く、さらりとした
「……長い焦げ茶の髪を持ち、大きな深い色の目で」
「うるせぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!」
傑は隣で歩いている友の……否、友と思われる生命物体の頭をはたいた。彼の名は、Shuuta、又の名をAhoと言う。本人がローマ字じゃないと認めん、と断固として言い張るので、Shuutaだ。修太ではない。
「うっせーよ、傑。」
「なんで俺がそう言われてんだっ!」黙って耳を塞ぎ、とてもとても素晴らしい顔で睨んでくるのは朝霧龍。リア充になろうと思えばすぐになれる男。だから傑は彼を好いていない。
「……。」
「冷たい目で俺を睨むなよっ!」
Shuuta、傑、龍。なんだかんだ言ってとても仲が良い三人組。
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「なぁ、龍って翔べそうだよな。」
言い出したのは勿論Aho……じゃなかった、Shuuta。は?、と傑は呆れて笑う。
「お前、何言って」
「跳ぶことなら出来る。あ、跳馬の方の跳ぶな。」何真面目に答えてんだ、此奴。
「てかなんだよいきなり。」
「だって龍って翔ぶじゃん。」意味のわからない理由をつけられた。「確かに。」龍が答える。何納得してんだよ、てめぇ。
「でも、そう言うShuutaこそ翔びそうな名前じゃないか。ほら、風船みたいに。」
しゅうぅぅぅぅぅー……って、萎んでるぞ、おい。ta、で落下しそうな勢いだぞ。
「え、マジでー?」なんで嬉しそうなんだ。傑は頭を抱える。
すると、突然ぱたぱたと軽やかな足音が近づいて来た。
「なんの話してるの?」
女神っ!
藤谷さんっ!
なんでっ⁈
「おお藤谷さん。この三人で誰が一番空を翔べそうだと思う?」
何聞いてんだし此奴!藤谷さんに何言ってんだし此奴!そしてなんで俺も入ってんの⁈
「え?本郷君と松坂君と朝霧君の三人で?」こくこくと頷く。
即答。
「本郷君じゃないかなぁ。」
「え?」……いやいやいや。……え?なんで?
「だって、阿保な人って頭が軽くて翔びやすそうじゃない?」
いやいやいや!
阿保なのは修太、じゃなかった、Shuutaだよ!何をどう捻って俺になるんだよ!寧ろこの三人の中で一番まともだよ、俺は!
……多分!
「あ、でもそう考えると松坂君も翔べそう。」
そうそう。
「あ、マジで?じゃ、やってみようぜ、放課後!」
そうそ……っておいぃぃっ!
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……そして、今に至る。三階のベランダの手すりの上でAhoはふんぞりかえっていた。
「松坂君いけいけぇーっ!」あれ?藤谷さんってそういうキャラだったっけ?あれ?想像と違うな。あれ?なんでだろ。前が霞んで見えないや。
「翔べー。別の意味でもいいから、地獄に向かってでもいいから。」
「死んでんじゃんかぁぁぁぁぁっ!」龍っ!
「じゃあ、日本の男中の男!」どこがだ。「Shuutaいっきまーすっ!」
「いや、マジで行くのかよ⁉」ちょ、おい、勘弁してくれよ。説教受けるのはお前だけじゃないんだぞ。セット扱いだからな。面倒臭い事に俺等も説教受けるんだからな。
「傑!説教がなんだってんだ!」なんだってんだってお前な。……。
確かに、たかが説教……。
俺っ!騙されるなっ!いや、たかが説教、されど説教……。あれ?意味がわからなくなってきたな。
そして、
本当に、
Shuutaは、
「ほらっ!俺は翔べ……」
翔んで落ちた。
「あれは翔んでないね、飛んでるね。」
もう意味がわからねぇよ。
「意外に汚い飛び方。」
藤谷さん。それも違うよ。
「あぁ……。さようなら、Shuuta……。」
「本郷君。それも違うと思うよ。」藤谷さんが無表情で突っ込んだ。
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「いやぁ、マジで死ぬと思ったよー。」
「いっそ死んでくれれば良かったのに。」
「ん?龍、なんか言った?」
「Shuuta、幻聴だよ。やばいんじゃない?」
生活指導の教師に怒られながら、こそこそと声を交わす。
「だから止めようって言ったんだよ。」
「藤谷さん、寧ろ君はやれって言ってたと思うんだけど。」
「あーあ。入学したばっかなのにもう目ぇ付けられちゃったよ。修太のせいだ。」
「俺はShuutaだ。」それにしても、とShuutaは笑った。
「傑は良かったじゃん、藤谷さんと話せて。」え、何々?と龍が乗る。「傑、藤谷の事好きなの?」
「そーなんだよー」
なんでお前が返事してんだよー。なんでバラしてんだよー。
後でぶん殴る。
「あ、そうなの?じゃ、応援しとくよ、その叶わない恋。」
龍が笑顔で言う。……リア充め。
「俺も応援してっからな!」お前はもういい。
はぁ……。
傑は溜息をつく。
これから、どんな一年間になるんだろう。