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第20話 想い人

 アルゼール国の皇女、ファリアーデが来てから二週間。

 城内はまだどこか慌ただしさを漂いながらも、通常の空気が戻り始めた頃。

 それでも、ゆっくりと何かが変わり始めていた。その変化は目で見えるものではなく、それぞれの人の心に。


□□□□□



「はぁ…」


 ばしゃりと、森の中にある小川で顔を洗いタオルで軽く拭いたルエンは深い息を吐いた。そして汚れることなども厭わずそばにあった木の根元に腰を下ろし、幹に体を預ける。


(…疲れた…)


 ランバートの提案を受けて今日で一週間ぐらいになるだろうか。

 さすがは皇女の近衛騎士、やるといったからには徹底的に指導する姿はルエンが王子ということにも容赦なかった。まず、ルエンの体力のなさを指摘した彼は、毎日走り込みをさせた。しかも、この森の中を。正直、何もない地面を長く走るのも心ともないというのに、でこぼこの道、木の根、しげみや時折現れる動物たちといった場所を走るのは何倍も疲れる。初日はいくらも走らないうちに限界がきて地面に座り込んでしまったが、ランバートはそのたびに休息をとってはくれたものの、目標をクリアするまで決して妥協しなかった。


(全身泥まみれ、ぼろぼろの姿に侍女たちが驚いてたな…)


 襲撃でも受けたのかと、ルエンの小さな頃から侍女をしてくれている彼女の真っ青な顔には大変申し訳なかったと思う。だが、事情を説明すると何とかこちらの意を理解してくれたのは助かった。


(はぁ、でも走り込みも一週間ともなれば何とかなるようにはなってきた…気がする)


 いまだに躓きはするが、地面に転ぶ回数が少なくなってきた。

 しげみから現れた兎に驚いて悲鳴を上げることがなくなった。

 10分も走れば息があがっていたが、今は20分ぐらいはいけてると思う。


 …まだまだ情けない限りだが、それでも今までのルエンの姿から考えてみれば快挙だと思う。

 それでも部屋に帰れば、湯あみをしたあとすぐにベットだ。もう睡魔にあらがえない。最近の夕食は部屋に置いてもらっていて、簡単に済ますようにもしてしまっている。


 兄上もアリヴェルをつれて視察にでているし、今がチャンスのときなのだ。彼が帰ってくるまでにこの生活を体に慣らさせ、気づかれぬようにしたい。絶対に自分がこんなことをし始めたら、何か言ってくるはずなのだから。


(…でも、ヒールリッドが協力的?なのは助かったけど…なんか、このころおかしいんだよな…)


 近衛騎士である彼に、ランバートと訓練することを伝えないわけにはいかなかった。

 だが、ヒールリッドは少し驚いたような顔をしたあと、疲れたようななんだか複雑そうな顔をしつつ、反対はしなかった。確実にお小言を食らうと思っていたのに、これは予想外だったのだが…彼は午前中は勉強を怠らないこと、王族としての行事があるときはそれらを優先させることを条件に、ルエンのスケジュールをいろいろ調整してくれた。今では彼と午前中にしか一緒にいることはない。ランバートと訓練しているときは、騎士団の方にいっているらしく、そこで仕事もしているようだ。


(いままで自分のことで精いっぱいだったけど、時折考え込むような顔をするようになった…)

「ギャウ!」

「うわっ、サジュールびっくりした…わ、わかっている休憩はもう終わりだ」


 空から厳しい監視の目に、ルエンは慌てて立ち上がる。

 ランバートはゴールで待っているが、空からの見張り役は休憩が長引きそうになると、容赦なくルエンを急かす。ヒールリッドに負けず劣らずに厳しさだ。


「ギャウ!!」

「わ、わかっている!」


 ふんと荒い鼻息を吐き出され、ルエンはそれに追われるように森の中をかけ始めた。

 本当に息の合った相棒だと心の中で叫びながら。




□□□□□




 ふわりと花の匂いが鼻をかすめる。

 それが目の前の令嬢からだったことに、フェリアーデは小さく微笑んだ。途端に、彼女の周りを囲む令嬢から黄色い声があがる…それがここずっと続く彼女の日常だ。


(うーむ、だが、そろそろこのお茶会とやらも飽いてきたな…)


 ルエンの言う通り、令嬢と仲良くなったのは良かった。

 ついでに堅苦しいドレスを脱ぎ、動きやすい服装にしたらかなり彼女らの評判も良く、今では毎日毎日かわるがわる違う令嬢たちに囲まれ、彼女たちとおしゃべりを楽しむ仲だ。意中の相手アリウェルの情報もいろいろ得ることができて、やった!という気分だが、その相手は今、己の主と視察にでてしまっているため話ができないのが悔しい。


「皇女様、最近はやりのドレスは…」

「城下の…の店の宝飾品に最近新しいものが入荷しましたのよ」


 令嬢たちの話に笑って話を合わす。

 だが、彼女らの話はファッションや宝石、だれそれの恋愛事情の話が多く最初は楽しく聞いていたもののここ連日だと正直つまらなくなってきた。


(もっと、別の話をできる令嬢などいないものか…)


 国の話だとか、世界情勢だとかそういった話をしたくとも、その話ができそうなの人物たちは今城にいないし、してくれそうもないが。自分のもとへ訪れていた貴族たちも、ここ数日は何もない。



(…そういえば、ルエン殿とも久しくお会いしてないな…)


 令嬢たちにつかまり、アドバイスもしてもらったというのに彼とあれから会っていない。…無理やり話を聞くのはあちらにとって迷惑でしかなかっただろうが、ああやって顔を合わせて人の話を黙って聞いてくれる人は貴重だった。


(…午後にでも時間があるか聞いてみようか)


 そんな思考に陥っていたときだ、令嬢たちの興味が何者かにうつり彼女らが声を上げた。



「あら、メディーセカ様よ、ようやくご領地からお帰りになったのね」

「国王陛下のもとへご挨拶にいらっしゃったのかしら」


 令嬢たちの視線をたどるように向けると、フェリアーデたちがお茶会を開いている庭園から少し離れたところにある回廊を歩いている一人の令嬢が見えた。


 

 落ち着いた新緑のドレスに身を包み、丁寧に侍女に結われたであろう茶色の髪を肩になびかせて、涼やかな青い瞳が印象的な令嬢だった。後ろに一人の侍女をひきつれて、先導されるよう騎士の後を歩く姿にときおりすれ違うものたちは、足をとめて丁寧に礼をしている。


「あの令嬢は?」

「ああ、皇女様はまだお会いになられていませんのね。あの方はメディーセカ様とおっしゃって、ファバル公爵家のご息女様ですわ」

「ちょうど皇女様が来られた頃、ご領地でご用事がありお戻りになっていたんですが…先日は兄君様のライザネル様がご病気からご快復されたばかりだというのに…王都とご領地を行ったり来たりとメディーセカ様のお体が心配ですわ」


 次から次へと令嬢の心配の声をあげる彼女らに、相当慕われている方なのだなとファリアーデが呟く。するとその言葉を聞きとめた令嬢がそういえば…と言葉をつづけた。


「皇女様。メディーセカ様はこの国でも才女と呼ばれるお方ですわ。一度お会いになってみてはいかがでしょう?」

「そうなのか、それはぜひお話してみたいな」

「ええ、頭もよく、美しく、ご家族思いで…従妹でもあるメディーセカ様には王子のレイドリック様も時折頭が上がらないというお話ですのよ」


(あの王子をやり込める女性だと…!それは是非一度お会いせねば…!!)


 にわかには信じがたい話だが、もしそれが本当であれば、いつもアリウェルとの邂逅を邪魔しにくる彼を牽制できるかもしれない!そんな妄想にフェリアーデが心の中で不気味な笑みを浮かべていたときだ。令嬢たちの話はフェリアーデの存在を忘れられたように続いており、そして…彼女たちのもっとも興味のある恋愛話にうつっていた。


「一時は、レイドリック様のお妃候補でもいらっしゃったけどそのお話はご両人様によって立ち消えになったのよね」

「幼馴染でいらっしゃるからそういった関係になるのが想像できなかったんじゃないかしら?でも、レイドリック様はともかく…メディーセカ様にはまだ婚約者の方がいらっしゃらないのよね? ファバル公爵家のご息女なら引手数多でしょうに…」


 アルゼール国でも婚約者は十代の半ばには決まっており、遅くとも二十歳になるころには嫁ぐ女性が多い中、すでにメディーセカは二十歳。あれだけ美しく家柄もよいのに、なぜ婚約者がいないのか令嬢たちも不思議な顔をしていたが、一人の令嬢の言葉にのんびりと話を聞いていたフェリアーデは奈落の底に落とされることになる。


「あら、違うわよ、メディーセカ様の婚約者候補はことごとく潰されているのよ。あるお方によって」

「え、それどういうこと?」

「そんな話聞いたことないけど…」

「兄君であるライザネル様の婚約者が決まるまでは…とメディーセカ様が首を縦に振らないそうですわ。だから、今は外堀を完全に埋めて、変な虫がよらないようにするのに必死なんですって、本当に大変ですわよね…アリウェル様は」



(え…?)



「十年近くも想い続けられているなんて、メディーセカ様がうらやましいですわ!」




 ガラガラと何かが崩れていく音を、フェリアーデは聞いたような気がした。


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