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第2話 旅が終わる最後の国

 青い空の中を、悠々と飛び回る巨体を彼らは見上げていた。

 ようやくお戻りになったかと、その中の一人が深く息を吐く。彼の名はザルバ。空を見上げている黒衣の鎧をつけた者達の中でも体格が良く、そして年相応の経験を積んできた貫禄を秘めていた。実際、彼は近衛隊長という役割を担い、もう二年にもなる長い旅の中、主を守り、部下をまとめてきた。しかし、この長い旅もようやく終わり……いや、一息つくことになる。彼は本国から送られてきた通達書に内心安堵していた。


(国王陛下もさぞやご心配されていることだろう。何しろ、愛娘である姫君を二年間もお手元からお離し続けていたのだから)


 ザルバの若草色の瞳が、太陽の光のまぶしさに目を細めた。彼の目に映るのは、国王陛下から身の安全を託され、そして自分の主であり、やがてはアルゼール国の王となる唯一の姫君。


 アルゼール国、第一皇女フェリアーデ殿下。


 父親として彼女を溺愛し、国王として後継者の育成をしていた国王が、彼女の願いを聞いたのは、長年フェリアーデの近衛騎士として使えていたザルバとしても驚くことだった。彼は幼少の頃からフェリアーデの傍にいたからこそ、国王の父親としての愛の深さと、国王としての厳しさを知っていた。だから、まだ15歳の誕生日を迎えたばかりの彼女の早すぎるとも思えるある願いを承諾したことには、未だに驚いている。

 しかし、それもようやく終わる。

 結局、フェリアーデの望みは見つからなかったのだが、こうやって振り返れば、長いと思っていた二年も短かったように思える。


「なかなか、趣味の良い城であったぞ」


 風が舞い、赤と黒の鱗をもつ小柄な竜が降りて来た。黄金色の瞳が、空を思いっきり飛びまわった満足さに満ちている。ファリアーデの騎竜メディサである。その竜の背中から飛び降りた小さな影。小柄な竜といえど、大人の背の高さぐらいの身体をもつメディサから、手助けの必要もなく、彼女は地上へ降り立った。


 ふわりとなびくのは、彼女の腰まである豊かな黒髪。今は一つに頭上でくくられているが、動きを制限されているとは思えぬほど、彼女の髪は緩やかに風の中を泳いでいる。小麦色の肌に映える赤い唇は、彼女の機嫌の良さを示すよう、深い笑みを浮かべ先ほど見てきた城に満足しているさまを窺わせた。


「殿下、勝手に空を飛ぶのはおやめくださいと申したはずです。せめて騎士の一人はつけてくださらないとご心配いたします」

「ふん。相変わらず小言ばかりだな、ザルバ。だから一言言い置いて出かけたであろう」

「……ミハエルは、まだ従者でございます。騎竜をもたぬ彼が殿下の護衛を務めることはできぬとわかっておられるはずですが」


 護衛をわずらわしいと常々感じているフェリアーデは、近衛騎士の目が離れた隙をつき、勝手に隊を離れたのだ。その際、まだ騎士見習いであり、ザルバの従者であるミハエルの頭上から言葉を言い置き空の中に消えていった。ぽかんとそれを見送るしかなかったミハエルの動揺はどれほどのものだったのか、そのことを報告しにきたミハエルの涙目を知っているザルバは、深いため息をつくしかなかった。


「わかった、わかった。ミハエルには、後で一言詫びておく。それでよいな」

「ついでに一人で出かけることはやめてくださると嬉しいのですが」


 ザルバのため息とともに出された懇願は、フェリアーデに無視された。いや、逆にフェリアーデの赤い瞳に射すくめられた。


「たかが空を飛ぶぐらい、一人でいいではないか。私はそんなに弱いか? ザルバ」


 幼いころから彼女に仕えてきたザルバ。彼女が騎士として指南しているのもあり、師匠と弟子という関係でもあった。もちろん、今だに騎士としての実力は彼の方が上だろう。剣を交えばザルバが圧勝することは彼自身もわかっている。だが、フェリアーデから見返されたとき……あの赤い瞳に自分が写っていると感じたとき、体の奥に震えがくるのは本能からくるものなのか。そして同時に思うのだ、王の瞳というのは、こういうものなのかと。


「我が国、アルゼールであれば、何も言いますまい。しかしここは他国。我らの知らぬ事態に陥る恐れは、極力避けなくてはいけません」


 ザルバはその震えを悟られないよう、いつものように言い返す。フェリアーデはそんな彼を見続けた後、眉をしかめそっぽをむいた。それが彼女の了承の合図だと知っているザルバは、メディサとともに騎士たちの方へ向かう彼女の後を追う。彼女の瞳から逃れた安堵を感じながら。


「……ザルバ。ラグレーン国には伝えてあるのだな」

「はい、今日。伺うことを伝えてあります」

「そうか」


 くくっと楽しげに笑うフェリアーデ。

 彼女の瞳は、先ほど飛んだ城を見つめていた。


「さて、我が目にかなう、私の婿があの国にいるとよいのだが」



 フェリアーデが15歳の誕生日。国王である父に望んだ願い。


 それは、将来の伴侶を見つけるために、旅に出させて欲しいということだった。国王から二つ返事で了承されたフェリアーデは、己の近衛騎士たちを引き連れ、二年という歳月をかけ世界を回った。事前に調べていた、能力の高い男たちを見定めに各国の城を回った王女一行。アルゼール国の騎竜に乗る彼女らを、各国は喜びと恐怖を持って歓待した。しかし、彼女の望む伴侶はついに見つからないまま、国王から許された旅の期限を迎えてしまった。


 辺境の国、精霊が住まう国ラグレーン。

 彼女の旅の終わりにたどり着いた、最後の国。

 この国での出会いが、予想のつかないものになることを、今は誰も気づいていない。


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