第15話 王子の苦しいアドバイス
フェリアーデの言葉をルエンは一蹴。
「無理です」
「………なぜっ!!!」
「無理なものは、無理です!!!」
「だから、なぜっ!!!」
ようやくフェリアーデから自分の手を引っこ抜いて、ルエンはテーブルから距離を取る。しかし、フェリアーデの方はまだあきらめられないのか、テーブルにもっと身を乗り出してきた。
「私にはもう後がないのだっ!! このままアルゼールに帰るとなれば、行かず後家どころか夫を持てぬ女王として皆の笑いものになってしまう!! いや、そもそも……私とて、愛する夫を得て、子供を産みたい!! ルエン王子は私の女としての夢まで捨てよというのかっ!!」
「ど、どうしてそんな話になるのですかっ!! 確かに、お国を出発した当初はそうだったかもしれませんが、本当はあなた様のことがお好きで、口にできぬお方がいたかもしれぬではありませんか! 国に戻ればそういった方々が名乗りですかもしれませんよ!! まだ結婚ができないと決まったわけではありません! それこそ、皇帝であるお父上にお頼みすればよりどりみどりなのでは……」
「わが父上は、そんなことで権力を使ったりはせぬ!!」
「い、いえ…そうではなく、伝手が広いのではと申し上げたかったのですが……」
「それに、父上は他国から私の婿を得ると断言してしまった。なので、我が国の男に希望はないのだ」
「………」
鬼気迫る皇女の迫力に、ついにルエンも言葉を失う。
さまざまな事情ゆえに、父親に退路も断たれてしまったフェリアーデに同情したくもなってしまうが、だがここで頷くわけにはいかないのだ。
何しろ彼女が恋心を抱いた相手……というか、彼女が目を付けている人物、ナサール公爵のアリウェルは次期ラグレーン国王である兄、ヒールリッドの右腕と言われる腹心だ。絶対に手放さないどころか、フェリアーデから彼の名前が出てしまったことさえ、不本意だということを隠しもせず、いつも以上にピリピリとした気配を漂わせている彼に、例え愛想程度だったとしても協力するなんて言えない。
「そ、それに、そもそも私に恋愛事情をご相談されても困ります。私はそういったことには、とんと疎くて女性のご相談にのれる知識など全くなくっ……皇女の事情がなかったとしてもお力になれなかったと思います」
何やら後ろで、うんうんと頷いている気配を感じるが、フェリアーデも負けていなかった。いや、やっと見つけた味方…までいかなくとも自分の切羽詰まった事情を(勝手に)打ち明けた相手である、彼女の方も何か打開策が欲しい!と焦り始めていたころあいだったのもあってか、ルエンを見つめる瞳は、まるで獲物を見つけた獣のようにらんらんと輝いているように見えた。
「それは、私も同じこと。国では次期王となるべく、力と知識を見つけることが精いっぱいで、見かけはメルのおかげで何とかなってはいるが、女性の考えることは全くわからない! 国では女性たちから崇拝の眼差しを受けても、女性たちの会話に混ざる機会は全くなく、他国では近づけば怖がられるのでな、ろくな会話をしたこともないのだ。だから、好きな相手ができてもどう攻めてよいのか全くわからぬ。女性らしいことをせよと言われても、何が女性らしいことなのか…………もう、いっそさらうか……」
「ちょ、ちょっとお待ちください!! そ、それは、多分男性側からしたらよろしくないかとっ!!!」
思いつめたようにぼそりと呟いた言葉にルエンは慌てる。
皇女にとっては冗談の呟き程度かもしれないが、彼女にはその力があるため、聞かされた方としては冗談とも受け取れず、たまったものではない。なのでルエンは普段使わない頭をフル回転させた。思わず、竜に連れ去られるナサール公爵を頭に思い浮かべてしまった彼は、その想像を打ち消すため頭をぶるっと大きく振る。
「皇女の強さはお噂をお聞きしておりますが、例え自分の力が適わないと知っていても、無理やり力でねじ伏せられるようなことをされるのは、男としてプライドに関わります。皇女は将来、お相手に共に国を治めて欲しい、ご自分を支えて欲しいと思っておられるはずでは? それでしたらなおのこと、相手の意思を無視した行動は慎むべきです。例え無理やり公爵を連れて行っても、彼はあなたのお力になろうとはしないでしょう」
「……そうか? アルゼール国の王となるのだぞ? 竜を統べる最強の王となるのだぞ? なぜ、それを厭うというのだ」
きょとんと目を丸くしているフェリアーデに、ルエンはゆっくりと言い含めるように言葉を紡ぐ。ここで言い方を間違えれば、彼女は先ほど呟いた言葉を実行しかねない。
「そもそも、ナサール公爵は王となることを望んではおりません。公爵は兄上とともに、このラグレーン国を支えていくことを願っています。そんな志を持っている方を、無理やり連れて行き、王となれるからよかっただろうと言われても、納得できると思いますか?」
「……だが、わが国は世界でも最強の……」
「アルゼール国が素晴らしい国だとは私も知っております。ですが、その国を愛しているかと言われれば別です。私は、私が生まれたこの国を愛しています。この澄んだ空気に包まれ、人々は厳しくも優しく、どこかのんびりとした雰囲気をもっていますが、この穏やかな優しい小さな国がとても大切です。それはナサール公爵も同じです。アルゼール国がどんなに素晴らしい国かとはまた別なのです」
「……」
「皇女もお国が一番素晴らしい国だとお思いなのではないですか?」
「無論だ。私の国はどの世界よりも強く、素晴らしいと思っている」
「私も、私の国をそう思っています。皇女、それは公爵も同じと思います。彼はその生まれと立場から、幼少のときからこの国を支えていこうと思っていたはずです。この国を愛する気持ちも並大抵のものではないと思います。もし、そんな公爵のお心を変える方法があるとすれば……それは、皇女が真摯に公爵と向き合い、お気持ちを伝え、それを公爵が受け入れたときだけだと、私は思うのです」
ルエンの言葉にフェリアーデは考え込む仕草をして、言われた意味を頭の中で整理しているようだった。ラグレーン国にとって、レイドリックの腹心であるアリウェルをラグレーン国に連れて行かれればかなりの痛手になるだろう。彼ほど優秀で、レイドリックの信頼も厚い人物の代わりなど、そう見つかる筈もない。しかし、もし…もしだが、アリウェルが心からフェリアーデに惹かれ、彼女のそばにありたいと願ったならば、レイドリックも否とはいえないだろう。
ルエンの立場であれば、フェリアーデを応援するなどもってのほかだ。しかし……この皇女は、強大な力を持ちながらも、真正面から相手に気持ちを伝え、たとえそれが適わなくても暴挙にでる相手ではないと感じた。だからこそ、ルエンは公爵にもその姿のまま、まっすぐに立ち向かってほしかった。
「あなたはあなたのまま、公爵と向き合えばよろしいと思いますよ」
それがルエンにとっての精いっぱいのアドバイス。
皇女もそれを感じたのだろう、赤い瞳がルエンをじっと見つめ、そして柔らかく細められた。
「そうだな、私は私であることは変えられぬ。今の私をアリウェル様に好きになってもらうしかないのだな! よくわかった。ありがとうルエン王子」
自信に満ちた笑顔とともにお茶会は終わった。
とりあえず、任務は無事終了したなと微笑みかえしたルエンだったが、この騒動はまだまだ終わりを告げる様子はなかった。