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第14話 始まったお茶会


  

 白い小さなふわふわと風に揺られながら、花が咲き乱れる庭園。

 それはこの国に訪れた客たちをもてなすために作られた庭だった。客人の部屋から直接行くことができ、その眺めを楽しむとともに、お茶の間としてその庭園を利用したりできる、プライベートな空間のために作られた場所だった。そのため、王子であるルエンもその庭園にはあまり足を踏み入れたことはなく、客人が誰もない合間に覗いたり、庭師の手伝いと称して水やりの仕事をするときに何度か入ったことのある場所だった。


(やはり、綺麗だなぁ……ふわっとして、優しげな気分になる)


 ルエンは歩く通路の横で咲く白い花を見ながら、ゆっくりと足を進めていく。フェリアーデが招待したお茶会はここで開かれることになっており、初めて堂々とこの場にくる喜びに少しだけルエンは心が躍っていた。しかし今日のお茶会の相手は竜皇女。着替えなど身の回りのことは一通りできるルエンではあったが、今日ばかりは侍女の手を借り、何度も梳かれた銀色の髪を紺色の紐で軽く結わい、白シャツに上着とズボンは紐よりも少し明るめの青いに近い色で整えている。もちろん首元には青いスカーフで例のものは隠し(ヒールリッドの協力もあって侍女にも気づかれなかったようだ)、何とか王子の体裁を整えたルエンは門が前のように佇む白い蔓バラのアーチを潜り抜けた。


 ふわりと花の香りが立ち込め、思わず目を細めたルエンが見る先には一つのテーブルとイスが二つ。そしてこちらの到着に合わせるかのように立ち上がっていた女性。


「ようこそ、ルエン王子。このたびは急なお誘いとはいえ、応じてくださったことに感謝いたします」


 先日の夜会とは全く違ったドレス姿のフェリアーデ。

 黒い髪を一つに編みこみ、首筋をすっきりと見せることによって17歳という年頃の少女らしさをだし、柔らかいピンク色の装飾の少ないドレスを着こなしている姿は、ラグレーン国の貴族令嬢とはあまり変わらない姿だ。しかし、彼女の赤い瞳がもつ印象深さは相変わらず強烈で、その外見とは裏腹にいろいろな感情の揺らめきがあった。


 いわく、相変わらずルエンには興味がなさそうで。

 いわく、メディサのことでの不機嫌さと。

 いわく……叩きのめしたのが王子だったという、目をそらしたい現実と。


 あまり人の心に機敏ではないルエンでもわかるほど、彼女の口から出る言葉は丁寧な挨拶言葉なのに、その瞳や表情は顔をひきつらせたり、微妙な笑顔だったりと面白いほど変わる。思わずぷっと笑いそうになるのを必死で抑えながら、ルエンはフェリアーデの後ろに控える二人の人物へと視線を向ける。


 一人は体の大柄な、アルゼール国特有の背も体も大きい、そして見るからに武人である姿をもつ男性。かの国特有の短い黒い髪にルエンの視線が向けられると同時に目礼をしそっと頭と視線を下げた若草色の瞳。彼がおそらく竜皇女の近衛騎士隊長であるザルバという人物であろうと、事前からそのことを聞いていたルエンは小さく頷くことで礼を返す。もう一人は、フェリアーデとそう歳の変わらない女性。黒い髪を一つにまとめ上げ、着ているものの動きやすそうな黒と赤い衣に身を包み、ルエンが現れた時からずっと頭を下げている。フェリアーデの身の回りを世話する侍女だろう。

 ルエンも今日はヒールリッドだけを連れていた。彼とザルバはルエンの時と同じよう、主の後ろに控える立場として簡単な礼をしあい、あとは共にそのまま沈黙する。


「いいえ、こちらこそ。お忙しい中、お話する機会を作っていただけて光栄です。改めまして、ラグレーン国第二王子ルエンです。後ろにいるのは私の近衛騎士であるヒールリッドと申します。竜の国の方とお話しする貴重な機会です、いろいろかの国のお話を聞かせてください」

「ありがとうございます。それでは、私の後ろにいる者も少しご紹介させてくださいませ。私の近衛騎士隊長であるザルバと身の回りの世話をしてくれる侍女のメルです。私もルエン王子から見たこの国のことをいろいろお聞きしたいと思っています」



 うふふと若干顔をひきつらせた笑顔の竜皇女と、内心竜の話が聞けるなーと単純な喜びの笑顔を浮かべるルエン。こうして、表面上は和やかなお茶会は開催されたのだった。




しかし、そんな(表面上)和やかなお茶会は長く続かなかった。


 何しろもともと人づきあいが苦手で、夜会どころか女の子とろくに話したことのないルエンと、皇女としての仮面はつけられるものの、あまり気の長い性格ではないばかりか、本当に言いたいことを言葉の中に隠しながら会話するという、彼女の性格からしても向いていない高等技術にフェリアーデの笑顔もひきつっていくばかり。会話も天気や当たり障りのない国の様子を一通り話せば、沈黙の時間が流れるようになり、お互いまずいなぁと思うのだが、とりあえず笑顔で微笑みあう。


 ……ことにフェリアーデの方がついに耐え切れなくなった。


 ことりと、もう何杯目かになるお茶のカップをついに置いた。フェリアーデの赤い瞳が、じっとルエンの首元に注がれる。


「……先日は、短慮で恥ずかしい姿をお見せした。……あるまじき姿だと思っている」


 はらりと扇を開き口元を隠す。

 くぐもったような小さな声だったが、それははっきりと目の前のルエンに届いた。やはり今回のお茶会はそっちの意味合いが強かったのだなと確信できたルエンは、自分も上っ面の笑顔を続けるのに疲れていたので、フェリアーデがそれを破ったことを幸いにと肩の力を抜くことにする。


「いいえ、それはこちらも同じこと。私の方も浅はかだったと思っております。つい、竜という至高の存在に接する機会を得て、舞い上がってしまったようです。ご容赦ください」


 口元からカップを下ろし、小さく微笑んだルエンにフェリアーデだけでなく、後ろに控えていたザルバとメルもどこかほっとした表情を見せた。唯一、ヒールリッドだけが面白くないと顔をひきつらせていたのだが、幸いに後ろに目がないルエンはそれを見ることはなかった。


「もし、よろしければ竜のことをお聞かせください。ああ、もちろん。お話いただけるところだけで構いません。竜のことを何も知らない私たちにとって、鱗の色や空をどんなふうかに飛ぶのかなどをお聞かせいただけるだけで、とても興味深いことなのです」

「もちろんだ! 私も竜のことに興味を持っていただけでとても嬉しい。何しろ、竜はその存在ゆえにすぐに恐れられてしまう。しかし、竜はとても慈悲深く、懐のおおきい生き物なのだ。それに……」

「殿下。お言葉が普段と変わらなくなっておりますぞ」


 ザルバの言葉にはっと動きを止めるフェリアーデ。まるで誤魔化すかのような、おどおどとした視線と暑くもないのにパタパタと扇を動かすさまは、先ほどまで見せていた大国の皇女の姿はなく、とても親しみやすい姿に見えた。あの恐ろしいと感じていた赤い瞳も、今の姿をみれば美しい宝石の色に見えるから不思議なものだ。


 それから竜皇女とルエンは竜の話で盛り上がる。

 フェリアーデは自分の竜であるメディサのことや、竜がいかに素晴らしいものかと語り合う相手ができたことに喜び、ルエンは竜という未知の生き物の知らないことを聞く機会に恵まれたことに喜び、少年が冒険談を聞くように彼女の話に魅了された。しかし、その話はいつのまにやら怪しげな(?)方向へと向かっていき……何故か、フェリアーデの婚活事情を聞かされ、アルゼール国の切羽詰まったような婿探しを相談され、(このあたりでルエンがヒールリッドに助けを求めたのだが、彼も言葉を失っていた)2人で聞いてはいけない事情を知ってしまったと顔を青ざめていくなか……



 気づけばルエンの右手は体をテーブルの上に乗り上げた、フェリアーデの両手に包まれていた。



(こ、この状況はいったい???)



 引きつった笑顔を浮かべたルエンが、彼女から手を抜こうとするのだが、その手はがっちりと捕まったまま。そして、彼を見つめるフェリアーデといえば、その顔は傍目から見てもわかるほど赤くなっており、なのに何故か眉は引きつり瞳はおどおど、おまけに口からこぼれる言葉は挙動不審……




「ということで、お願いだ!! ルエン王子! アリウェル様との恋を後押しして欲しい!!!」




 ……竜の姫君はわたしに死ねというのだろうか?

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