第10話 悪事が露見したとき
誰もが眠りについている夜半。起きているのは月あかりのみ。カーテンからこぼれてくる光をベットの中からぼんやりとみていたルエンは、いまだ眠れずにいたのだった。
あの後、ルエンを探していたヒールリッドに見つかり、どうしてそんなに汚れているのかと怖い顔をしてきたので、最初は落馬をしたのだと言い訳をしたが案の定信じてくれなかった。なので、竜が空を飛んでいたのでそれを見ていたら落馬したと言ったら、無言の後、あきれられてしまった。……何故かこちらは信じてくれたようで、納得いかない部分もあったが。なんだか疲れてしまったので、夕餉も断り部屋に引きこもったのだが、その時少し寝てしまったのが悪かったのか、こんな時間に目が冴えてしまう羽目となった。
(なんか……いろいろなことがいっぱいあったような……)
メディサと会えると思ったら、皇女が来て殺されかけて、ランバートに助けられて、もう竜に会うことができなくなった。普段からのんびりとしているルエンにとっては、嵐のような一日だった。
はあっとため息をはき、寝るのをあきらめてベットから出れば、喉のあたりがピリッと痛む。部屋に戻って着替えたとき、首に絞められた跡が残っていることに気付いた。幸い、襟の高い服を着ていたのでヒールリッドに気付かれなかったが、これを見られたらどんな事態になっていたことか……(事情を吐かせられ、アルゼール国へ殴り込みに行ったかもしれない)
……だが、痛みとともに思い出すのは、やはり恐怖だ。
初めて誰かに殺される、死ぬかもしれないという思いをした。
ラグレーン国は平和で、命を狙われるということもなく、こうして自分が一人で出かけることもできるし、泥らだけで帰ってきたとしても睨まれる程度で済む。それがどんなにありがたく、そしてこの治世を築いている王や第一王子のヒールリッドの力を感じずにはいられない。今までこんなことを考えたこともなく、それどころか気づこうともしなかった。自分がどれだけぬるま湯の中にいて、どれだけの人に守られていたのかを、この年になってようやく見えた自分の愚かさに、落ち込みそうになる。
しかもそんな自分がしたことは。
竜を従える最強の国の皇女を怒らせたこと。
彼女が怒りのままに命令を下せば、彼女に付き従ってきた騎士と竜がラグレーン国を炎の渦の中へと飲み込むことも可能だっただろう。
(最悪だ……)
こうやって一人になってようやくわかる。
自分が何をしてしまったのかを。
メディサが皇女の竜だと知っていて、竜という未知の生き物がなついてくれたのが嬉しくて、それに甘えて得意げになっていた。王族の乗る生き物にいともたやすく触れて。ルエンを許してくれたのは皇女の度量の大きさと、自分を必死にかばってくれたランバートのおかげだ。
「……そんなことすら、ようやく気付くなんて……」
自分はどれほど間抜けなのだろう。
深い溜息は途切れることを知らず、月明かりが消えゆくころまで続いたのだった。
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サジュールがくつろいでいた体制から、ピクリと鼻をあげたとき、同時にランバートもその気配に気づいた。ガサガサと気配を隠すこともせず現れたのは、銀色の髪の少年。あっと口を開き、目を丸くしたルエンはしばしその場で固まっていた。どうやら、一人と一匹(かなり大きいのに)がここにいることに全く気付いてなかったらしい。
彼らしいなと、ランバートは小さく笑う。
ルエンと会うのは今日でたった三度目。なのにここまで湧き上がる親近感にランバート自身も不思議に思うが、まぁ来てくれたことに感謝しようと思う。
……なにしろ、彼は自分の主に殺されかけたのだ。
フェリアーデは決して短気な性格ではない。自らの立場も理解しているし、何より己に皇女としての誇りとプライドを強く持っているからだ。気のおける者たちには多少のわがままを言うことはあれど、皇女としての顔をつけている間は感情のままの行動や言動をすることはない。だから、ルエンの首を絞めたときも決して本気で殺そうとは思っていなかったと思う。
……思うが竜のことになると、正直目の前のことが見えにくくなるのは否めない。
ランバート自身がそう思うのだから、彼と皇女の竜であるメディサが止めに入っていなければ、ルエンにどれだけの痛みを与えていたかはわからなかった。
「昨日はすまなかったな……首、大丈夫か?」
「……まだ跡があるが、痛くはない」
答えた声はいつもより小さい。
ランバートの竜、サジュールが心配そうに小さく鳴いた。その声につられたのか、ルエンは竜を見て少し笑い……突然頭を下げた。
「お、おい!?」
「すまなかった! 私の身勝手な行動でランバートにも迷惑をかけた。その腕は……私のせいなのだろう?」
「お、あー……」
肩からかけた布で左腕をつるしているランバートは、そうだと認めればルエンがもっと申し訳なく思うような気がして頷くことができなかったが、それは肯定しているのと同じことでルエンはもっと深く頭を下げてきた。
「よ、よせよ! もう終わったことなんだし……まぁ、正直、メディサ様からルエンのことを聞いた殿下の激怒は怖かったけどよ……俺にも責任があるから、俺はきっとこうなることがわかっていながら、メディサ様と会うことを認めてしまっていた。2、3日ぐらいなら殿下も気にしないと思ってた俺が悪かったんだよ。竜とのことは俺の方が詳しいんだ。それをよく考えなかった俺が悪い。ルエンは何も悪くない。ルエンは竜との付き合い方なんて何も知らなかったんだ。逆にお前を傷つけてしまって、申し訳ないと思っている。すまなかった」
「……ランバート……」
とりあえず謝罪合戦になってしまいそうだったのでルエンは頭を上げたが、それでも自分のうかつさには反省しなくてはいけないと感じていた。ランバートの左腕もそうだが、顔にもまだ痛々しい傷がある。昨日の様子を考えれば、体にはもっと傷があるに違いない。……いや、本当はここにくることだって辛いかもしれないのに。
「私は……メディサが特別な竜だと知っていた。知っていたのに……竜に興味をもたれ、嬉しくなってしまった。そして不用意に近づいた……そしてそれをやめようともしなかった。ランバートは警告してくれただろう? 私はそれを聞こうとしなかった。だから、この首のことも自業自得だ」
「ルエン……」
うなだれるルエンに、慰めるという言葉が苦手なランバートは声をかけることができない。どうすればいいのだっと頼みの綱とばかりにサジュールを見上げてみたが、竜の方はそしらぬふり。ちらちらとルエンを気にしながら、前足の爪でひそかにランバートを何とかしろとばかりに押していたが。
そんなことをしていたから、その声を聞くまで誰もが彼に気付かなかった。
竜の尾がびくっと揺れたときには、すでに彼は姿を現していた。
「……それはいったいどういうことでしょうか? ルエン様」
この場にいる誰にも気付かれないよう気配を立っていた青年は……ひぃぃぃと見るからに怯える主を見て、笑顔を浮かべた。