初ノ話
ここは一体どこなんだろう。
わたしは蔵のような場所に座り込んでいた。
目の前では炎が立ち込め、家がひたすら音を立て燃えている。
わたしは驚愕のあまり立ち上がることも出来ず、ただ燃え上がる家を見つめるだけ。
あれから右目の痛みは消えていた。
それよりも今はこの現状を見て、誰かに強く握り潰されたように胸が痛い。
わたしの格好はあの時と同じ、セーラー服のままだった。
なのにわたしの前を通り行く人は着物を着て走りにくそうに、それでも必死で逃げ惑っている。
本当にここはどこなんだろう。
「おい!そこで何してんだ」
ふいに声をかけられ振り向けば、それと同時に刃がわたしの喉元に突き出された。
「逃げれば斬る。…まぁこのままここにいても燃えて死ぬんだけどな」
武士の格好をした男は少し笑みを浮かべた。
そういえば、さっきも背後から誰かに刺されたんだっけ。
なのにあの時の痛みはまったくない。
もしかしたら、このまま斬られれば元に戻るのかもしれない。
わたしは何も言わず、ただずっと男の目を見つめていた。
「おい。何か言えや」
男は起用に刃の先でわたしの顎をぐいっと持ち上げる。
刃の先が顎の肉に少し食い込んだ時、チクリと針を刺すような痛みが走った。
痛みを感じるという事は先ほどの事件とは違う。
今度は本当に死んでしまうのかもしれない。
わたしは途端に恐怖心に包まれた。
鳥肌が体中に立ち始める。
声を出して助けを求めたくても、怖さのあまり声までもが恐縮してしまっている。
そんなわたしにはお構いなしに、男は少しずつわたしの首元に刃を近づける。
わたしは見ているのが怖くなり、ぎゅっと目を閉じた。
その時、肉が千切れる音がしたかと思うと、一瞬でむせ返るような血の匂いに吐き気を感じた。
わたしは異常に恐怖を感じ、ゆっくりと目を開けた。
すると先ほど、わたしに刃を突き立てた男が血を流して倒れていた。
わたしの服にはその男のものだろう血が斑点のようについている。
あの一瞬で何が起こったのだろう。
わたしはゆっくりと顔を上げ、眼前にいる者を見た。
「……女、か」
そう呟いた男は、三日月の前立ての兜に刀の鍔型の眼帯で、いたるところに返り血を浴びていた。
わたしは彼の容姿に見覚えがあった。
授業で習った人物の容姿にそっくりだったのだ。
「伊達…政宗……?」
恐ろしい現状に振り絞って声を出す。
考えたくもないが、今わたしの目の前にいるのは戦国武将の伊達政宗だ。
「あぁ、そうだ」
彼は口角を上げ頷くと、器用に素早く刀を鞘に仕舞った。
わたしはどうやら戦国時代にタイムスリップしてしまったらしい。
謎が解け少しホッとするも、ここは戦の真っ只中だ。
彼もまた、わたしを殺しに来たのかもしれない。
すると彼はわたしの背丈に合わせてしゃがみ込んだ。
「見慣れない格好だな…。以前にもそういう奴がいたが」
思っていた事にはならず、わたしはきょとんとしてしまう。
彼は何を言っているのだろう。
わたしの疑問もよそに、彼は左目でわたしの右目をじっと睨んだ。
「それに、その目。…気になるな」
彼は独り言のように呟き始めた。
わたしは彼の左目に見つめられ、一瞬戦場にいるのを忘れてしまっていた。
彼は満足したのかそれとも飽きたのか、立ち上がると近くに停まっていた馬のもとへ歩いた。
そして馬に乗り際、わたしの方を振り返った。
眼帯で視線はわからなかったが、わたしの目を捉えていたのは確かだった。
「…来るか?ここにいればお前は必ず死ぬ」
きっとこの誘いを断ってはいけない。
これがこの場所で生きる、最初で最後のチャンスかもしれない。
なぜそう思ったのかわからなかったが、運命がわたしにそう告げたのだ。
もしかすると、一刻も早くこの場所から逃げ出したかっただけかもしれない。
けれどそんな考えなど、今となってはどうでもよかった。
わたしは彼の差し出す右手を強く離さないよう握ったのだった。
「いきます…!」
わたしは彼のその右手に希望の光が見えた。