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桜媛  作者: 藤堂阿弥
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七話

部長であり、指揮者である船橋のタクトが静かに下りていった瞬間、ホールの中は割れんばかりの拍手と喝采の嵐が巻き起こった。学生に混じって多くの来賓や外部からの招待客が立ち上がって「ブラボー」と叫んでいる。

咲良にとって初めての大きな舞台、オケ部の文化祭の定例公演は、こうして大成功の中幕を閉じた。



「みんな、ありがとう!」

控え室に戻った部員達に、船橋は半泣きに近い表情の笑顔を向けた。それに部員達も笑顔で応える。

「相良、お疲れ様。ソロパート、素晴らしかったよ」

コンマスであり、バイオリンのソロを演奏した相良に近づくと、彼女はニコリ、と優雅に笑顔を返す。

「私よりも彼女を褒めてあげて」

突然頭を撫でられて、「へ?」という表情で顔を上げた咲良に、船橋は嬉しそうに頷いた。他の部員達も納得したように頷きあう。

「この短期間で、よくあそこまで頑張った。正直今年はフルートは諦めていたんだ。君の努力に敬意を評するよ、五木」

船橋の言葉に、咲良はぷるぷると首を振った。

「とんでもないです、私なんてみなさんの足を引っ張ってばかりで…氷室先生にも最後まで怒られっぱなしでしたし」

「大丈夫。氷室先生は見込みのない相手に怒りはしないわ。なにより、フルート初心者の貴女が、わずか半年足らずでここまで吹きこなすようになるには、相応の努力をしたはずよ。私達は、その努力に敬意を表するわ」

「相良先輩…ありがとうございます」

頭を下げる咲良に、周囲から拍手が贈られる。涙ぐむ彼女を船橋がよしよしと頭を撫でた。



西陵学園には中等部にもオーケストラ部がある。ここの部員達も、殆どが在籍者であった。しかし、4月の時点で十数人いた高等部の新入部員は、現在咲良をあわせて5人である。辞めた理由は言うまでも無い氷室の厳しい指導に付いていけなかったからだ.

残ったのは弦楽器4人とフルートの咲良だけ。フルート奏者は現在3年生の生徒が唯一人いるだけだったが、彼女は外部の大学志望のため、夏休み前にすでに部活を引退していた。



「朝倉先輩が一生懸命教えてくださったからです。夏休み中もちょくちょく顔を出して、指導してくださいましたから」

引退したフルートの担当者の名前を挙げて、彼女は笑顔を見せる。謙虚な態度は部員達に微笑ましさと共に困惑を与える。彼女を指導した朝倉が感心していたのだ、一度注意したところは二度と注意させない、と。


「放っておくと相当無理をしそうなタイプよ。気をつけてあげてね」



がらり、と扉が開く音がして、部員達の視線が集まる。顧問である氷室が、彼には珍しい笑顔をたたえていた。

「すばらしかった。君達を誇りに思う」

ぱちぱちと拍手をする顧問に、生徒達は恥ずかしそうに顔を見合わせた。

普段厳しい氷室だが、終わった後、例え失敗したとしても、頭ごなしに起こるようなことはしない。ただ、静かに反省点と注意点を与えて去っていくのだ。

そんな顧問の態度のほうが自分達には堪えると、部長の船橋は言う。だからこそ、自分達ができる最大限の努力をするのだと。


「今日のキミの音は特に抜きん出ていた」

相良に向って手を差し出す氷室に、彼女も涙ぐむ。

「年明けの大会が今から楽しみだ」

その一言で、浮かれていた部員達に緊張が走った。やはり、氷室は氷室だと、心の中で感じる咲良であった。

「残りの時間はそれぞれ楽しみなさい。『遊ぶ時は遊ぶ』これも学園の方針の一つだ。反省会は日を改めて行なう。以上」

『はい!』


楽器を手入れし、片付け三々五々散っていく生徒を見送りながら、氷室はフルートをケースに収めた咲良に近づいていった。

「五木」

「あ、は、はいっ」

「よくやった」

滅多に見ることができない顧問の穏やかな笑顔に少女が目を見開き、ついで満面の笑みを見せる。


一瞬眩暈に近いものが氷室を襲った。


「ありがとうございます。先生や先輩方のご指導のおかげです」

「あ…ああ。それもキミが努力しなければ実を結ばない。これからも頑張りなさい」

はっと我に返り、氷室は改めて生徒である少女を見下ろした。

「はい」

眩しいものでも見るような氷室の視線に首を傾げた咲良だったが、普段と代わらぬ物言いの相手に、それ以上口にする事無く、頭を下げて教室を離れていった。


「…五木」

「はい?」

振り返った生徒に、氷室自身どうして声を掛けたのか解らず、一瞬言葉を詰まらせたが、すぐにいつもの表情に戻す。

「クラスの当番は終わったのか?」

「いえ、明日の担当です」

受け持つクラスは、チャリティーバザーをやっている。部活動のある者はそちらを優先させる事になっていた。

「そうか、頑張りなさい」

はい、と返事をして再び頭を下げ控え室を去っていく後姿を見ながら、氷室は軽く息を吐く。



何故呼び止めてしまったのか。


一瞬頭を過ぎった疑問は、船橋に呼ばれたことで綺麗に霧散していた。



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