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桜媛  作者: 藤堂阿弥
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六話

「あれ?咲良ちゃん?」

「りっちゃん」

呼ばれて振り返った先に見知った顔を見つけて咲良は笑顔になる。

「珍しいね、オケ部休み?」

土日、祝日を除いてオーケストラ部は毎日放課後部活動をしている。氷室に言わせると、土日も練習をしたいところだが、休日は休むべき、との学校の方針で大会前以外の特殊な事情以外、部活は全て休みである。

「あ~、氷室先生が放課後出張でね。たまには休もうって部長さんが」

「あはは。鬼の居なぬ間のなんとやら?」

くすくすと笑う友人に咲良も苦笑を返す。



ぐぅぅ~~~


真っ赤になる友人に、軽く吹き出した後、葎は鞄の中から袋を取り出した。

中にはパウンドケーキがふた切れ入っている。

「残り物だけど、よかったら」

「うわ、りっちゃんのケーキを食べれるなんて、なんてラッキー」

「んな、大げさな」


揃って学食に行って、自動販売機で紅茶を買うとおもむろに一口食べる。

「おいしー。しゃーわせ」

「オーバーだってば。ありがと」


葎の作るスイーツは、学年の間では有名で、裏で高値で取引されている、とまで噂されるほどだ。そんな事はありえないが、こうやって食べてみると、そんな噂が飛び交うのも無理はない、とさえ思う。



彼女と知り合ったのは、合格発表後の入学説明会。あまりにも少ない参加者に不安になっていた咲良に葎が声を掛けたのがきっかけである。

地元の彼女の説明で、初めて咲良はこの学園の特異性を知ったのだった。

200人ほどの入学希望者で合格したのは一割足らず。それでも多いほうだと葎は言う。通年なら合格者は一桁なのだと。

見極めるのに指針の一つではあるが、成績だけで合格は決まらない、と事実を疑う咲良に葎は笑って言ってくれたがいまだに合格したのは何かの間違いではなかったのだろうかという考えは変わらない。






「ごちそうさまでした。おいしかったよ~」

「お粗末様でした。そういえば、大変だったってね、補習」

照れたように笑う友人に、葎はおや?と首を傾げた。


「なんか、あった?咲良ちゃん」

ぎく、と顔をこわばらせる相手に解り易いなぁと、こっそり苦笑を漏らす。

「なんていうのかな?前ほど氷室先生を怖がっていない、ってカンジ、かな?」

「鋭いなぁ、りっちゃんは」

氷室先生の監視下での補習授業は厳しいものがある、とクラスメイトから聞いたばかりの葎である。あれほど苦手としていた相手のコメントを出さないだけでも、相当な進歩じゃないかと思うのも無理はない。

きちんとルールを護れば、問題はない相手であるが、なんといっても立っているだけで冷気が漂ってきそうなタイプである。容姿が整っているためか、裏ではかなり女生徒に人気はあるが、表立って騒ぐ勇者は皆無だった。


「優しい…よね。氷室先生って」


おっとぉ。

咲良の言葉に、思わず椅子からずり落ちそうになる。

入学早々注意され、入った部活の顧問であったことが発覚した時、半泣きになったとは思えない心境の変化である。

「良い先生だなぁ、っていうのは知っていたんだけどね、今回の補修でそれがとっても良く解ったっていうか、実感した」

「確かにね。良い先生だと思うよ。贅沢を言えば、もう少し軟化してくれれば授業が受け易いかな、って思うけどね」

ある種の緊張感漂う数学の授業を思い出して、葎は苦笑を見せた。あの空気を楽しんでいるのは、数学が「趣味」と豪語する佐藤くらいだろう。


葎の言葉に同意を示し、笑う咲良だったが、ふと遠い目をして小さく口を動かした。

「―――よね」


「え?」

「へ?」


目を見開いて自分を見ている友人に、わざとらしく首を振ると、葎は意地の悪い笑顔を浮かべた。

「惚けるには、まだ早いんじゃないですか?咲良さん?」

「…って、りっちゃん酷い。私何か言った?」


笑いながら、立ち上がるとそのまま出口で別れる。またね、と手を振りながら首を傾げる友人を見送って、葎もまた首を傾げるのだった。

「『懐かしい感じがするんだよね』か、無意識に呟いたみたいだけど、デジャヴ、なのかな?」



後に、この言葉の重さを思い知る葎であった。




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