五話
(眠ってしまっていたのか、俺は)
はっとして、顔を上げるとすぐ近くの机に突っ伏すようにして一人の少女が眠っていることに気がつく。
おそらく、課題を終えてやってきたところで、転寝している自分を起こすに起こせず、この場で待っているうちに眠ってしまったのだろう。
課題を自分の前において帰宅すればいいものを、律儀な事だと思わず苦笑が浮かぶ。
しかし、今までの自分では考えられなかった事だ。いくら徹夜に近い状態で補習用の問題を作っていたとはいえ、教室で生徒を前に居眠りしてしまうなど…。
(俺も年だということか?)
ふぅ、と軽く息を吐き目の前の少女へと視線を移す。
補修は三日間にわたって行なわれる。その間に問題を終わらせれば良い為、部活などがある生徒から一人、また一人と教室を出て行った。
明日、明後日は氷室の担当ではない、おそらくソレを狙ってのことだろう。生徒達に良く思われていない自覚くらいはある。
少女を起こそうとして伸ばしかけた手を一瞬止めた。
一心不乱に問題を解いている彼女を微笑ましい思いで見ていた。思ったことがすぐに出るその表情は、問題を解きながら百面相を繰り返していた。その顔を思い出し、小さく微笑んだ。
部活動で見ていても、誰よりも真面目な練習態度だということが見て取れた。
何事に対しても一生懸命なその姿勢は氷室の好むところである、そう考えながら少女を起こそうと手を肩に触れた途端、思わずそれを引っ込める。
「静電気…か?」
掌を見つめて不思議そうに呟く。実際には、経験した静電気とは違う気がしたが、あえて気にはせず未だ眠ったままの少女へと視線を移し、目を細めた。
微かに微笑を浮かべて眠る姿に穏やかな気持ちと共に、何かがざわり、と動く気配がする。
再び手を伸ばし、柔らかな髪に触れようとしたとき、ポケットから微かな振動が感じられた。
(…俺は何をしようとした?)
最終下校の5分前の時間に設定してあったアラームを見て、彼は伸ばした手を少女の肩へと再び移す。
「起きなさい、五木」
彼にとって、生徒は全て平等な存在であるというポリシーの元に、今感じた全ての感情に蓋をして。
後に彼が、この日のことを思い出しては、酷く落ち込むのはまた別の話。
ちょっと短いですが氷室サイドの話です。