表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
桜媛  作者: 藤堂阿弥
5/14

四話

解いていく楽しみが解ってくれば、学ぶことも楽しくなる。


数学のプリントを埋めながら、咲良はそう思った。

解らなかった問題がどんどん解けていく。


つい、夢中になって、気が付いたら、辺りには誰も残っていなかった。








「あ…」


窓際に腰掛けている氷室に気が付いて、咲良は小さく声を上げ、はっとしたように口元を抑えた。

「氷室先生…眠っちゃってる」

日ごろの彼からは想像もつかない優しげな寝顔に、少女は目を細める。


「疲れているんだろうなぁ」

ごめんなさい、と小さく呟く。


「そうだよねぇ、こうやって一人一人違う問題作って、補修に付き合っているんだもんね」


相手が起きないと、自然大胆な行動に出てしまう。


普段、厳しい視線と言動で周囲から遠巻きにされてしまう氷室だが、今はその両方とも閉じられ、端正な横顔はとても穏やかな印象を与える。

嬉しくなって、もう一歩近付いて目の前の担任であり顧問の顔を見下ろした。


いつもは、見上げなくてはいけない相手の顔が、自分より下にあることに、ちょっとした感動を覚えながら、口元を緩める。


「不思議だな…こうやって見ると、そんなに怖い先生に見えないんだけどな」


近くの席に腰を下ろし、咲良は氷室の方を見て微笑む。

「分かっているんだけどな…厳しいのは私たちの事を思ってくれてるってのは…」

でも…、と少女は心の中で呟く。

分かっていても、怖いものは怖いんだよね。





氷室を見ているうちに、知らず知らず眠ってしまったらしい。



氷室に起こされて、すでにチェックの終わっているプリントを手渡される。

出来はいまいちだが、丁寧に添削され、間違えた原因のポイントまで記されていた。


一足先に教室を出ようとした氷室が、気が付いて振り返る。


「すみませんでした、先生。私が終了に気が付かなかったから、お帰りになれなかったんですよね?」


少女の言葉に少し驚いたように目を見開いた氷室だったが、ふいにその口元に小さく笑みを浮かべ、体の向きを変えた。


「数学は楽しいだろう?五木」


え?と、問いかけのまなざしを送る少女に、氷室はもう一度口を開く。


「問題が解けていくのは楽しいだろう?」

「はい!」

「よろしい」

にっこり笑って答える咲良を見て、満足そうに頷くと氷室は教室から出て行った。






「うし!」


一人、ガッツポーズを作り、咲良は拳を見ながら誰も居ない教室で声を出した。

「とりあえず、目指せベスト10入り…ってね」



「それは、楽しみだ」



突然掛けられた声に、ガタガタガタと、机を揺らし、椅子を倒して咲良は振り返った。

みると、いつの間に戻ってきたのか、入り口に氷室が立っている。


「せ…先生…」

口をぱくぱくと金魚のように開ける少女を、半ば呆れたように見て、氷室は息を吐いた。


「君は、もう少し落ち着くことを覚えた方がいいな。今日はもう遅い、送っていくから校門のところで待っていなさい」


そう言うと、咲良の返事も聞かずに、氷室は廊下へと出て行った。

慌てて、荷物をしまい机と椅子を直し、咲良は戸締りを確認すると、教室から出ようとして、ふと思い返したように戻ると、先ほどまで氷室が座っていた椅子へと手を置いた。が、すぐにはっとすると、自嘲気味に呟く。


「何やっているんだろう、私」


扉を閉めた、教室の中には、オレンジ色の夕日が長い影を作っていた。




評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ