三話
期末試験結果発表の日。
咲良は青褪めた顔をして順位表を眺めていた。
「五木…お前」
「あ、岸本くん」
呆れたような声に少女は泣き笑いの笑顔を見せた。
同じ外部入学の少女と友達になって、彼女を介して知り合った隣のクラスの少年。
「赤点3つ……補修だな」
「ううう…」
「理数系全滅」
「ううううう~~~~~」
「咲良ちゃんってば…岸本くんに近いくらい極端」
岸本と、同じクラスの日向 亜衣が声を掛ける。
文系だけなら学年トップの点数を誇る岸本だが、理系が見事に足を引っ張っている。
かといって、赤点を取っているわけではない。
「文系だけなら、浅野と良い勝負なんだけどな」
文系トップの女子の名前を挙げて、岸本は苦笑を向ける。
「…ま、頑張れ。誰にでも得て不得手はある。ウチの学校が厳しいとは言え、温情が無いわけじゃないからな」
「頑張る」
小さくガッツポーズを取る少女に友人達は生暖かい視線を送るのであった。
補修初日。
ガラリ
入って来た氷室を見て、教室が静まり返る。
補修が始まり、一人一人にプリントが手渡された。
ふと、手渡されたプリントを見て、咲良は違和感を感じた。
隣に座っている相手のプリントを見て驚きに変わる。
一人一人違うプリント。
たしかに、それぞれにそれなりに補修科目は違うのだろうけれど。
周りを見渡すと、皆驚いたような顔でプリントを読んでいる。
と、いうことは一人一人に補修用のプリントをつくったということで。
確かに、今回のように三教科赤点などというのは少数ではあるが、だからといって、決して少ない量ではなかっただろうに。
「とりあえず、やれる所から始めなさい」
”とりあえず”そういわれて、埋めれるところから、埋めていく。
決して言い訳にするつもりは無いが、自分の通っていた中学とこの学校では、レベルがかなり違う。この学園を選んで手続きをしたのは全て両親で、言われるままに入学試験を受けたのだ。高等部への入学がとてつもなく狭き門だとは知らず、入試風景もこんなものだと気にもしていなかったのが事実だ。
この学校が、中等部からの持ち上がりで、高等部からの入学がほんの一握りの
数だと知ったのは、入学後。よく、合格したものだと自分でも思う。
不正を嫌い、当たり前をモットーとする学風を知らなければ、どこかで誰かが画策したのではないかと疑ってしまっただろう。
先の試験でも解る様に、文系では決して引けをとらない彼女の成績である。中学の成績だとて、悪くはなかった。
まあ、理数系に多少苦手意識はあったのだけど。
「君の場合」
静かな声が、頭上から降ってきた。
「前に通っていた中学と、はばたき学園の中等部では、教科書や進み方が違っていたと思われる。持ち上がりの関係上どうしても中等部のレベルでテストを作ってしまうからな」
顔を上げると、厳しくはあるが、どこか温かさを感じる眼差しがあった。
「他の科目の点数を見ても、決してできないとは考えにくい、少しずつ追いゆくように」
「はい」
思わず、力いっぱい頷いてしまう。
再びプリントに目を移す彼女を、氷室は微苦笑して見つめた。
「解らないところは遠慮なく訊きなさい」
専門外であっても氷室の説明は解り易かった。
それは、一を訊いて十知る天才肌の教え方ではなく、きちんと順番を通して理解させる教え方であり、教えるほうがより知識を必要とするもの。
ただ、この時点での咲良がそれを知るはずがなく。
ただただ、氷室の教師としての姿勢に感心するばかりであった。