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桜媛  作者: 藤堂阿弥
12/14

十一話

結局三日休んでも、自分自身の結論は出なかったので、これ以上休んでいても何も解決しないと、学校に足を運んだのは木曜日だった。

休んでいる間、氷室が様子を見に来てくれたらしいが、母親が玄関で対応してくれたので会わずに済んだ。

氷室に会った母が、「二人の良い所ばかり貰ったイケメン」と評価して、父を拗ねさせてしまったのは笑い話になりはしたが。




相手は担任、どうしたって、顔をあわせずには居られない。緊張もあって、いつもより相当早い時間に家を出てしまった。

運動部の朝練で出てきているもの以外、人気のない校舎内を歩いていると、向こうから生徒会の役員が歩いて来るのが見えた。

咲良に気がついて、彼らが足を止める。頭を下げて通り過ぎようとした瞬間声が掛かった。


桜護さくらもりの片翼か」

足が止まり顔を上げると、渡辺と井上が不快そうな表情をして、傍らに立つ久遠は困ったような顔をしていた。

「…護りではないな。そうすると、この結界はもう片方か。誰だ?」

渡辺の厳しい物言いに一歩後退さる。すると、行く手を阻むように井上が動いた。

「余り勝手なことをしないでほしいんだけど?」

穏やかな人格者が揃っているとの評判の今期の生徒会役員からは想像もつかない態度に、咲良の顔が青ざめる。




「友人が何か?」


聞き覚えのある声にはっとすると、葎と亜衣、それに佐藤が立っていた。一歩進み出て佐藤が咲良の腕を取って自分達のほうへ招き寄せた。

「葎」と渡辺が微かに呟き姿勢を正した。



「友人?お前のか?」

威圧的な声音は、普通の生徒ならばすくみ上がってしまうだろう。しかし、前に居る三人の後輩は至って冷静な表情をしていた。

「はい、極親しい友人の一人です。彼女が何か?」

こちらも、いつもの葎からは想像のつかない冷たい声だった。



暫くの沈黙の後、最初に口を開いたのは久遠だった。

「止めましょ。りっちゃんたちを怒らせてまでのメリットはどこにもないわ」

「だが、片翼がわかならいままじゃ、落ち着かないだろう?」

応じた井上に渡辺が大きく息を吐いた。

「桜杜を知らぬわけではない。…しかし、こんな中途半端は初めてだ。不可解だな、あの『桜杜』が」

ふ、と口を噤み「ああ、そうか」と呟いた。

「ナベさん?」「ナベ?」

友人二人に軽く手を上げると、渡辺は葎に向き直る。

「不可侵を貫こう。しかし、度を過ぎれば黙っては居ない。解るな?俺とて薄氷を渡る気分でいるんだ」

「落ちたって先輩達みたいに心臓に毛が生えているような人なら、死にはしません」

「…ひどいよ、御崎さん」

ワザとらしい、哀れみを誘う声で井上が言い、最後に久遠が咲良に「ごめんね」と謝って、彼らは去って行った。






「さて、教室に行くか?」

佐藤が声を掛け二人が続く。はっとして、小走りに咲良が彼らに追いついた。

「りっちゃん…あのね」

足を止めて、葎達が振り返る。苦笑交じりの笑顔は咲良にそれ以上語ることを許さなかった。

「聞いたら関わらなくちゃいけないから遠慮しておく」

佐藤があっさり言うと教室に入っていく。それに続きかけた葎だったが、足を止めると、今度はいつもの穏やかな彼女の笑顔を見せた。


「片思いの醍醐味っていうのも、いいもんだよ?」


え?と目を見開いた咲良に「またね」と手を振って、亜衣と共に彼女も自分の教室へと入って行った。



自分のクラスで席に着くと、咲良は窓の外を見る。そろそろ、交通機関の都合で早い時間に来る生徒達がちらほら登校する頃だ。ふと気がつくと、氷室が校門のほうへと向っていく姿が見えた。

時折彼は校門に立って、生徒達の登校を迎えることがある。

思ったほど痛まない胸に、さきほどの葎の一言が蘇った。

「片思いの醍醐味、かぁ」

自覚したら、すぐ両想い、が「桜杜」の一族だ。だから、片思い、などという言葉とは縁が無い、ともいえる。


「そうだね。それもいいかもしれない」

心の中にあったもやもやが晴れていった。そんな気分だ。



「あれ?五木さん、もういいの?」

いつも早々と登校するクラスメートが教室に入ってきて声を掛けた。

「あ、おはよう。うん、ありがとう、もう大丈夫」




HRの為、教室にやってきた氷室は、そこに咲良の姿を見つけて、ほっと息を吐く。朝校門で立っていたが、彼女の姿を見ることが出来なかった為、今日も休みかと思っていたのだ。

彼女の姿を見て安心する自分に、無意識に『生徒』の心配をすることは当たり前だと考え、出席をとる。

「大丈夫か?」と少女に問えば、「ご心配をおかけして申し訳ありませんでした」と返ってきたので、軽く頷いて続きの名前を呼んだ。


もし、このクラスに葎や佐藤、亜衣が居たならば気がついていたかもしれない微かな気配の変化。

昨日までの氷室より柔らな様子は、少なくとも彼のクラスの誰も――咲良でさえ――気付くことはなかった。





後になって、お小言と笑い話になる渡辺との会話や、葎たちの行動だが、氷室を目にした途端、綺麗さっぱり忘れてしまった咲良に非はない……多分。






これにて、一章終了です。お付き合いくださった方々に感謝を。

活動報告でも書きましたが、暫く「桜媛」はお休みさせていただきます。

お気に入りに登録してくださっている皆様にはご迷惑をおかけして申し訳ありません。

気長にお待ちいただけると(こればっかりだわ、自分)幸いです。

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