第二話 ここから
翌日、卓也はかおりと施設を訪れた。
出迎え、案内してくれた局員が卓也の入れるところまで二人を案内した。
「宮神様はここまでになります」
あるドアの前まで来ると局員が言った。
「分かりました」
卓也はそれに素直に応じ、かおりもそれに倣った。
「じゃあ。卓也、行って来るね」
かおりはいつも通りの笑顔で、ドアの中へと入っていった。
「ああ、行ってらっしゃい」
「うん」
ドアが閉じられるまで卓也は見送った。
「卓也君」
閉じられたドアを見つめていると、声をかけられた。
「え?あ、真坂さん」
卓也がかおりを引き取ると同時にこの『研究所』を辞めた元『科学者』だ。
「半年振りか。良くここまでもたせたね」
半年間かおりを、ここに連れて来なかったことを感心しているのだ。
「はい。『組織』の式神はチョクチョク見に来てましたから、そのせいだと思いますけど」
卓也はあえて監視を追い払ったりしなかった。
ある程度の情報があれば、あちらもそんなに急くことは無いだろうと思ったからだ。
思惑通り、半年もった。
まあまあ、長いほうだ。
「そうか…」
「はい」
「こっちの応接室を使わせてもらっている。時間があるならどうだね?」
真坂が近くにあるドアを指差した。
「はい。ぜひ」
「ここは引退して引き払ったんだが、時々来ていてね…局員がそれなれと、使っていないここを貸してくれてね」
所狭しと真坂の私物が置かれ、ソファーに詰まれた山をどかしつつ言った。
「そうですか」
「いや~。自分の陣地があると物が増えてしまってね結局引き払う前と似た様な状態になってしまった」
何とか二人が座れるようにすると、腰掛けた。
「でも、きっとここにある部屋のどこよりも居心地がよさそうです」
「まあね」
苦笑しながら、真坂が答えた。
「あの」
「何かな?」
「かおりはいつごろ検査、終わりますか?」
なんとなく落ちつくと、卓也が言った。
「かおり…そういえば名前を君から貰ったんだね」
真坂の苦笑が微笑に変わった。
「はい」
「そうだね。最初だからね…恐らく二~三日かかると思うよ」
真坂は少し考えると言った。
「そうですか…」
「終わったら連絡するから、家に帰ったら?」
「はい。そうしますが…もうしばらく…」
卓也はドアの方を見ながら呟くように言った。
「そうかね…」
真坂もまた、卓也と同じ方向を見て先ほどチラリと見えた少女の顔を思い出していた。
「はい。すいません」
「いいんだよ。私は引退したから、あそこから先には行けない」
「…はい」
「そして、守秘義務が引退してからもあるから、何も教えることはできない」
「分かっています。…真坂さん」
卓也は視線を真坂に戻し、真坂も卓也に視線を戻した。
「何だね」
「ありがとうございます」
卓也は頭を下げながら言った。
「・・・・・・」
「俺をかおりと出会わせてくれて。かおりを引き取るときに助けてくれて」
そう、全ての始まりは卓也が父に連れられてここを訪れた時から始まった。
父は真坂に会いに来たのだ。
だから、全てのきっかけは真坂がつくったのだ。
そして、真坂は卓也がかおりの保護者になるとき密かに後押ししてくれたのだ。
それが決定打になったのかは分からないが、卓也は無事かおりを引き取ることが出来た。
「いいや。全て私のエゴだよ。私は彼女を哀れんだ…そのために自分勝手に動いたそれだけだ」
僅かな沈黙のあと、真坂は言った。
「そのために、ここをやめなくてはいけなくなった」
卓也はそう思っている。
出なければ急すぎる。
真坂が辞めたのは、卓也がかおりを引き取るのと前後している。
真坂は、このプロジェクトの責任者の一人だ。
簡単に辞めることは出来ないし、辞めようとも思わないはずだ。
かおりのこれからの経過観察もある。
今回のようなことが。
でも、真坂はここにいる。
ここで、卓也と共にいる。
だから、卓也は思っているのだ。
真坂が何らかの形で卓也に手を貸し、その代償としてここを辞めさせられたのだと。
「自分から辞めたんだよ。彼女が『外』に出たのならもう思い残すことは無いからね」
「なぜですか?」
かおりに関しては、まだ先がある。
いや、これからだと言ってもいいはずだ。
なぜなら、生きてここを出られたのはかおりだけだから。
「…そうだね…簡単に言えば情が移ったって所だろうね」
「…かおりだけですか?情が移ったのは」
ここには数え切れない『命』があった。
かおりの、血が繋がらない家族達が…。
「…それまでのは割り切っていた。でも…最後の最後の生き残り…生かしたいと、行き続けてほしいと願ってしまってね…」
昔を思い出すように、目を閉じて真坂が言った。
「…そうですか…」
卓也は納得はしていない。
真坂も全てを話しているわけではない。
隠している事もあるのだろう。
「…私のエゴを実現してくれてありがとう」
卓也はこの言葉で終わらせた。
これでいい、それでいいのだ、と…。
「…俺は俺の願いのためにしたことです。あなたにどんな思惑があっても、協力してくれたことに感謝するだけです。ありがとうございました」
「…どう、いたしまして」
「では、そろそろお暇させてもらいます」
聞きたいことは聞いた。
今日中にはかおりが出てくることは無い。
もう、ここにいなくてもいい。
「そうか、じゃぁ、えっと…かおりが出てくる時に連絡するね」
「お願いします。迎えに来ますので」
「分かった」
「では」
「ああ、またね」
「はい」
そして、卓也は帰っていった。
「これから先は…私は何も出来ないのだね…どうか…」