「とりあえず伯爵以上で、イケメンで、優しかったら、誰でも良いかな」と言っていた彼女は、今では立派な行き遅れです
「ふーん、エリザはたかが男爵令息と婚約してるのね――同じ子爵家の者だったから気になってたけど、将来の事もろくに考えられない人間かぁ。そんなんじゃ楽しい結婚生活、送れないわよ?」
クラスメイトのメリーダは、学園一の嫌われ者だった。事あるごとに人をバカにした態度を取り、自分は賢いアピールを嫌というほどしてくる。そんな彼女の最近のトレンドは、人の婚約者をバカにすること。私はそんなターゲットの一人だった。
「……ヘルイド様は素晴らしいお方です。貴族階級と楽しい結婚生活は別物だと思いますが」
「それはそうなんだけど――でも、男爵はないわぁ。少なくとも伯爵以上はないと」
「はぁ、そうですか。メリーダさんはそう言う意見をお持ちなのですね」
「まぁ、エリザは子爵家だからって諦めて妥協しているのでしょうけど、そんなのもったいないわ!せっかくお互い美しく生まれたのですから、もっと上を目指しませんと!」
「はぁ、そうですか――ちなみに、メリーダさんは婚約相手は決まっているのでしたっけ?」
「まだよ?」
「私たちも十四歳ですから、そろそろ婚約者がお決まりになる頃合いでは?そういったお話はないのですか?」
「たくさんあるわよ?でも婚約の話に上がる相手は、たいした事ない人ばかりでね――全部お断りしてるの。まぁ、そのうち理想の相手が現れるわよ」
「理想の相手、ですか?」
「もちろんそんなに高望みはしていないわ!とりあえず伯爵以上で、イケメンで、優しかったら、誰でも良いの。ただそれだけ」
「はぁ、そうですか」
メリーダはそれ以降も、事あるごとに私の婚約者をバカにしてきた。初めの頃は真面目に受け答えをしていたけれど、次第に面倒になって彼女との会話は適当に終わらせることにした。
いつしかメリーダから話しかけられることはなくなっていった。
それから学園を卒業し、数年の歳月が経った。
私は無事、男爵を引き継いだヘルイドと結婚することになった。ヘルイドは奥手であまりしゃべるのが得意ではないが、とても優しい人間だ。彼と一緒にいると、時間の流れがゆっくりに感じて、私はそれがなんだか心地よかった。ヘルイドは商業の才能があった。市場のニーズをいち早く見極め、領土内の特産品を上手に流行に便乗させていた。最近では他国の貴族とも交流しており、我が男爵家は順風満帆に成長している。
結婚から少しして、第一子を身ごもった影響で、少し社交界から距離を置くこととなった。
そして先月、この世の物とは思えない苦痛を伴う出産が終わり、今日は久しぶりの学園同期組でのお茶会である。
「皆久しぶり!」
「久しぶりですわね!出産はどうでしたの?」
「やっぱ痛かったか!どうだったんだ!」
「まずはおめでとうでしょ?皆落ち着いて」
私が向かったテーブルにいる学園時代の旧友が、優しく迎え入れてくれる。上品にお茶をすするフランソワ、永遠に出産の痛みについて聞いてくるアリジャーナ、祝福の言葉をかけてくれるマリアンヌ。学園で、いつも一緒だった三人だ。
懐かしい面子で、ひとしきり各々の最近の出来事を話す。皆大変な事はあるようだけれど、どこか楽しそうだった。
「それにしてもなんだか変わらないわね。他テーブルの子達も相変わらずみたいだし。――昔に戻った気分だわ」
「確かにそうだな!……まぁ悪い意味で変わらない奴もいるけど」
アリジャーナが不吉な発言をしたとき、私たちのテーブルに一人の女性がやってきた。
「ご機嫌よう皆様!私この度隣国の伯爵と結婚することになりましたの!これから皆様と会うことはないでしょうけれど、お元気で」
「……メリーダ、確かに変わらないわね」
私がポツリとつぶやく。そのつぶやきに反応するように、メリーダは私に向き直った。
「あら、エリザ!久しぶりじゃない!相変わらずあの男爵と婚約しているの?」
「婚約というか、この前結婚しましたわ」
「あら、まさか本当にするなんて!――可哀想な人ね」
メリーダの言葉に、私が反応するよりも前に周りの友達が食いつく。
「その発言撤回した方がよろしくてよ」
「おい、お前何言ってんだよ」
「落ち着いて私……今殴っちゃダメよ。人気のないところじゃないと……」
マリアンヌ、殴るのはダメよ。人気のないところでもね。
「まぁいいわ。男爵と楽しく過ごせばいいじゃない。私はワリアナ王国で好きに人生を謳歌するわ!」
「……ワリアナ王国?メリーダさんはワリアナ王国に嫁ぐの!?」
「え、ええ、そうよ?何か問題でも?」
「問題は何もないけれど、ちょうど最近ヘルイド様がワリアナ王国の貴族と交流しているのよ。ワリアナのどの家に嫁ぐの?」
「え、ええっと、それって言う必要あるかしら?」
……そんなに暑い?急に汗なんかかいちゃって。
「言いたくなかったら言わなくてもいいけど……隠すようなこと?」
「そ、その、聞いたところで知らないでしょう?」
「いや、伯爵家以上ならどこでも分かるわ。ワリアナ王国は貴族が少ないですし、ヘルイド様は幅広く交流されていますので」
「いや、でも、その……クリス伯爵――とか?」
メリーダの絞り出すような声。
クリス伯爵、クリス伯爵ねぇ……
「――そんな人居ませんけど?」
私の返事に、アリジャーナが吹き出す。フランソワが納得したように頷きながら紅茶をすする。マリアンヌは呆れてなんとも言えない表情をしていた。
私たちの声が大きかったのか、周りの机の女性もクスクスと笑っている声が聞こえる。
「ッ!私もう帰るわ!」
そう言ってメリーダはお茶会から去って行った。彼女が出て行った後、会場は大きな爆笑に包まれた。
私は黙って紅茶を一口すする。先ほどまで会話に夢中で一切口をつけれていなかったのだ。
久しぶりに飲んだ紅茶は、それはそれは美味しかった。
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