第4話灰かぶり姫vsナルシスト王子(キモッ)
ルーカス伯爵邸の庭園では、早朝から「ドゴォォォン!!」という、およそ貴族の屋敷にふさわしくない重低音が響き渡っていた。
「9998、9999……1000!」
アシュリンは、昨夜の睡眠不足を補うべく、猛烈な勢いで巨石を持ち上げるスクワットに励んでいた。
「(あ〜、マジで筋肉が重い。睡眠1時間削るだけでこれほどパフォーマンスが落ちるなんて。あの金髪野郎、次に会ったらマジでへし折ってやるわ)」
そんな彼女の物騒な内心をよそに、屋敷の正面玄関では、義母レティシアが今まさに泡を吹いて卒倒しようとしていた。
「さあ、案内したまえ。私の胸に愛の掌打を刻んだ、運命のレディの元へ」
エドワード王子は、レッドカーペットの上をバラの花吹雪を浴びながら進んでいく。
その後ろには、ベロアのクッションに載せられた『ひしゃげた革靴』を掲げる従者が、仰々しく続いていた。
「こ、こちらですぅ……。あ、いえ、こちらでございます、殿下……」
レティシアが震える手で案内したのは、アシュリンが絶賛「修行(解体作業)」中の裏庭だった。
そこには、令嬢に相応しくない―ドレスの裾を捲り上げ、太ももを露わにした―姿で、巨大な石像を担ぎ上げているアシュリンの姿があった。
「……まぁ! 殿下ぁ〜! こんなところまでいらっしゃるなんて、驚きすぎて大胸筋がパンプアップしちゃいますぅ〜!」
アシュリンは即刻でドレスの裾を直し、石像を放り捨て(地面が揺れた)、あざとい笑みを浮かべた。
「やはり君だ。その溢れんばかりの野性味、そしてこの屋敷の破壊跡……すべてが私の心を捉えて離さない」
王子はうっとりと目を細めると、後ろにいる従者にクッションの上の靴を差し出させた。
「さあ、この靴を履いてくれないか。昨夜、君が脱ぎ捨てたこの『愛の器』に合うのは、世界で君一人だけだ」
「(愛の器? 脳みそまでお花畑なの? あのひしゃげたゴミを履けって?)」
アシュリンは苛立ちを隠しながら、筋肉で膨張した足を、その歪んだ革靴に突っ込んだ。
「メキメキッ」
驚くべきことに、アシュリンの屈強な足は、彼女自身の力で変形させた靴の凹凸に完璧にフィットした。
「おお……! ぴったりだ! やはり君こそが私の妃にふさわしい!」
エドワード王子は、歓喜に震えながらアシュリンの手を取り、至近距離でその顔を覗き込んだ。
王子の顔には、自分の演出に酔いしれた、ねっとりとしたナルシズムが張り付いている。
降り注ぐバラの花びら。
キラキラと輝く王子の瞳。
そして、鼻をつく濃厚な香水の匂い。
アシュリンの脳内で、何かが音を立てて切れた。
昨夜の睡眠不足、そして目の前のあまりに生理的な嫌悪感。
『猫かぶりの仮面』が、粉々に砕け散る。
「……あ」
「なんだい? 愛の言葉かな?」
アシュリンは、引きつった表情のまま、魂の底から漏れ出た本音を、至近距離の王子の顔面に叩きつけた。
「……キモッ!!」
「…………えっ?」
「何その顔、何その花、何その匂い! 生理的に無理! 近寄らないで、この金髪ナルシスト!!」
静寂が庭を支配した。
レティシアはついに意識を失い、従者たちは花かごを落とした。
史上最速。王子が求婚した瞬間に、令嬢から「キモい」という罵倒と共に振られた瞬間であった。
「……キモ、い……? 私に、そんな…」
エドワード王子の肩が、小刻みに震え始める。
「私にそんな新鮮な評価を!…これほどまでに激しい拒絶は、生まれて初めてだ……! あぁ、アシュリン! 君はどこまで私を熱くさせてくれるんだ!!」
「はぁぁぁ!? 追い打ち!? キモさの追い打ちなの!?」
アシュリンの悲鳴が、ルーカス邸の庭に空虚に響き渡った。
エドワード王子は、アシュリンの拒絶を全く無視した。
それどころか、むしろ新たな快感に目覚めたかのように頬を上気させ、一歩、アシュリンに詰め寄った。
その際、彼の衣装がカサカサと、およそ戦闘服とは思えない不快な音を立てる。
アシュリンの視線は、自然とエドワード王子の腰回りに釘付けになった。
「(……っていうか、何なのその格好。何そのちょうちんブルマ。筋肉を隠してまでボリュームを捏造するなんて、バルクアップをサボった人間の浅知恵よ! 邪魔でフルスクワットもできないじゃない!)」
アシュリンがその構造的な欠陥を忌々しく睨みつけていると、エドワード王子はそれを『あまりの美しさに目を奪われ、言葉を失っている』と特大の勘違いをした。
エドワード王子は「ふっ」と不敵に微笑むと、レッドカーペットの上で、片足をスッと前に出した。
白タイツに包まれたその細い足首を、これ見よがしに強調する角度で固定し、優雅にポーズを決める。
当時の貴族社会では『細い足首』こそが高貴さの証。エドワード王子は無言のまま、タイツ越しに透ける自慢の脚線美をアシュリンの眼前に突きつけた。
「(……この金髪、今すぐその細い足首をポッキリいかせてやりたいわ。そんなポッキーの棒みたいな脚見せびらかすな!吐き気がするわ!)」
アシュリンは即座に『猫被りの仮面』(半分ひび割れながらも)を被り直した。
「……まぁ! 殿下ぁ〜、とっても素敵な足首ですぅ〜。まるで、生まれたての小鹿みたいで、今にも折れちゃいそうなんですぅ〜(真実)」
「ふふ、君のような情熱的な女性には、この繊細な美しさが刺激的すぎるかな?」
「ええ、刺激的すぎて……今すぐその『ちょうちんブルマ』を引きちぎって、スクワット1万回の刑に処してやりたいくらいですぅ……っ!!」
アシュリンは怒りのあまり、そばにあった修行用の鉄アレイ(特注品)を「ミシミシ」と素手で握りつぶし始めた。
「とにかく、私は結婚なんてしません! 私には、もっと逞しくて、野生の肉を分け合える……その、シンシアス様という素晴らしい『供給源』がいるんですぅ!」
「シンシアス……? 誰だい、その軟弱そうな名前の男は。私という太陽の前に、そんな影のような男が割り込めると思っているのかい?」
「(あ、こいつ今シンシアス様を軟弱って言ったわ。……よし、死刑。私のシンシアス様はね、そんなちょうちんブルマなんて履かないのよ! 常に機能美に溢れた毛皮よ!)」
「んもぉ〜〜、殿下ったらぁ〜……。死ねばいいのにですぅ〜〜っ!!」
アシュリンの拳が「ゴォッ」と空気を切り裂き、エドワード王子のすぐ横にあった庭の噴水を粉砕した。
ドガシャァァァン!! という音と共に、彫刻が木っ端微塵になり、水しぶきが舞い上がる。
びしょ濡れになったエドワード王子は、壊れた噴水と、怒りで肩を揺らすアシュリンを見て、さらに頬を赤らめた。
「……素晴らしい。噴水ごと私の愛を打ち砕くとは……。アシュリン、君を必ず私の王妃にしてみせるよ」
「話を聞けぇぇぇ!! ですぅ〜〜!!」
アシュリンの悲鳴と、エドワード王子の高笑い、そして背後で完全に白目を剥いて硬直している義母レティシア。
こうして、アシュリンと『粘着ナルシスト王子』の、終わりの見えない戦いの火蓋が切って落とされたのである。




