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第14話 灰かぶり姫は元いばら姫の魔女と和解する

魔力を失い、ただの「口の悪い老婆」に戻ってしまった魔女。

彼女は、アシュリンに詰め寄る元気もなく、ただ力なく腰を下ろすと、ガレキの山と化したかつての我が家を眺めた。


「……はぁ。数年かけて育てた茨も、お気に入りの調度品も、台無しだ」


魔女はポツリと独り言をこぼすと、震える手で近くに落ちていた「真実の鏡」の破片を拾い上げ、ボロ布でそっと拭き始めた。その背中は、先ほどまでの刺々しさが嘘のように小さく、どこかひどく寂しげであった。


それを見たアシュリンは、振り上げた拳のやり場を失っていた。

確かに法外な占賃をふっかけられたが、そもそも自分たちが強引に押しかけたのだ。

それに、アシュリンは媚人たちが自分を陥れようとして毒リンゴを依頼したことなど、露ほども知らない。

彼女の視点では、ただの魔女の家を全壊させてしまったのである。


「(私……、少しオーバーワーク(やりすぎ)だったかしら……)」


鋼の心臓を持つアシュリンの胸が、初めてチクリと痛んだ。

それは他の者も同じだったようだ。


天井からぶら下がっていた親衛隊たちは、自分たちの主君(王子)を成層圏までぶっ飛ばされた恐怖も忘れ、黙ってガレキを運び出し始めた。元赤頭巾ちゃんも、「あら、この床の腐食、重曹とクエン酸があれば綺麗になるわ」と呟き、袖をまくって掃除を手伝い始める。


アシュリンは、巨大なはりを一本、軽々と持ち上げると、魔女が片付けようとしていた場所を整地し始めた。


「……何だい。同情かい? さっさと帰っておくれよ。魔力のない婆さんに用はないだろう」


魔女は毒づいたが、アシュリンは黙って作業を続けた。

アシュリンの腕が、瓦礫を、折れた柱を、次々と運び出していく。彼女が通るたびに、混沌としていた部屋がみるみるうちに整い、元の家の形を、いや、それ以上に清々しい空間を取り戻していく。


数時間後、ひどい有様だった館の地下と一階は、ひとまず住める程度にまで片付いた。


アシュリンが最後の一塊を外へ運び出し、額の汗を拭って戻ってくると、魔女は崩れた暖炉の前に座っていた。そして、アシュリンの顔をじっと見上げると、しわくちゃの顔に、初めてトゲのない、穏やかな微笑みを浮かべた。


「……悪かったね。あたしも、少し意地を張りすぎたよ」

ただ、そう言った。


それは魔女としてではなく、かつて百年の孤独を茨の中で過ごした「ひとりの女性」としての、素直な謝罪だった。


「いいえ。私も、出力の調整を怠りましたわ。……その、お怪我がなくて良かったですわ」


アシュリンが少し照れくさそうに視線を外すと、魔女は「ふんっ」と鼻を鳴らした。


「そんな軟弱な体じゃないよ。さあ、立ってないで座りな。……お礼と言っちゃなんだが、お茶くらいは出してやるよ」


片付いたばかりの部屋で、魔女が煎じたハーブティーから湯気が立ち上る。


沈黙を破ったのは、魔女の自嘲気味な独白だった。

「……あたしだってね、最初からこんな醜い姿だったわけじゃないんだよ」


魔女は遠い目をして、窓の外の荒れ果てた茨を眺めた。


「あたしはかつて、隣の国の王女だった。『いばら姫』と呼ばれ、百年の間、魔法の眠りについていたのさ。そして運命の日、ひとりの王子が茨を切り裂き、あたしに口づけをした。……そこまでは、お前さんたちも知っている童話の通りだよ」


魔女の手が、震えながらカップを握りしめる。


「だがね、物語の続きは残酷だよ。呪いが解けた瞬間、あたしの体の中で、止まっていた『とき』が一気に暴走を始めたんだ。眠っている間は活動を休止していた成長ホルモンや細胞の代謝が、百年分を取り戻そうと異常な速度で回りだしたのさ。……若さは、砂時計の砂が落ちるように、みるみる指の間から零れ落ちていった」


一週間で数年分、一ヶ月で数十年分。

鏡を見るたびに増える皺、失われる髪の輝き。活動を再開した肉体は、あまりにも急激な変化に悲鳴を上げたのだ。


「そんなあたしを見て、王子は言ったよ。『君は僕が救った、あの輝くような美少女じゃない』ってね。……男ってのは勝手なもんだ。呪いから救い出した満足感だけを味わって、美しさが消えればゴミのように捨てる。あたしを捨てて、彼はまた別の、若くて可憐な娘を探しに出かけたのさ」


そこから彼女は、人間を拒絶し、この森で自らを茨で囲い、醜い魔女として生きる道を選んだ。


「……わかるわ」

深く頷いたのは、元赤頭巾ちゃんだ。彼女の瞳には、かつてないほどの激しい共感の火が灯っている。


「私も、長年のパートナーとしてエロ狼に尽くしてきたわ。……。それなのに若さがなくなった私では『萌えない』と、私をお払い箱にしようとした。男の身勝手さには、底がないわ」


アシュリンは、真剣な面持ちで腕を組み、魔女や元赤頭巾ちゃんの言葉を噛み締めていた。


すると、後ろで話を聞いていた王子の親衛隊たちが、堪えきれずに男泣きをしていた。

あのナルシストな王子を支え続けるほどにお人よしな彼らにとって、魔女のあまりに残酷な過去や元赤頭巾ちゃんの話は胸を締め付けるものだったのだ。彼らはたまらず声を上げた。


「そ、そんな男ばかりじゃないです! 世の男性全員をそう思わないでくださいっ!」


「そうですよ! 女性を捨てるなんて、同じ男から見ても、ゴミ!」


「世の中、若いだけの女性が好きな男だけでないっす!!」


彼らの言葉に裏表はない。その純粋な言葉と、同じ痛みを共有したことで憑き物が落ちたのか。魔女は「ケッ、威勢がいいね」と小さく笑った。


「いいさ。あたしが茨を築いていたのは、男を拒むためじゃない。捨てられた自分を守るための、臆病な殻だったんだ。……それも今日、この筋肉娘に粉々にされちまったけどね」


魔女は空になったカップを置くと、アシュリンを見た。


「あんたのその腕……正直、羨ましいよ。誰かに守られるのを待つんじゃなく、自分の力で茨をブチ破る。あの時のあたしに、その勇気や力があればねぇ」


「今からでも遅くありませんわ。魔力がなくなったのなら、これからは自重トレーニングで『筋肉の殻』を築けばよろしいのです!」


「ハハハ! 冗談はおよし。……でも、悪くないお茶だったよ」


こうして、かつてない破壊から始まったアシュリンと魔女の出会いは、奇妙な和解へと着地した。


部屋を流れる空気は、茨に閉ざされていた頃の淀んだものではなく、窓から吹き込む清々しい風で満たされていた。

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