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第12話 灰かぶり姫は茨に守られた魔女のボッタクリに激怒する

どろどろとした紫色の煙がたなびく場所に、その館はあった。


切り株を継ぎ接ぎしたような歪な外観は、凶悪な茨のツタに何重にも覆われていた。硬質な棘は訪問者を拒絶するように鋭く突き出し、館全体がまるで巨大な鉄条網に守られているかのようだ。


「ここが魔女の館ですのね。茨の防御力は高いですが、少し手入れが行き届いていませんわね。光合成の効率が落ちますわ」

「そうね。もう少し剪定して、風通しを良くしたほうが運気も代謝も上がると思うわ」


アシュリンと元赤頭巾ちゃんは、世間話でもするように玄関の扉――骨の形をしたノッカーがついた重い扉――を力任せに叩いた。


ドォォォォン!!


「はいはい、誰だい朝っぱらから……。うちは予約制だって言ってるだろう……!」


扉を開けたのは、鉤鼻に真っ黒なローブを纏った老婆、森の魔女だった。


魔女は昨日、エドワード王子という「約束の支払い」と、その親衛隊という「利子」を受け取ったばかりだった。最高級の獲物を檻に詰め込み、彼らをどう飼い慣らしてやろうかと、魔法の素材が掲載されているカタログをご機嫌で眺めていたのだ。

極上の時間に水を差され、非常に不機嫌であった。


「占いのご相談に参りましたですぅ。私の部隊から脱走した不届き者たちの居場所を、特定していただきたいのですぅ」


「占ってほしいのかい? いいよ、あたしの予言は百発百中だ。……ただし、代金は高いよ」


魔女は濁った瞳を光らせ、ニヤリと下品な笑みを浮かべた。


「代金は、あんたのその若々しい『寿命を三十年』。もしくは、あんたの後ろにいる女の『美貌』をごっそりいただくよ。それが嫌なら、金貨を一万枚積み上げな」


「……なんですって?(素)」

アシュリンの額に、太い青筋がピキリと浮かび上がった。


寿命を三十年。それは、アシュリンがこれから予定していた「三十年分のハードワーク」の機会を奪うという宣言に等しい。


「法外な……。そんなバルクのない取引、認められませんわ。そもそも寿命を奪うなど、健康管理の観点から言っても言語道断ですわよ!」


「あら、本当に。美容と健康を代価にするなんて、この魔女、全く美意識が足りていないわね」

元赤頭巾ちゃんも、静かに、しかし冷徹な怒りを瞳に宿した。


だが、魔女は鼻で笑った。


「ケッ! 嫌ならお帰り。あたしは今、昨日手に入れたばかりのピチピチした王子様たちを愛でるのに忙しいんだ。代金を払えない貧乏人に貸す時間は、一秒だってないんだよ!」

魔女はそう言うと、強引に扉を閉めようとした。


「代金を払わない限り、占いはしない」という、絶対的な拒絶。

しかし、魔女は知らなかった。

アシュリンにとって「拒絶」とは、受け入れるものではなく、「力でねじ伏せるもの」であることを。


「……そうですか。ならば、代金は私の『拳』でよろしいかしら?」

アシュリンが静かに告げた瞬間、館の空気が一変した。


彼女の見た目は、どこからどう見ても可憐な美少女のままである。白く滑らかな肌、しなやかな四肢。だが、その華奢な腕にグッと力がこもった瞬間、周囲の空間が歪むほどの密度バルクを感じさせる威圧感が放たれた。


「な、なんだいその目は……!? まさか、このあたしの館に手を出そうってのかい!?」

魔女が驚愕に目を見開いた瞬間、アシュリンの右ストレートが放たれた。


――ドォォォォォン!!!

轟音と共に、館を覆っていた「呪いの茨」が、まるでもやしのように粉砕された。

かつて「いばら姫」と呼ばれた魔女が、百年の眠りを守るために編み上げた絶対防御の茨。それが、ただの少女の拳ひとつによって、微塵切りにされて吹き飛んだのである。


「あ、あたしの茨がぁ! 百年かけて育てたあたしの防犯システムがあああ!!」


「防犯以前に、動線の確保ができていませんわ。整理整頓の基本は、まず不要なものを『捨てる(物理的な破壊)』ことですの!」


アシュリンは軽やかな足取りで館の中へと踏み込んだ。


その見た目はまるでお茶会にでも誘われた令嬢のようだが、一歩踏み出すごとに、床板がミシミシと悲鳴を上げる。彼女の体重は見た目通りではない。鍛え上げられた筋肉は高密度を極め、一歩一歩が地響きを伴う「超重量級ステップ」となっていた。


「ちょっと! 待ちなさいよ! 破壊活動は規約違反だよ!」


「先生、占いの部屋はどこかしら? 足元の床が少し湿っていますわね。……ふんっ!!」


アシュリンが床を軽く踏み抜くと、古い木製の床材が爆発するように弾け飛んだ。


魔女の館は、長年の呪いと湿気で腐食が進んでいた。そこへ、美少女の形をした重戦車――アシュリンの踏み込みが加わったのだ。


バリバリバリ! メキメキメキ!!


「ああ! 床が! 地下への階段がぁ!」

魔女の絶叫が響く中、アシュリンの足元が大きく崩落した。


彼女の破壊活動は、偶然にも、魔女が昨日手に入れた「若いツバメ候補」を隠していた地下室の天井を直撃したのである。


土煙と共に、アシュリンは地下へと着地した。


スカートの裾をふわりと揺らし、埃を払う姿はどこまでも優雅だ。だがその周囲は、天井がブチ抜かれて瓦礫の山と化している。


そこは、冷たく湿った石造りの檻。そして、そこには昨夜連れてこられたばかりの、すすだらけになったエドワード王子たちが閉じ込められていた。


「アシュリィィィン!!」

檻の中から、情熱的な叫び声が上がった。


エドワード王子は、アシュリンが天から舞い降りてきた光景を見て、脳内で勝手なストーリーを完結させていた。


「やはり君だ! 君が、魔女の毒牙に掛かった私を、命を懸けて救いに来てくれたんだね! ああ、なんという愛の力! なんという可憐な勇姿だ!」


「……あら、王子。こんな不衛生な場所で、合同合宿でもなさっているのですか?」

「照れなくていい! さあ、再会の抱擁ハグを! 私の胸に飛び込んでくるがいい!」


エドワード王子は、破壊された檻の隙間から飛び出すと、両腕を広げてアシュリンへと突進した。その瞳には、救世主への感謝と、一方的な愛の炎が燃え盛っている。

だが。


アシュリンにとって、トレーニング以外の「不要な接触」は、脂肪と同じく排除すべき対象でしかなかった。


「……バルクが足りませんわ」

美しい顔立ちを崩すことなく、アシュリンの腰がスッと落ちた。


溜めを作った右拳が、下から垂直に振り上げられる。

「セイヤーッ!!」

可憐な少女の細い腕から放たれたとは思えない、超質量のアッパーカットが、王子の顎を正確に捉えた。


「あ、あしゅりん、ら、らぶ……ッ!!」

エドワード王子は、最後に愛の言葉(?)を残し、文字通り「弾丸」となって打ち上げられた。


破壊された地下室の天井を通り越し、館の屋根を突き破り、澄み渡る青空へと消えていく。

「キーーーーーーーーン……!!」


遥か上空でキラリと輝き、消えた主君の姿を見て、親衛隊たちが絶叫した。

「王子ーーーーーー!!」

「漫画かアニメのように、飛んで行ったああああ!!」


静まり返る地下室。

そこへ、崩れた階段から元赤頭巾ちゃんが優雅に降りてきた。


「あら、アシュリンさん。今の打ち上げ角度、広背筋の使い方が完璧だったわ。素晴らしいフォームよ」


「ありがとうございます、先生。……ところで魔女さん、少しお部屋が散らかってしまいましたけれど、占い、始めていただけますかしら?」


アシュリンは、今にも気絶しそうな魔女に向かって、天使のような微笑みを向けた。


足元には破壊された檻、頭上にはエドワード王子が突き抜けた巨大な穴。


「あたしの……あたしの家が……あたしのダーリンがぁぁぁぁ!!」


魔女の絶叫が、地下室に空虚に響き渡った。


彼女がこれから一生かけて飼いならすつもりだった「若くてハンサムなダーリン」は、今や成層圏の彼方である。


魔女の怒りが、ついに限界突破サバイバルした。



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