表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
41/45

第四十一話 【因習村怪談】キナリ村のキナリ様⑨

 土屋さんは、お父さんとの最後の別れを思い出したのか、声を震わせて続けた。


「いずれにせよ、キナリ様に深く関わる者は、ことごとく長くは生きられない運命にあるのかもしれない。父の死を通してまざまざとそれを突きつけられた僕は、ようやく重い腰を上げました。

 そして、何とかしてキナリ様の呪いを解く方法はないか、せめてキナリ様の呪いを緩和する方法はないか、それを探ることにしたんです。

 その頃には、アツシと再会して既に半年が経っていました」


 つまり土屋さんにとって、自分がニエ様になったこと、そしてキナリ様の呪いを受けていることを現実として受け入れるのには半年が必要だったということだ。


 裏を返すと、ニエ様になったという事実は土屋さんにとってそれほど認め難いことだったのだろう。


 土屋さんはゼイゼイと苦しそうに呼吸をしている。酸欠のせいか、顔は青ざめ唇も紫色。目も充血して真っ赤になったままだ。


 だが、決して怪談を話すのを辞めようとしない。


 何かに憑りつかれているかのような勢いで説明を続ける。


「最初に僕が思いついたのが、アツシに会うことでした。アツシにもう一度会って、キナリ様やキナリ村についてもっと詳しいことを聞き出さなければならない。マサシさんや父が亡くなった今、手がかりになる情報を持っているのはアツシだけです。そのためにも、まずはキナリ村に戻らなければなりませんでした。

 二度と関わることはないと思っていたキナリ村への帰郷。実に二十五年ぶりに訪れる郷里の様子に僕は愕然としました。アツシが言っていた通り、キナリ村の様子がもはや破綻したも同然だったからです。あれほど美しかった田園や畑は荒れ果て雑草だらけ、キナリ村の村人が住んでいた家屋も激減し、取り壊されているならまだいい方で、空き家のまま放置されていたり中には倒壊しかけているものすらありました。

 キナリ村は強制的にニエ様にされた僕にとって忌々しくもあったのですが、その寂れ果てたさまを見るとさすがに心が痛みました。子どもの頃に過ごしたあの村は完全に失われ、もう二度と戻ってこないんだ。そう思うと、何とも言えない気持ちになったんです。

 けれど、いつまでも感傷に浸ってはいられません。ともかくアツシと話そうと、僕は大森家に向かいました。

 大森家は、ニエ様を多く輩出してきた村長の家系なだけあり、とても大きな屋敷ですが、他と違って以前とほとんど変わらない状態を保っていました。庭先もきれいに整えられていましたし、洗濯物が干してあったり自動車も停めてあったりと、人が住んでいる気配もあったので迷わず玄関のチャイムを押しました。

 対応に現れたのは、キナリ村では見たことのない若い女性で、彼女がアツシの妻だとすぐに分かりました。けれど、彼女はこう言ったんです。アツシは半年前に亡くなった……と」


 一瞬、耳を疑った。


 それを事実として咀嚼すると同時に、大きな衝撃に見舞われる。


「え……半年前って、ちょうど土屋さんがアツシさんと再会したころですよね」


 すなわち、アツシさんが偶然を装って土屋さんと接触し、居酒屋で継承の儀式を済ませてからほどなくして、アツシさんは亡くなったということか。


「ええ。アツシの妻……レイナさんというそうなんですが、彼女によるとアツシは半年前、行先も告げず家を空け、一週間ほどしてようやく帰宅したそうです。しかしその直後、意識を失って倒れ、そのまま息を引き取ったそうです。

 レイナさんによると、一週間、行方不明になったあとに家に戻ってきたアツシは、別人と見紛うほど姿が激変していたそうです。体はやせ衰え、顔もやつれ果て、まるで何十才も年を取ったお年寄りのようだった、と。

 おそらくアツシは東京の居酒屋で僕と別れたあと、まっすぐに家に向かったのでしょう。ただでさえキナリ様の呪いによって体は衰弱し、意識も(むしば)まれ朦朧(もうろう)としている上に、もはやニエ様のお役目も解かれていつ命が尽きてもおかしくなかった。それでもアツシは家に戻りたかったのだと思います。

 何としてでも家に戻りたい。帰って家族に……妻と子どもたちに会いたい。その一心だったのではないかと思うのです」


 ……会いたい。


 会いたい。

 

 妻に会いたい。


 子どもたちに会いたい。


 最後に一目だけでもいい、家族に会ってから死にたい。


 アツシさんの叫び声が聞こえたような気がした。


 おそらく土屋さんと接触した時、アツシさんは既に己の死期が間近に迫っていることを悟っていたのだろう。


 責任感が強く、不器用であるがゆえに村を捨てられず、村の呪いからも逃げられなかった。そういう実直な人が受ける仕打ちにしては、あまりにも惨すぎるのではないか。


 けれど、キナリ様にとってそんなことは関係ないのだろう。


 どんなに善人であっても容赦なく苦痛を与え、命まで奪ってしまう。それがキナリ様の恐ろしさであり、彼女が呪いである所以でもあるのだ。


「僕が自己紹介すると、レイナさんは言いました。『ああ、あなたが土屋さんですか』、と。聞けば、アツシから僕のことを教えられていたそうです。昔、故あって村を出て行った幼馴染がいると。それから彼女に許可をもらい、アツシの遺影が飾られた仏壇に線香をあげ、手を合わせました。

 その際にアツシの息子たちの姿も見ました。双子というだけあり二人ともよく似た顔立ちをしていて、それがアツシの子どもの頃にそっくりなんです。少し会話もしたのですが、二人ともとても明るく素直な子だという印象を受けました。その時、アツシが何を守りたかったのか、本当の意味で分かった気がしましたね」


「でも、その子たちも一応、キナリ村の村人の子孫ということになるんですよね? そのままキナリ村にいたら危ないのでは……?」


「そのあたりは問題ないと思います。レイナさんが言っていたんです。生前、アツシから自分に何かあった場合、キナリ村を出ろと言われていたと。それを受け、レイナさんも息子たちの進学時期に合わせて引っ越すつもりのようでした」


 土屋さんの言うことが本当なら、かなり用意周到だと言わざるを得ない。


 やはりアツシさんは相当な覚悟を持って土屋さんに会いに行ったのだろう。何を犠牲にしてでも自分の家族を守る、そう決意を固めて。


 そして実際、アツシさんは自分の立てた計画を成功させ、家族を守ったのだ。


 自分の命と引き換えにして。


 土屋さんはだいぶ落ち着きを取り戻していた。しっかりとした口調で怪談を続ける。


「アツシの……大森の家を立ち去ったあと、僕はかつて自分が住んでいた家に向かいました。レイナさんがアツシからうちの鍵を預かっていたらしく、それを使って難なく家の中に入ることもできました。

 実際に家に戻ってみて驚きましたね。家の外観から内装、車庫に停めてあった我が家の車まで、何もかもが当時のままだったからです。車もピカピカでしたし、家の中はリビングや台所、トイレに至るまで(ちり)ひとつ落ちておらず、まるで誰かが今も住んでいるかのようでした。

 記憶にある我が家そのままの光景がそっくりそのまま残っていて、懐かしくてたまらなくなって……父が生きていたらどんなに喜んだだろうと考えると、懐かしさと同時に切なさに襲われ、胸が張り裂けそうでした。

 それは墓も同じでした。墓の手入れは行き届いており、墓石は太陽の光を反射するほど磨かれ、その周りには草一本生えていませんでした。それどころか、花立にはみずみずしい菊の花まで生けてあったんです。

 僕の家の手入れをしていたのはアツシ本人だとレイナさんに聞きました。キナリ村の村人の中には、村を裏切った人間の家など潰してしまえと言う者もいたそうですが、アツシは決してそれを許さなかったと。アツシは結婚して子どもを授かるずっと前から、僕たち家族の家の管理をしてくれていたんです。アツシが亡くなってからは、彼の指示でレイナさんが墓の手入れをしてくれていたようですね。

 それを知り、思わず涙が零れました。僕たちは他所(よそ)の土地でキナリ村のことなんてすっかり忘れ、人生を満喫していたのに、アツシはいつか僕たちが戻ってくると信じていたのでしょう。

 ……夏目さんは僕に聞きましたね。アツシのことを恨んでいるか、と」


「はい」


「正直、キナリ村に里帰りする前は、アツシに対してわだかまりを感じていました。けれど、それも実家や墓の状態を目にしたことで、きれいに消えてしまいました。そして、これまでの考えを改めたんです。  

 確かに、子どもの頃のアツシはわがままで横柄でした。しかしそれは、父親がニエ様だったから、両親が村の犠牲になっていることを誰より理解していたからです。それが許せなくて……悔しくてたまらなくて、小さい暴君のように振舞っていたのでしょう。

 本当はアツシも家族を大切に想っている普通の子だったのだと思います。……僕と同じように」


 土屋さんは最初に、アツシさんも村の犠牲者なのだと言っていた。


 今ならその理由が分かる気がする。


「本当に……そうだったのかもしれませんね」


「ええ」


 土屋さんは短く答えた。


 僕はアツシさんに会ったことはない。アツシさんがどういう人なのか、その顔すら知らない。でも、アツシさんの選んだ選択肢に注目すれば、彼の人となりが少しは分かる。


 彼は家族のためにキナリ村を憎み、家族のためにニエ様となって、家族のために死を選んだ。


 彼の行動の根底には常に家族の存在がある。


 土屋さんはアツシさんのことを「家族を大切に想っている普通の子だった」と評していたが、きっとその通りだったのだろう。


 アツシさんが土屋さんに仕掛けたことは、決して許されることではない。でも、アツシさんの行動は全て家族のためであることを考えると、共感できる部分もないではないと思ってしまう。


「ご神域には行かれましたか?」


 キナリ村は消滅寸前まで衰退していたとしても、ご神域は残っているはず。ずっとそのことが気になっていた。


 ご神域にはキナリ様の御神体(ごしんたい)である長虫岩(ながむしいわ)もある。


 それらは一体、どうなったのだろう。


 僕が尋ねると、土屋さんは顔を強張らせた。


「いえ……ご神域や長虫岩の方には行っていません。ニエ様になったからか、あそこがどれだけ禍々しい場所なのか、はっきりと分かるようになったからです。

 村の北側……ご神域のあるあたりは黒い靄に包まれていて、そこからは強い憎悪と怨嗟(えんさ)がびりびりするほど感じられて……とても近づく気にはなれませんでした。

 それに……その黒い(もや)の中から視線を感じるんです。しかも、一つや二つじゃない。無数の悪意ある視線です。それが一斉に僕を睨んでいる。その視線を浴びるたび、咳がひどくなり、体調も悪化するんです。

 その時、気づいたんですよ。自分がキナリ様に対して大きな思い違いをしていたことに。

 僕はこれまでキナリ様はキナリ様という一人の神さまのことを指すのだと思っていたんです。キナリ様が呪いだったとしても、一つの統一された精神体のようなものではないか、と。けれど、それは大きな間違いなのかもしれない。キナリ様はもっと巨大で、おどろおどろしい全く別の何かなのかもしれない……」


 土屋さんの手は小さく震えていた。それを隠すためか、土屋さんは湯呑みを手に取った。


 しかし、湯呑みの中はとうに空だ。


 土屋さんもそれに気づき、湯呑みを茶托(ちゃたく)に戻した。


 茜音さんがお茶のお代わりを入れるため給湯室に向かおうと席を立つが、土屋さんは「大丈夫です」と言ってそれを制した。茜音さんに気を遣ったというよりは、一刻も早く怪談を話し終えてしまいたいという強固な意志が感じられた。


「……いずれにせよ、アツシから情報を得るのは不可能になってしまいました。レイナさんもキナリ様のことについて、アツシからほとんど何も聞かされていないようでしたね。ですから、他の村人から話を聞くことにしました。

 ところが、キナリ村に残った高齢世代は僕に対し、とても冷ややかで話もしてくれませんでした。まあ、それはある程度は覚悟していたのですが……中には僕のことを全く思い出せないお年寄りもいたんです。もし話が聞けたとしても、その内容はあまりあてにならないかもしれない。ですから、次に僕はかつてキナリ村に住んでいた同世代の若者がいる家を訪ねました」


「土屋さんやアツシさんの他にいた、同年代の女子三人ですね?」


 土屋さんは頷く。


「しかし、彼女たちはアツシの言った通り、みな既にキナリ村を出ていました。しかも一家もろとも脱出していたんです。そのため、彼女たちがどこに行ったか全く行方が分かりません。キナリ村は外部とのつながりが極端に制限された、閉鎖的な村でした。それが災いしてしまったんです。

 アツシのように人を雇って行方を探してもらうと、そのうちの一人……古川ヒカリという女子の母親と接触することができました」


「結果はどうでしたか?」


「……もうさんざんでしたよ。わざわざ飛行機を使ったのに、古川さんの母親からけんもほろろに突き放され、『娘はいま海外で生活している』、『キナリ村のことはもう忘れたい』、『しつこく接触して括るなら、警察に通報する』……などと言われてしまったんです。

 それも仕方ありません。彼女たちもキナリ村から逃げるのに必死だったのでしょう。その気持ちは僕もよく分かります。ですから、彼女たちの行方を追うのはやめることにしました」


 土屋さんはため息交じりにそう言うった。


 自分たちもキナリ村から出て行った側であるからこそ、他の元村人たちを追う気になれなかったのだろう。


「最後に僕が足を運んだのは、キナリ村を管轄する市役所でした。役所には公的記録が多く残されているものですし、市役所の職員の中にはキナリ村の事情を知っている人もいるかもしれないと考えたんです。ところが、市役所の職員はあまりキナリ村のことに関わりたくないらしく、ほとんど話を聞けませんでした。それどころか、資料もほとんど残っていないそうです。キナリ村の村人は、極力、外の人間を村に入れなかったので、それも仕方のないことなのですが……。

 ついでにキナリ村の近隣にある村の人たちにも話を聞こうと思いました。ところが……その、決して愛想が悪いわけではなく、むしろ感じのいい人たちだったのですが、キナリ村について尋ねると急に顔を曇らせ口を閉ざすんです。やはり彼らもキナリ村にはできるだけ関わりたくないようでした。

 というのも、キナリ村は周囲の村々から不気味がられ、恐れられてきたようです。『タタリ村』……周囲の村の人々がキナリ村のことをそう呼んでいることを僕は初めて知りました。どれだけ村を閉じても、キナリ村の異常さは漏れ伝わってしまうのでしょうね」


 土屋さんは少しだけ苦笑してから、続きを口にした。


「まあ、そのような具合で、キナリ村の調査は暗礁(あんしょう)に乗り上げてしまいました。しかし、それですぐに諦めるわけにはいきません。こちらは命がかかっているのですから。

 僕は休暇を取ってはキナリ村の高齢世代や市役所の職員、あるいは近隣の村の人々のところに通って、少しでも覚えていることがあるなら教えてもらえないだろうかと頭を下げました。最初は僕のことをぞんざいに扱っていた彼らも、その情熱に負けてか少しずついろんなことを話してくれるようになりました。

 たとえば、もともとキナリ様に関する儀式はキナリ祭だけだったそうです。しかし、村に災害や飢饉といった問題が起こるたび、しきたりや儀式が増えていったようですね。

 それらが本当にキナリ様の呪いによるものかどうかは分かりません。ですが、少なくとも『災いは全てキナリ様がお怒りになっているせいである。だから村のみなで協力し、キナリ様を鎮めなければならない』ということにして村の団結力を高めていたのは間違いありません。

 また、村が戦火や災害にさらされ消滅の危機に陥った時、村人がご神域に逃げ込んだという歴史も言い伝えられています」


「ご神域に……? でも、ご神域はとても危険な場所なんですよね?」


 普段はあれだけご神域を恐れ、決して足を踏み入れないようにしていたキナリ村の村人たちが、なぜ非常時にはご神域に逃げ込んだのか。どう考えても、自暴自棄になったとしか思えないのだが。


 訝しく思ってそう口にすると、土屋さんは静かに首を振った。


「だからこそです。どんな災厄が村を襲っても、ご神域だけは無傷だった。今も昔も、ご神域はそれだけ尋常ならざる力を秘めた場所だった。村人もそのことを知っていて、敢えてご神域に逃げ込んだのでしょう。

 過酷な状況で生き延びるためには、危険だと分かっている選択肢を選ばざるを得なかったのだと思います。背に腹は代えられませんからね」


「つまり、いざという時、キナリ様は村を守っていたということですか?」


「真相は分かりません。ただ、それほど甘い話ではないと思います。僕がそう思ったのは、コンジ様の由来を聞いたからです」


「コンジ様……村のあちこちに建てられたという、ガーゴイルみたいな不気味な見た目の像ですよね。鳥のような頭と翼を持つ」


「そうです。コンジ様のもともとの意味は金翅鳥(こんじちょう)というそうです。金翅鳥(こんじちょう)とは迦楼羅天(かるらてん)の別名なんですよ」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ