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第三十九話 【因習村怪談】キナリ村のキナリ様⑦

 あるいは、キナリ村から離れているという慢心もあったのかもしれません。


 まさかキナリ様も東京までは影響を及ぼさないだろうと高を括っていたんです。


 そんな僕に、アツシは静かな口調で語り始めました。


「その昔……といっても、うちの村は平安時代より前にできたそうだから千年以上前のことだな。その頃、キナリ村の住人……つまり俺たちのご先祖さまはキナリ村ではない別の場所に住んでいたそうだ。それはたいそう辺鄙(へんぴ)な場所で、土地が瘦せているため作物も満足に育たず、俺たちのご先祖さまたちは非常に貧しい生活を強いられていたそうだ。

 このままじゃ一族が滅亡しかねない。そう考えたご先祖さまは豊かな土地を求め、豊かな村に攻め込んだ。とはいえ、豊かな村は人口が多く、守りも堅い。正面から戦って攻め落とすのは不可能に近い。だからご先祖は行き倒れのふりをして、豊かな村に潜り込んだんだ。豊かな村を内部から崩すために。

 豊かな村の人々は、今にも野垂れ死にしそうなその行き倒れを哀れに思い、村で手厚く介抱したという。俺たちのご先祖はしめたとばかりに、豊かな村の井戸に酒を注いだ。そして、それを知らず井戸の水を口にして酔っ払った村の人々を片端から虐殺していったんだ」


「何だか嫌な話だな。まるで悪役の所業じゃないか」


 顔をしかめた僕に、アツシも同意します。


「ああ、そうだな。だが、肝心なのはここからだ。

 その虐殺の方法というのも陰惨を極めていてな。まず、男を次々と斬り殺したあと、女と子どもは村のはずれにある小高い丘に集め、そこに大きな穴を掘って続々と突き落としたんだ。

 その穴には前もって数百数千の大きな毒蛇が集められており、それらは穴に突き落とされた女や子どもに容赦なく牙を剥いた。蛇は肉食だからな。おまけに毒蛇は毒を持っている。

 毒蛇に噛まれ、想像を絶するほどの苦痛に苛まれる中、無数の蛇たちに体の肉を喰われていく。そこから逃げようとしても深々とした穴の中、外に出ることすら叶わない。まさに阿鼻叫喚の地獄絵図だ。

 そうして豊かな村の女や子どもたちは生きながらに毒蛇に喰われ、一人残らず皆殺しにされたということだ。

 一方、俺たちのご先祖はその様子を見下ろしながら、勝利の祝杯を挙げたそうだ。そして全滅した元の住人の代わりに豊かな村に住みつき、その土地がもたらす豊かさを享受するようになった。

 それがキナリ村の成り立ちだ」


 アツシが言葉を切ると、部屋の中が静まり返りました。


 重苦しい空気が僕たちにのしかかってきます。


 自分の先祖がそんな陰惨な悪事に手を染めていたなんて。とても信じられませんでしたし、事実であって欲しくもありませんでした。


 僕はキナリ村を逃げ出した身ですが、それでも全く村に愛着がないわけではありませんでしたから。


 けれどアツシは嘘をついている様子ではないんです。それで僕も悟りました。アツシが説明したことは全て実際に起こったことなのだと。


「千年近く前の話だろうから、今とはいろいろ感覚が違うんだろうが……恐ろしい話だな。そんな殺戮者が俺たちの先祖なのか」


 頭を抱えて呻く僕に対し、アツシは淡々と言いました。


「別段、珍しい話でもないんだろう。この世は弱肉強食だ。生き残っている、もしくは血筋が続いているということは、それだけ他を押しのけて罪を犯しているということなのかもしれないと俺は思う。

 だが、殺された方も黙ってはいない。キナリ村の先住民たちの遺体は全て毒蛇のひしめく大穴に放り込まれ、蛇ごと埋められた。それで俺たちのご先祖は全て終わったと思っていただろうな。しかし、すぐその埋められた大穴の跡に異変が起こった。

 さっきも言った通り大穴は小高い丘の上にあったんだが、その小高い丘に生えていた草木が一斉に枯れ始めたんだ。そして地面は黒ずみ、異臭を放つようになった。

 それだけじゃない。埋めたはずの大穴の中から人の呻き声が聞こえたり、蛇の化け物を見る者が続出したそうだ。中には錯乱状態に陥る者や謎の衰弱死を遂げる者も続出した。

 そこでキナリ村の人間は初めて気づいた。自分たちが殺して埋めた先住民や毒蛇たちの強い憤怒や恨みが怨念となって自らに向けられていることに。しかも、不審死が多発するレベルとなると、もはや呪いと言っていいだろう。

 俺たちのご先祖……キナリ村の人々が震えあがったのは想像に難くない。

 そこでまず、彼らは大穴を埋めた後に巨岩を置いてそれを祀り、呪いの力を封じようとした。いわゆる、巨岩信仰を転用しようとしたんだろう。だが、キナリ村を襲う怪異現象は止まらない。その間も多くの村人がどんどん衰弱して死んでいく。

 そこで次にキナリ村の人々は先住民や蛇たちの怨念を鎮めるため、あらゆる儀式を行うようになった。そのために生み出されたのがキナリ様だ。

 つまりキナリ様の本質は神じゃない、呪いなんだ。キナリ村で行われていた数々の儀式は、キナリ様を(あが)めるためのものではなく、キナリ様の呪い……そう、惨殺した先住民や生き埋めにした蛇の怨念を抑えるためのものだったんだ」


 それを聞き、僕は、はっとしました。そしてようやく気付いたのです。


「待ってくれ! それじゃ、ひょっとして大穴の後に置いた巨岩というのは長虫岩(ながむしいわ)のことか? そして多くの人々や蛇を生き埋めにしたという小高い丘はご神域……!?」


「そういうことだ。ご神域の空間にはキナリ様の呪いが充満している。長虫岩で何とかそれを封じようとしたが、完全じゃない。だからさらに、ご神域の入り口にある大鳥居で呪いの力が村まで及ばないよう、いわば蓋をしている状態なんだ」


 その時、僕は初めて全てが腑に落ちた気がしました。


 何故、ご神域に入ってはならなかったのか。


 何故、キナリ村の人々はあれほど異常なしきたりを守り、危険な儀式を続けてきたのか。


 そして何故、自らを犠牲にしてまでキナリ様を崇めてきたのか。


 それらは全て、村に向けられた呪いから逃れるためだったのです。


 もちろん、みながみなキナリ村の真実を知っていたわけではないでしょう。実際、キナリ神楽では事実とは全く違う歴史が語られていました。


 けれど、村人たちはキナリ様の本質を見抜いていたのだと思います。


 だからこそ、みな常に何かに脅え、恐れていたのではないでしょうか。


 アツシは再びひどい咳をすると、言いました。


「大鳥居のご神域側が真っ黒だったのは本当だ。しかも、ただ黒く染まっていただけじゃない。無数の手形が重なり合って黒ずんでいたんだ。長い、長い時をかけて……な」


 その様を想像し、僕の背中は粟立ちました。


 大鳥居につけられた手形は誰のものか。決まっています。


 ご神域に封じられたキナリ様のものです。


 ――ここから出せ、みな呪い殺してやる! 


 キナリ様は千年もの間、怒り狂い、大鳥居を叩き続けてきたのでしょう。


 そして、あらためて思い知りました。キナリ様の怒りを完全に鎮める方法は存在しない。千年もの間、誰もキナリ様の呪いを解くことはできなかった。


 僕たちキナリ村の人間は、キナリ様の怨念から永遠に逃れることはできないのだと。


 けれど、その時の僕にはとてもそれを受け止めることはできませんでした。僕はビールを口に運びつつ、敢えて茶化すような口ぶりで言いました。


「何だそれ、誰かが手の込んだいたずらをしたんじゃないか?」


 しかし、アツシは真剣な表情を崩しません。


 それどころか身を乗り出して僕に詰め寄ります。


「そんなことはあり得ないと、お前なら分かるだろ。キナリ村で生まれ育ったお前なら!」


「……」


「キナリ様の呪いは千年たった今でも弱まることなく、むしろ長い時を経ることでどんどん強まっている。だからそれがご神域の外に溢れ出るのを抑えるためにも、ニエ様の存在は必要なんだ」


 そしてアツシはビールを一気に煽ると、まっすぐに僕の方を見ました。


「……だからリョウ、俺の次のニエ様になってくれないか?」


「は……?」


 一瞬、何を言われたのか分かりませんでした。


 僕がニエ様になる? 


 そんなこと、これまで一度も考えたことすらないのに。


 ぽかんとする僕に、アツシは視線を落として続けます。


「俺はもう、そんなに長くない。体調が悪化する一方なんだ。病院には行くものの、全く良くなる気配がない。この咳は薬を飲んでも治まらないし、最近はおかしな幻覚も見るようになった。蛇のような、人間のような……よく分からない幻で、ただ俺の方を恨めしげに睨みつけている。今すぐにでも呪い殺してやると言わんばかりに。

 俺の親父が死ぬ前も、よく幻覚を見て怯えていたよ。ひどい咳も体調不良も、死ぬ前の親父と全く同じなんだ」


 ビールのグラスを持つアツシの手は小さく震えていました。


「……。本当なのか?」


「ああ。だから……リョウ、頼む。この通りだ」


 そしてアツシは僕に深々と頭を下げるのです。僕は慌てて首を振りました。


「い、いや、それはいくらなんでも無理だろ。僕はだいぶ前にキナリ村を離れたし、今は東京での仕事や家庭もある。半年後には子どもだって……! いまさら村に戻れるわけがない! それにキナリ村には俺の他にもニエ様の適任者がいるんじゃないか?」


 すると、アツシはポツリと言いました。


「キナリ村はもうないよ」


「え……」


「キナリ村を支えていた年寄りたちは、そのほとんどが鬼籍に入った。もともとキナリ村の住人はニエ様を始め、それほど寿命が長くないからな。あれほど間近でキナリ様の呪いを浴び続けるのだから当然だ」


「でも、他にも若い村人はいただろ。さっきの秋川さんや永井さん……古川さんにも年の離れたお兄さんがいたはずだ」


 キナリ村には僕とアツシの他に同世代の女子が三人いました。秋川さんと永井さん、そして古川さんです。


 しかしアツシはまたもや首を横に振りました。


「永井さんや古川さんの家は既にキナリ村を出ているよ。リョウとご両親が村を離れてすぐのことだ。秋川さんの家も、ニエ様となったお兄さんが亡くなってからほどなくして、キナリ村を出て行った。いまキナリ村に残っているのは、俺の家を除くと十世帯にも満たないよ」


「そんな……何故……?」


「理由は簡単さ。みなこれ以上、キナリ村の犠牲にはなりたくなかったんだ。ニエ様となって一瞬、裕福な暮らしができても、それでは到底足りないほどの負担と苦しみが待っている。ニエ様にならなかったとしても、キナリ村のしきたりと儀式で雁字搦(がんじがら)めとなって奴隷のように生きなければならないんだ。誰だってそこから脱出したいと思うに決まってる。

 それでも、以前は情報を制限され、外部に伝手もない状態で村を離れるのにはリスクもあった。だからみな、逃れたいと思いつつ行動には移せないでいた。それでどうにか村は保たれていた。でもそれも、土屋家という前例ができたことで一気に崩壊したんだ。

 一人、また一人と村からいなくなっていく。もちろん、失踪者を出した家はこれまでの慣例通り村八分にされたが、それももはや意味がなかった。そんなことをしたって家族ごと蒸発するだけなんだからな」


 つまり、僕たち一家がキナリ村崩壊の引き金を引いたようなものなのでしょう。


「結局、住人がいなくなり村は潰れた。あまりにも人手がなさすぎるため、キナリ様関連の儀式も今はほとんど行われていない。でもそれでも、誰かがニエ様になり、キナリ様を祀らなければならないんだ。千年前に犯した先祖の罪を俺たちの誰かが背負わなければならないんだ。

 たとえ村が無くなっても、キナリ様は永遠に存在し続ける。誰かがあの恐ろしい呪いを封じなければ……! ……頼む、リョウ。この通りだ! 頼む……!!」


 アツシは必死な顔をして僕に頭を下げました。


 居酒屋のテーブル額を擦りつけるようにして、何度も、何度も。


 僕も罪悪感が全くないわけではありませんでした。僕はアツシと違い、しきたりや儀式に縛られることも無ければ、キナリ村の呪いに脅えることもなく大都会で自分の人生を謳歌してきたのですから。


 しかも僕たち一家がキナリ村から離れたことが他の村人たちの離脱の原因にもなってしまった。決してそうなるよう意図して行動したわけではありませんが、我が家の決断が結果的にキナリ村の崩壊を招くことになってしまったんです。


 アツシはきっと、そのどんどん人口が減少し儀式もままならないキナリ村を一人で支えてきたのでしょう。


 そしてニエ様となり一人でキナリ様の怨念を鎮めてきたのです。


 アツシには苦労を押し付けてしまって申し訳ないと思いました。それにキナリ村に対して全く郷愁を感じないわけでもありませんでしたしね。いくら禍々しくて不気味でも、僕にとっては生まれ育った故郷なわけですから。


 けれどそれでも、ニエ様のお役目を受けるのは無理だと僕は思いました。


 仕事や家庭……そして半年後に生まれてくる予定の赤ん坊。今の僕には守らなければならないものが数多くある。


 もし今、僕がニエ様になってしまったら仕事を辞めなければならないだろうし、妻や子どもにも深刻な影響が及ぶかもしれない。独身だったらまだしも、今はアツシの頼みを引き受けることはできませんでした。


 僕は意を決し、帰る身支度を始めました。


「リョウ……」


「……悪い、アツシ。いくら同郷のよしみでも、それだけは協力できない。それだけは……!」


 すると、僕に向けられたアツシの声は急に低くなりました。


 ――それも、背筋にぞくりと強烈な寒気が走るほどに。


「無駄だ。お前はキナリ村の真実を知ってしまった。もう逃げられない」


 僕はぎょっとしてアツシに目をやります。


「……。何だ、それ……? どういうことだ?」


 アツシの顔は先ほどまでとは違い、表情がすっぽりと抜け落ちていました。居酒屋の照明が彼の顔に濃い影を落としています。その影の中から、アツシの冷徹な瞳が僕を見据えていました。


「ニエ様の代替わりをする時に行われる儀式のことを継承の儀式というんだ。唯一、キナリの村真実とキナリ様の正体を知るニエ様が、その真実を次のニエ様に語り継ぐ。その村の真実を語るという行為自体が一つの儀式であり、キナリ様の呪いに封印を施すある種の呪術(まじない)なんだ。

 言い換えれば、真実を知った時点で、その者は強制的にニエ様になるということでもある。……つまり、リョウ。お前のことだよ」


「う……嘘だろ……?」


「嘘かどうかはいずれすぐに分かる。蛇の化け物の幻覚が見えるようになったらその合図だ」


 僕は呆けたようにアツシを見つめました。


 そして、同時にその時、ようやくアツシの目的を悟ったのです。


 僕がアツシと再会したのは偶然ではない、これは全て仕組まれたことなのだということも。


 ――僕を次のニエ様にする。


 それがお前の目的だったのか。ただそれだけのために、わざわざ僕に会いに来たのか。


 けれど、あまりの衝撃でそれすら言葉にすることができません。


 ぐらぐらする頭の中で、ただぼんやり考えてしました。アツシが何故、僕と話をするのに個室を選んだのか、その理由を。


 アツシは確実に継承の儀式を行いたかったのでしょう。騒がしい場所では、話の一部が聞こえないかもしれない。それでは儀式を完璧に行うことができません。


 あるいは、アツシは僕が簡単に逃げられないようにしたかったのかもしれない。個室には扉があります。ですから、僕が逃げ出そうとしたら行く手を塞ぐことができる。


 そこまでして僕をニエ様にしたかったのか。


 入念な計画を立ててまで、僕をニエ様にして苦しめたいのか。


 ところが、当のアツシの表情は静かで……まるでこの結果は当然なのだと言わんばかりで、その態度に僕は急激に腹が立ってきたのでした。


「アツシ……お前、僕を騙したのか! 最初からそのつもりで僕に近づいたのか!!」


 声を荒げる僕に対し、アツシは変わらず冷ややかでした。


「継承の儀式が滞ると封印の上書きができなくなり、封じられた呪いが現世に溢れ出して全てを呑み込むと言い伝えられてきた。その厄災による犠牲を少しでも減らすために、誰かがニエ様……つまりイケニエとなって、キナリ様の封印を上書きしなければならないんだ」


「だから何だって言うんだ? キナリ村はもう無いんだろ! それなのに……いつまで昔のくだらない因習を引き摺るつもりだ! 過去に何があったか知ったことか! 僕たちの人生は僕たちのものだ!!」


「だがな、リョウ。俺たちキナリ村の人間はみな、他の誰かの犠牲の上で生きてきたんだ。キナリ村の呪いをニエ様一人に背負わせることで、どうにか生きながらえてきたんだ。俺の親父も犠牲になった。それを忘れたとは言わせないぞ」


「……!」


 そう言われると、返す言葉もありません。


 僕たちが過去のニエ様の犠牲のもとで生きてきたこと、そして僕たち一家がニエ様の務めを他者に投げつけ、村から逃げ出したことは事実なのですから。


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