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第三十八話 【因習村怪談】キナリ村のキナリ様⑥

「その時は祖父母が間に入って、キナリ村の大人たちを説得し、ニエ様の件はいったん棚上げにするということでどうにか事なきを得たようです。

 ですがその一年後、祖父が突然亡くなり、さらにその半年後には祖母が祖父のあとを追うようにして亡くなりました。祖父も祖母も亡くなる直前までいたって健康で、当時まだ六十代であったことから、キナリ村の人々は祖父母の死に関していろいろとあることないことを噂し合っていたようです。

 中には、せっかく息子がニエ様になるという有難い話を受けたのに、それを断ったからキナリ様の怒りに触れて罰が当たったんだ、自業自得だなどと公然と口にする者までいました。

 それだけではありません。村でそれなりに発言力を持っていた祖父母を失ったことで、キナリ村の人々は僕たち一家にあからさまに冷たい態度をとるようになったんです。時にはわざと行事連絡が来なかったり、何の説明もなく儀式の負担を大幅に増やされたりと、悪質な嫌がらせを受けることもありました。

 村人はそうやって圧力をかけ、何としてでも父にニエ様のお役目を引き受けさせようとしたんです。

 母はとうとう、それに堪忍袋の緒が切れたようでした。

 母はもともと都会生まれで、父と結婚したあとキナリ村に移り住んだので、あまり村に愛着がなかったのでしょうね。むしろ数々の常識はずれな因習にうんざりしていたのかもしれません。

 父も父で、いくら生まれ育ったキナリ村の住人とはいえ、両親の死に関して誹謗中傷まがいのことを言われたら、さすがに怒りを禁じえなかったでしょうしね。

 結局、それを契機に僕たち一家は村を離れることになりました。僕が小学四年生の時のことです」


 つまり、現在、土屋さんたち一家はキナリ村の外で生活しているということだろう。


「そうですか……。けれど、大変だったんじゃないですか? キナリ村はとても閉鎖的で、進学のため村の外に出る時も念書を書かされるほどだったんでしょう?」


 キナリ様のためなら何だってやってのけるあのキナリ村の住人が、土屋さん一家をみすみす逃すとは思えない。

 

 すると、土屋さんもそれに頷いた。


「そうですね。父と母もそれを知っていて、二人で綿密に計画を練ったのだと思います。

 村を離れた当日のことは今でもよく覚えていますよ。あの日、僕はいつものように家を出て、学校に登校し、他の同級生と共に授業を受けていました。するとそこへ突然、校長先生がやって来て、授業を行っていた担任の先生に耳打ちしたんです。

 すると担任の先生は僕に、『土屋くん、校長先生があなたにお話があるそうです。校長先生と一緒に校長室に行きなさい』と言いました。本当にびっくりしましたし、正直、嫌だと思ったのですが、とても逆らえる雰囲気ではありません。戸惑いつつもその指示に従いました。

 校長先生の後について廊下を歩いている間、生きた心地がしませんでした。何か校長先生に怒られるようなことをしてしまっただろうかと。でも、何も心当たりはありません。

 おまけに、一階に下りてみると校舎の昇降口のところに母の姿があり、余計に驚きました。わけが分からずぽかんとする僕をよそに、母は何度も校長先生に頭を下げました。そして、僕の手を引っ張って『リョウ、さあ行こう』と言うと、学校の外へ向かいました。

 学校の裏手には見慣れない車が停まっており、母は僕にその車に乗るよう促しました。運転席に座っていたのは父です。おそらく、レンタカーを借りたのでしょう。

 それから僕と母、そして父の乗った車は走り出し、やがて高速道路に入りました。

 これからどこに向かうのか、当然、疑問に思ったのですが、僕はそれを両親に聞くことはできませんでした。二人とも無言で、とても声をかけられる雰囲気ではなかったからです。

 或いは僕も何となく悟っていたのかもしれません。もう二度と、キナリ村に戻ることは無いのだと。

 両親はおそらく、キナリ村の人々に知られないように秘密裏に役所での手続きや電気、ガス、水道などの停止手続きなど、転居に必要な段取りの全てを行ったのでしょう。そしていつものように外出をする振りをしてキナリ村を抜け出した。家や車、家財道具など全てをそのままにして。

 僕もランドセルや筆記用具など教室に残したままでしたし、靴も上履きのままでした。ほとんど夜逃げのようなものです。

 でも、とにかく僕たち家族はキナリ村からの脱出に成功したんです」


 土地や家、財産の全てを置き去りにして一家で夜逃げ。


 そこまでしなければ、キナリ村から逃れることはできなかったのだろう。


 逆にそこまでやりきる決断ができたからこそ、土屋さんたちはキナリ村やキナリ様から解放されたのだ。


 土屋さんは軽く咳をしてから、湯呑みに入っていた残りのお茶を飲み干した。


「キナリ村を発った僕たちは、まず母方の祖父母の元に身を寄せました。そして、母の伯父が東京で事業を行っていることを知り、その伝手を頼って上京しました。

 東京での生活は驚きの連続でした。まず人の多さに圧倒されましたね。しかも、何もかも便利で新しいんです。立ち並ぶビル、穴の開いていないきれいな道路。商業施設や公共機関など、全てが数、質ともに桁違いである事実に腰を抜かしそうでした。キナリ村に比べると、まさに別世界です。

 何より息苦しいしきたりなく、大きな負担を伴う儀式もない。最初は戸惑うことも多かったですが、すぐにそれにも慣れ、明るく楽しい新生活を満喫するようになりました。要するに、キナリ村を出てから僕の人生は一変したんです。

 友達もたくさんでき、そのまま何の問題もなく中学、高校と進学し、大学を卒業してからは都内の企業に就職して結婚もしました。自分で言うのもなんですが、とても充実した幸せな人生だったと思います。あのままキナリ村にいたら、絶対に手に入らなかったであろう、物質的にも精神的にも満ち足りた生活。 

その一方で、キナリ村のことは徐々に記憶の中から薄れていきました。そして結婚をする頃には、その存在すらすっかり忘れていたのです」


 今まであまり興味がないので認識していなかったが、よく見ると確かに土屋さんの左手の薬指には銀白色の結婚指輪が嵌められており、談話室の照明の明かりを反射して光を放っている。


 キナリ村を離れ、土屋さんが手に入れた輝かしい生活を象徴するかのように。


「けれど、二年前、僕は不意にアツシと再会したんです――……」



※※※



 アツシが声をかけてきたのは、僕がその日の業務を終え会社から帰宅する途中でした。


「お前……リョウだよな? 久しぶりだな、元気にしてたか?」


 いま思い出すと、アツシは事前に僕の勤務先を調べ、待ち伏せをしていたんだと思います。


 一方の僕はキナリ村のことさえ忘れていたくらいですから、アツシの顔を見ても誰だか全く分かりませんでした。おまけに互いに成長し、子どもの頃とは容姿が大きく変わっていたわけですからね。


 アツシは僕のその反応は織り込み済みだったらしく、笑って言いました。


「ははは、分からなくても無理はないよな。俺、アツシだよ。キナリ村の大森アツシだ」


 そう説明されて、ようやく僕はキナリ村やアツシのことを思い出したんです。


 確かに大人になったアツシには、彼の父親であったマサシさんの面影がありました。


「あ……ああ、覚えているよ。昔はよく一緒に遊んだよな。アツシもキナリ村を出て東京の方に来ていたのか?」


「いや、俺は今でもキナリ村にいるよ。東京にはちょっと用事があってきただけだ。そしたら偶然、お前の姿を目にしてさ。懐かしくてつい声をかけたんだ。……なあ、リョウ。これから少し話せないか? ずっとゴロウさんやマキさんの墓のことで相談したいと思っていたんだ」


 ゴロウとマキというのは僕の父方の祖父母のことです。


 僕たち一家は夜逃げ同然でキナリ村を抜け出したので、仏壇に置いていた位牌は持ち出せたのですが、墓はそのままになっていたんです。さすがに墓石までは持っていけませんからね。


 東京に来てからも、父はよくそのことを気にしていました。


 聞けば、アツシはキナリ村に残してきた土屋家の墓を、僕たちの代わりに管理してくれていたというんです。そんな話を聞かされたら、つき合わないわけにはいきませんよね。


 それに、およそ十五年ぶりに再会するアツシはやせ細って頬もこけており、キナリ村で苦労しているのが手に取るように伝わってきました。何だか気の毒に感じたのと、キナリ村から逃げ出し、いわば『勝ち組』となってしまったことに対する罪悪感もあり、アツシと話をすることにいたのです。


 思えば、それが大きな間違いでした。


 ちゃんとキナリ村のことを覚えていたら、アツシの様子がおかしいことに気づいたはずなんです。


 顔色が悪く、何度も咳をするアツシの姿が、衰弱したアツシさんに酷似していることにも。


 けれどその時、僕はそんなことに気づきもしません。アツシができれば個室でゆっくり話したいというので、僕は彼を個室がある行きつけの居酒屋に連れていきました。


 互いの近況をいろいろと語り合ったあと、アツシがふと真剣な顔をして言ったんです。


「実は俺、ニエ様になったんだ」


 その頃には僕もだいぶキナリ村のことを思い出していました。もちろん、キナリ様やニエ様のことも、です。


「それじゃ、その……マサシさんは……」


 僕が尋ねると、アツシは遠い目をして言いました。


「ああ。もうとっくに亡くなったよ。お前たち一家がキナリ村を出て数か月後のことだ。あの時、リョウのオヤジさんが次のニエ様に選ばれていたんだってな」


「……ああ」


「それで悟ったよ。だからお前たち一家はキナリ村から出て行ったんだって。そりゃそうだよな。誰だってあんなお役目を引き受けるなんて嫌に決まってる。その気持ちはよく分かるよ。俺だってそうなんだから」


「アツシ……」


「勘違いしないでくれ。俺はリョウやご両親を批判するつもりはないんだ。ただ……」


 言いかけて、アツシはひどく咳き込みました。


「アツシ、大丈夫か?」


「あ……ああ。ちょっと夏風邪をこじらせてしまったんだ。見苦しいところを見せてしまってすまないな」


 アツシの咳はちょっと異常で、どう見ても夏風邪をこじらせたというレベルではありませんでした。


 何か大きな病を抱えているのではと感じましたが、再会したばかりの段階でそんなことを軽々しくは聞けません。


 そこで僕は話題を替えることにしました。


「しかし、マサシさんが亡くなったあとの十年あまり、誰がニエ様のお役目を務めたんだ? まさかニエ様が不在だったわけじゃないんだろう?」


「もちろん、ニエ様の不在はキナリ村にとって決してあり得ない。幸い、キナリ村の男子であれば、誰でもニエ様になる資格を持つからな。秋川ランっていただろ」


「ああ……僕たちより一学年上の女子だよな?」


「大阪の高校に進学していた彼女の兄が呼び戻され、親父の次のニエ様になった」


 それを聞き、僕は大きな衝撃を受けました。


「高校生がニエ様に……? いくらなんでもそれは可哀想じゃないか! ニエ様のお役目は過酷だし、そもそも寿命も……」


 ところがアツシは、にべもない態度で言うんです。


「仕方がない。他に人がいないんだから」


「……!」


 確かに、ニエ様のお役目から逃れてキナリ村を脱出した僕たち一家には、その後のキナリ村について批判する資格はありません。


 アツシが淡々と説明するのを黙って聞いているしかありませんでした。


「ニエ様の役目は、年寄りには負担が大きすぎて体がもたない。お役目の途中で死んでしまっても困るからな。だから、若い秋川の兄に白羽の矢が立ったんだ。

 秋川の兄は十年以上、ニエ様のお役目を立派に務めたよ。しかし、ニエ様の力から逃れることはできなかった。彼は三年前、衰弱して亡くなったんだ。俺の親父と同じように。その後、俺がニエ様を継いだというわけさ」


「そう……だったのか……」


「だからそう辛気臭い顔をするなって。お前は何も悪くないんだから」


 実際、アツシは妙に機嫌が良かった。本来ならキナリ村の呪縛から上手く逃れ、その責任を他の人になすりつけた僕たち家族を恨んだり妬んだりしてもおかしくはないのに、そんな素振りは全く見せませんでした。

 

 あの時、僕はもっと真剣に考えるべきだったんです。


 何故アツシが全く僕を責めなかったのか、その理由を。


 そして、一刻も早くその場を立ち去るべきだった。


 ですが、その時の僕は心のどこかで違和感を抱きつつも、きっと酒が入っているからだとか、アツシも大人になって丸くなったんだとか、いろいろと言い訳をしてアツシとの会話につき合ってしまったんです。


「そういえば、リョウ。お前どれくらいキナリ村のことを覚えてる?」


 アツシが話題を振ってきたので、僕はグラスの中に注がれたビールを煽ったあと、子どもの頃の出来事に思いを馳せました。


 不思議なもので、年月が経ったせいか、あんな村でも当時の生活が懐かしく感じられるんです。


「いろいろ覚えているよ。いちばん印象に残っているのはコンジ様かな。僕、子どもの頃はコンジ様の石像が怖くて仕方なかったんだ」


 そう打ち明けると、アツシもおかしそうに笑いました。


「ああ、確かにな。俺も正直、苦手だった。ニエ様の息子だから口にすることはできなかったけれど」


「様々なしきたりがあったことも覚えてるよ。蛇を傷つけてはならないとか、夜間は村の中を歩いてはいけないとか」


「そうそう、特に年寄りたちがうるさかったよな。子どもでも信じないような迷信を、村の大人たちはみな真面目に信じてた。……懐かしいな」


「マサシさんが踊ったキナリ神楽のこともよく覚えているよ。それに……キナリ祭のことも」


「……」


「マサシさんのことは残念だったな。お母さんはお元気なのか?」


 僕が尋ねると、アツシは不意に俯き、小さな声で言いました。


「おふくろは親父が死んだ時、泣き崩れたよ。マサシさんはニエ様となり、キナリ様のために己の全てを捧げた。こんなにもキナリ様に尽くしたのに、なぜ命までとられなければならいのか……と。

 それ以降はほとんど笑わなくなり、キナリ村の村人とも関わらなくなった。その母も十年ほど前にこの世を去ったよ。享年は五十一。キナリ様に関わった人間はとことん短命に終わるらしい」


「アツシ……」


 それを聞き、僕はアツシに対して抱いていた同情と罪悪感をさらに深めました。


 アツシがどれだけ母親を慕っていたか。僕は昔、最も近くでアツシの一家を見ていて、それを知っていたからです。


 アツシに何と声をかければ良いのだろう。打ちひしがれる僕に、アツシは明るい声で言いました。


「……せっかく再会したんだ。こういう話はよそう。もっと他に覚えていることはないのか?」


 そして、アツシは僕のグラスに瓶ビールを傾けます。


 子どもの頃はあんなに横柄でわがままだったアツシが、こんな風に気を遣うようになるなんて。


 僕はそのことに一番、驚きました。


 僕が外で自由気ままに自分の人生を謳歌している間、アツシはキナリ村で年寄りたちに揉まれ、否応なく成熟せざるを得なかったのかもしれない……なんて、そんなことを思いましたね。


 それから再び、ひとしきりキナリ村の話題に花を咲かせた後、僕はアツシに尋ねました。


「そういえば……アツシ、ご神域の入り口にあった大鳥居の話を覚えているか?」


「うん?」


「いや、子どもの頃、僕に話してくれただろ。大鳥居の村側は朱塗りだが、ご神域側は真っ黒になっているって。しかも人為的に黒く塗られたわけではなく、自然にそうなったらしい……と。あれって結局、どういうことだったんだ?」


 昔話をしているうちに、僕は大鳥居に関するエピソードを思い出しました。


 あの時は大人の目や耳が怖くてアツシから詳しいことを聞けなかったけれど、今なら遠慮なく尋ねることができる。


 ちょっとした好奇心でその話題を持ち出したのです。


 するとアツシは、ふと真剣な表情になって僕の方に身を乗り出しました。


「なあ、リョウ。お前、キナリ村の真実を知りたくないか? キナリ村がどうやってできた村なのか、本当のことを知りたくないか?」


「何言ってるんだよ、アツシ。キナリ村はキナリ様が外の世界からやってきて、恵みをもたらしてくれたことで生まれ発展した村だ。村の人間なら誰でも知っていることだろ」


 僕はアツシの空になったグラスにビールを注ぎながら言いました。ところが、アツシはそのビールに全く手を付けず、不気味なほど真剣な表情のまま話を続けるのです。


「あれは村にとって都合よく改竄(かいざん)された、いわば作られたおとぎ話だ。本当のことじゃない。お前だってうすうす気づいていただろ。そもそもキナリ様はただの神さまなんかじゃないと」


「……。だったら、キナリ村の真実って何なんだ?」


 あの時、アツシの言う『真実』なんて聞かなければ良かった。


 アツシだってどうしても説明したいという様子じゃなかったし、適当に他の話題を持ち出して流してしまえば良かった。


 あの後、どれだけそう後悔したかしれません。


 けれど、その時の僕は『キナリ村の真実』という言葉に強く惹かれていました。


 東京での生活と比較しても、キナリ村がいかに歪で異様な村であるか、以前にも増して実感していましたし、それが何故なのか強い興味を抱いたんです。


 

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