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第三十六話 【因習村怪談】キナリ村のキナリ様④

「そうだと思います。気軽に外の世界と接触することができるようになったら、おかしな因習で凝り固まったキナリ村を離れようと考える者も出てくるかもしれない。それを防ぎたかったのだと思います。

 また、外部の人間にキナリ村の異常性を知られないようにする目的もあったかもしれません。過去に一度だけあったみたいです。マスコミの取材の申し込みが。おまけにそれが、都市伝説やネットロアを面白おかしく扱う雑誌からの打診だったものですから、村の年寄りたちは激怒していましたね。キナリ村は見世物じゃない、と。

 もちろんその取材は、ニエ様が村を代表して断っていました」


 つまり、キナリ村は当時の価値観に照らし合わせても、だいぶ変わっていたということだろう。少なくとも、遠い都会の出版社から取材の申し込みをされる程度には。


 ただ、いくら風変りだとはいえ、都市伝説やオカルトの対象にされるのは不愉快だいう気持ちは分かる。


「それはさすがに、キナリ村の人たちに少し同情してしまいますね。でも、外部との接触を断つといったって限界がないですか? キナリ村の子どもたちも学校には通っていたでしょうし、大人たちも働くためには職場に出勤しないといけないですよね?」


「そうですね。僕たちの時代は、そのあたりはかなり緩くなっていました。僕たち子どもはちゃんと村外にある学校に通えましたし、大人たちも外に働きに行くことを許されていました。

 ですが、子どもたちが他の地区に住んでいる子をキナリ村に呼ぶのは禁止されていましたし、逆に他の地区へ遊びに行くことも禁じられていました。学校の友人と遊べるのは学校の中だけです。

 ……それは大人も同じです。どんな職業についていても、必ず村の行事や儀式には参加しなければならないし、村の掟も守らなければなりませんでした。裏を返すと、村の行事に参加できなくなるような仕事……休日出勤があったり出社の時間が不規則な仕事には、どれだけ本人の希望が強くても就けなかったということです」


 働き方が多様化している現代において、その条件にぴったり当てはまる職業はそう多くない。実質的には、職業選択の自由はほぼ無いと言っていいだろう。


 キナリ村では大人も子どもも、かなりの不自由を強いられていたということだ。


「高校や大学はどうなるんですか? 特に大学は地元を離れることも多いですよね?」


 僕の質問に対する土屋さんの回答は、ひどく淡々としていた。


「そういう場合は念書を書かされるんです。大学を卒業したら、必ずキナリ村に帰ってくると。そうすれば、どこの大学にも進学することができます。

 ただ、その念書が守られなかった場合、その子どもの親が罰せられるんです。例の村八分ですね」


「ああ……」


 なんだか、げんなりしてしまった。


 過疎地で孤立したまま生きていくのは難しい。よほど仲の悪い家族でもなければ、子は親のため、キナリ村に帰らざるを得なくなるというわけだ。


「僕の父も東京の方に大学進学しましたが、結婚を機にキナリ村に帰ってきたのだそうです。それはアツシのお父さん……当時のニエ様も同じでした。僕の父とアツシのお父さんは年齢が近いこともあり、昔から仲が良かったみたいです」


「そうなんですか……。土屋さんのお父さんやアツシさんのお父さんも、ちょうど土屋さんとアツシさんと似たような関係だったのかもしれませんね」


「おそらく、そうだったのだと思います。実際、父はニエ様の補佐としてキナリ様の儀式などで需要な役割を負うことが多かったです」


「なるほど……」


 これまで土屋さんは、キナリ村の様々なしきたりについて説明してくれた。


 それだけでも、窒息しそうなほどの閉塞感が村を覆っていたであろうことが伝わってくるのに、その上、儀式まであるのか。


 正直なところ、あまり知りたいとも思えないが、怪談の聞き手である以上、そういうわけにもいかない。僕は気持ちを切り替え、土屋さんに質問をすることにした。


「ところで、キナリ村の行事や儀式というのはどういったものなんでしょうか。いわゆる、節分や七夕といった季節の行事とは違うのでしょうか?」


「もちろん、そういった一般の行事もやります。正月やお盆はもちろんのこと、お花見や七五三、紅葉狩りなどですね。

 ただ、それとは別に、キナリ様のための儀式も数多く行われるんです。ですから、キナリ村では年中何がしかの行事や儀式が行われており、そのほとんどが全村人強制参加だったので本当に大変でしたね。

 行事や儀式の準備や段取りを行う大人はもっと大変だったと思います」


「キナリ様のための儀式ということは、どれも他の地域にはないキナリ村のオリジナルということですよね?」 


「そうですね。月ごとにさまざまな儀式が行われていたのですが、特に印象的だったのが二月に行われる清めの儀式と、五月に行われるキナリ神楽、そして八月のお盆前に行われるキナリ祭です。

 ……まずは二月に行われる清めの儀式ですが、これはいわば、ご神域やキナリ様のご神体である長虫岩(ながむしいわ)の掃除です。村の女性たちが総出でご神域や長虫岩の清掃を行うんです。しかし、ただきれいにすれば良いというものではありません。清めの儀式はあくまで一つの神事であり、細かい決まりや順序が定められていました。

 たとえば、先ほどの通り、清めの儀式に参加するのは女性でなければならないんです。どうも、キナリ様は女性の神さまであるため、自分の領域に不特定多数の男性が足を踏み入れるのを好まないという言い伝えがあるらしくて……。他にも、ご神域に入る前には滝行を行わなければならないとか、ご神域の中に入ったら足音を立ててはいけないとか、さまざまな決まりがありました」


「ちょっと待ってください。二月に滝行……ですか。それはちょっと厳しいというか……危険じゃないですか?」


 僕はぎょっとして土屋さんに尋ねた。体を鍛えた修験者や修行僧が鍛錬のため、凍てつくような寒さの中、あえて滝行を行うというならまだ分かる。けれど、ただの村人が極寒の中、滝に打たれるのは危険極まりないのでは。


 すると土屋さんは抑揚のない声で頷いた。


「夏目さんが指摘する通りです。この清めの儀式は一年で最も寒い二月に行われることもあり、儀式の後は体調不良者が続出するんです。

 特にお年寄りには過酷な儀式で、清めの儀式に参加した後に体調を崩し、そのまま帰らぬ人になってしまうということも頻繁にありました」


「そんな……それはあまりにも可哀想です。誰かその儀式をやめようという人はいなかったんですか?」


 すると、土屋さんは強い口調でそれを否定した。


「それは絶対にあり得ません。キナリ村で一番大事なのはキナリ様であって、キナリ村の住人の命ではありませんから。

 実際、清めの儀式で命を落とした人たちに対する村人の反応は辛辣でした。あの人は普段からキナリ様に対する信心が足りなかったんだとか、ご神域に入った時に何か禁忌に触れたに違いない、だからキナリ様の怒りを買ったんだ、という具合にです」


 今まで聞いてきたキナリ村の様子だと、その光景を想像するのは難しくなかった。


 彼らに人の命の重さや人権を説いたところで、考えを改めるようには思えない。土屋さんの言う通り、キナリ村の人々にとっては他の何よりもキナリ様が最優先なのだ。


 キナリ様の前では全てが些末なことにすぎない。


 もはや自分の存在や命でさえも。


 しかし、僕はどうにも納得がいかなかった。それが事実だとしても、他にやりようはあったのではないか。その気持ちが高じ、僕はつい土屋さんを問いただしてしまう。


「それなら、せめて儀式の時期をずらすということはできなかったのでしょうか。何も一年で最も寒い時期に行わなくても……もう少し温かくなってからではいけなかったんですか?」


「それも不可能だったと思います。清めの儀式は何があっても二月に行わなければならなかったんです。何故なら……どんな蛇でも冬には冬眠するでしょう? ですから、キナリ様の力も二月が最も弱まると考えられていました。

 ご神域は人間の世界ではなく、キナリ様の領域です。そこに大勢の人間が足を踏み入れるということは、キナリ様の不興を買うことにもなりかねません。ですから、キナリ様が眠りについている間にキナリ村の人間がこっそりご神域の掃除を行う、それが清めの儀式なんです」


「では、滝行をやめるというのは? 滝行を義務づけなければ体調を壊す人を減らすことができたのではないですか?」


「ご神域に入る際は、滝行は必須です。蛇は視覚や聴覚が発達していない代わりに、嗅覚が鋭いですからね。人間の世界の臭いを残したままご神域に入ってしまうと、すぐにキナリ様が侵入者の存在に気づいて目を覚ましてしまいます。そうなれば、ご神域に入った人間はキナリ様に(たた)られてしまうかもしれません」


「それでは、清めの儀式の際にご神域で足音を立ててはいけないというのも……?」


「蛇の聴覚は鈍いですが、代わりに皮膚の感覚が発達しているそうですね。その皮膚が地面の細かな振動を感じ取り、獲物の位置や動きを把握するのだそうです」


 つまり、清めの儀式に定められたルールの全てが、キナリ村の村人がご神域に入ったことをキナリ様に悟られないようにするためのものなのだ。


 ご神域に入れるのは、ニエ様など一部の選ばれた者のみ。もし他の村人がご神域に侵入したことがばれてしまったら、最悪の場合、祟られてしまうかもしれない。


 だからキナリ村の人々は、異常なまでに自らの痕跡を消そうとしたのだろう。


(何だろう……筋は通っていると思うけど、なにか変だな。違和感がある……)


 キナリ様はキナリ村の神さまだ。


 キナリ様はキナリ村の神さまだ。 


 現にキナリ村の村人は命をかけてまでキナリ様を崇め、しきたりを守ったり儀式を行ったりしている。


 それなのに、キナリ様はどちらかと言うとキナリ村の人間を嫌っているように感じるのだが、気のせいだろうか。

 キナリ様が本当にキナリ村に恵みをもたらす良い神さまであるなら、ご神域を侵しただけで祟ったりするだろうか。


 疑問を抱きつつも、僕は土屋さんの説明に耳を傾けることにする。


「次に五月に行われるキナリ神楽ですが、これはキナリ様がコンジ様に乗り、村の外からやって来てキナリ村にさまざまな恵みをもたらしたという村の言い伝えを表現した神楽を、ニエ様がご神域の入り口にある大鳥居の前で舞うというものです。村人たちはみな大人も子どもも集まって、そのニエ様が舞うキナリ神楽を鑑賞します」


「キナリ村の人々はご神域を畏れ、敬っていたんですよね? その目の前で神楽を待っても大丈夫なのでしょうか」


「問題はありませんよ。それもまたキナリ様のための儀式の一環ですし、神楽といっても激しい動きがあるわけではなく、衣装もとても地味ですから。

 その神楽はキナリ様に捧げるものであると同時に、キナリ様が僕の村にやって来た経緯、そしてキナリ村はキナリ様がいなければ成り立たないのだということを後世に語り継ぐためのものなんです。

 ただ……」


 土屋さんはそう言いかけると、不意に黙り込んでしまった。


 また具合が悪くなったのだろうかと心配したが、そうではなく、彼は何事か考えているようだった。


「……何か気になることがあったのですか?」


 慎重に声をかけると、土屋さんは、はっと我に返ったようだった。


「あ、いえ……子どもの頃、初めてその神楽を目にした時、僕、泣き出しそうになってしまって。そのことを思い出していたんです」


「泣きそうに……? そんなに怖い内容なんですか?」


「そういうわけではなくて、感情移入してしまったということです」


 感情移入。キナリ神楽とはそれほど感動的な内容なのだろうか。


 僕が興味を抱いたことを知ってか知らずか、土屋さんは淡々と話し続けた。


「キナリ神楽の登場人物は五人。キナリ様とコンジ様、そしてニエ様、あとは村人の代表であるお爺さんとお婆さんです。

 それぞれの役がまとう衣装や面、小道具、あるいは舞台のセットなど、すべて昔から受け継がれてきたものが使用されます。

 誰がどの役を演じるか、毎年、村で話し合って決めるのですが、キナリ様の役は必ずニエ様が努めなければならないと決まっていました」


「ニエ様はニエ様の役はしないということですか」


「ええ。不思議な話ですよね。キナリ様は女性の神さまですから、男性が演じてはならないとなってもおかしくないのに、誰もその点には言及しないんです。しかも、遥か昔からそう決められていたのだとか」


 それを聞き、僕は首を傾げた。


「それはなんだか妙ですね。清めの儀式の時はあんなに細かいことまで気にして、滝行をしなければならないとか足音を立ててはならないとか、しきたりで雁字搦めなのに、一転してキナリ神楽の時は適当すぎるというか……何か誤魔化している感じすらします」


 すると土屋さんは微かに苦笑する。


「夏目さんは鋭いですね。確かに僕も似たような印象を受けました。

 ただ、キナリ様の役はもっとも重要な役どころですし、いわゆる台詞も多いので、年単位で交代などできないという現実的な理由もあったかもしれません。

 何せキナリ村では、キナリ様の儀式を乱した者は老若男女かかわらず犯罪者扱いで、下手をすると村八分ですから」


 つまり、キナリ様のためなら何でもするキナリ村の人々も、キナリ神楽に関してだけは現実的な手段を優先せざるを得なかったということか。


(それにしても、何だかちぐはぐな感じがするけれど……)


 キナリ村の人々のキナリ様に対する信仰は、明らかに常軌を逸している。その証拠に、彼らは何代にも渡って生活に支障が出るほどの厳しいしきたりを守り、命を落としかねない危険な儀式を行ってきた。


 それに比べてキナリ神楽は、随分と緩い感じがする。


 それは何故なのだろう。


(キナリ神楽は、キナリ様がキナリ村にやって来た経緯を表現しているんだよな……)


 何となく、きな臭さを感じた。


 他のしきたりや儀式に比べ、キナリ神楽は明らかに扱いが違う。


 清めの儀式で行われることの一つ一つに意味があるのに対し、キナリ神楽は全体的に曖昧で整合性もとれていない。


 それは何故か。


 ひょっとして、キナリ神楽には触れてはならない裏の意味が込められているのではないか。


 キナリ神楽には、キナリ様やキナリ村に関する秘密……それも一般の村人たちにすら知られてはならない重要な秘密が眠っていて、だからこそ、いろいろと曖昧にせざるを得ないのでは。


 もっとも、本当のところは分からない。それらはあくまで僕の直感に基づいた推測にすぎないからだ。


 土屋さんは数度、咳をしてから口を開いた。


「僕が子どもの頃は、アツシの父親……マサシさんというんですが、そのマサシさんがニエ様をしていたので、キナリ様の役もマサシさんが務めていました。

 ただ、マサシさんの演じるキナリ様は何だかすごく悲しそうなんです。最初は生き生きとしていたキナリ様が、キナリ村に来てからはほとんど顔を手で覆っていたり、着物の裾で顔を隠していたりして……僕にはキナリ様が村に来たことを後悔しているようにさえ見えました。

 どうしてあんなにキナリ様は悲しそうなのか。僕が尋ねると、祖父母は『あれは悲しんでいるのではないよ。キナリ様は奥ゆかしい神さまだから、見知らぬ村人を前にして恥じらっているだけなんだよ』と言うんです。


 確かにそう見えなくもありませんでしたが……やはり僕にはキナリ様がひどく心を痛めているように見えてなりませんでした。キナリ様があまりにも可哀想で、それを見た僕も感化されて泣きそうになってしまったんです」


 キナリ神楽に出てくるキナリ様が、本当に悲しみに暮れていたかどうか。それは僕には分らない。僕は実際にこの目でキナリ神楽を見たわけではないので、何とも言えないというのが正直なところだ。


 肝心なのは、土屋さんの目にはキナリ様が悲しんでいるように映ったという点だ。


「本当にキナリ様が悲しんでいたとして、それは何故なのでしょう。キナリ様はキナリ村の村人から慕われ、大切にされてきたんですよね? それなのに、なぜキナリ村に来たことを悲しむのでしょう」


 僕が疑問を呈すると、土屋さんは気まずそうに目を逸らした。


「さあ……。ただ、伝承というのは往々にして当事者の都合の良いように歪められがちですからね。キナリ様の認識と、キナリ村の村人の認識が食い違っていたとしても、おかしいことじゃありません。

 ……因みに五月にキナリ神楽が行われるのは、蛇が冬眠から覚め、徐々に活動が活発になる時期だからです。力を増すキナリ様に神楽を捧げることで、彼女の怒りを鎮めようとしたのでしょう」


 それを聞き、僕はますます妙に思った。


 キナリ様の怒りを鎮める……つまり、キナリ村の村人はキナリ様を(あが)めているが、キナリ様は必ずしも村人に良い感情を抱いているわけではないということか。


 むしろキナリ様は村人に対して強い嫌悪や憎悪を抱いており、近づけまいとしているのでは。


 先ほどから僕が感じていたことは、どうやら事実であるらしい。


 でも、それは何故なのだろう。


 どうしてキナリ様はキナリ村の村人をそんなにも憎んでいるのだろう。


 どうしてキナリ村の人々は、自分たちを憎んでいる神さまをわざわざ祀っているのだろう。


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